レッツ情事
神加はウィルに包まれて安らかに眠っていた。
極度の疲労状態にあったのか、精神的に不安定になったからか、神加は眠り続けていた。そして神加が無事であるという安堵とともに、康太の心の中にはふつふつと怒りが湧いて出てくる。
可愛い妹をあのような目にあわせた連中を、どうしてやろうかと、どのようにいたぶってやろうかと、康太は頭の中で考え始めていた。
「コータ、今の自分の姿を見てみろ」
「え?」
アリスがもってきた手鏡を覗き込むと、そこには電撃を纏い、いつもよりも輝きを増し、わずかに電撃と同化すらしてしまっている康太の姿があった。
「おぉ!?さっきとおんなじだ!どうなってるんだこれ」
姿の変化に先ほどまでの怒りが一度収まったのか、康太は自分の体を客観的に観察しようと体を捻る。
怒りが収まっても康太の体は電撃と同化したままだった。発光し続ける康太に、アリスは手元からサングラスを取り出して光を放つ康太を見ながら目を細めた。
「・・・あと、お前に言っておくことが・・・というか確認しておくことがある。コータ、デビットや雷の精霊の存在を感じ取れるか?」
「え?そんなのあたりまえ・・・・・・あれ?」
今まで感じ取ることのできていた当たり前の存在の感覚がなくなっていることに康太はようやく気付けていた。
康太は自分の体から黒い瘴気を出したり電撃を出したりしてみながら、その存在を感知しようとしているが、一向にその存在を感じ取ることはできなかった。
そんな康太の姿を見てアリスは『やはりな』と小さくため息をつく。
「お前の体内にある異物は・・・デビットの術式と雷の精霊は、お前の一部として取り込まれてしまったようだの・・・それが良いことなのかどうかはわからんが・・・いや、もしかしたらその異物があったからこそ、お前という存在が消滅せずに済んだのかもしれんの」
「ちょっと待てよ、でも普通に力は使えるぞ?Dの慟哭も、この電撃も」
「そうだ。その体になったことで、お前はおそらくその二つの力を自分のものにしてしまったのだ。自分の手足のそれと同じように、自分の体の一部とできてしまったのだ。お前は封印指定百七十二号と雷の精霊の力をそのまま自分のものにしてしまったのだ」
そんな馬鹿なと、康太はアリスの言葉を否定したかった。だが否定できるだけの材料が一切なかった。
何より、康太自身が今のこの体とその力に馴染んでしまっているのだ。まるで最初からこうであったかのように、違和感が一切ない。全てが自分の力なのだという認識すらある。
だが今までいた厄介かつ頼もしい同居人が、いつの間にか自分自身になっていたというわけのわからない状況に、康太の頭は再度混乱してしまっていた。
「・・・まぁ一度に理解しろというほうが無理か・・・少しずつ自分の体の変化に慣れていくとよいぞ。今まで通りに魔術を使えるかどうかも怪しい。お前自身が変化してしまったことで、今までのお前の常識が通用しないこともあり得る」
「・・・一応普通に使えるけどな」
康太はそういって噴出の魔術を使って体を浮かせたり、遠隔動作の魔術を使って遠くのものを操ったりといろいろとやってみるが、今のところ何の問題もなく魔術そのものを扱うことはできていた。
だがアリスは首を横に振る。
「安心するな。お前の体は人間のそれではなくなっているのだ。何が起きるかわからんのだぞ?」
「って言われてもな・・・別に体がすり抜けるってわけでもないんだろ?」
「・・・最初、お前を見つけた時には私の手はお前の体をすり抜けたぞ」
「マジでか!じゃああれなのか?俺の体は時々透けるのか?」
「わからん。人間としての肉体は維持されている。人間としての細胞も臓器も機能している。だがそれら一つ一つが人間のそれではなくなっているのだ」
「・・・どういうこと!?」
「同じアイスでもスーパーカップからハーゲンダッツに変化しているのだ」
アリスのなんとも庶民的なたとえに康太は『あぁそういうことか』と納得してしまっていた。
そのたとえで納得できてしまうのもどうかと思ったのだが、少なくとも同質のものでありながら上質のものへと変化したということは理解できた。
「じゃあさっきの質問に戻るけどさ、この体のデメリットってなんかあるのか?今のところいいこと尽くしな気がするけど」
「どうなるかもわからんような爆弾を抱えたという意味ではよいことではないがな・・・私としては、お前が人間として生きられるかどうかも怪しくなってきているんだが?」
「どういうこと?」
「・・・お前は人間として死ねるのかといっているのだ。人から人ならざる者になったことで、人としての寿命そのものが機能しなくなっている可能性もある」
「・・・不老不死!?」
康太は不老不死のキャラクターにありがちな独特なポーズをとって見せるが、アリスはそれを茶化すほど事態を軽く見ていなかった。
「その可能性すらあるということだ。お前はもう少し事態を重く受け止めろ。それどころか、フミと子をなすことすらできん可能性だってあるのだぞ?」
「・・・マジ?」
「人ではなくなったのだからな・・・可能性はある」
康太は今まで言われたことの中で一番ショックを受けていた。その場に崩れ落ちるかのようにうなだれ、地面を何度もたたいている。
今までにないほどの絶望感が康太を襲う中、いろいろな引継ぎを終えて文が店に戻ってきた。
「アリス、康太は無事・・・みたいね、その様子だと」
文は地下に駆け込んできてアリスたちの様子を見た瞬間、とりあえず大事には至っていないということを察し、大きく安堵の息を吐く。
いくらアリスが一度小康状態にさせたとはいえ、あの後で何かあるのではないかと気が気ではなかったのである。
絶望してうなだれている康太だが、まだあれだけオーバーリアクションができるだけましな方なのだろうと文は判断していた。
「で、アリス、康太の状態を知りたいんだけど・・・こいつどうなったの?滅茶苦茶嘆いてるけど、何か致命的なことがあったわけ?」
「あぁ、それに関してなんだがな」
「文!」
康太は勢いよく立ち上がると文に抱き着く。
いきなりの抱擁に文は不意を打たれたのか、目を見開いて動揺してしまう。
「ちょ!どうしたのよ康太!」
「うぅ・・・俺お前との子供が作れなくなるかもしれない・・・!お前には俺の子供を産んでほしかったのに・・・!」
「は、はぁ!?いきなり何言ってるわけ!?落ち着きなさいよ康太!な、何言ってるかわかってんの!?」
「俺のが・・・俺のが使い物にならなくなった・・・!」
使い物にならなくなったという言葉に文は怪訝な表情をする。康太の動揺と今の言葉を聞いてどのような意味なのかが分からないほど文は男性に対する知識が少なくなかった。
そして同情するも、その程度で文は康太のことを嫌いになるつもりはなかったし、嫌いになれるとも思えなかった。
だがこの発言は文にも多少なりとも衝撃を与えていた。今まで康太の裸を何度も見たことがあるからこそ、特にその衝撃は強かった。
多少なりとも期待していただけに、その期待が打ち砕かれたという事実に少しだけ落胆したのも事実だ。
だが今はその落胆は置いておくべきだと文は考えた。何せ誰よりも落胆しているのはほかでもなく康太なのだ。
自分の半身ともいえるような存在が機能しなくなったという事実に打ちひしがれてしまっているのだから。
「康太、別にあんたがその・・・できなくなっても私は気にしないわよ?私はあんたが好きになったのであって、別にあんたの・・・その・・・それが好きになったわけじゃないんだから・・・」
自分で言いながらいったい何を言っているのだろうかと、文は強い自己嫌悪に襲われていた。
とはいえ康太の非常事態であるのは間違いない。今は少しでも支えてやらなければと文は意気込んでいた。
「コータ、別に私はお前が不能になったといった覚えはないぞ。普通にやればできるかもしれん」
「マジでか!よし文!今からやるぞ!」
「は!?バカ!何言ってんの!」
別に不能になってしまったというわけではないという事実に文は驚くが、それ以上に康太が自分の服を脱がしにかかっているという状況に驚いてしまっていた。
必死に抵抗するが、もともとの地力で勝てるはずもない。そもそも文自身も心の底では望んでいた展開であるために体にうまく力が入らなかった。
康太の表情を見て、完全に我を失ってしまっているのだということを理解しながらも、文は康太に迫られるこの状況が悪いもののようには思えなかった。
「いつできなくなるかわからないんだ!こちとら生き物としての瀬戸際なんだよ!お前に俺の子を産んでもらうチャンスはここしかないかもしれな」
「落ち着きなさいバカ康太!」
文は康太の言葉をさえぎって康太に向けて電撃を放つ。いつもであればこれで康太を落ち着かせることができるのだが、残念ながら今の康太はそれで止まることがなかった。
康太は文の電撃を吸収してしまい、体の一部を電撃と一体化させていた。
「ちょ!あんたまだそれ治ってなかったの!アリス!康太が!」
先刻、方陣術の中心にいた時と康太の状態が変化していないことに焦り、文は自分が電撃を出してしまったことに強く後悔していた。
このままでは康太が危ういのではないかとアリスに助けを求めるが、アリスはどう説明すれば手っ取り早く理解してもらえるだろうかなと考えながら複雑な表情をしていた。
自分の言葉が発端とはいえ、康太がここまで暴走するとは思わなかったのである。それだけ康太が文のことを大事に思っているということなのだろうが、今は説明するうえで非常に邪魔になってしまっていた。
「あー・・・とりあえず説明するから落ち着け。コータも、説明し終えたら文との情事を楽しむといい。説明が終わるまではしばし待っておれ」
アリスは康太を念動力によって浮かせると、魔術を使って強引に拘束していた。さすがにこの状態では康太も手も足も出せないのか、空中でもがいている。
「・・・えっと・・・アリス、どういうことか説明してくれる?どうしちゃったのよ康太は。頭までおかしくなったの?」
「いやそういうわけではないのだ。順を追って説明しよう」
アリスはとりあえず康太にした説明と同じものを一つ一つ文に告げていく。
さすが文というべきか、康太が理解できなかった話をとんとん拍子で理解していき、康太が理解するために要した半分の時間で康太の状態を理解していた。
日曜日なので二回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです




