二人の劇薬
運搬班と戦闘班はやることが単純であるために説明も地形データと手続きなどの手順くらいのものだったが、情報班に関してはそれだけでは終わらない。
周辺の索敵と警戒、内部の索敵とその伝達、内部から出ていくものがいればその追跡と報告、内部に残された情報の収集と解析などなど、挙げればきりがないがそれだけの内容を一挙に引き受けなければならない状態であるらしかった。
戦闘班は殲滅が終了し、手が空けば情報班の手伝いを、運搬班は情報班とやり取りをし、適切なタイミングで帰りの足を確保し行動する。
やるべきことが明確に決まっている中でも、おそらく情報班が最も臨機応変な対応とそれぞれに対する的確な指示を求められることになる。
情報班に配置される魔術師は多くが専属の魔術師など、協会に直接指示をもらって動いていたようなベテランが多い。
もちろん運搬班や戦闘班にも支部長クラスの人間と信頼関係を築いている者が多い。
それだけの人材がここにそろっているのは恐ろしく、同時に頼もしい限りだった。
「さて、状況はある程度理解してもらえたと思う。この中で危険視すべき敵の存在について教えておこうと思う」
各拠点の地形的情報を伝え終えた魔術師は、いくつかの情報を提示する。
それは今まで敵対した魔術師たちの中で戦闘能力が高かった者たちについてだ。
康太たちが接敵したものはほとんどが捕縛されているが、他の支部が戦闘を行った魔術師はそうではないものも多い。
そんな中で高い戦闘能力を持っている魔術師をリストアップしたらしい。
その中には件の四分の一しか装飾のなされていない仮面の魔術師もいた。
そしてそれ以外の場所にも、似たような仮面をつけた魔術師の存在が確認できた。
四分の一しか装飾されていない魔術師は他にもいるらしい。画面上に映し出されているのは左上だけが装飾されていたが、おそらくは右上、右下、左上、左下などの魔術師がいるのだろう。
康太たちが接触した魔術師は右下だけが装飾された魔術師だ。
それ以外の者もいるとなると、康太たち以外の場所も決して安全とは言えない。とはいえ四カ所すべてが敵の拠点というわけでもない。
担当が決まっているのか、それともただ単に活動圏がその四カ所なのか、どちらかは不明だが似たような戦闘能力を持っているのは間違いないだろう。
「ベル、あのクォーターの仮面をつけた魔術師はどの程度の実力だ?」
話にしか聞いていない小百合は、画面に映し出された魔術師の中でも、康太たちから聞いていた四分の一の仮面をつけた魔術師の実力について気になっているようだった。
「・・・一対一であればバズさんが勝つと思います。ですが・・・」
「・・・あの人は周りの仲間を放っておけない人だったからな。そういう意味では狡猾さも持っているということか」
幸彦よりは弱いという考えを持ちながらも、幸彦の弱い部分を適切に突き、状況をより良い方向にもっていけるだけの状況判断能力を持っていると小百合と春奈は理解したようだった。
間違ってはいない。だからこそ文はそれ以上何も言わなかった。
使う魔術に関してもすでに伝えてある。万が一攻略する場合もうまく対処してくれることだろう。
問題は他の四分の一の仮面を持つ者たちだ。どのような力を持っているのか、どのような戦い方をするのかは想像できない。
同程度の力というだけで、どのような特徴を持っているのかの情報は今のところないに等しい。
「師匠、もし万が一相手が味方を人質にとるようなことをしても、迷わないでくださいね」
「ほほう。弟子のお前が私の心配をするか・・・気持ちはわかるが、そのような甘さは私にはないよ」
甘さ。春奈は味方を気遣うことを甘さといった。
幸彦のそれも、おそらく春奈は甘さというだろう。だが春奈はその甘さが嫌いではなかったのだ。
それが幸彦の美徳でもあったがゆえに。
「ベル、私には心配するのにこの馬鹿にはそういった心配はしないのか?」
「クラリスさんは、まぁ、そういうことは気にしないかなと」
「ひどい言われようだ。私だって迷うことくらいはするぞ」
「でも斬りますよね?」
「当たり前だ。一秒くらいは迷ってやる」
それでも一秒だ。少し悩んでそのあと無理だと判断すれば小百合は間違いなく斬る。
それができるからこそ小百合は今の立場にいるのだ。やさしさと甘さを履き違えない彼女だからこそ、小百合は強いのだ。
「それにベル、お前は私たちよりも、もっと別のことを心配するべきだ」
小百合はそういいながら視線を移す。映し出された四分の一の仮面を見て、まったく視線を動かさない康太の方に。
康太がいったい何を考えているのかは小百合にもわからない。そして文にも。だがいったい何をしたいと考えているのかはわかる。
仮面の奥にある瞳に宿る怒りと殺意を、近くに居る文は感じ取っていた。
どのように声をかければよいのか、どのように感情をやわらげればいいのか、文には分らなかった。
このままでいたほうがいいのか、そんなことを考えた時、康太の肩を軽く叩いた者がいた。
「んなしかめっ面してどうしたよ。ガラにもなく緊張してるのか?」
それは倉敷だった。周りが魔術師だらけの中だというのに、精霊術師である彼は堂々としている。
もはや慣れたものだというかのように、彼は軽口を言いながら康太の肩に自分の腕を乗せる。
「仮面付けてんのに表情なんてわからないだろ」
「そんだけ殺気振りまいてりゃわかるっての。もうちょっとリラックスしろって」
そういって倉敷は康太の背中を叩く。今まで自分がそうされてきたように、自信を持てと言われてきたときのように、康太の背中を力強く、心強く叩く。
「余計なもんは全部俺とベルが何とかしてやるから、お前はガンガン前に出ていきゃいいんだよ。いつも通り勝手にやってろ、俺らがいつも通り合わせてやっから」
倉敷はそういいながら笑う。
お前が勝手をやるのはいつも通りなんだからと、いつも通りであることを強調しながら笑みを崩さずに康太の背を再び叩く。
「随分頼もしいな。お前らしくもない」
「俺だって、あの人の仇は討ちたい。あの人には世話になったしな」
倉敷の言葉に康太とそれを聞いていた文は目を細めた。
短い時間だったとはいえ、倉敷は幸彦と共に戦った。一緒のチームとして助けられたし、気遣ってもらった。
精霊術師として生きてきた倉敷にとっても、幸彦の存在は大きかったのだ。
「だからってんじゃないけど、張り切るなっていうのは無理だ。でもお前みたいに気負いすぎるのは一番よくない。試合の時も、スタートの時は練習の時と同じくらいのテンションの方がいいんだよ」
それは対人スポーツをやっている人間だからこそ感じることだった。倉敷にとって戦いが試合と同じなどというつもりはないが、気負いすぎていては勝てるものも勝てなくなるのは道理である。
「いつも通りってのは口で言うよりずっと難しいかもしれないけどさ、もうちょっと肩の力抜けよ。お前らしくもない」
実戦になれた康太がこういった場で、妙に気負っているというのは確かにらしくないのかもしれない。
倉敷の言うように、口で言うのは簡単だ。だが実践するのは至難の業だ。今の倉敷だっていつもの自分らしくないセリフを吐いているという自覚はあるのだろう。
だからこそ、あえて康太にはいつも通りであるように努めさせようとしていた。
文が康太をいつもの状態ではないといった時から、これは必要なことだと理解している。
このチームは康太が中心になっているのだ。その康太が崩れてしまっては、このチームは成り立たない。成り立ったとしても、危険な状態のままだ。
「あいつの顔を・・・ってか仮面を見るとどうしてもな・・・気楽に行けってのは無理な話だろ」
「無理でもだよ。お前が一番前に立って戦うなら、後ろの連中にお前の戦いが見られるんだぞ?半端な戦いしてると、お前の師匠にどやされるぞ?」
そういいながら倉敷は近くに居る小百合に視線を向ける。
確かに倉敷の言う通りだ。これでみっともない戦いをすれば、小百合にお叱りをもらうのは必然だろう。
小百合が康太の戦いぶりをリサーチするとも思えなかったが、少なくとも情けない戦いをして負傷などすれば雷が落ちるのは間違いない。
「わかった、わかったよ。全力を出せるようなコンディションにしろってことだろ、あと二日で」
「よくわかってんじゃんか。俺も気持ちを落ち着かせるようにするけど、お前の場合はベルがいるんだから、せいぜい癒してもらえよ」
「ちょっとトゥトゥ、あんたそれセクハラに近いわよ?」
「別にいいだろ?お前らそういう関係なんだから。俺みたいな独り身はつらいぜ」
そういいながら倉敷は笑う。倉敷が話しかけ、康太が反応し、文が会話に混ざったことで康太の内から放たれる殺意はわずかに緩和されつつあった。
今の精神状態を維持できればいいのだがと文は思う。だがそれも難しいだろう。実際に敵を目の前にすれば、康太はもう止まらない。
とはいえ倉敷の言い分ももっともだ。自分が康太を癒して、それで康太の精神が落ち着くのであればと文は考えていた。
「お前たち、じゃれあうのは戻ってからにしろ。鬱陶しい」
「すいません師匠。師匠はあんまり暴れすぎないでくださいね」
「失礼な奴だ。私がいつ暴れすぎたというのか。私はいつも適正な規模で暴れている」
「どの口がいうのか」
小百合の言葉にとっさに春奈がそう漏らす。小百合からすれば適性なのかもしれないが春奈からすればやりすぎなのは間違いないようだ。
おそらく支部長の目からしても同じようにやりすぎに映るのだろう。
そして一つ康太は気がかりなことがあった。
「師匠はどっちの移動手段で行くんですか?飛行機か魔術か」
「飛行機だ。いざという時役に立つ」
小百合が堂々と言った役に立つという言葉がいったいどのような意味を持つのか、その場のほとんどの人間が理解していた。
万が一の時は落とすつもりだなと。
飛行機を落とそうものなら、直撃した部分は魔術で防御しきれるものではない。一種の質量爆弾だ。
小百合と同じ飛行機には絶対に乗りたくない。かつての支部長の言葉が頭の中で響く中、その場の全員が苦笑してしまっていた。
「さて・・・全員資料は受け取ったね」
全体の説明が終わった後、日本支部の作戦参加者は支部長室に集まっていた。
今回支部長に集められた面々は何度か康太も見たことがあるような魔術師が多かった。
その中でも特に目を引いたのが小百合の天敵、アマネだった。
小百合は極力アマネから離れようと康太や文、倉敷や春奈を盾にしているが、アマネも小百合の存在に気付いてしまったからか執拗に近づこうとしている。
この場で戦いが起こってしまうのではないかと思えるほどに危険な雰囲気が漂う中、そんなことは勝手にやってくれと言わんばかりに支部長は話を進める。
「今回は先の説明にあったように四カ所の同時攻略になる。それぞれ配置を確認してほしい。戦闘班は現地までの移動ルートと現地の地形データを頭に入れておいてほしい。運搬班は移動ルート、タイミング、手続きなどを確認して、情報班との連絡方法の確立を頼みたい。情報班は現地についてからの索敵及び隠匿などやってもらうことが多い。各班でリーダーを決めて活動するようにお願いするよ。各地ごとに日本支部でのリーダーを指名するから、その人はなるべく統括をするように」
そういいながら、支部長は各地に向かうそれぞれの班のリーダーを決めていく。他の支部との連携が重要になるために、こういった指揮系統を確立することは重要なことだ。
特に今回は本部が絡んでいないために、支部同士で連絡を密にとりあう必要がある。今までのように本部を介しての行動はできないのだ。
「各地での行動になるために、それぞれ他の支部としっかり連絡を取ってうまく連携してほしい。あと、一応重ねて言っておくけど、やりすぎないように。特にクラリス」
「私を名指しとは失礼な奴だ。私はいつだって適切な手法しかとっていない」
言い訳をするはずもなく堂々と胸を張る小百合に、多くの魔術師が内心首をかしげたことだろう。
適切とはいったい何だろうかという声が聞こえそうな中、支部長の大きなため息が部屋の中に響く。
「君ならもっとまともな手段も使えるだろうにいつもいつも面倒くさい方向に話をもっていくんだから。今回はそういうのなしで頼むよ?特に君どうせ飛行機に乗るだろうけど、絶対に落とさないでよね?」
「任せろ」
これほど信用できない任せろも今まであっただろうか。小百合の発言は全く信じられないものであるのはここにいる全員が理解していた。
そして小百合とともに飛行機に乗る面々は自らの未来を予想してか祈りだすものもいる。
「まぁこんなクラリスだけど、戦闘面ではかなり優秀だ。中国方面に向かう戦闘班のみんなは上手い事クラリスが暴れられるように、巻き込まれないような位置で活動するのをお勧めするよ」
「なんだ、暴れていいのか?」
「お願いだから絶対に派手に暴れないでね。相手を倒すだけならいいから」
「なんだ・・・その程度か」
仮面越しでも小百合がしょんぼりしている様子に康太は苦笑してしまう。
だが康太はわかっている。これがただの演技だということに。
「師匠絶対言うこと聞く気ないでしょ?」
「当たり前だ。私がなぜあいつの言うことを聞かなければならない。徹底的に暴れてやるぞ」
「聞こえてるよ二人とも。お願いだからさ、頼むからさ、今回ばかりは僕に楽をさせてくれないかな?今回国をまたいでるからなおのこと面倒くさいんだよ」
国をまたいでの活動ということもあって確かに面倒くさいことは多いだろう。何せ基本的に康太たちは不法入国した状態で活動することになるのだ。
かつて小百合が飛行機を落とした時がどの程度面倒くさいことになったのかは知らないが、少なくとも数週間は眠れない日々を過ごすことになるだろうことは容易に想像できた。
しかもそれが日本支部だけの話ならばまだよいが、他の支部にも迷惑をかけるとなると他支部に多大な貸しを作ることになってしまう。
日本支部を統括する支部長としてはそれはあまり容認できないことだった。
「さて・・・ブライトビー、これは君にも言っておくよ。お願いだから暴れまくって面倒を起こすのはやめてね」
「俺もですか?ひどいですね、俺が師匠みたいに面倒なことを起こすと?」
「前にも言ったけど、君の場合クラリスと違った意味で面倒くさいんだよ。お願いだからまた非難声明を出させるようなことはしないでね。ていうか君あれ読んでくれたの?」
「・・・ははっ」
「あっそ、読んでないのね。はいはいわかってたよ!君も立派にクラリスの弟子だよ!」
師と弟子のそれぞれの反応に支部長はもはやこの二人に関しては本人に言っても無駄だと判断し、それぞれ対応してくれそうな魔術師に視線を向ける。
「アマネ、そしてライリーベル、君たちが最大にして最後のストッパーだ。何とかしてこの二人の暴虐を防いでほしい」
「任せてください支部長、クラリスはしっかり守って見せますよ」
「死ね」
小百合の歯に衣着せぬ物言いにもアマネは全く動じていない。本当になぜ小百合のことを好きになったのかわからない。
いったい何が彼をそうまで突き動かすのか。
「ライリーベルも、頼んだよ」
「わかっています。ビーを最大限支援します」
「・・・んっと支援じゃなくて止めてほしいんだけどなぁ・・・」
「善処します」
文の発言に、支部長の視線はとうとう倉敷の方に向く。倉敷が最後のストッパーになるのかと、多くの魔術師が精霊術師である倉敷に視線を向けた。
「・・・まぁ何とかしますよ」
頼もしい言葉に支部長は安心したのか、話を次に進めることにした。
誤字報告を十件分受けたので三回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです




