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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
三十一話「その有様」

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現実的な案

「そろそろそれくらいにしておきなさい、ジョア」


ノックの後に支部長室にやってきたのは文の師匠である春奈だった。今回同行してくれるということになったのか、少し急いで仕事を切り上げてやってきてくれたらしい。


「エアリスさん、お久しぶりです」


「相変わらず面白い考えを出しているようだな。遅れてすまない、少々仕事を片づけるのに手間取った」


「あぁ、君が来てくれるのは心強いよ・・・やはり若い人たちだけだと考えが過激になるのかな?後始末をどうしようかと頭を抱えていたところさ」


「あのバカの案よりはましな案が出ていると思うが・・・まぁいい。今のところの方針を教えてくれないか?」


康太たちは遅れてやってきた春奈に現状と相手の拠点の詳細、そして今出ている放火の案を話した。

春奈は口元に手を当てて唸りながらどうしたものかと首をかしげていた。


一般人への対応、そしてローラロー、並びにその宗教団体の中にいる魔術師たちの排除。これらを同時に行う作戦の中でどれが一番効率的であるかを考えているようだった。


「確かに放火は効果的な案だとは思う。手軽にできて、場合によっては被害も最小限に抑えられる」


春奈の言葉に支部長はマジかよとつぶやいて絶望していた。現状今回の状況が面倒くさいのは理解している。


現場で動く魔術師として相手の隙を突ける方が良いのは理解しているが、放火という犯罪行為を簡単に容認するのは支部長としては避けたいようだった。


今まで犯罪行為などさんざんやってきたことではあるが今回は一般人も多くいるということもあって支部長としては少々及び腰になっているのだろう。


「ただ、放火よりも停電などの手法をとったほうがいいのではないか?夜の暗闇であれば相手の隙を作るくらいはできる。人数が多ければ多少は苦労すると思うが・・・」


師匠と弟子ということもあって文と春奈は考えることが似ているらしい。


だが停電の案に関してもあまり現実的ではないという結論が出ていることを告げると、春奈はさらに考えるように口元に手を当てる。


「であれば・・・そうだな・・・ビー、君の封印指定の力を使えないか?」


「俺の?あぁこれですか」


そう言って康太は黒い瘴気を噴出させる。


「その黒い瘴気は索敵に引っかかることはない。一般人にも見えん。暗がりの中をうまく動かせば、魔術師にも気づかれることはないだろう。ある程度魔力を吸う量も調整できるのだろう?」


「それは可能かもしれませんけど・・・魔力がある人間にこれを使うと一発で吸われてるってばれますよ?」


「そのあたりは索敵で魔力の有無を確認して指示すればいい。うまくやれば相手に気付かれずに一般人だけを無力化できる。多量の魔力には相手も警戒しているだろうが、一般人の生命力にまで気を配る魔術師はそういない」


康太の使うⅮの慟哭は魔術師だけではなく一般人にも有効である。ただし一般人は魔力を有していないために直接生命力を吸い取っていくことになる。


少量ならば貧血にも似た症状を引き起こし昏倒させる程度で済むが、やりすぎれば殺してしまうことだってあり得る。


「けれど、一般人ばかりが昏倒しているところを見れば、相手も不審がるのでは?吸い取るにしても、ビーの調整のことも考えると時間がかかるでしょう。全員を昏倒させ、なおかつ攻め込むとなると・・・」


「ふむ・・・マウ・フォウといったね。夜に行われる集会では具体的に何が行われるのかわかっているか?」


「軽い食事をとり、水を飲みながら祈りをささげるという行為をしています。部屋は暗く、ろうそくなどの小さな光源のみでいる状態のようですね」


「食事の内容は?」


「主に穀物、植物を使ったものが多いですね。肉、魚類はあまり出ません」


火を使うということもあって火事が起きるだけの条件は整えられているように思える。だがろうそくという弱く小さい光源では完全に暗闇を消し去ることはできないだろう。


「それは幹部の連中も同じか?」


「いいえ、幹部の人間のほとんどは別室などで待機、あるいは休んでいることがほとんどです。ローラローが逃げ込んでからは、必ず一人から二人の幹部が別室で監視と待機をしている状態に変化したようですが」


「なるほど・・・信者の中にも魔術師がいるということだったが、夜の集会にも参加しているのか?」


「信者の中にいる魔術師はどのような集会にも必ず一人控えているようです。今回もまた同様かと」


なるほどと春奈は小さくつぶやいてため息をつく。


「少々回りくどい方法になるが、無力化できないこともないな」


「放火するんですか?」


「しない」


「爆破するんですか?」


「しない」


「洪水を起こすんですか?」


「起こさない。そこまでする必要もないだろう。うまくいけば一般人だけではなく魔術師も無力化できる可能性がある」


春奈の意見にほとんどのものが聞き入っている。攻撃的な小百合と一緒にいただけあって、こういう場での意見はかなり貴重なものだった。


そしてそれを聞いた全員がなるほどとうなずいている。


今回春奈が提示したのは相手に毒を盛るというものだった。


毒を盛るというとかなり印象が悪いが、要するに相手の飲み水や食事などに下剤の類を仕込むというものだ。


海外の飲み水は多くがミネラルウォーターで、日本のように蛇口から出てきた水をそのまま飲んでいるわけではない。


購入してきたミネラルウォーターに毒物を仕込み、相手が行動不能になったところを吸収するというのが今回のプランだった。


「確かに、多少準備が必要とはいえ、うまくいけば一般人だけじゃなく魔術師も無力化できる可能性はあるね」


「仕込みから入らなきゃいけないから、結構面倒くさいけど・・・どうする?放火かこっちの案か」


「うまくいけば魔術師も無力化できますから、エアリスさんの案を採用しましょう。うまくいかなかったときにプランBとして放火、プランCで爆破などを念頭に入れておけばよいと思われます」


最悪なプランBだなと文たちは考えながらも、春奈の案にほとんどのものが全面的に賛成のようだった。


「準備に必要な情報を洗い出さなきゃいけないな・・・マウ・フォウさん、どうですか?」


「大丈夫、しっかり調べてあるよ。関係ありそうなところからなさそうなところまで八割がた洗ってある。ただ、仕込みをするとなるとやっぱりこの場にいる人間だけじゃ難しいと思うよ?」


そう言いながらマウ・フォウはいくつかの資料の中からそれらしいものを取り出して全員に見せる。

それは今回の宗教団体が行っている補給経路だった。


基本的に大きな組織ともなればある程度自分で浄水設備などを所有しているが、今回の建物に関しては外部から定期的に水の補給を行っているらしい。


定期的に水を購入し、それを使っているということらしかった。


食事などを作るスペースがあるならばともかく、この宗教団体の建物の中にはそういった設備は最低限のものしかなく、大量の飲料水を必要とすることがあまりないことから外部からの注文で成り立たせているらしい。


となれば今回の水などに細工をする場合、建物の中に入り込んでしまっては遅い。その前、つまり運ばれる段階で細工をするほかない。


今回行う作業に適した人間はこの中ではマウ・フォウくらいのものだ。次点で水の専門家である倉敷が向いているかもしれないが、それでもあまり良い結果を得られるとは思えない。


「そのあたりはアリスとも相談しましょう。もしかしたら協力してくれるかもしれませんし」


「期待薄だけどね・・・あいつこういう作業あんまり好きじゃないんじゃない?」


「逆に好きかもしれないぞ?ゲームみたいだって感じで」


「まぁ潜入系になるからそれらしくはあるけど・・・やってることすごく地味よ?」


「それに効果が発揮される時間帯も曖昧だしな・・・そのあたりの時間調整をどうするかがネックになってくるか」


水に毒を仕込んだところでその水を全員が一斉に飲んでくれるわけではない。夜の集会に参加するという一般人ならばある程度は時間の調整が可能かもしれないが、水はそれ以外でも飲まれるのだ。


基本的には水をどのタイミングで飲むなどという制限があるわけでもないらしく、それらの調整をどのようにするかがこの作戦の重要なポイントになってくる。


「仮に飲み水に仕込むとしてさ、具体的にどれくらいの量が仕入れられるんだろ?」


「週一でってなってるけど、仕入れの量はその時によって若干変わるみたいね・・・その時の行事やいる人間によって消費量が変わるから当たり前だけど」


「・・・いっそのこと内部の水にも細工するか?」


「どうやって?」


「そこなんだよな・・・なるべく全部の水をダメな水に変えておきたいところだけど・・・中に入り込むのは危ないし、何よりばれるし」


「保存状態もそこまでよいわけじゃないから、その気になれば何でもできそうな気はするけど、問題は魔術師たちに気付かれるっていう点なんだよね」


建物の中に潜入して何か細工を行うという点であれば何も問題はないのだが、その建物の中に魔術師がいるとなるとなかなか厄介である。


飲み水すべてに細工をするとなれば大掛かりな仕事になる。その間相手の魔術師が何も気づかないというのはありえないだろう。


「魔術でそのあたりどうにかできないのか?水そのものを変質させる魔術的な」


「飲み水を生水に変えるって感じの?難しいぜ?少なくとも俺は知らない」


倉敷でも知らないのなら、この中で知っている可能性があるのは数人、その一人である春奈に全員の視線が向いた。


「方法がないわけではない。ただあまりにも大事になりすぎる可能性もあるぞ?」


「具体的には?」


「転移の魔術を使う。場所さえわかっているのであれば数滴それを混ぜ込むだけであとは時間経過で勝手に増殖するだろう」


転移の魔術は転移させる物体の質量や距離に応じて必要な魔力や複雑さが増していくものだ。


今回のように混ぜ込む毒物が極少量であるならば必要な魔力はそこまで多くはなくなる。問題は距離だ。


「一キロ以内であれば私とベルの魔力があれば連発とまではいかないまでも、数分に一度は発動できるだろう。十分現実的な案だ」


「転移の魔術ってあんまり使ったことないんですけど・・・」


「それは練習以外にない」


文と春奈は素質面でも優秀な魔術師だ。この二人がそろえば転移の魔術を使っての細工も不可能ではない。


後の問題はその飲み水をどのタイミングで誰が飲むかという点である。


「水の中に仕込む毒はどうしますか?ある程度殺傷能力・・・というか相手へのダメージが大きいものがいいと思うんですけど」


毒というと手に入れにくいような印象を受けるかもしれないが、現代において手に入れられる毒は多岐にわたる。


それが法を無視する魔術師ならばなおさらだ。


「今回はサルモネラ菌を使おうと思っている。相手の拠点内にあっても不思議はないし、何より簡単に手に入る」


サルモネラ菌とは卵の殻などに含まれる菌の一種だ。繁殖すると高い殺傷能力を秘めており、海外ではこの菌を警戒して生卵を食さないようにしているほどである。


日本では食に関する制限が非常に大きいために生卵も問題なく食べられているが、一応日本の卵にも少量ながらサルモネラ菌は含まれている。


ただこの菌は少量であればそこまで問題ではなく、胃酸などで普通に消化することが可能だ。


問題は大量発生した場合である。


日本においても生卵を空気中に出した状態で長時間放置し、その後で食した人物がサルモネラ菌によって食中毒を起こしたということがままある。


今回春奈はそれを狙っているようだった。


「相手の水はどのような状態で保管されている?冷蔵庫か?」


「いえ、飲み水に関してはほとんどが日の当たらない屋内に保管されているようです。冷蔵庫に保管されているのは主に食品関係だけですね」


「ならなおさら行けるな。サルモネラ菌の繁殖条件さえ整えてやれば十分に殺傷能力は保証できる。あとは私とベルの転移で下準備は完了だ。潜伏期間で誤差が出るだろうが、そのあたりはうまく対応するしかないな」


「あとはどのタイミングで水を飲むかですか・・・それによって襲撃の時間とかも変わってきますけど・・・」


水を飲むタイミングをどの程度まで限定できるかによってこの作戦の成否が変化してくる。


魔術師も水を飲んでいればうまくいけば無力化は可能だが、問題は一般人がこの水を飲まなかった場合だ。


「すべての水にそれらを仕込み、あとは時間経過・・・場合によっては救急車などが呼ばれることになるだろうから、それに紛れるという手もあるぞ?」


「ローラローがもしその場で倒れていれば、救急搬送車両を偽装してそれで誘拐っていう手もとれますね。まぁ魔術師だったら魔術で治しちゃうでしょうけど」


自分の体の異常を感じたのであれば、多くの魔術師がそれを自らの魔術で治そうとするだろう。

治すことができなくてもその原因が何なのかを把握しようとする。


魔術師を無力化することに関してはあくまでついでの効果であるためにそこまで重要視はしないほうがよさそうである。


「毒物混入の準備も問題なし。あとは運に任せるほかないか・・・水に毒を仕込んでから数時間程度が勝負だな」


「どのタイミングで突入しますか?」


「やはり夜だな。深夜から明け方が好ましい。となると仕込みは・・・夕方以降、十八時から二十一時程度が妥当だろうか」


仕込んでからその効果が出るまで具体的にどの程度時間がかかるかはわからない。搬送された水に仕込むか、あらかじめ保管してある水に仕込むか、それは状況により判断して変化させるしかないが、順調にいけば夜には相手に何かしらの反応が出てくるだろう。


「万が一に備えて突入時、一般人が動いていたら即座に眠らせる。それはベルと私が行う。ビーとトゥトゥは相手の殲滅に集中しなさい」


「了解です」


「わかりました」


康太と倉敷が主な戦闘を行うということもあるが、今回は文だけではなく春奈も後詰に回ってくれている。


これほどありがたい後方支援はない。


「さて、どちらが上空から攻める?」


「俺が上から、トゥトゥは下を攻略してくれ。水攻めを使えば地下攻略は簡単だろ?」


「簡単に言ってくれるよ・・・地下・・・これかなり広いよな?これだけの水を出すのは苦労するぞ?」


苦労するとは言ってもできないといわないあたり倉敷も鍛えられてきているということだろう。


戦力を三つに分割することになるが、少なくともこの段階で不安要素は一般人の動きと相手の魔術師の数だけだ。


どの程度の戦力を有しているのか、そして当日にどれほどの人数がいるのか不明であるためこの辺りは出たとこ勝負になってしまう。


「よし、ビーが上から、私とベル、トゥトゥは正面から突入、その後トゥトゥは地下の攻略に移行、その間に私とベルがまだ動ける一般人を無力化させながら魔術師たちへの対処を行う。で、アリスはどうするんだ?」


この場にいないアリスの行動を春奈は気にしていたが、この場にいない人間にそこまで大きな期待をするべきではない。


康太も文も今回そこまでアリスに何かを求めるということはしないつもりだった。


「アリスにはいつも通り翻訳と、あと索敵でもしてもらおうかと。キロ単位での索敵はあいつくらいしかできませんから」


広範囲にわたる索敵は情報量の多さや処理の多さから、術の使用者に多大な負担を強いる。文も索敵の処理をかなり減らした状態での最大範囲で一キロいけるかどうかといったところだ。


だがアリスならばそういったことは気にせずに索敵を行える。


今回のような作戦において相手の情報を無条件で手に入れられるというのはかなり貴重だ。


誤字報告を十件分受けたので三回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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