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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
三十一話「その有様」

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驚異の姿

「随分とたくましくなったのね、ビー」


その声を聞いた瞬間に、多くの魔術師が驚きその声の主の方を向いた。康太もその中の一人だった。


その先にいたのは和服を着た一人の女性。仮面をつけているために素顔を確認することはできなかったが、康太はその人物の声を知っている。


そしてその人物を知っているのは康太だけではなかった。


「アマリアヤメ・・・なぜあなたがここに」


その名を口にしたのは本部長だった。


アマリアヤメ。本名岩下智代。小百合の師匠にして、日本支部において強大な戦闘能力を持つ、すでに現役を引退した魔術師。


その名を知るものは多く、本部でも未だに恐れるものがいる。そしてどうやら反応を見る限り本部長もその一人であるらしい。


「アヤメさん、どうしてここに?」


康太の問いに智代は柔らかく微笑みながらゆっくりと康太の近くまで歩み寄ってくる。


「サリーから連絡をもらったのよ。あなたが大変なことになっていると教えてもらってね。少しは力になれると思ってやってきたの」


その口調は穏やかだが、仮面の向こう側にあるその瞳は以前と変わらない。


奥底までのぞき込むかのようなその瞳、神加のそれに似ているその瞳に、康太は少しだけ動揺してしまっていた。


「すいません、ご迷惑を・・・」


「何を言っているの。孫弟子が困っているのだから助けるのは当り前よ。あなたの場合、あなたがなろうとしてなったわけではないのだから、胸を張りなさい」


そう言って智代は康太の背中に手を添える。小百合のように力強く叩くのではなく、ゆっくりと背を押すように添えられた手は、康太の体に力を与えているかのようだった。


「さて・・・本題に戻ろうかしら。久しぶりねハール。その後も変わりないようでよかったわ」


ハール。ハール・ヴォッシュ。それが本部長の術師名だ。本部長と直接知り合いで、おそらくは智代がまだ若いころに関わりを持っていたのだろうことがうかがえる。


その声には懐かしさのようなものが秘められている。もっとも本部長の方には苦い記憶があるのか、どう反応したらいいのかわからないのか、言葉に詰まっているという印象を受けた。


「いったい、何をしに来たというのですか?あなたはすでに現役を退いたはず」


「えぇ、私の弟子に一大事だと聞いたから、老体に鞭を打ってやってきたということよ。本当だったらクララがやるべきことなのかもしれないけれど、あの子がやると話がこじれてしまうから、今日は私が代理できたの」


小百合が来ないのは単純に面倒くさいという理由だけではなく、智代に止められたからだったのだろうとその場の全員が理解した。


いや、正確には小百合の性格を理解しているもの以外全員だ。小百合の性格上来るなと言われたから仕方なく来ないのではなく、来るなと言われたという大義名分を得て意気揚々と来ないというだけの話だろう。


面倒くさがりの小百合がこのような面倒ごとに望んで首を突っ込むはずもない。


「すでに今は若い世代に移り変わっています。あなたのことを知らないものもいたのではないですか?周りには本部の人間が警護に当たっていたはずですが」


「えぇそうね。ここに来るまでも三回くらい呼び止められたもの。この会合を誰にも見せたくなかったのかしら?若い人に随分強引に引き留められたから、年甲斐もなく嬉しくなってしまったわ」


その言葉を聞いて多くの魔術師がこの部屋の外を索敵し始めた。文ももちろんその一人だ。


この部屋に入ることができないように、あるいはこの部屋から出ることができないようにかなりの人数が集められていたのだろうことがうかがえる。


だが、その大半がすでに戦闘不能状態になっていた。


その場にいたのは本部の精鋭といってもいい部隊だったのだろう。かろうじて意識を保っている者や、再び動き出そうとしている者もいる。


だがそれらすべての魔術師が総出になっても、智代がここに来るのを阻むことができなかったという事実にその場の全員が戦慄する。


何より恐ろしいのは、物的にも人的にもほとんど被害を出していない点だ。相手を完全に無力化することがどれだけ難しいのかこの場の多くの人間が理解している。


物を破壊せず、人体も大きく損傷させず、ただ戦闘能力だけを奪い無力化する。圧倒的な実力差がなければできないような芸当を本部の精鋭を相手にしている。


それだけこの女性の力が恐ろしいのだと理解しながらも、日本支部の支部長などはむしろ当然といった様子でもあった。


小百合や奏、幸彦の師である智代が弱いはずがないのだ。歯牙にもかけず倒すなど、本部の精鋭が相手であっても赤子の手をひねるのと同義であるらしい。


「でも若い世代に変わっているというのであれば、まだ教育が足りないわね。きちんと説明して、相手の目的を理解して、そこから戦いを挑むべきだわ。でなければあんなふうにやられても文句は言えないもの」


「・・・覚えておきましょう。貴女のような女性に対して失礼な行動をとったことは、皆に言い聞かせておきます」


この場のほとんどの者は気づいていないだろう。気づいているのは直接話している本部長と、すぐ横にいる康太、そして少し離れたところにいるアリスだけだ。


智代がわずかではあるが、殺気を放っているということを。そしてそれが恐ろしく重く、鋭く、本部長だけに注がれていた。


「それで、この子をどうするつもりかしら?封印指定にしようとしているというのが、本部の総意ということでかまわないのかしら?」


今までの話の経過までは確認できなかったのだろう。とにかくまっすぐ、とりあえずこの場にやってくるのが智代の目的だったようである。


今の段階でどのような話の流れになっているのかは把握しきれていないようで、智代は説明を求めるように周りを見渡し始める。


「では今までの内容を軽く説明しましょう。ブライトビーの体の状態を説明し、封印指定にするべきか否か、今はメリットとデメリットの話をしていました。そして仮に封印指定になった後、どうするかというところで」


「私が来たということね。大まか流れは理解できました」


智代は小さく微笑みながら康太の前に立つと、本部長にまっすぐに視線を向ける。


「ビーは普段通りに生活するといっていて、敵に回れば容赦はしないといっている。私も同意見だわ。私は、私の身内に手を出すというのなら、容赦はしません」


その瞬間、智代から放たれる殺気がこの場にいる誰もが理解できるほどに強くなる。


多くの者が冷や汗を流し、言葉を放つことすらできなくなるほどの威圧感を周囲に振りまいている。


デブリス・クラリスの師匠、アマリアヤメ。現役を退いてなおこれほどの圧力を放つことができるのかと、彼女を知るほとんどの者が彼女の脅威度のレベルを数段引き上げた。


全盛期の彼女を知っている者からすれば、あの頃よりは数段劣ると感じられたが、知らないものからすればこの圧倒的な殺気に戦意そのものを削がれてしまうだろう。


「そう睨まないでいただきたい。まだ結論は出ていないのですから」


「あらそうだったの?ビーに対して随分と睨みを利かせている人がいるから、てっきりもう封印指定になることが決まっているのかと思ったわ」


そう言いながら智代は視線を動かす。


その視線の先にいたのは人事を担当しているローラローだった。


智代に見られたローラローは一瞬その身を強張らせた。智代がどのような視線を感じ取ったのかは不明だ。


康太や小百合が自らに向けられる視線や感情をある程度察知できるように、智代も同じような技術を持っているのだろう。


彼女の場合はさらに自分だけではなく他人に向けられている敵意や悪意といったものも感じ取れるらしい。


「あなたは・・・私の知らない人ね。お名前を聞かせていただいてもいいかしら?」


掌を差し出して、静かな声でそういった智代に、ローラローは冷や汗をかきながらゆっくりと口を開く。


「・・・人事を担当しています。ローラローと申します。貴女の話は、時折耳にしています。日本支部所属、アマリアヤメ」


「そうなの?どんなことを言われているのか気になるわね」


笑いながらも、智代の目は笑っていない。そしてその視線はローラローから離れない。完全に彼女に狙いを定めているようだった。


康太からして、ローラローから殺意を向けられたような気配はなかった。だが智代が何かを感じ取っているのであれば、何かがあったのだろうと勘付く。


「アマリアヤメ、彼女が・・・ローラローが、何か?」


「いいえ、ただビーに対して何やらよからぬことを考えていそうだったから、少し警戒してしまっただけの話よ。封印指定の話をするこの場で、彼女はビーの進退ではなく、別のことにご執心のようだったから」


智代の言葉にローラローの体の緊張が強くなる。同時に副本部長の視線がローラローに向き、同時にほかのいくつかの方へと移っていく。その中には康太も含まれた。


「ローラロー、聞かせてもらえないかしら?この場所に居ながら、ビーのいったい何に気を取られていたのか」


発言だけを見れば言いがかりにも近いのだが、智代には確固たる確信があるように思えた。何より、ローラロー自身がそれを認めているかのように、冷や汗をたらしたまま口を動かすことができていない。


智代の問いに対し何と答えるべきなのかを考えている節があり、同時にその威圧感に気圧されてしまっているという感もある。


「ぶ、ブライトビーを封印指定にしないように、何かメリットはないかと考えていました。それでそのように思われたのかもしれません」


「それは誰に対してのメリットですか?貴女にとっての・・・それともこの場にいる、何人かのお仲間とのものかしら?」


智代の微笑みと優しい声とともに、ローラローに向けられていた視線が一瞬この部屋の中にいる数名に向けられる。


数人がわずかに身を強張らせる中、智代は問いを続ける。


「ほぼ全員が、ビーの進退に頭を巡らせている中で、何故あなた方だけが別のことを考える余裕があるのか、不思議でしょうがないの。どのようなことを考えていたのか、教えていただけないかしら?」


智代の奥底までのぞき込むようなその瞳に耐えられなくなったのか、視線とその威圧を向けられていた魔術師の一人が勢いよく立ち上がると、智代めがけて魔術を放ち攻撃を仕掛ける。


だがその攻撃が智代に届くことはなかった。


瞬時にウィルの鎧を纏った康太が、智代とその攻撃の間に割って入り、その攻撃を叩き落としたのだ。


「困ったわね、私は争うつもりはなかったというのに・・・攻撃されてしまったのでは、仕方がないわね」


その声は決して大きなものではなく、つぶやくような大きさだった。だがその場にいたほとんどの者がその声を聞いていた。


耳の奥まで、鼓膜から脳まで響くようなその声を。


誤字報告を五件分受けたので二回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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