神の思し召し
康太の声を聞いたからか、それとも聞いていないのか、何も反応を示さないデビットに対してか、アリスは小さくため息をついて首を横に振るう。
「・・・これだけ言ってもわからんか・・・本当に、私の弟子はろくなやつがいないな」
「すいません・・・ですが・・・それでも・・・」
それでも何とかできたのではないか、自分がもっと高い技術を持っていれば。そんな言葉を飲み込んでデビットは歯噛みする。
そんな様子を見てか、アリスは眉をひそめてからあきれたような表情を浮かべる。
「小僧に納得しろというほうが無理な話か・・・だがな、忘れるな。己の分を超えたものを望めば、それはお前自身に返ってくる。それが得か、害かはわからんがな」
「・・・承知、しているつもりです」
「つもりでは困るのだがな・・・私は行くぞ」
アリスは墓の前から離れ、どこかへ行こうとする。
「これからどちらへ?」
「さぁな。ひとまず東の・・・大陸を目指そうと思う。お前とは、もう出会うこともないかもしれんな」
アリスは再び旅に出るのだという。少なくともこんな片田舎にいつまでも居座るつもりはないようだった。
それはデビットにとって、少し寂しく、心細いものでもあった。
「道中、お気をつけて。風邪などひかぬように」
「私をだれだと思っている。とはいえ・・・そうだな。お前も病には気をつけるといい。町の方で厄介な病が流行っていると聞いた。こちらにもその影響がないとは限らん」
「はい、気をつけます」
気をつける。その言葉をしっかりと聞いたからか、少しアリスは安堵したような息をつく。
本当の意味で、気をつけることができているのか、それを見る前に、アリスはこの場を去ろうとしていた。
「そうだ、一つ忘れていた」
「何か?」
「いやなに、大したことではない。デビット、お前の幸福を祈っているぞ」
「・・・まるで今生の別れのような言葉ですね」
「今生の別れさ。大陸を目指した後は、私は東に向かう。この地に戻ってくるのは・・・早くとも百年以上後の話になる。お前がそのころまで生きていることはないだろう?」
「ははっ・・・確かに。その通りですね・・・もうあなたの教えを受けられないと思うと、少し残念です」
デビットは本当に残念そうな、そして寂しそうな声を出していた。その表情こそ、康太の視点のせいで見ることはできないが、おそらく少し落ち込んだ表情をしていることだろう。
そしてそんな表情をしているデビットを見て、アリスは大きくため息をついてから歩み寄り、少し宙に浮いてその鼻先にデコピンを放つ。
「そんな顔をするな。お前に教えるべきことはすべて教えた。お前が求めるものはすべて与えた。あとはお前がどうするかだ」
鼻先にわずかな痛みを覚えながら、デビットは苦笑する。教えた、などといってもデビットの実力が師匠であるアリスの足元にも届いていないのは彼自身自覚していた。
それほどにこの少女のような魔女、魔術師はとてつもない力を有している。
弟子として、不甲斐ない限りだとデビットは考えていた。
そんな考えが康太の頭の中にも響く。デビットの考えまでも同調できるようになったのかと康太が考える中、デビットのその考えを察したのか、アリスは微笑んだ。
「安心しろ、お前は私の弟子の中では優秀なほうだ。お前にできないのであれば、それはもはやどうしようもない。お前が言うところの、神の思し召しというやつなのかもしれんな」
デビットと違い、アリスは所謂宗教的な神の存在を信じてはいなかった。この時代の人間にしては珍しい部類だっただろう。
アリスが信じているのは自然界に存在する精霊など、あるいは実際に存在するであろう神格といった存在だけだった。
デビットの信じるような宗教的な、唯一神、万能神、創造神の類の存在は信じてはいなかった。
だからこそこのような言い方になってしまったのは、仕方のないことなのかもしれない。
「神が、このような試練をお与えになったと?」
「試練、かどうかはわからんな。私は運命も神も奇跡も信じてはおらん。ただデビットよ、我が弟子よ、お前が超えられない、所謂試練があったとして、それはお前のせいではない。今回のこれのように、お前は悪くないのだ」
魔術の限界。人間の限界。アリスはそういう意味を持ってデビットに最後の教えとして説いたつもりだった。
デビットはその言葉を反芻し、自らの中に、自らの理として沈めこむ。
「わかりました。アリシア・メリノス、我が師よ。あなたの言葉を、私はいつまでも忘れない。どうか、どうかお元気で」
差し出したデビットの手を、アリスは笑いながら掴む。
一体どれくらいそうしていたのだろうか。やがてデビットの方から手を離し、アリスは少しだけ名残惜しそうにしながらゆっくりとデビットから離れ、歩き出す。
「アリス、俺のせいじゃないのなら、誰のせいなんだ?神なんて・・・そんなのいないのに」
デビットが心の奥底にしまい込んだその言葉への疑問を、康太は口にしていた。
誰のせいにすればいいのか。そんなのはあの時に、すでに分かっていた。
「あぁ、神よ。どうか我が師をお守りください」
神を信じないアリスに向けて、デビットは祈りの言葉をささげる。その祈りが、やがて怨嗟の混じった慟哭になることを知っている康太からすれば、それは皮肉のようにも聞こえてならなかった。




