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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
三十一話「その有様」

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その手があったか

「なるほど・・・一般人であれば真っ先に逃げ出す。魔術師ならば多少は持ちこたえられる・・・といったところですか」


「もちろん放火の順番も考えなければいけません。あと、放火が自然に起きた、ないし作為的ではないと思わせるための仕掛けも必要です。仕掛けをするときは魔力を抜いていかなければいけませんからなかなか危険な行動でもありますが、まぁ私とビーなら問題はないでしょう」


ただの魔術的な行動であれば相手も気づくかもしれないが、これが単なる火事ということであれば相手も攻撃であると気付かない可能性も高い。


もちろんそのための準備も必須だ。放火のための仕掛けは気づかれないようにやらなければいけないため難易度は高い。


魔力を抜いていかなければいけないために危険性も高くなるが、魔力がない状態での戦闘能力が高い康太と真理ならばそのあたりの心配もいらないだろう。


「でも向こうは海外ですよ?日本語じゃ通じないですし」


「私は一応英語とフランス語、あと少しではありますがスペイン語も話せますよ?旅行客としていけば問題はないでしょう。問題なのはその細工の時です」


「であれば、細工に関しては建物などに詳しい、しかも出入りしていた人間がやるべきだね。それは僕ができそうだ」


マウ・フォウの思わぬ申し出に一番驚いていたのは支部長だった。


「ま、待ってくれマウ・フォウ!君がそんな危険を冒す必要は」


「なにもその場ですぐに火をつけるというわけではないんでしょう?どうなんだい?」


「時限式で火がつくように調整は可能です。仕掛けをつけていただくだけで問題はないかと」


「と、いうことであれば一番ばれなさそうなのは出入りをしていた僕だ。そうでしょう?」


筋の通った発言ではあるが、危険があるのは事実だ。今まで調査で潜入していた実績があるとはいえ、今度行うのは情報収集ではなく間接的な攻撃に部類する。それを完璧にこなすというのは並大抵のことではない。


マウ・フォウの実力を疑うわけではないが、支部長としてはこれだけの人材を失う可能性がある行為は避けたいのだろう。


「姉さん、仮に放火が成功した場合、どのように攻めるんです?」


「まず第一に一般人への避難の誘導を行います。この場合重要なのは声です。悲鳴だけではなく、逃げろ、どこへ逃げろ、どこで燃えているなどの具体的な情報があれば人はそちらに誘導されます。暗示も必要ありません」


「なるほど、一人一人に催眠の魔術をかけるよりはずっと楽にこなせるってわけですか」


「そういうことです。重要なのはここからです。作為的な放火ではないと相手が考えた時、人の思考は二つに分かれます。一つは逃げようとする思考。もう一つは誰かを助けようとする思考です」


誰かを助ける。その行為は非常に重要なものだ。緊急時にはその行動が誰かの命を救うことにもなり得るし、自分の命を失うことにもつながりかねない。


究極の選択を迫られることもあるだろう。自らが危機に瀕している状態で誰かを助けることができる精神状態を維持できる人間がどの程度いるのかは、その場合によって異なるためなんとも言えないが。


「宗教団体だと、とりあえず幹部の人間を助けようとする動きがあるかもしれないですね・・・妄信的にのめりこんでいた場合なおさら・・・そのあたりはどうなんです?」


「魔術の効果もあってか、かなりのめりこんでいる人は多いよ。暗示なのか洗脳なのかまでは不明だけど、緊急時にそれがどうなるかは・・・ちょっと読めないかな」


「なるほど・・・であれば最悪の想定をして動くべきでしょうね」


「最悪とは?」


「誰も逃げずに全員が救出に向かおうとした場合です」


そんなことがあり得るのだろうかとその場の全員が首をかしげたが、同時に宗教に深くのめりこんだ人間がどのような思考回路をしていても不思議はないなという結論に至る。


宗教というのは生き方そのものだ。その人間の思考回路そのものに直接かかわってくるために、それを魔術によって深く結び付けられていた時通常の人間とは異なる思考回路をしても不思議はない。


無宗教が多く、宗教というものにあまり関心のない日本人からすればあまり想像できないことかもしれないが、本気で宗教を信じる人間にとっては重要なことなのだ。


「全員が一丸となって幹部を助けようとする・・・か・・・普通の火事だったら全員もれなく上手に焼けますね」


「皆殺しが目的であればそれでも良いのですが、そんなことをする理由もありませんから可能な限り一般人は逃がしましょう。必要とあれば強引に外に投げ飛ばします」


さりげなく皆殺しが目的であればそれをすることも辞さないという真理の発言に文と倉敷は戦慄する。

人の命を目的のための手段の一つとしか見ていないこの考え方に恐ろしささえ抱いてしまう。


これが小百合の一番弟子かと、今更ながら文たちは真理の恐ろしさを再認識していた。


「となると・・・突入するには火事のタイミングを見計らわなきゃいけない感じですね」


「そうですね。上層階と地下階が怪しいということであれば、上空からの突入班と地上部分からの突入班の二つに分けるべきでしょう。あとは一般人の方の動き次第ですね・・・」


「魔術師はそこまで問題ではないんですか?」


「足を斬り落としてしまえば動きは鈍くなりますから。それからのんびりと逃げ出せばいいでしょう。そのあたりは問題ありませんよ」


さも当たり前のように相手の足を斬り落とす発言をする真理に、ほとんどのものが戦慄していた。


唯一「さすが姉さん!」といった感じで感心している康太を除いて。


「じゃあ・・・話を進めようか・・・仮にその宗教団体を火の海にできたとして・・・そのあとはどうするの?」


「そのあと?そのあととは?」


「いやだからさ、どういう風にそれを収束させるの?」


「収束させる必要があるのですか?ローラローとその仲間さえ捕らえてしまえば、あとは我々が脱出するだけです」


放火の後の手順は基本的に捕獲作戦の流れとなる。火の中でそれを行い、さらに脱出するという手順を踏むだけだ。


逆に言えばそれ以上のことをする必要はない。


だが放火したらそのまま放置しっぱなしという行為に驚いている者も多かった。


「いやいや、さすがに放火しておいてそれを放置っていうのは・・・」


「魔術によって出火させているのであればもう少し手を加える必要があるでしょうが、今回は仕掛けを使って物理的に火をつけます。別に気にする必要もないと思いますが」


「その・・・良心の呵責が・・・」


「放火しておいて良心も何もないでしょう」


真理の正論に支部長はさすがに返す言葉がなくなったのかどうしたものかと文の方を見て困ったような表情をする。


仮面越しではその表情はわからなかったが、支部長がさすがに放火した建物をそのままにしておくのはどうかという考えを抱いているのは理解できる。


それは文も同様だ。さすがに放火してそのままでは被害が大きくなる可能性もある。もちろん真理の発言も間違っているわけではないために一蹴することはできないが。


「ジョアさん、火を放つのはいいアイディアだとは思いますけど、一般人を遠ざけるだけが目的なのであれば煙を多く出すだけでも良いのではないでしょうか?火を大きくするだけの必要はないように思いますけど・・・」


「いえいえ、火を大きくすることによって一般人を引き返させないという目的もあります。煙が出ているだけであれば飛び込もうとする無謀な人もいるかもしれませんが、火の海になってしまえば、そういった人も尻込みします。視覚的な恐怖というのはかなり大きい作用をもたらしますからね」


原初の頃より、動物は火を恐れる。揺らめくその火と、触れれば痛みを伴い熱さを覚えるその現象に恐怖する。


それは火を扱い文明を栄えさせてきた人間も同じだ。


煙を延々と出す小さな炎よりも、強烈に光と熱を放つ炎の方が恐ろしい。


それが建物の中に入るとなればなおさらだ。


炎を強くすればその分助けようとする意志も少なくなっていく。ある程度鎮火してからでないと自分も巻き添えになるかもという直接的な死の恐怖が襲い掛かるのだから。


「ですがその・・・さすがに放置というのは・・・」


「そうですね・・・でしたら私たちが脱出した後には爆破しましょうか。バックドラフトを使えば建物ごと吹き飛ばすことも可能ですよ」


「あのすいません、もう少し穏便な形でお願いしたいです。ビーもその手があったかみたいな反応しないの!」


バックドラフトは火災現場などで起きる爆発現象の一種だ。


密閉された空間で火災が生じ、不完全燃焼によって火の勢いが衰え、可燃性の一酸化炭素ガスなどがたまった状態のときに窓やドアを開くなどの行為をすると熱された一酸化炭素に急速に酸素が取り込まれ結びつき、二酸化炭素への化学反応が急激に進み爆発を引き起こすというものである。


これが引き起こされると建物一つくらいは軽く吹き飛ぶ。跡形もなくなるというほどではないにせよ、かなりの被害を建物そのものにもたらすことになるだろう。


「放火とか爆発とか、とにかく危ない方向に話をもっていこうとするのやめてください。もう少し穏便に・・・こう・・・一般人だけを逃がして何とか魔術師だけと対峙できるような・・・例えば停電させてその隙に魔術師だけを攻撃するとか」


索敵によって相手の魔力量を測ることができれば魔術師だけを攻撃することは不可能ではない。

だが文の提案は少々攻略法としては弱かった。


「相手は夜に活動することを前提にしているようです。おそらく停電の対策などもしっかりしているでしょう。数十秒ほどでそれらの対策はされてしまいます。建物そのものを壊してはいけないとなると、その数十秒で魔術師だけを全員倒すというのはなかなか難しいですよ。やはり一般人相手の対策で数手遅れが出てしまいます」


「数手の遅れはローラローほどの相手には致命的・・・か・・・んー!困ったなぁ・・・またよその支部長から文句言われるよ・・・」


話を聞いている限り支部長としても放火以外にいいアイディアが浮かばないのか、頭を抱えてしまっている。


すでに放火後の後始末でよその支部から文句を言われるところを想像しているのか、その後の後始末のことまで考えているようだった。


手法の改善よりもその後に生じる後始末のことを先に考えるあたり支部長の苦労性がうかがえる。


「放火によって一般人の注意や行動を操作できる。爆破によって証拠の隠滅に他の被害を出さないために救助隊などの動きも誘導できる。なかなか良い案だと思うのですが」


「確かに私たちの行動しやすさ的にはいいのかもしれませんけど・・・なんというかこう・・・方法が奇抜すぎるといいますか・・・やりすぎといいますか・・・」


「では・・・この辺りには大きな川があるようですね」


「ありますね」


「それを氾濫させて洪水を起こすとか」


「もっとダメです!」


何故とる手段がこうも攻撃的なのか文は理解できなかったが、横にいる康太が「その手があったか!」みたいな反応をしているのを見てこの人もやはり小百合の弟子なのだなと再認識していた。


日曜日なので二回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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