支部の中での作戦会議
「やぁ、よく戻ってきてくれたね」
康太が日本支部の支部長室にやってくると、そこには部屋の主である支部長に加え、文、倉敷、智代の姿があった。
「支部長の援護もかなり効いていたと思いますよ。ありがとうございました」
「ははは、変に突っ込まれなくてよかったよ。部隊名とか全く考えてない状態だったからね。それにすまなかったね、君の了承も得ずに勝手にやっちゃって」
「いいえ、こちらとしては助かりましたし、何よりいずれはやってもいいとは思っていたので。遅いか早いかの違いですよ」
支部長が康太のために準備をしてくれていたことに関しては素直にうれしいし、何よりそう言った部隊を任せても問題ないと判断してくれていることもありがたいことだった。
康太のことを高く評価してくれる上に、多少の無茶をしてでもかばってくれるというのは立場を危うくしている康太からすれば素直にありがたかった。
「ところで、その部隊の任命書って具体的にどういう内容なんですか?」
「そこまで複雑なものではないよ。支部における、支部長直轄の部隊の隊長を任命して、いざという時は動いてもらうってだけの話さ。必要なら文面を多少変えても構わないよ?」
「いえ、支部長の直轄ということであればこちらは文句はありません。人選は俺に任せてもらえるんですか?」
「うん、そのあたりは好きにしてくれて構わない。僕の方からも何人か推薦したい人物がいるくらいかな」
「へぇ・・・どんな人ですか?」
「今の若い人を中心にしたいと思っててね。君と一緒に行動すれば、きっと強くなるだろうし、活躍もできるだろうと思って」
以前問題にもなった、若い世代の戦力の増強。康太たちだけに頼るのではなく、全体的に協会そのものの戦力を増強できないかと以前話していた。
どうやら支部長は今回のことをきっかけにその案を進めようとしているらしい。さすが支部長というべきだろうか、一つの手で二つも三つも問題を解決していこうとしている。
無論まだ話は始まってすらいないため机上の空論でしかないが、これが始まればいろいろと問題も少しずつ解決していくことになるだろう。
「アヤメさんも、ありがとうございました。まさか来ていただけるとは思っていませんでした」
「いいのよ。若い人が困ってたら助けてあげるのが年寄りの務めだもの」
支部長が用意している椅子に座ったまま智代は微笑む。以前と違い、わずかに腰が曲がってしまっているのは、やはり体が老いてきているからなのだろうか。
以前は背筋を伸ばした美しい姿勢の女性だった。だが座っている状態でも、ほんの少し背中が曲がってしまっている。
幸彦の死後、おそらく生活にもいろいろと影響もあり、精神の影響が肉体にも出ているのだろうか。
以前よりも少しだけ老いて見える智代に、康太は痛々しさを覚えていた。
「それよりも、セルがここまで立派になっていたのには驚いたわ。立派に支部長を務めているとは聞いていたけど、聞いていた以上に頑張っているようね」
「ありがとうございます。貴女に褒められるというのは・・・すごく嬉しいものですね」
小百合たちと昔から繋がりがあったというだけあって、智代ともつながりがあったためか、智代に褒められるということは支部長にとってもとても嬉しいものであるらしい。
少なくとも褒められるということがあまりなかったであろう支部長にとって、智代の言葉はかなり心にしみこんだようだった。
「ですがまだまだです。あなたのお弟子さんや、彼らの協力があってこそ、今のこの状態を維持できています。これから次の世代に託していくにはまだまだ問題が多すぎます」
「そのあたりは若い世代が何とかするでしょう。私たちのような歳よりはうるさく口を出して導いてあげればいいのよ。貴方もいずれそうなるんだから」
「はは、僕はまだ若いつもりですよ。あと二十年は現役でいるつもりなんですから」
「それはうらやましいわね。頑張りなさい。けど体にだけは気を付けてね」
支部長と智代の間にある上下関係は、今まで見てきたそれらとは全く違うものだった。まるで先生と生徒のような関係だ。
師と弟子というような感じではない。どこか一線を引きながらも、互いのことを信頼しているような雰囲気である。
「それにしてもアヤメさん、どうして今回は来てくださったんですか?」
今回智代がこの場にやってきたことが康太は不思議だった。小百合が動くつもりがないのは当たり前なのだが、智代が動くほどの事態になったとは思えない。
それにそんな頼みをした覚えもなかったため、智代が現れた時は本当に驚いたのだ。
「さっきも言ったと思ったけれどサリーから貴方のことを聞いたのよ。危ないだろうから助けてやってほしいって」
「本当にそれだけなんですか?だって・・・」
智代はすでに現役を退いている。いくら弟子の奏の頼みとはいえ、首を突っ込む必要はなかったはずなのだ。
なのに智代は来た。ほかならぬ康太を助けるためだといって。
「ふふ、サリーもそうだけど、私も結構心配性なのよ?あの子があなたのことを話すときすごく落ち着かない様子だったもの。あの子は面倒見がいいから気になって仕方がなかったんじゃないかしら」
「それは・・・ご心配をおかけしました」
「気にしないでいいのよ。年寄りのお節介だと思ってちょうだい。
智代は笑いながら康太の背中に手を添える。力が注ぎ込まれるかのような温かい手に、康太は頼もしさを感じながら智代に微笑み返していた。
「けれどビー、今回の依頼、というか命令は必ず達成しなければいけなくなったわ。少なくともあなたが封印指定にならない条件になってしまったのですから」
「わかっています。あぁそれと支部長、一応報告が一つ」
「なんだい?いいニュースかな?悪いニュースかな?いや、たぶん悪いほうだね」
さすがは支部長、康太が口を開けばたいてい悪い知らせが飛んでくるということをほぼ察知しているようだった。
苦労性であるが故に身についたアンテナが恐ろしい精度を発揮してしまっている。不憫と思うべきかすごいと思うべきか康太は迷っていたが、とりあえず話を切り出すことにした。
「どうやら副本部長は本気で俺を封印指定にしたいらしくて、自分の手駒を使って先にローラローを確保しようとしているらしいですよ」
康太の言葉に支部長は恐ろしく長い溜息をつく。完全に副本部長が敵に回っているという事実に頭を抱えてしまっていた。
「えぇ・・・何それ・・・君副本部長に喧嘩売っちゃってるわけ?」
「副本部長に喧嘩売ったっていうか、副本部長が喧嘩売って来たっていうか、そんな感じですね」
「ちょっと待って、副本部長も敵組織の人間?」
「それはないと思います。あれは単純に協会の人間として言っていると思いますよ。あくまで俺の主観ですが」
康太の言葉に支部長は唸りだす。少なくとも康太が危険であると判断しなかったことから、ある程度信用してもいいのかもしれないが、現段階で康太を封印指定にしようとしているのも事実。
警戒しておいて損はないかもしれないと支部長は考えてしまっていた。
「だがこやつのように危険な人物をなるべく監視下に置いておきたいのも事実だろう。封印指定になれば本部の全勢力で対応できるだけの大義名分を得る。そういう意味では副本部長の方針は正しい」
アリスのように魔術の露呈の可能性が極めて高いような人種と同じように、康太のように危険な人物は本部としてもマークしておきたいのだろう。
そう考えると確かに副本部長の言葉も方針も正しい。というか副本部長は基本正論しか言っていない。
康太が自他ともに認める善人ならばともかく、康太は自他ともに認めるほどの結果重視の魔術師だ。
その過程で何があろうととりあえず結果が望むものになればそれでいいという考えでいる以上、危険であることに違いはない。
「でも副本部長はそれを君に直接言ってきたのかい?なかなか挑発的だね」
「えぇ、俺としてはこんなに正面切って喧嘩を売られたのは久しぶりなのでちょっとテンション上がってます」
「魔術師は基本回りくどいことをする人が多いからね・・・そういう意味では確かに珍しいかもしれないけど・・・」
魔術師は自分が望む結果を引き寄せるためにいろいろと策を講じるものだ。その途中で康太の目的とぶつかり戦うことはあっても、康太と戦うために正面からそれを宣言する者はほとんどいなかった。
彼我の実力差を理解していなかったり、事情があって仕方がなく戦いを挑んだりといったことはあったが、互いの戦力や実力差を理解しながら望んで戦いを挑んできた人物はかなり珍しい。
そういう意味もあって康太は少し興奮していた。
「君としては勝つ気満々ってわけだ・・・ローラローの拿捕に使う人材はどの程度にする予定なんだい?」
「俺の使える手札全部使うつもりです。コネも武器も道具もなにもかもですね」
康太はこの戦いに勝つつもりだった。ローラローとその一派を捕まえて副本部長の前に引きずり出して満面の笑みで勝利宣言するつもりだった。
仮面をつけているから笑みは見えないだろうということは置いておいて。
「なるほどね・・・それで、まずは情報ってところかな?」
「えぇ、支部の方で包囲網自体は作成していましたよね?その経過を可能な限り早く確認してほしいです」
「はいはい・・・で、その間に君は戦力を整えると」
「そういうことです。今回は師匠や姉さんにも来てもらおうかなって考えてます」
その言葉に支部長を含めほとんどの者が「え・・・?」と声を漏らした。反応しなかったのはアリスと智代だけだ。
「正気かい?ジョアならともかくクラリスまで?」
「えぇ、せっかくなんで最大戦力を出したいじゃないですか。副本部長だって手勢を連れてくるわけでしょ?それならドカッと一発強めの一撃を与えたいわけですよ」
「・・・いやぁ・・・それはちょっと承認しかねるなぁ・・・いやわかるよ?気持ちはわかるけど・・・」
小百合一派が一堂に会して攻略作戦をするなんてことになったらどのようなことになるか目も当てられない。
かつて四法都連盟の治める京都の地でその三人での攻略作戦を行った時は小百合もほとんど本気を出さなかったために被害は最小限に抑えられたが、あいにく今回は小百合の機嫌もそこまでよくないことも相まって被害が大きくなる可能性が高い。
支部長としては容認しかねる提案だった。
少なくとも今回の相手がどのレベルかも判明しないうちにその決断を出すことはしたくはなかった。
日曜日なので二回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです




