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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
五話「修業と連休のさなかに」

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酒と面倒の香り

組手の訓練をもうどれだけ行っただろうか。三人がそれぞれ汗をかいてきた頃、真理の携帯が震えだす。誰かからの着信が入っているようだった。


その相手はすぐにわかった。なにせ真理の表情が僅かに曇ったからである。


そう、康太と真理の師匠である小百合からだった。


「はいもしもし、師匠ですか?・・・はい・・・えぇ大丈夫です・・・わかりました・・・」


短い通話の後真理は小さくため息を吐いた後で携帯を自分のポケットの中にしまうと大きく肩を落とす。


「今から駅まで迎えに来いだそうです。ちょっと行ってきますね」


「行ってきますって・・・あぁ、車で迎えに行くってことですか?」


「はい、タクシー代を浮かせたいんだそうで」


今回の旅行に来ているメンバーの中で車の運転免許を持っているのは二人だけ。車の所有者である小百合と真理だ。小百合が酒を飲んでしまっている以上車を運転できるのは真理だけだ。


タクシーで帰るのが嫌なら真理を迎えによこす以外に方法はないのである。


非常に理に適っているとはいえ呼び出される真理としてはため息を吐きたくなるのも仕方のない話だろう。


少なくとも康太もこの状況ならため息をついてしまう。


「なんていうか、小百合さんらしいというかなんというか・・・大変ですね」


「あはは・・・もう慣れてしまいましたよ。それにタクシーを使うよりは経済的ですからね、今回ばかりは仕方有りません」


一人でタクシーに乗るとなるとその負担も大きくなる。小百合がわざわざタクシーに乗りたくないという考えも至極自然なものだ。


もし康太がその場にいても、もし誰かが車を運転できる状態なのであればその人に頼るかもしれない。


今回ばかりは小百合に対して悪態をつくというわけにはいかなかった。


「なら俺も行きますよ。多少師匠の相手くらいはできるでしょうし」


「でも・・・さすがにそれは・・・」


「酒を飲んでる状態の師匠だとかなり面倒ですよ?運転の邪魔にならないように気を引くくらいはできますよ」


小百合がタクシー代わりに真理を呼び出したことはまだいいが、酔っ払っている小百合がどのような行動をとるかが問題なのだ。


ぶっちゃけて言えば小百合は酔うと非常に面倒な状態になる。


先日の酔っ払い状態の小百合を見ているだけに、康太は酒を飲んだ状態の小百合を強く警戒していた。


最悪運転している真理に対してちょっかいを出すことだって考えられる。そうなるといつ事故を起こしても不思議はない。


そんなことにならないように康太がある程度抑えていないと安全に運転などできるはずもない。


ここで自分が動かなくて真理が事故を起こしたなんてことになったら目も当てられない。ここは自分が動くべきであると康太は決めていた。


「助かります。文さんは留守番をしておいてくれますか?お風呂の用意と軽く片付をお願いします」


「わかりました。って言ってもほとんど散らかってませんけどね」


先日の小百合の暴飲暴食に比べれば今の別荘の中は非常に片付いている。


あるものと言えばスナック菓子の袋と食べこぼしくらいのものだ。軽く布巾で拭いてしまえばすぐに片付いてしまうだろう。


「にしてももうそんな時間になってたんですね・・・ちょっと集中しすぎたかな・・・?」


「そうですね・・・ちょっと根を詰めすぎましたか。とりあえず行きましょうか」


文に留守番を頼み、康太と真理は車に乗り込むと駅まで小百合を迎えに行くことにした。


きっと酒を飲んでかなり面倒な状態になっているだろう。


わざわざ相手をするのは面倒だが、真理にばかり面倒を押し付けるわけにはいかない、兄弟子は自分が助けてやらなければと康太は意気込んでいた。


「駅までどれくらいでしたっけ?」


「そんなに時間はかかりませんよ。ついでにいろいろ買っていきましょうか。何か欲しいものありますか?」


「そうですね・・・この時間でもやってるスーパーありましたっけ?軽く菓子類を買っておきたいですね」


「二十四時間営業のスーパーですか・・・近くにあったかな・・・?」


最悪コンビニでもいいかなと思いながら真理はゆっくりと車を走らせ始めた。


別荘の周辺にはあかりはほとんどなく、月明かりも木々によって遮られている。その為車のライトが唯一の光源だった。


すぐ近くに公道があるとはいえ、やはり夜遅いという事もあり、なおかつこの場所がそこまで都会ではないという事もあって照明も非常に少ない。


公道に出てもその光量はほとんど変わらなかった。


道がどこに繋がっているかを示す程度の光、恐らくこの場所に人がいようものなら反射材でも着けておかない限り認識できないだろう。


人が少なくなればその分光は少なくなる。人が多くなればその分光は多くなる。


不思議なもので人が作り出す光というのはその場所にいる人の量によって変化する。必要であるならその場所にあり、必要がないとされれば排除される。


必要最低限という言葉が最も適切だろう。この道にある光はまさにその言葉を体現しているようだった。


小百合を迎えに行く中で、康太は車の外を眺めていた。暗闇と月の光と見えない景色。時折通り過ぎる照明だけが康太の目に映っていた。


別荘から少し離れた最寄駅。夜遅くという事もあって人は少ないがそれでもやはりゴールデンウィーク。小百合と同じようにどこかで飲みに行って帰ってきた中年層の人々がちらほらと視界に入ってくる。


駅の照明に集まるように屯する人々、そしてその全てが酒の匂いを帯びている。それはこの場で真理を待っている小百合も同じだった。


その吐息からは僅かに酒の香りが含まれ、その顔は僅かに紅潮している。朝比奈と飲んでいたという事もあり彼女はあまり酒を飲んでいない。少し飲み足りない程度の認識だったがたまにはこういうほろ酔い状態も悪くはないと思っていた。


酒のせいで上がった体温が外気にさらされることで徐々に冷まされていく。微風が吹くたびに冷えた空気が服の中へと潜り込んでいき、その体の熱を奪っていく。


そんな中小百合はあることに気付いていた。


酒を飲んでいてなお、小百合のその感覚は冴えわたっていた。だからこそ目を細め周囲の様子を窺っていた。


周囲は何の変哲もない駅前だ。酔っ払いがいる程度で目を見張るような異常があるわけではない。


そんな中、ゆっくりと小百合の車が駅前までやってきた。その運転席には真理が、後部座席には康太が乗っているのがわかる。


「師匠、お待たせしました」


「あぁ御苦労・・・戻るか・・・ってなんだこの袋は」


「あぁ、ついでにいろいろと買出しを」


「師匠の出迎えより買い物を優先とは・・・ひどい弟子達だ全く」


小百合は薄く笑みを浮かべながら悪態をつくと後部座席に座り込む。何故康太が一緒に来ているのかは気にしなかったがこの状況では好都合であると考えたようだった。


「それじゃ行きますけど何か買って帰るものとかありますか?途中にスーパー見つけましたけど」


「・・・いや、今はいい。すぐに戻るぞ」


すぐに戻る。小百合にしては随分殊勝なことだと思いながら康太と真理は一瞬視線を合わせる。


酒を飲んできたにしては妙に落ち着いている。やはり朝比奈に迷惑を掛けないようにセーブしてきたのだなと二人はやや安堵していた。


だがそれでも少し妙だった。小百合の事だから帰りに酒を買って別荘で飲むのだとばかり思っていたのだ。


なのにすぐに戻るという。もしかしたら酔った状態で電車に乗ったせいで酔ったのかもしれないと思い、真理は可能な限り安全運転をすることにした。


もし車の中で吐かれては大変だ。康太も小百合に水を勧め、少しでも彼女の体調に気を配ることにした。


「今別荘にはあいつ一人か?」


「はい、文さんが片付とお風呂の準備を含めて残ってくれています。今日はお風呂はどうしますか?」


「あぁ・・・私はシャワーだけでいい」


目を閉じて小百合は腕を組み何かを考え始める。酒を飲んだ後に風呂に入るのはいろいろと危険だというのはわかる。だが今の小百合が何かおかしいというのは康太も真理も感じ取っていた。


大人しすぎる。酒を飲んだにしてももう少し康太たちに何かあってもいいはずだ。もちろん悪い意味で。


なのに何もなさすぎる。もしやこの小百合は偽物ではないかと二人が思っていると小百合は視線を鋭くし進行方向を見つめた。


「ジョア、ブレーキだ。ビー、お前は後方警戒」


唐突に術師名を呼ばれたことで康太と真理は一瞬呆けるがすぐにその意味を理解した。


真理はブレーキを踏み、康太は後部座席から後方に視線を向けていた。


ブレーキの甲高い音が響き車体が大きく傾く中、小百合の目はそれを捉えていた。


そして数秒して真理の目もその姿を視界の中に入れていた。それは人間だ。何の変哲もないただの人間に見える。


照明の少ない公道のほぼ真ん中にいるその人物は二本足で立ち、こちらにゆっくりと歩いてきている。顔はうつむきこちらからはその表情を見ることができない。


唯一異常があるとすればその歩き方だろう。意識がもうろうとしているのか、それともどこか体に異常があるのか、その歩き方がおぼつかない。


まるでロボットのように不自然な、それでいて不安定な歩みだった。


「師匠・・・あれ・・・」


「・・・あれだけじゃない。よく見ろ」


「・・・師匠・・・後ろから誰か来てます」


小百合と真理から大幅に遅れて康太もそれを目にしていた。後ろから数人、前方にいるそれらと同じようにゆっくりとこちらに歩いてきている人々。


その歩き方はおぼつかない。一歩一歩不確かな足取りでこちらに歩いてきている。


服装からして若い人だろうか、シャツにジーパンといった軽装だ。誰一人荷物を持っていない。ただこちらに歩いてきている。


ゆっくりと、ゆっくりと、車を取り囲むように動いているそれらが異常であると気づくのに時間は必要なかった。


接近することでようやく見えたその顔があまりにも虚ろで、意識があるかどうかも定かではなかったのである。


小百合が術師名で二人を呼んだことから、康太はこの現象が魔術によって引き起こされているという事を理解していた。


「うわ・・・なんですかこれ?ゾンビか何かか?」


「ゾンビならまだよかったがな・・・恐らく操られている。轢いて強行突破したいところだが轢いたらこっちが免停になるな」


「そんな事言ってる場合ですか、生きてるかどうかだけでも確認しないと」


今自分たちを囲うようにやってきている人々が操られているのは間違いない。問題は彼らがすでに死んでいるか否かだ。


「操られてるって・・・どうやって?魔術ですよね?」


「操ること自体は難しくはない。雷属性の魔術を使えばいい。筋肉を無理やり動かして操るんだ。そうするとまるで糸でつるされた操り人形のようないびつな動きになる」


丁度こんな具合になと言いながら小百合は不機嫌そうにため息をつく。


人間の体、正確に言えば筋肉は脳から発せられる電気信号によって動いている。脊髄的な反射もそうだが大抵は微弱な電気によって操作されているのだ。


要するに彼らは魔術的な干渉によって強制的に動かされているのだという。


そんなことが本当にできるのかと思ったがそれほど難しい話でもないらしい。どこかに核を埋め込みそこから電気信号を発すれば人間ゴーレムの出来上がりだ。

問題は新鮮であれば死体でも操れるという点である。


人間の体は、いや生物の体は死んでも数時間までは問題なく動くことが可能だ。特に死後硬直が発生するまでは電気を送ればその筋肉は収縮を繰り返す。


今二人が危惧しているのはこの場にいる操られている人々がすでに死んでいるか否かである。


もし死んでいるのであればそれ相応の対応を、もし生きているのであれば可能な限り助けなければならない。


その表情から意識があるとは思えない。その顔色を見ても周囲の暗さやあまりの異常性に正しくその人たちの状態を測ることはできなかった。


「師匠・・・これってどういうことですか?私達を狙ったのか、それとも私たちが偶然巻き込まれたのか」


「恐らく前者だな。駅についた時点で妙な視線が絡みついてきた。早く帰ろうとしたんだがどうやら無駄だったらしい」


先程の小百合の言葉に違和感を覚えたのはここだったのかと康太と真理は小さく項垂れる。


まさかあの時すでに変調を感じ取っていたとは。それが魔術的な感知なのかそれともただ単なる彼女の勘なのかは不明だが、彼女の予想は最悪の形で的中したことになる。


狙われていたとなるとちょっとやそっとではこの集団はどいてはくれないだろう。


「どうするんですか?このままだとこの状態で囲まれますよ?」


「悠長にもしていられんか・・・」


「文さんがいれば何とかなったかもしれませんが・・・失敗しましたね・・・」


周囲の人々の体を操っているのは十中八九雷属性の魔術だ。その為雷属性を得意としている文ならば多少の対処はできたかもしれない。


だが運悪く彼女はこの場にはいない。そうなると進行方向にいる人間を一人ひとりどかしていかなければならないだろう。


目の前にいる人間の数は十数人、これをすべてどかすとなると容易なことではないだろう。


とはいえ車で直進してもしこの人達を轢き殺したら罪に問われるのは真理だ。そんなことをさせるわけにはいかない。


「全員潰してもいいが・・・それだと後始末が面倒だな・・・まったく七面倒くさいことをしてくれる・・・」


「この人数叩きのめしたらかなり目立ちますよ?さすがにダメでしょう・・・」


「俺が行って道を開けさせますか?操られてるだけなら俺でも・・・」


周囲の人間が魔術的な力を持たないただの人間であるのなら康太でも十分に相手はできるだろう。


むしろ蹴散らすくらいのことは簡単にできそうである。もちろん全員を倒す必要などない。飽くまで車の進行を邪魔する者だけを排除すればいいのだ。


露払いくらいはするつもりで周囲を睨む康太に対して、小百合は眉間にしわを寄せながら周囲を確認している。


「・・・それもいいが・・・ジョア、一人攫うぞ、準備しろ。ビー、そっちの扉を開けておけ、そいつらが入り込まないように応戦しておけよ」


小百合が小さくため息を吐いた後、僅かに指の骨を慣らす。その行動の意味を真理は理解していた。


康太は何か考えがあるのだという事を察して後部座席の扉を開く。それを確認したのか周囲の操られている人々は開いた後部座席に向けて歩を進め始めている。


両者同時に魔術を発動すると、康太たちが乗っている車の周囲に猛烈な風が吹き荒れる。


車を中心に周囲に吹き荒れる風は、取り囲むように歩いてくる人々を軽く押しのけていた。


だが押しのけるのが限界で吹き飛ばすことはできていない。むしろそれでよかったのだ。


僅かな隙間ができると同時に真理はアクセルを踏み込む。それと同時に小百合の魔術が発動した。


康太が開けておいた後部座席に向けてたむろしていた一人が吸い寄せられるように飛んでくる。


空中に持ち上げられ、まるで超能力でも使っているかのようだった。


そしてその動きと小百合の手の動きが連動していると気づくのに時間は必要なかった。


捕まえたのは一人の男性だった。車の中に入れられると同時に暴れようとしていたが即座に康太が抑え込み混乱は避けられた。


「いいぞ、出せ」


「了解です!掴まっててくださいね!」


周囲の包囲を突破すると同時に真理は軽快に車を走らせてその場から離れていく。


道の途中で時折操られた人間を確認できたが車の速度に追いつけるはずもなく康太たちを乗せた車は公道を一気に走り抜けていった。


誤字報告を五件分、そして土曜日なので合計三回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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