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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
五話「修業と連休のさなかに」

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魔術師相手の

「それじゃあ行きましょう。お前ら先に車に戻っていてくれ」


「あぁ支払いは僕がするよ」


「いえ、そんな」


「若い子たちと一緒に食事できたからね、これくらいは持つさ」


柔らかな笑みを浮かべている朝比奈の厚意を無碍にするわけにもいかず、小百合はありがとうございますと礼を言いながら食事代は朝比奈に払ってもらっていた。


なんというか随分と紳士な人物だと康太は感心していた。小百合はここの支払いは自分がもつと弟子たちに言っていたのを取り下げた。それだけこの朝比奈という人物を立てようとしているのがわかる。


師匠である小百合がそこまでする人物なのだという事が今のやり取りからも理解できた。そしてこれから自分たちは彼と魔術師として対面することになるのだということも。


「それじゃあ行こうか。君たちの車についていくよ。エスコートは任せたよ?」


「えぇ、しっかりついてきてくださいね」


小百合を先頭に康太たちが乗ってきた車の下に到着すると、どうやら朝比奈も同じ駐車場に止めていたようだった。車に乗り込みゆっくり走り出すと朝比奈の車もそれに追従するように走り出した。


「・・・それにしても意外でしたね・・・」


「何がだ?あの人の外見か?」


「いえ、師匠の態度にです」


康太が驚いていたのは話に聞いていたジャンジャック・コルトの温厚さや紳士的な対応でも普通の男性にしか見えないその外見でもない。彼に対する小百合の態度だ。


小百合は傍若無人を絵にかいたような人間だ。誰に対しても適当かつ悪辣な態度を取ると思っていただけに彼に対する敬意さえ見え隠れする対応に驚いていたのだ。


そして小百合の態度に驚いていたのは康太だけではない、その場にいた文もまた同様だ。


文の場合有名な魔術師に会えたという事もあって意識が逸れていたというのもあるだろうが、それでも小百合が非常に丁寧な対応をしているというのは見慣れない光景だ。


「なんだ、私が敬語で話していたのがそんなに驚いたか?」


「敬語だけならまだしもすごい丁寧な対応だったじゃないですか。まるでVIP待遇ですよ。そんなにすごい人には見えませんでしたけど・・・」


康太はまだ魔術師としての感覚に目覚めていない。何より朝比奈の凄さというものに気付けないというか理解できないのだ。


方陣術を高いレベルで扱えるというのは知っている。術式を改良するのが非常に上手いというのも知っている。だがそれがどれくらいすごいものなのかがいまいち理解できないのだ。


何より小百合がそこまでする相手には見えなかった。もちろん康太だって小百合の全てを知ってるわけではない。人に歴史あり、昔世話になったと言っていたが小百合にも頭の上がらない存在がいるというのは驚きだった。


「そうだな・・・あの人自体は正直言ってただのおじさんだ。戦闘能力が極めて高いというわけでもないし誰かに喧嘩を売るというタイプでもない。だがな、あの人を敵に回す魔術師はまずいない」


「・・・まずいないって・・・なんか弱みとか握ってる感じですか?」


「いや、そう言うのじゃないな・・・少なくともあの人は策略とか搦め手とかそう言うものは苦手としてる。ただ単にあの人の人柄だろうな。敵にするまでもないというべきか・・・」


それは草食動物や小動物のそれに近い。わざわざ歯牙にかけることもないという考えなのだろうか、ほとんどの魔術師が彼を敵に回そうとしない。


それはただ単に彼の魔術師としての活動時間の短さというのも関係しているかもしれないが、それ以上に彼が『敵にするには惜しい』存在だからだろう。


人畜無害な存在というのは敵に回すようなものではない。たとえ近場に草食動物がいたとして、こちらに敵意も見せず、なおかつ友好的に接すればそれ相応の見返りが望めるのであれば誰も彼らを無為に攻撃することはない。


これが肉食動物ならばまた事情は違ったのだろうが、生憎と魔術師は草食動物を見れば即座にとびかかるような血気盛んな肉食動物ばかりではない。


相手のことを知り、なおかつ損得勘定をすることのできる人間だ。もし仮に目の前に彼のような人間がいたとして、わざわざ敵にするようなこともないのだ。

むしろ敵にすることで彼の友人であり契約関係にある魔術師たち全員を敵に回す可能性もある。


「私と違ってあの人は敵を作るという事をしない。そもそも敵を作るほど活動もしていないし何よりそんな性格でもない。むしろ味方の方が勝手に増えていくだろうな」


それは彼の技術を目的にするものでも、彼の性格に惹かれてという意味でも、朝比奈は小百合とは正反対に味方を作り続ける。


そう言うカリスマでも持っているのか、それともただ単に放っておけないだけなのか、今まであってきたどの魔術師よりも異質な存在だと言えるだろう。


小百合がほぼ半自動で敵を作り続けるのに対して、朝比奈はほぼ半自動で味方を作り続けるタイプの魔術師なのだ。


普通高い技術を持っていた場合、その技術を狙うものや妬むものが出てくる。だが彼に対してはそう言うものが出てこない。


存在はするのかもしれないが大きく活動をしないのだ。表面に現れない限りそれはいないのと同じ、それほどまでに彼の存在は周囲に大きく影響を及ぼしているのである。


「なんていうか不思議な人ですね。掴みどころがないというか」


「まぁあの人自体はただの気の良いおじさん程度だと思っておけ。実際あの人もそう思われることが嫌いじゃないようだしな」


確かに先程の会話や対応から気の良いおじさんという印象は持っていた。他者からの印象ならまだしも本人もそう思われたがっているというのはどうなのだろうかと康太と文は首をかしげていた。


小百合の運転でやってきたのは街の中にある公民館のような場所だった。一つの場所を時間指定で貸し切ることができ、その間は誰も入れなくすることができるようだった。


長机にパイプいすがいくつか、そしてホワイトボードに掛け時計。それ以外に目立ったものと言えば観葉植物くらいのものだ。


康太たちは小百合があらかじめ借りておいた部屋に荷物を運び込むと、それぞれを机の上に置いていった。


「さて・・・ジャンジャック・コルト、約束の品がこちらになる。それぞれ確認してくれ。こっちの三つは頼んでいた媒体、気に入ったものをどうぞ」


「ありがたいよデブリス・クラリス。それじゃあ確認させてもらおうかな」


仮面こそつけていないもののそれぞれは魔術師としての名前で呼び、それぞれの商品を確認していた。


二人があえて話し方を意図的に変えたのも、今ここにいるのは昔から世話になっている存在ではなく一人の魔術師としてであることを明確に表したいからだろうか。


先程のようなほんわかした雰囲気ではなく、どことなく緊張感に満ちているのを傍から見ている康太たちも感じ取っていた。


薬品がいくつか、これはすでに購入が確定しているものだ。ラベルに書かれたものとその中の薬品の匂いを嗅いでそれが間違いなく注文したものであることを確認すると何度か頷いて商品を再び机の上に置くと笑みを作っていた。


「こっちは問題ないね。問題は紙の方か・・・どれもいいものだからなぁ・・・」


「それなりに値も張る。どれか一つに限ったほうがいいのでは?」


「そうだねぇ・・・まぁ試してみるのが一番だけど」


「一枚だけならサンプルが提供できますが、いかがいたしますかお客様?」


そりゃありがたいねと笑う朝比奈の前に、小百合は一枚ずつ紙を取り出して見せた。


それぞれ今回持ってきている方陣術用の紙だ。サンプルとして一枚だけ用意してきたものである。


朝比奈がそのうちの一枚に手を添えると一瞬にして方陣術が形成されていく。


幾何学模様、いやもはや一枚の絵なのではないかと思えるほど細かく正確無比な形に形成されたその形に康太と文は同時に感嘆の息を漏らしていた。


だが二人のそれはその本質が大きく異なっていた。


康太の驚きは単にあそこまで細かい絵のようなものを方陣術の技術だけでよく描けたものだなという視覚的かつ単純なものだ。


だが文はその方陣術の外見だけではなく、その中に仕込まれた術式までも解析しようとしていた。


だが一見するだけではまったくもってその内容が理解できないほどに複雑、そして底の知れないほどの情報量に驚きを隠せなかったのだ。


何よりあれだけのものをほぼ一瞬で作り出すという技術の高さ。もし仮に文が同じようなことをしようと思ったら一時間、いやもっと膨大な時間がかかるかもしれない。それほどの高等技術、いや高等技術などという言葉でさえ正確には表現できないほどの能力を彼は秘めているのだ。


「うぅん・・・これもいいなぁ・・・でもこっちのも結構気に入ってるんだよなぁ」


そう言って朝比奈は同じく残った二つの紙に方陣術で記号の集合体のような絵を作り出していく。これもまたほとんど時間がかかっていない。むしろ彼にとって紙の違いなど意味があるのかと思えるほどだ。


もしかしたら適当に渡したコピー用紙でさえ一瞬で方陣術を形成できるのではないかと思えるほどの速度である。


「ちなみに聞いておくけど・・・それぞれ少しずつ購入ってのはできるかな?」


「もちろん。それぞれ数は用意してありますのでそれなりに融通はしましょう」


「ありがとう・・・それなら・・・こっちとこっちを三分の一ずつ、こっちを半分貰おうかな」


「どうも、ジョア、総額計算を頼む。ビー、お前は商品をまとめてくれ」


「了解です。毎度ありがとうございます」


「いやぁなかなかの出費になりそうだね。相変わらずいい品だったからつい財布のひもが緩くなっちゃうよ」


朝比奈の言葉に小百合はご満悦のようだった。どれか一つしか売れないと思っていただけに三つすべて適度に売れた。三つとも持ってきた甲斐があったというものである。


売り上げがあったというのもそうだが、彼がしっかりと評価してくれたという事がまた嬉しいようだった。


今まで見てきた小百合のどの表情にも当てはまらない、珍しいものだなと思いながら朝比奈が購入する物を一つの荷物にまとめ始めていた。


紙に関してはそれぞれの種類に分けて梱包し、薬品は入れ物である瓶が割れないように緩衝材で包んでから小さな箱の中に詰めていた。


「これが商品になります。薬品に関しては一応割れないようにはしましたが持つときは気を付けてくださいね」


「ありがとう・・・そう言えば自己紹介を忘れていたね、ジャンジャック・コルトだ。術師名で呼ぶときはコルトと呼んでくれるとうれしいな」


「わかりました。改めまして、デブリス・クラリスの二番弟子、ブライトビーです。今後ともごひいきに」


「ははは、そうさせてもらうよ」


笑っている朝比奈と握手を交わした後、康太は後ろでそわそわしている文に意識を向けた。恐らく彼女も魔術師としてあいさつをしたいのだろうがどうにもタイミングを掴めないようだった。


「ベル、お前も挨拶しとけって」


「え?あ、うん!は、初めまして、エアリス・ロゥの弟子、ライリーベルです。よろしくお願いします」


「よろしく。あの子のお弟子さんとなると優秀そうだね。これからもよろしく」


穏やかに笑いながら握手するその姿は親戚のおじさんを彷彿とさせる。暖かくも不思議と穏やかな人柄。なるほど彼の敵が少ないのも納得できる。


「総額計算ができました。こちらになります」


「・・・うわぁ・・・やっぱり結構いったなぁ・・・こりゃ今月は厳しそうだ・・・物は相談なんだけど」


「安くはなりませんからね」


「・・・だよねぇ・・・」


いくら世話になっていた関係とはいえビジネスはビジネス。むしろこの場所まで足を運んでいたりもするのだ。恐らく真理が提示している金額は儲けもギリギリの金額だろう。これ以上安くすれば足が出る、それほどの値段設定であることは彼女の返しからも理解できていた。


それでも少しでも安く買いたいというのが彼の本音なのだろう。実際良質なものであれば大量に仕入れたいという気持ちもあるしそれを安く買いたいというのが至極自然な考えだ。康太だって少しでもいいものを少しでも安く買いたいと考えるだろう。


「そう言えばコルトさんはご結婚なさってるんですよね?これだけの出費奥さんになんて説明するんです?」


「あぁそれは大丈夫だよ。妻も魔術師だからそのあたりの融通は利く。もっともあんまり無駄遣いするとこってり叱られちゃうけどね」


「へぇ・・・やっぱ魔術師の結婚相手って魔術師なんですかね?」


康太の言葉に小百合と真理、そして朝比奈はどうだろうかと首をかしげていた。

実際すでに結婚している相手の中で魔術師同士ではない者もいるのかもしれない。だがその分隠したりするのは非常に面倒になる。


なにせ魔術師ではないものが身内にいる事になるのだから。


「結婚の相手が必ず魔術師かというとそうでもない。実際に魔術師ではないものと結婚しているものも多くいる。まぁ稀有な例ではあるがな」


「互いに秘密を共有できるという意味では魔術師は魔術師と結婚したほうがいろいろと便利だし何より信頼できるというのもあるでしょうね。毎回動くときに夜遅くに出かけていたら相手に怪しまれますし」


「あー・・・暗示かけないと浮気してるんじゃないかとか言われそうですね」


「そう言う意味では魔術師相手に結婚したほうが手間が省けるというのはある。だが結婚は好きな相手とするものだ。別に魔術師ではないから結婚してはいけないということはない」


小百合の言葉に康太は少し目を丸くしていた。小百合にしては至極まともな見解だ。好きな相手とするのが結婚。それ以上でもそれ以下でもなく小百合は本心からそう思っているのだろう。


実は考え自体は乙女チックなのかもしれないなと思いながらも、実際その考えが間違っているとも思えなかった。


最近はやれ年収やら容姿やら家族構成やらを条件にするものが多いが、実際は結婚というのは好きなもの同士がするものなのだ。


恋をし愛へと発展させ、そして一生を誓い合う、それが結婚なのだ。


立場や条件によっては愛する者との結婚が叶わない者もいるだろうが、普通の人間であれば好きあっている相手ならまず間違いなく結婚できる。もちろん両者がそれを望めばの話だが。


「何よりお前はそう言う事を考える年じゃないだろう。まだ結婚できる歳ですらないんだからな」


「まぁそうですけど、魔術師になったからにはそれなりに考えておいた方がいいかと思いまして・・・」


「まぁでも結構重要かもね。私なんて両親ともに魔術師だからそう言うのは意識しちゃうわ・・・」


親が一般人であればそう言う事も気にしなかったのだろうが、文の親は二人とも魔術師だ。どのような教育をしているのかは知らないが無言の圧力をかけられていても不思議はない。


私達が互いに魔術師と結婚したのだからお前もそうしなさい。そう言われることもあるかもしれない。


恐らく文の事だ、自分が好きになった相手なら親の反対を押し切ってでも一緒になるとは思うが、実際親との確執というのは地味に面倒になる。


「でもあれだよ?僕の知り合いに魔術師じゃない男性と結婚した女性がいるけど結構うまくいってるみたいだよ?今結婚何年目だったかなぁ・・・?そろそろ十年くらい?」


「結構長いですね。そこまでいけばもう順風満帆ですね。どうやって隠してるんだろ?」


「一般的には暗示などでしょうが・・・身内であればあるほどばれる危険は高いですからね。なかなかリスキーだとは思いますよ」


「・・・実は魔術でいろいろと感情やらを操っていたりしてな」


それはないでしょうと言いたいところだったが、相手が一般人であるというのなら魔術師の扱う暗示などは効果は絶大だ。


その女性魔術師が好きな男性相手に心理的な魔術を掛けなかったと断言できるだけの証拠はない。


もしほんのわずかに気の迷いでその人の考えや思考を変更するような魔術をかけていたとしたら。


もっともそんなことを考えても仕方のないことだ。その人の人生だ、余計なことまで干渉するべきではないし何より自分たちには関係ない。


少なくともそう言う事を自分たちはしないようにした方がいいだろうな程度の教訓でしかないのだ。


だが最近魔術師になった康太からすれば若干ではあるが驚きを伴っていた。要するに相手の恋心も魔術で操れるかもしれないのだ。


無意識を操る暗示とは違って意識的な感情を操作するのは難易度が高そうだが、それでもできないことはないだろう。


魔術というのは実に恐ろしいものだなと思いながら康太は腕組みしながら唸っていた。


誤字報告五件分、評価者人数百人超えたので三回分投稿


評価者人数百人突破!これは嬉しいですね。またこれから頑張りたいと思います


これからもお楽しみいただければ幸いです

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