ライバル
「実はな、この禁止令、師匠からの提案なんだよ」
「小百合さんの?」
「そう。師匠も俺と同じようなことを考えてたんだろうよ。たぶん俺よりもずっと前から」
康太と小百合が抱いていた危惧というのは簡単に言えば二人の予知とその戦い方についてだった。
土御門の双子が使える予知は確かに強力だ。通常の魔術師相手ならば完封勝ちも難しくないほどの優位がとれる。
だが問題は予知そのものにある。
二人の予知を崩すために、康太と小百合は訓練の際、いきなり攻撃方法を変えたり急に手数を増やすということを行っている。
相手の処理能力を削ったり、予知の見逃しを発生させるための手法なのだが、これを行った時、そしてそれが康太たちの思い通りに作用した時、土御門の二人の動きが著しく鈍るのである。
それこそ通常の魔術師にも後れを取りかねない程度には。
「それで予知の禁止を?」
「あぁ。予知が外れようと外れなかろうと、堂々としていられるだけの胆力を身につけなきゃ今後向こうに戻っていったときやっていけないだろうからな。師匠としても変な癖をつけてほしくなかったんだろうさ」
康太や小百合のように未来など見えない人間からすれば目に見えない攻撃が来たところでその攻撃をある程度予想した状態で動くのが普通だ。
だが予知が扱える人間にとって、予知になかった攻撃を受けることは不意打ちを受けることに等しい衝撃を与える。その衝撃は精神的な動揺を強く引き起こし、次の行動に強い影響を与える。所謂パニックを起こすのだ。
予知の穴を抜けた攻撃にいちいちパニックを起こしていては、予知を使う人間が多い西に戻ってやっていけないだろうという小百合の心遣いだ。
「あの人はあの双子のことになると妙に親切よね」
「ものすごく子供のころから知ってるらしいからな。多少は思い入れがあるんだろ」
小百合は土御門の指導に関してはかなり熱心だ。それこそ直弟子である康太たちよりも熱心に指導しているといえるだろう。
康太たちはある程度雑に扱っても問題ないが、土御門の双子に関しては雑に扱うと壊れかねないので丁重に扱っているという印象だ。
直弟子の康太としては複雑な気分である。
「ちなみに、予知を封じた状態での双子の勝算は?」
「六割から七割ってところじゃないか?船越君たちもだいぶ強くはなってるだろうけど、それでもやっぱり素質面での優劣は大きいし、師匠と訓練してたっていう経験面でも差はある。どうしたって双子有利には変わりないだろ」
「でも三割四割の確率で負けると思ってるのね」
「そこが問題なんだよ。あれだけの素質差があって三割四割負けるっていうのはかなりひどい状態だぞ?そんだけあの二人の癖が強すぎるんだ」
予知と違うことが起きると発生してしまうパニックは、長年予知を使い続けたことによる弊害だ。
予知の魔術は強力ではあるが万能とはいいがたい。それを二人も理解しているだろうが、どうしてもそれに頼ってしまう。
一度普通の魔術師と同じ状態にでもしない限りその癖が完全になくなるとは思えなかった。
「ちなみにさ、普通に訓練してる時も予知なしはやってみたのよね?」
「もちろん。けど瞬殺だった。俺らじゃ訓練にならん」
「あぁ・・・そう」
土御門の二人は予知を使ってようやく小百合と康太の訓練についていける状態なのだ。これが予知がなければ普通に瞬殺される程度の実力しか持たないのである。
だからこそ小百合は予知をなくした状態でも同じように、あるいは最低限戦えるように訓練してやりたいのだろう。
「それで船越君たちに相手をしてもらうってことね」
「そういうこと。今回の訓練は土御門二人だけじゃなくて船越君たちの訓練でもある。二人同時に鍛えることができるというお得感。どうよ」
「まぁいいんじゃないの?少なくとも悪い結果にはならないと思うわ。なんか互いに意識しあってるみたいだし」
「うむうむ、いい感じに喧嘩売ってるしな。これはなかなかいいライバルになるかもしれないぞ?」
ライバルという単語に文は互いににらみ合っている晴と船越を見る。そしてそんな二人を女子二人が止めようとしているという感じだ。
確かにライバルと言えなくもないのかもしれない。そういえば自分にはライバルらしいライバルがいなかったなと文は思い至る。
「私もあぁいうライバルがいればよかったんだけどね・・・」
「競い合う相手か?」
「そうそう、あぁいう風に競って喧嘩売って、うちの師匠と小百合さんみたいな感じ?」
「あの二人ほど仲が悪いのはちょっとあれだけどな・・・俺は?」
「あんたの場合は相棒って感じが強すぎるわね。まぁ次やった時は勝つわよ」
今のところ康太と文は二回戦って二回とも康太が勝っている。訓練の時はそうでもないのだが互いに本気で戦うと康太の方に軍配が上がる。
その辺りは康太がもつ本番への強さというものもあるのだろう。文は悔しく思いながらも、何故か強く嫉妬はしなかった。




