穏やかな夕食
「それじゃあ三人ともまた今度、修業頑張ってね」
「行ってくる。戻るころになったら連絡を入れるからな」
一度別荘に戻った後朝比奈は小百合を乗せて車で颯爽と走り去ってしまった。残された三人は満面の笑みを浮かべながら車が見えなくなるまで手を振っていた。
車が見えなくなるのを確認すると康太たちは大きくため息を吐いた後大きく伸びをしていた。
「よっしゃぁぁぁ!今日はゆっくり休める!朝比奈さんマジあざっす!」
「ふふ、師匠のことを悪くいうと後で怖いですけど、今はのんびりできることに感謝しなければなりませんね」
「小百合さんがいると昨日の二の舞になりかねませんしね・・・こういうのはあれですけど本当に助かりましたね」
三人が三人とも小百合がいない方が羽を伸ばせるという結論に至っているという事を小百合はどのように受け止めているのだろうか、そんなことを考えながらも康太たちは満面の笑みを浮かべながら別荘の中に入っていた。
先日の喧騒はもはや別荘の中には存在しない。今やこの別荘内は三人の魔術師による娯楽施設へと変化しつつあるのだ。
もっとも娯楽らしい娯楽などテレビくらいしかないのだが、そのあたりは今は置いておくことにする。
「それじゃあちゃちゃっと下準備しちゃいましょうか。康太君はお米を炊いてください、文さんは野菜を切ってくれますか?」
「了解です」
「わかりました」
今日の夕食を作るためにほんわかした雰囲気の中台所に向かう三人。これから小百合のいない平和な時間が訪れると思うと三人は自然と顔がほころんでしまっていた。
「そう言えば今日って一応ゴールデンウィークですよね?」
「そうですよ?それがどうかしましたか?」
「いや、なんか街にいた人で若い人の姿見なかったなと思って」
昼食を食べに行ったり朝比奈との商談のために移動した時に感じたことなのだが、自分より少し上の世代、つまり大学生くらいの人が少ないような気がしたのだ。
駅前に移動すれば大抵その年代の人間を確認できるものだ。ゴールデンウィークという長期の休みではなおさらである。
だが康太の目にはそれらしい年代の人々を見つけることができなかったのである。
もちろんゼロではないが大型連休の真っただ中という事を考えると異様に少ないように思えたのだ。
「そりゃこの辺りって若い人が遊ぶような場所がないからでしょ?ふつう大きな休みだったら遊園地とかそう言うところに行くわよ」
「確かにそうですね。この辺りにあるものと言えば自然や温泉・・・どちらかというとやや中年向けのラインナップですから。若い人たちが向かうのは都会の方でしょうね」
「あーなるほど、泊りがけでの旅行をそっちに行くのか・・・まぁそれもおかしい話じゃないか・・・」
文と真理に諭され康太はそれもそうかと思い直す。だがそれにしたって妙に若者の数が少ないような気がしたのは恐らく康太の気のせいではない。
実際に若い人が歩いていなかったのだ。出歩いているのは自分たちと同学年かそれ以下、あるいは真理よりもずっと上の社会人の者たちばかりだ。
大型連休なのだからこの辺りに住んでいる人間が適当に遊び歩くことも考えたのだが、文と真理の意見も間違っているとは思えない。
確かにこの辺りは遊ぶためにあるものが妙に少ない。若者ではこの街では退屈に思ってしまうのも無理のない話だろう。
康太たち魔術師からすれば街の喧騒もなくよく集中できる良い場所なのだが、普通の人間にそれを感じろという方が無理というものだ。
「地元の人はどこか都会へ、別の場所の人でもこの場所に来るのはご年配の方くらいなんでしょうね。私の年代の人がこの場所に来るのはむしろ珍しいのでしょう」
「確かにそうかもですね。俺も師匠の誘いがなかったらここに来ることなかったでしょうし・・・」
若い人がいないというのも納得できる立地をしているために康太はそれ以上疑問を持つことはなかった。
何よりこの内容を考えたところで何がどうなるというわけでもない。別にこの町が寂れようと栄えようと康太にとっては関係のない話なのだ。
「ところで二人ともカレーのお肉は何がいいですか?とりあえず一通りそろえてありますが」
「でかいのでお願いします。ガッツリ行ける奴で」
「そう言うと思った・・・私もそれでいいです。今日はボリュームのあるもの食べたいし」
「ふふ、分かりました。じゃあこの豚バラのブロックでも使いましょうか。これはしっかり煮込まないといけませんね」
男子高校生はとにかく大きな肉を好む。康太だけかもしれないが少なくとも肉があるというだけでうれしいものだ。
特にカレーと言えば康太も好きな料理だ。甘い辛いはその時々によるがそれに肉も入っているとなると今夜の夕食に対する期待はかなり高まっていた。
「あとはじゃがいもと人参、それに玉ねぎ・・・他に欲しい具はありますか?」
「カレーって言ったらそんなもんじゃないですか?ルーは辛口ですか?」
「いえ、私辛いのが得意ではなくて・・・中辛で我慢してください」
「大丈夫ですよ。夕飯が楽しみです」
康太たちは三人並びながら夕飯を着々と作っていった。徐々にカレーの良い香りが別荘内に満ちる中、その香りが三人の食指を刺激していた。
「うんうん・・・なかなかいい出来ですね」
「んん・・・んまぁ・・・すごくうまいです姉さん!」
「ホント・・・美味しいです・・・これは明日が楽しみですね」
日もくれた後三人は完成したカレーに舌鼓を打っていた。
真理の作ったカレーは野菜の甘みや肉のうまみが沁み出しまろやかながらピリリと辛い絶妙なカレーに仕上がっていた。
とろみがかったカレーは米とよく合い、三人はスプーンを頻繁に動かし続けていた。
夕食として用意したカレーはこの後一晩寝かし、明日二日目のカレーとして食すつもりだった。
カレーというのはどういうわけか二日目の方が美味しく感じるものだ。今日このおいしさならば明日はもっとおいしいだろうと康太と文は今から期待に胸を膨らませていた。
「今頃師匠たちはどこで飲んでるんでしょうね?朝比奈さんに迷惑かけてないといいけど・・・」
「それなら大丈夫ですよ。いくら師匠でも迷惑をかける相手くらいは見分けられますよ。特にあの人相手には頭が上がりませんからね」
「そう言えばあんまり詳しく聞いてなかったですけど、小百合さんと朝比奈さんってどんな関係なんですか?昔お世話になったとか言ってましたけど」
文の言葉に真理はカレーを食べていた手を少し止め僅かに唸り始める。どうやら彼女もあの二人の関係を詳しく知っているというわけではないようだ。
昔世話になったというのは本当なのだろう。実際に小百合は朝比奈に頭が上がらないようであったし何より朝比奈は小百合のことをちゃん付けで呼んでいる。仲がいいという言葉では片づけられない何かがあの二人の間にあるのは間違いない。
まるで親戚同士の付き合いのようだと見ていて思ったものだ。あれで何もなかったということはまず間違いなくないだろう。
「昔聞いたのは師匠の修業時代にいろいろ手ほどきを受けたり助けてもらったりしたということくらいしか・・・」
「へぇ・・・師匠の修業時代ねぇ・・・」
「あの人にも未熟だった時代がありますから、そう不思議な話ではありませんよ。当時からエアリス・・・文さんの師匠との仲は悪かったようですが・・・」
「そんなに昔から仲が悪かったんだ・・・っていうか付き合い凄く長いんですね」
小百合の修業時代というと軽く十年以上前の話になるだろう。小百合の学生時代の話となると康太たちはまだ乳飲み子の可能性だってある。それだけ昔にすでに朝比奈やエアリスと関わっていたのだから人間の歴史というのは計り知れないものがあるなとある意味感心してしまっていた。
それと同時にそれだけ長く付き合っているのにあの仲の悪さなのかと康太と文は若干呆れてしまっていた。
「それに朝比奈さんの奥さんも来るようですし、何かあればあの人が対応してくれるでしょう。もし面倒が起きたら私が後始末に行きますよ」
「え?でも姉さんばかりに押し付けるのは・・・」
「そうですよ、何かあれば手伝いますって」
真理ばかりが面倒を押し付けられることはない。もし何かあれば小百合を背負うことくらいはしようと思っている康太と簡単な片付くらいはしようと思っている文。
二人が自分を気遣ってくれているという事を理解している真理は嬉しそうに微笑みながら首を横に振る。
「ダメですよ、もし師匠が酔って何か面倒を起こした場合間違いなく夜中でしょう。そんなに夜遅くに高校生を出歩かせるわけにはいきません」
「・・・あの姉さん、それすっごい今さらです。俺ら魔術師ですよ?」
「・・・それもそうですね・・・でもいいんです、今はただの高校生という事で」
康太たちがただの高校生だったのなら夜遅くに外に出歩くのはあまり推奨できる行為ではない。だが康太たちは幸か不幸か魔術師だ。むしろ夜遅くに行動することが多いタイプの人間である。
そんな根本的なことを忘れてしまうあたり、実は真理は少し天然が入っているのだろうかと文は考えながらカレーを口に含んでいた。
あの師匠にしてこの弟子有りという風に傍若無人な一面がどこかしらにあるかと思っていたのだが、康太はさておいて真理は非常に常識的だ。
寝泊まりする空間を一緒にすることで今まで見えてこなかった一面が見えてくるかと思ったがそんなことはない。真理は常に自然体で自分たちを気遣ってくれる。
少し抜けているところというか、ほんの少しだけ天然っぽいところがあるがそれもほとんどないようなものだ。
意図的に年上として振る舞おうとしている節がある以外は普通の女子大生という感じである。
「まぁ私も面倒事の中心に飛び込むようなことはしたくないですけど・・・今まで真理さんってそう言う後始末的なことずっとやってきたんですか?」
「そりゃあもう、あの人が師匠になってから嫌というほどやってきましたよ。協会に呼び出されたことも数知れず、戦いに巻き込まれたことももう数えることもできません」
「・・・本当にお疲れ様でした。ずっと一人で・・・」
スプーンを振りながらあっけらかんと笑いながらそんなことを言っているが言葉の節々から今までの苦労が滲み出ていた。
今まで小百合の相手を一人で行っていたという時点でその苦労は今の数倍以上になるだろう。先日の酔った小百合の相手をしていた二人はその恐ろしさの片鱗をすでに味わっていた。
この人は少し休まないとまずい、そんなことを思いながら康太と文は互いにアイコンタクトをして今日は真理を休ませることに終始しようと心に決めていた。
誤字報告を五件分受けたので二回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです