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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
三十話「神の怒りは、人の恨みは」

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ぐちゃぐちゃの心は

「ビー」


康太の強い発光によって、一時的に戦闘が停止していた隙を見て、文は康太のもとにやってきていた。


康太は意気消沈しているようで、このまま戦闘が続行できるとは思えなかった。


「・・・ベル、協会に連絡してくれるか?医療系の魔術師を何人か用意しておいてほしい」


「・・・いいのね?」


まだ生きている魔術師をしり目に、文はつぶやく。だが康太は心底納得がいっていないように首を横に振った。


「・・・いいわけあるか。こんな奴が生きていていいはずがあるか!・・・でも・・・でもさ・・・俺にどうしろっていうんだ・・・なぁ・・・」


康太は自分の鎧となっているウィルに触れながらそう問いかける。だが当たり前だが、ウィルからの答えは返ってこなかった。


答えられるはずがないのだ。答えることができるはずがないのだ。何故ウィルが康太を止めたのか。その答えはもうでない。それがわかっているからこそ、康太は自嘲気味に笑い、そしてため息をつく。


「こいつは死なせない・・・こいつは、殺せない」


「・・・そう・・・連れて帰るのね?」


「あぁ・・・協会に連れて帰る。誰にも文句は言わせない」


「わかったわ。協会には連絡しておく。あとは、残りの連中を倒せばいいだけだけど」


文が視線を向ける先ではまだ戦いが続いていた。だが康太が倒した魔術師はこの戦場にいる敵の中では最も強い魔術師だったのか、敵対している魔術師たちの覇気が徐々に失われていることに康太は気づけた。


そして相手の勢いが失われていることに、多くの魔術師が気づいたのか、徐々に攻勢を強め、すでに大勢を決するほどになっていた。


「あとは時間の問題かしらね・・・ビーは迎えが来るまではどうする?私とトゥトゥは残敵掃討してくるけど」


「・・・俺はこいつを見張ってる。二度と逃がさないように、死なせないようにしておく。悪いけど、後は頼む」


「わかった。しっかり休んでなさい。私たちはここにだれも近寄らないようにしてくるから」


そういって文は磁力の魔術を発動して宙を舞う。


自分とこの魔術師以外誰もいなくなった場所で、康太はゆっくりと腰を下ろしていた。


ウィルが椅子となりその腰を受け止めると、康太は大きくため息をつきながら自分の額に手を当てる。


「なぁ・・・どうすればいいんだよ・・・どう折り合いをつけろっていうんだよ」


自分を止めたウィルに康太は問いかける。ウィルだって幸彦を殺されて何も思わないはずがなかった。


少なからず幸彦の敵を討ちたいと思っていたはずなのだ。だが実際は違った。ウィルは康太を止めた。この魔術師を殺させないとそう主張した。


幸彦の願いが何だったのか、康太には知る由もない。あの時の幸彦の言葉をなぜもっとしっかりと聞いていなかったのかと、康太は強く後悔していた。


もう思い出そうとしても思い出せない。ウィルが鎧となっていたために唇の動きも見えていなかった。


あの時幸彦が何をウィルに託したのか、何を願ったのか、康太はそれを理解したくて、理解できなくて、歯を食いしばる。


この魔術師は殺せない。康太がこの男を殺すのを、おそらくウィルは拒むだろう。


だが康太の中に存在する怒りと恨みはそう易々と消えることはない。


この男を殺しても消えるかわからなかったのだ。この男を殺せないとなると、この怒りを、この恨みを、少しでも緩和させることがどうやってできるだろうか。


この男を殺すためにここに来た。この魔術師を殺すためにここに来た。だというのに肝心なところで邪魔をされた。


ウィルに悪気があったわけではないだろう。ウィルにも何かの考えがあったのだろう。それは理解できる。だが納得できるはずがなかった。


そんな時、康太は思い出す。


自分が言った言葉だ。自分が発した宣言だ。


「思い知れ・・・俺は・・・俺の身内に手を出した者を・・・許すつもりは・・・ない」


自分の言葉を、ゆっくりとなぞるように口にした康太は、その言葉を再び繰り返す。


「思い知れ・・・俺は・・・許すつもりはない・・・!」


その目には殺意とは違う何かが宿っていた。


人間が抱く感情の中で、それは一種の負の感情だ。


恨み。


康太は自分の言葉を繰り返し、目の前で倒れたままの魔術師を見ながら目を細める。


そう、許す必要などないのだと。許すことなどあり得ないのだと。思い知らせる必要があるのだと。思い知らせなければならないのだと。


全ての者に、すべての魔術師に、康太の怒りを、康太の恨みを。


「思い知れ・・・俺は・・・!」


康太のつぶやきを聞いている者は、康太の身近にいるウィルしかいなかった。康太の観察をし続けているアリスですら、そのつぶやきは聞こえていない。


強い怒りと憎しみを込めた言葉と視線の本当の意味を知るのはもう少し後の話だ。


康太の怒りと憎しみは、多くの魔術師たちに恐怖を植え付けることとなる。
















「・・・終わったなぁ」


「そうね、無事に殲滅できて何よりだわ」


残敵掃討が終わり、調査班の人間が多く活動を始める中、倉敷と文は彼らの護衛をするべく動いていた。


護衛といっても新たに敵がやってこない限りはただ待機しているのと変わらない。特に倉敷のように索敵が使えない人間にとっては敵が来るという知らせが入るまで休んでおきながら調査班との距離を一定に保つくらいしかできることはなかった。


文は一定の距離を保ちながら索敵を常に発動し、周囲の様子をうかがっている。万が一増援などがやってきた際には即座に周囲に敵の存在を知らせなければならないだろう。


「にしても・・・本当にすごいなあいつ。さっきまで辺り一面ボッコボコだったのに・・・」


「そうね、さすがは封印指定といったところかしら?」


先ほどまでこの辺り一帯はアリスの魔術によって地形ごと変化が加えられていた。だが今はその変化はなく、元の地形の状態になってしまっている。


アリスが敵の掃討が終わったと確認した時点で、変化させた地形を元に戻したのである。


それほどの大魔術を簡単に使用できるあたりさすがはアリスというべきだろうか。それだけの出力を容易に出せるというのは何か秘策があるのではないかと文は考えるが、そのあたりを考察しても意味がないことを思い出し首を横に振る。


「アリスなんだから何をしても不思議はないわ。少なくとも周りから攻められる可能性が少なくなったんだもの、そこは感謝しておきましょう」


「そうだな。これだけ開けてれば敵が来たらすぐにわかるし。それよりも問題は・・・」


倉敷の視線が少し離れた場所にいる康太の方に向く。


康太のいる場所は今回の敵対勢力たちがまとめられている場所だ。ほとんど全員が気絶させられ、捕縛されている。アリスもそこにいた。


「あいつ・・・大丈夫なのか?さっきものすごい輝いてたけど」


「・・・訓練段階じゃわからなかった部分が出たのね。見た目完全に人じゃなくなってたけど・・・まぁそのあたりはいいわ」


「いいのかよ。人間やめたってのは聞いてたけど、あんなの見たことなかったぞ?」


「存在そのものが変わったんだもの、あれくらいの変化があったほうがむしろ安心できるわよ。体の方はまだわかりやすい変化で助かるわ」


体の方はとあえて口にした文の意図を、倉敷はほぼ正確に理解していた。


「あいつの精神状態ってどんな感じなんだ?今にも暴発しそうなのか?それとももう落ち着いたのか?」


「正直私にもわからないわ。なんていうか・・・ビーの中でもまだ整理ができてないんだと思うの」


「気持ちのってことか?」


「それもあるわね。あとは状況の整理。話を聞く限り、ウィルがビーを止めたらしいのよ。あの魔術師を殺すのを」


「・・・そうか・・・だから・・・」


康太があの魔術師を生かしていることに倉敷は強い違和感を覚えていたが、そういった事情があったのかと悩む。


倉敷は康太とともにいるウィルという軟体の魔術について多くを知っているわけではない。だが勝手に動いて勝手に何かするという行動をとるあたり、何かしらの考えを持っているというのは理解していた。


そしてウィルが幸彦の最期に立ち会ったのも知っているために、何かしらの理由があるのだなと、何となく察していた。


それがどのようなもので、康太が納得できるものだったのかどうかまでは不明だが、少なくとも何かしら思うところがあってあの状態になっているのは間違いない。


「座り込んだままだけど、前の状態よりはマシなのか?」


「そうね、前よりはずっといいと思うわ。考えが後ろ向きになってないもの。むしろこれからのことを考えてるって感じ」


それが良いことなのかどうかはさておき、かつて小百合の店で延々と落ち込んでいた状態よりはましな精神状態であると文は考えていた。


実際あの時よりもずっと康太の思考はしっかりしている。何をするべきなのか、何をしたいのか、何をしなければならないのか、そういったことを考えられるだけの思考能力は残している。


問題があるとすればあの魔術師がまだ生きているということだろう。


「ベルはいいのか?あの魔術師が生きてても」


「・・・わからない。私も殺してやりたいって気持ちはあるわ。バズさんを殺した相手ですもの・・・でも、一番あいつを殺したがってたビーが止めてるんだもの」


「・・・ただ何となく止めただけだったら?」


「それはないわね。ビーも今頭の中がぐちゃぐちゃになってると思うわ。アリスがついてるから大丈夫だとは思うけど、しばらくはそっとしておいてあげましょ」


「それまでは俺らが代わりに働くと、そういうことね」


「そういうこと。こういう非常時にビーを支えるために私たちがいるのよ?頼むわよトゥトゥ」


「いつの間にかお前らの身内にカウントされててつらいんですが・・・別にあいつを支えたいとか考えたことないんだけど」


「そのあたりはご愛嬌でしょ。シャキッとしなさい」


文は口ではしっかりはっきりとした言葉を言っているが、実際はかなり動揺していた。


康太があの魔術師を生かした理由、確かにウィルが止めたということは驚いたが、それ以上に驚いたのは康太がそれで止まったことだ。


何かがある。その何かを聞くにはあまりにも時間がなかった。


帰ったら絶対に話をしようと、文は心に決めていた。


日曜日なので二回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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