雷と水
倉敷は全力で動き続けていた。
少しでも気を抜けばその瞬間康太の攻撃が降り注いでくる。とっさに防御や回避をするものの水の壁を張ったり、強引に態勢を変えればその分康太を見失いかけてしまう。
高速で動き続ける康太の位置を確認し続けることは倉敷にとっても恐ろしいほどの集中力を要求した。
時折康太が強く発光することで、発見しやすくなるのだが、逆にその強い光によって、発光をやめた時、目が暗闇の中に紛れる康太を見つけにくくなってしまっていた。
今までの康太と機動力自体はそこまで変わらない。目で追えないことはなかったのだが、時折その視界から急に康太の姿が消える。
五メートル程度ではあるが、一瞬で移動することがある。通常の移動に別のリズムが加わることで見失いやすくなっていた。
倉敷は自分の体にかかる負荷を考慮しながら、上下左右前後構わず縦横無尽に移動し続けていた。
襲い掛かる攻撃から何とか逃げようとするが、康太がそれを許すはずもない。
だが康太も倉敷ほど機動力を有した敵と戦った経験は少ない。だからこそよい訓練になるのだが、徐々に倉敷の速度や動きにも慣れてきていた。
不規則でありながら、その動きには一定の法則があるように見えた。
倉敷独特の癖とでもいえばいいのだろうか、どんなに法則性がないように動いても、人間がそれを行っている以上癖が出る、好みが出る。
動きの偏りとでもいえるそれを感じ取り始めた康太は、徐々に倉敷との距離を詰めることに成功し始めていた。
徐々に康太が接近し始めている事実に倉敷も気づいていた。
単純に自分の速度が落ちたのか、それとも康太が速度を上げたのか、そのどちらかなのか倉敷には分らなかった。
もはや上下の感覚さえも希薄になりつつある中、康太との距離だけが絶対的な尺度となりつつある。
このままでは捕まる。そう判断した倉敷はあまり使いたくなかった手を使うことにした。
まだ練習段階で、こんな実戦的な訓練では使用したくなかった技だ。
接近してくる康太めがけて水の触手を放ちながら倉敷は水のしぶきを上げ、一気に上空へと駆け上がる。
康太もそれを追ってくる。当然のように水の触手をよけながら、まっすぐに倉敷めがけて襲い掛かってくる。
反応速度はさすがだなと思いながらも、倉敷は舌打ちしながらその技を使う。
康太がボードにたどり着いたとき、倉敷はボードの上にいなかった。
一瞬何が起こったのか康太はわからなかった。索敵を使っても倉敷はそこにはいない。それどころか倉敷はボードから降りて落下しているところだった。
だがそれを肉眼で見ることはできなかった。
倉敷は自らの体を薄い水の膜で覆い、周囲の風景を屈折させることで自身を見えにくくさせていた。
とはいえ光属性の魔術と違ってよくよく見れば見破れる程度のものだ。だが高速で動き続ける人間にとって、その微妙な変化を見つけることは難しい。
ボードに乗って移動しているという先入観を利用した囮。しかもボードは自分の主を乗せていないことを幸いとしているかの如く康太めがけて襲い掛かる。
なかなかむかつく小細工をしてくれるじゃないかと康太は笑ってしまう。だが倉敷はボードから落下し始めている。あの状態では地面と激突するのではないかと思っていた時、倉敷が再び滑走しているのが見えた。
それはボードと足を固定する部分の部品だった。正確にはその部分もまた小型のボードになっているように見える。
通常のボードでなくとも移動は可能ということなのだろう。大きな方のボードは離れたところでも行動できる攻撃手段兼盾代わり。あの小さなボードは最終手段の移動方法ということだろうか。
水の奔流と共に襲い掛かるボードを回避し、康太は再び倉敷めがけて襲い掛かる。
だが一瞬倉敷の姿がぶれたかと思うとその位置が若干変わる。
ほんのわずかな変化ではあるが、康太が移動すると倉敷の姿がわずかに歪むのだ。
康太は索敵を発動し何をされているのかを把握しようとすると、どうやら康太と倉敷の間に水のレンズを作り出し、倉敷の姿をゆがめているらしい。
本当に小細工するようになったなと康太は笑いながら自らの体を電撃と同化させ強力な光を放つ。
強力な光によって倉敷の影が作り出され、水のレンズもまた倉敷の姿をずらすのには不十分になってしまっていた。
水を使っての光の屈折。倉敷もまだ十全にその技術を発揮できるわけではないらしい。
だがその技術の一端はすでに身につけつつある。文の指導を受けたからか、あるいは春奈からそれを教わったのか、倉敷は徐々にではあるが新しい力を身につけつつある。
だがそれもまだ発展途上。今後さらに倉敷の成長が楽しみだと、康太は勢いよく倉敷めがけて襲い掛かる。
そしてそれを待っていたかのように倉敷は周囲の水を一気に康太めがけて集めていく。水で康太を封殺しようとしているのだろう。だが康太だってそのくらいは把握していた。
噴出の魔術の出力を最大まで上げ、さらに電撃による瞬間移動を併用し一気に地上部分まで落下する。
強い衝撃が康太の体にかかるが、倉敷の水の牢屋が完成するよりも早く逃げ出すことに成功していた。
そして着地と同時に倉敷のいる方へと飛び掛かりその体めがけてドロップキックを叩きつけていた。
あまりの高速機動に康太の姿を見失っていた倉敷は、康太の蹴りをよけることはできず、ボードから落ちて地面に転がってしまう。
「あー!くっそ!最後一瞬見失った!」
「ふははは!俺の最大速度だからな!一瞬俺も意識が飛びかけた」
噴出による加速、落下による加速、そして短距離瞬間移動の可能な限りの連続発動。
噴出の魔術による加速だけでもすでに人間の反応速度を超えつつあるのに、康太はそれすらも超えて加速した。
倉敷がその姿を見失ったのも仕方のない話だろう。
「でもよ、あの瞬間移動、デメリットとかないのか?」
「ある。使った後一瞬だけど隙ができる。いや、隙っていうか・・・俺がどこに移動したのかとかそういうのを把握するために必要って感じ。あと瞬間移動してから少ししないとまた瞬間移動できない」
「ふぅん・・・そういうもんなのか」
電撃を用いた短距離瞬間移動は康太の電撃同化状態ではないと扱えない。だが瞬間移動を使った後、電撃同化状態は解除されてしまうため再び電撃同化状態にならなければいけないのだ。
そのわずかなタイムラグがあるために通常の魔術のような連続使用はあまりできない。
こればかりは仕方がないことである。
「でもお前もいろいろやってたな。ボード切り離したり、水で光を屈折させたり、あれエアリスさんに教えてもらったのか?」
「あぁ・・・あの人も似たようなことやるからな。光を屈折させて位置を誤認させたり、迷わせたりできる。ただ索敵ができるようなやつ相手だとあんまり意味ないんだけどな・・・正直時間稼ぎにもならない」
「でも隙を作るには十分だな。一瞬迷わせてくれればあとは俺やベルが何とかできるし」
康太が倉敷に求めているのは戦力としてもそうだが、相手を撹乱するためのフォローだ。通常の魔術師ならば確かに見破ることは容易だろうが、目で見ているものを疑うというのは慣れていないとできないことだ。
倉敷が身につけようとしている技術は実戦においてかなり役に立つことは間違いないだろう。
「お前の光ってる状態ってさ、電気になってるわけだろ?」
「あぁ。一応な」
「その状態で水をかぶると電気が分散しちゃうとかないのか?」
「あぁ、一度アリスと実験したんだけど、とりあえずやってみてくれ」
康太はそういいながら自らの体を電撃同化状態へと変化させる。倉敷はそんな康太に水をかぶせる。
すると康太の体から電撃が水を介して周囲に分散されていき、康太の電撃同化状態は解除されてしまっていた。
「この状態でも、頑張ればまた光ることはできるんだけど・・・!」
康太はそういいながら踏ん張って電撃を放ち続け、少ししてから電撃同化状態へと至る。
だが通常のそれと比べるとやや時間がかかってしまっていた。
「なるほど、電気を通しやすい物質とかで浸ってると解除されるってことか・・・対処法はちゃんとあるんだな」
「そういう意味もあってお前と訓練しておきたかったんだよ。生粋の水使いだし、何よりこっちとしても対策が練られないわけじゃないからな」
そういいながら康太は自らの体に暴風の魔術を放って体にまとわりつく水を吹き飛ばしていた。
康太が使える風の属性の魔術の中で一番強力な風ならば、体にまとわりつこうとする水程度であれば何とか吹き飛ばすことはできる。
だが問題は津波の如く大量に押し寄せた時だ。倉敷が扱うように大量の水を使われたとき、どのように対処すればよいのかわからなくなってしまうというのが正直なところである。
康太が文クラスの風、あるいは炎を扱うことができたのであればまだ何とかなったかもしれないが、あいにく康太が使える術はそこまで高出力のものではない。
「なるほど、新しい力の実験台ってことね」
「お前もいろいろ俺相手に実験していいぞ?俺に当てられたら間違いなくほかの魔術師にも有効だからな。全員に有効とは言わないけど」
「お前以上に当てにくい魔術師なんているもんかよ」
「いるいる。土御門の双子なんてのは機動力はそこまでないけど予知があるからな。俺とは別の意味で当てにくいぞ」
魔術師に特性がある以上、康太にあてられるから他の魔術師全員に攻撃を当てることができるという方程式は成り立たない。
康太の出した土御門の双子という例も然り、アマネのような絶対的な防御能力を持っている者然り、どのような魔術師がいるかわからないのだから、そこに絶対という言葉は意味を持たないのである。
「いっそのことお前も武器持とうぜ。ボードはあくまで移動手段だろ?なんかこうさ、物理的な攻撃手段、あったほうがいいと思うぞ?」
「俺の場合は近づくことがないからな・・・いっそのこと弓とかでも使うか?ボウガン的なやつ」
「いいんじゃね?あの空中を滑りながら弓で打つとか格好いいじゃん」
康太と倉敷はそんな風に自分の戦い方に合うような形での武器を模索していく。
こういう時だけは年相応の男の子という感じがしなくもない光景である。
そして少し休憩した後、康太と倉敷は再び訓練を始めていた。
一種の自然災害のようになっていたのは言うまでもなく、周囲の魔術師が常に集中を強いられていたのもまた仕方のないことである。
その日の訓練は康太と倉敷が互いに気が済むまで続き、終わったのは空が白んできたころだった。
日曜日なので二回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです
 




