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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
三十話「神の怒りは、人の恨みは」

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気持ちを込めて

「それと、他の支部からも似たような提案をもらっているんだよ。それぞれの環境において、ある程度暴れても問題なく隠蔽工作ができるようにって」


「それはありがたいが・・・あいにく私たちはこいつほど無駄に暴れるつもりはないぞ?」


「無駄にとはなんだ無駄にとは。適切と言え」


「過剰に暴れたところでいいことなどない。示威行為であるというなら善処するが、今回はあくまで相手の拠点の攻略だろう?」


「そうだね、わざわざ大きな被害を出す必要性は正直感じられないかな」


むしろ大きな被害を出すことによって得たい情報が得られないことも考えられるために、無駄に暴れるのは避けたいところだ。


無論相手の戦闘能力が高いということであれば激しい戦闘になってしまうのも無理のない話なのだが。


「よその支部からそれだけの提案を引っ張り出したことは素直に感心するが、やや過剰な心配だと思うぞ?」


「・・・本当にそう思うかい?」


支部長は視線を小百合に移す。それにつられて春奈も視線を小百合に移した。


そこにはやる気満々なのか普段なら隠している殺気をわずかに漏らしている小百合の姿がある。


支部長が今度は康太の方に視線を移すと同じように春奈も康太の方に視線を移した。


そこには普段なら絶対にありえないであろう程のやる気をみなぎらせている康太の姿がある。


「本当にそう思うかい?」


「・・・すまん、今回に関しては多少警戒しておいたほうがいいかもしれないな。特にこの二人に関しては」


「なんて失礼な奴だ」


「そうですよ、俺を師匠と同列に扱わないでください」


どっちもどっちだとその場のほとんどの魔術師が思っただろうが、今はそのようなことは置いておくことにする。


「ベル、万が一の時はお前がビーを止めるんだ。トゥトゥ、お前も頼むぞ」


「はい、任せてください」


「頑張りますよ」


康太と一緒に行動する文と倉敷に最後の望みをかけたのか、春奈は文と倉敷の肩を掴んで力強く康太を止めるように言い含める。


小百合に関してはどうしようもないが、康太はまだ止めようがある、止められると思っているのだろう。


どうあがいても小百合は止められないと思っているあたりは長年の付き合いの結果だろうかと康太は苦笑する。


「はいはい、ということもあってね今回は戦闘班に来てもらったわけ。各地によって隠蔽用のストーリーが違うから、それぞれ覚えておいてね。その災害にそぐわない結果が起きてしまうと少し不審がられてしまったり処理が面倒になるからそのつもりで」


国や場所によってそれぞれ起きる災害などは異なる。そのため今回は戦闘班にあらかじめ出す被害を限定させるのが目的であるようだった。


火災、地震、嵐など多岐にわたる自然災害の中で人為的に起こせるものなど限られてくる。


魔術師であるがゆえにそのあたりは多少融通が利くとは言え、やはり本来の災害の規模には勝てない。

そのため被害を出すのなら計画的に行わなければいけないのである。


「支部長、結果的にその災害に結び付けばいいのか?それとも現地ですぐに災害を起こすのか?」


「ことがすべて終わってそれからだね。戦闘後、後処理が始まってからそのあたりの準備に取り掛かるから・・・戦いが終わってから約半日はかかっちゃうかな?」


それでも半日程度で災害を起こす準備が整うあたりさすがというべきだろうか。魔術師個人ではそれほど大きなことはできないが、組織ぐるみで人海戦術を用いて行動すればかなり大きなこともできるようになる。


そういう意味では協会の組織としての強みを全面的に出すことにつながるといえるだろう。


「保管してある書類とか物品とか全部回収ですよね?」


「可能ならそうしてほしいね。得られる情報は全部得てほしい。可能なら敵も生かして尋問に使いたいと思っているよ」


そういいながら支部長は小百合と康太の方に視線を向ける。殺すなよと暗に言っているのはすぐに理解できた。


最も理解できたとしてそれに従うかどうかは別の話だ。


「その拠点そのものはどうする?災害ということで破壊するのであれば、ある程度壊してしまっても構わないのか?」


「そのあたりは状況を見てかな。もしかしたら今後使えるかもしれないし、破壊することそのものがまずい可能性もある。現地を見ていないから何とも言えないけど、たぶん壊して大丈夫だと思うんだよね」


拠点の中にいったい何があるかわからないために一概には言えないが、少なくとも敵の拠点を使えなくするというのは非常に重要なことだ。


破壊するのは簡単であるためにそこまで難しい話ではないが、問題なのは破壊することそのものがまずい場合だ。


活性状態の方陣術があったり、地形的に破壊すると周囲を巻き込むなどのことがないともいえない。

その辺りは現場を見てからでないと判断できないため難しいところだった。


現場の判断にゆだねるしかないのが支部長としては悔しいところではあるがこれが指揮者の限界といえるだろう。



















作戦決行当日、康太たちは事前に打ち合わせをしていた各支部へと移動していた。


すでに攻略のために必要な個所に移動するということで、康太たちはロシア支部に足を運ぶこととなっていた。


多くのものが戦闘用の魔術師装束を身に纏う中でも、康太のそれはかなり異質のものとなっている。


まだウィルを鎧化させていないとはいえ、体の節々に装甲のようなものを取り付け、槍と双剣を携えたその姿は魔術師のそれとはいいがたい姿となっている。


これでウィルを鎧化させればさらに魔術師の姿からはかけ離れることだろう。


そして康太ほどではないが倉敷もまた精霊術師といえるか怪しい姿をしている。


魔術師の外套によく似た外套に身を包み、不完全な仮面に加えて頭部を守るためのヘルメットのようなものをつけている。だが決して視界を阻害するものではなく、それが倉敷の専用装備として作られた特注品であると気付くのに時間は必要ないだろう。


さらに倉敷は常用の道具として携帯できるサイズのボードを所持している。


見方によってはそのボードは盾のように見えるかもしれない。かなり大きな、所謂タワーシールドと呼ばれる区分のそれに見えなくもない。


そして倉敷は康太の装甲によく似たものを背負っている。大きさは康太の装甲よりもさらに大きく、カバンを背負っているように見えるかもしれないが、外套を着こんでいるためにその装甲を見ることができた者はほとんどいない。


文はこの三人の中で最もおとなしい、おとなしいという表現が適切かは不明だが、姿をしている。


一番魔術師らしい姿とでもいえばいいだろうか。シンプルに外套と仮面だけで収められている外見は、彼女が一般的な魔術師であるということを周囲に印象付けた。


だがその外套の下は鞭や杭、鋼線や砂鉄などといった自分用の装備を詰め込んだものとなっている。


そして三人に連れ添う形でアリスがその場にいた。アリスに至っては魔術師の外套すら身に着けていない。彼女がつけているのはかつて幸彦からもらった仮面だけだ。それ以外は完全に普段着というやる気のなさ。


いや自然体でいるという意味では彼女らしいというべきだろうか。


基本的に誰かに合わせるということをしない彼女がこうして行動しているだけでも奇跡的と思うべきかもしれない。


ロシア支部からの動き出しの順序はあらかじめ伝達されている。


今回の現場から最も近い小型の空港に向かい、そこであらかじめ用意されている小型飛行機に乗り込み現地へ向かう。


ここで飛行機で向かうチームと魔術によっての移動を行うチームに分かれることになる。


今回の場所は道も存在していないような荒野だ。現地に向かうにしてもいろいろと面倒ではあるが手段を講じる必要がある。


その中で康太が選んだのが飛行機での移動だった。


小百合の弟子が飛行機で現地に向かおうとしているという事実に、多くのものが戦慄を覚えたことだろう。


だが康太としては飛行機を落とすつもりは毛頭なかった。


「ビー、準備はいい?」


「まだ現地についてもいないんだから、そんなに準備する必要もないだろ。飛行機でどれくらいだっけ?」


「二時間以上はかかるっぽいぞ。空路の関係で迂回するとかなんとか言ってたし」


空中の移動ルートというのは実はかなり綿密に決められている。無論、常に決められたルートを確実に守れるというわけではないが、そのルートを外れるたびに連絡、伝達をしなければ空中で衝突するという事故が発生することとなってしまう。


あらかじめ決められたルートを通るためにもいろいろと申請が必要になる。特に今回は特定の場所を通るように申請を出したために多少回り道が発生してしまうのである。


「そのあたりは仕方がないわな。のんびり待とうぜ。しかも今回乗る飛行機ってそこまで大きくないんだろ?」


康太が想像しているような飛行機は所謂旅客機で、空港などに止まっているイメージがあるが、それよりも小型と言われるとどの程度のものなのかわからなかった。


プロペラ機程度なのか、あるいはそれ以上の大きさなのか、飛行機にはあまり詳しくない康太はそのあたりはよくわからなかった。


「しかも到着地点からスカイダイビングでしょ?パラシュートなしで」


「まぁそのあたりは全然気にしないけどさ。装備なくても死にはしないし」


「普通は気にするところなんだけどな」


一般人であれば飛行機から何の装備もなしに飛び降りることは自殺に等しいが、康太の場合はその程度のことは日常茶飯事となりかけている。


文も倉敷も空中での移動方法を確立しているためにそのあたりで後れを取ることはない。


同様に、飛行機での移動を選択した魔術師たちは空中での移動を可能にしている者が多いために装備が用意されていなくとも何も問題はないのである。


「問題があるとすれば、各地点に到着してからの目的地の捜索だな・・・調査班がうまくやってくれればいいけど」


「そのあたりは運ね。場所までは完璧にわからなかったし。あくまでこの辺りっていうのがあるくらいだから。あと二カ月・・・いえ、あと一カ月時間をくれればもう少し精度を上げることもできたんだろうけど・・・」


文はそういいながら悔しそうにする。


たったあれだけの時間で魔術を一つ改良したのだから並大抵のことではないのは以前アリスが言っていた通りだ。


これ以上を求めるというのは少し酷というものである。


「そういえばアリスは高いところは平気なのか?」


「なんだ藪から棒に」


「いや、今回って飛行機の上から飛び降りるから平気かなと思って。今までアリスがすごい高いところから飛び降りてるところ見たことないからさ」


アリスの今までの活動全てを見てきたわけではないが、そもそもアリスが激しく戦闘を行っているところは見たことがなく、なおかつ高速で動いているところも見たことがない。


さらに言えば高高度からの落下という状況も今までやってきたことがあるように思えなかったのである。


康太たちは基本的に常に空中にいるといっても過言ではないくらいに飛び回る。高い機動力を有している康太たちに比べるとアリスの機動力や空中での対応能力がどれほどのものなのか気になったのである。


「そんなことか。私をだれだと思っている。空中高くから落ちることなど何度もやった。私は戦時中にも活動していたのだぞ。飛行機からの緊急脱出など何度もやってきた」


「何度もやったってのが気になるところだけど・・・それなら安心だ。とりあえず途中までは情報収集を頼みたいんだけど」


「・・・具体的には?」


「高いところから落ちてる状態だと目的地がよくわからなくなるから、落下位置の誘導だけ頼みたい。現地だと目印らしい目印もないからな」


康太の頼みにアリスはふむと小さくつぶやいて腕を組む。何もするつもりはないと支部長には言ったが、その程度ならば構わないかもしれないと考えているのか、アリスは悩みだす。


康太の言うように現場には目印らしい目印などないに等しい。


康太たちが向かう場所は荒野の中に敵の拠点があると思われるのだが、航空写真などではその建物の姿は確認できなかった。


となれば地下にそれらがあると考えるのが自然だ。高高度からの落下中に荒野の中にある地下建造物を探し出すことができるほど、康太たち攻略班の中に高い索敵能力を持つ者はいない。


「よし分かった。ならば一番槍は私がもらうが、構わないな?」


「ほほう?アリスさん案外やる気満々ですか?」


一番槍などというなかなか攻撃的な表現に康太は少し楽しそうに笑っていた。


アリスは今回の作戦に関しては支部長に言っていたように、自分について翻訳するだけのつもりだと思っていただけに康太は少しだけ意外だった。


「満々・・・というほどではないがな。私も少しばかり手を貸してやる。だが開幕の一撃だけだ。そこから先は、お前がやれ」


「言われなくても。アリスにも俺の獲物は渡さないぞ」


「ほほう、そういわれると奪ってやりたくなるものだ。一撃で終わってしまったら、その時は恨むなよ?」


「ハハッ。どうしたよ、妙にやる気出してるじゃんか。らしくもない」


らしくない。康太の言葉にアリスは自嘲気味に笑う。アリス自身、らしくない行動をとっていることに関して自覚があるのだろう。


だがだからこそ、それをするべきなのだとアリスの中の何かが告げているのだ。


「なに、そういえばこれの礼をきちんと返していなかったなと・・・そう思っただけのことだ」


アリスはそういいながら自分の着けている仮面を触る。


それを見て康太は目を細め、アリスがらしくない行動をとるその理由を理解する。


何も感じないはずがない。アリスとて、何百年と人の死を見てきたアリスだって、人の死に多少の感慨を受けることはあるのだ。


康太はそれを理解して、それ以上アリスをからかうことはしなかった。


「まぁあれだ、ほどほどにな。俺と違って、お前はいろんなところからにらまれてるんだから」


「ふん、睨まれているからなんだというのだ。私の十分の一も生きていない童どもに睨まれたところで痛くもかゆくもない」


「はっはっは、ごもっとも」


「私よりもお前の方がよく睨まれておるだろうよ。本部の人間が今回の戦いを覗き見ていないとも限らんぞ?」


「はっ!師匠の殺気に比べればその辺の有象無象の視線なんぞそよ風みたいなもんだっての。どうぞ勝手に覗き見てくださいってな」


「ふふ・・・確かにな」


康太とアリスは互いに笑いあう。


これは弔い合戦だ。世話になったものに対する、与えられた者たちができる唯一のことだ。


そして誰のためにもならない自己満足の世界でもある。


「なぁアリス」


「なんだ」


「別に本気を出さなくてもいいけど、一発しかやらないっていうなら、その一発にお前の気持ちをしっかり込めろよ」


「・・・あぁ、よく覚えておこう」


アリスは自分の小さな手のひらを見て笑う。どれだけの気持ちを込めればいいのか、すでに何百年も生き、人の死に慣れすぎた彼女が、いったいどのような気持ちを込めればいいのか、アリスは考えていた。

康太が感じたような悲しさや憎しみか、それとも多くのものが感じた無力感か。


そのどれでもないなとアリスは小さく息をつきながら、拳を握りゆっくりと目を開く。


その眼光に秘められた感情が何なのか、アリスは理解していた。


誤字報告を十件分受けたので三回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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