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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
二十九話「その手を伸ばす、奥底へと」

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体の限界

「姉さん、さっきの神加の腕に麻酔?みたいなことやったじゃないですか。あれって俺でもできるんですか?」


「可能ですよ。あれは風属性の魔術です。感覚にかかわる肉体強化、劣化魔術の一つです。康太君が覚えている無属性の強化魔術でも似たようなことはできますよ?多少効果は落ちますし、大変ですが・・・ついでに言うと麻痺させるというよりはそれそのものをわかりにくくする程度です」


身体能力強化における区分は属性によって区切られている。無属性ならば全体的な強化。火属性ならば筋肉や臓器の強化、風属性ならば感覚器官、五感の強化、水属性ならば血液、分泌物、土属性ならば骨といったように、肉体の構成している要所によって属性が変わる。


今回真理が行ったのは風属性の感覚にかかわる部分だ。


とはいえ康太が覚えている無属性の肉体強化でもそういったことができないわけではないらしい。


だが康太が覚えているのはあくまで強化。鋭敏にすることはできても鈍くすることはできない。


そこであえて全身のバランスを崩し、その場所に意識が向かないようにする程度しかできない。


本格的に感覚そのものを変えようと思ったらやはり風属性の身体能力強化魔術を覚えるほかないのだろう。


「嗅覚強化は覚えてますけど、感覚とかの強化や劣化ってそれとは違うんですか?」


「内容的には同じものですよ。嗅覚も感覚の一つですから、嗅覚強化を覚えているのであれば感覚強化、劣化なども比較的覚えやすいでしょう。少々お待ちください。今術式を用意しますね」


そういって真理は近くにあったメモ用紙にその術式を刻み込んでいく。


「基本的にこの魔術は神経に働きかけるものです。触覚に働きかけるといえばわかりやすいでしょうか。痛覚だけではなく、肌などから直接感じ取れるような感覚を鋭く、あるいは鈍らせることができます」


「麻酔代わりにも使えるってことですね」


「はい、ですが多用するのは禁物です。この魔術は確かに痛覚を抑えることはできますが、痛みとは本来人間が出す危険信号、これを無視すれば精神よりも先に体の方が悲鳴を上げます」


「わかっています。必要のない痛みの時にだけ使いますよ」


体の痛みというのは、体自身が危険を判断する際に使うものだ。それを麻痺させるということは一時的にとはいえ肉体の危険を無視するということでもある。


真理がこの魔術を今まで教えなかったのは、康太が無茶をしないようにするためだ。


自分の痛みさえも無視して行動したりしないように、未熟なうちから命を無視するようなことがないように。


だが今の康太ならば扱いきれるだろうと考えていた。康太に明確な目的ができた今なら、それらと自分の命を秤にかけることもないだろうと。


もちろん不安がないわけではない。今の康太が多少不安定になっていることを考えると多少危険なことをするかもしれない。



だがそれだけのことをしようとしているのだから、不安定になるのは当たり前だと真理は考えていた。


文ならば間違いなく止めていただろうが、真理は康太の兄弟子で、小百合の一番弟子だ。そのあたりの危機管理がずれていても仕方がない話である。


「感覚を鈍らせることもできるってことは、鋭くすることもできるんですよね?」


「もちろんです。ただこれも使いすぎると大変なことになりますよ。最悪普通に歩くことも難しくなります」


「え?どうして?」


「私の場合はですが、服がこすれてくすぐったくて動くのも難しかったです。あれ以来感覚を鋭敏にすることはあまりやっていませんね」


視覚、味覚、嗅覚、聴覚などと違い、肌の触覚から得られる情報というのは判別しにくいものが多い。


だがこの情報というのは人間にとって非常に重要なものが多いのも事実だ。それを鋭敏にするというのはメリットよりもデメリットの方が大きい。


適切ではない情報すらも感じ取れば、その分体は過剰に反応してしまうだろう。それらをどのように判断するかは難しいところでもある。


「康太君は確か五感に関する魔術の会得がしやすいのでしたっけ?」


「はい、比較的覚えやすいですし、どうやらそういう魔術も扱いやすいみたいです。そこまですごくというわけではないですけど」


「ふむ・・・でしたらいっそのこと五感系の強化系魔術を全部覚えてしまいましょうか。視覚、聴覚、触覚、味覚・・・嗅覚強化はもうすでに覚えているんでしたね」


「はい。でも味覚強化って必要ですか?」


「これはもはや趣味の領域ですね。料理人の方で魔術師をやっている方にとっては必須技能らしいですけど」


康太も料理はするがそこまで料理にこだわっているというわけでもない。味覚強化を除いたそれ以外の魔術を覚えたほうがよさそうだった。


特に視覚強化と聴覚強化は覚えておいて損はなさそうである。とはいえ当然自分の肉体を部分的に強化するのだからその分副作用などもありそうである。


康太が嗅覚強化を最大にすると、においを感じ取れ過ぎて呼吸が難しくなるのと同じ、聞こえすぎたり見えすぎたりすると逆に脳に負担をかけてしまう。


その辺りは匙加減が重要なのだと康太は理解していた。


「あとはそうですね・・・これは師匠から教わるべきことでしょうが・・・肉体超過の魔術、こちらの感覚バージョンを一応教えておきましょうか」


「え、あれの感覚版もあるんですか?」



「はい。康太君が覚えている肉体超過はあくまで火属性の筋肉や臓器に対する強化ですが、これは感覚などに関する風属性超過。感覚超過と呼ばれるものです。当然ですが同じように嗅覚超過、聴覚超過、味覚超過などもあります」


「五感それぞれに超過魔術があるんですね・・・一番危険なのは肉体超過ですけど」


「えぇ、ですが私が多用するのは聴覚超過ですね。いきなり大きな音を起こされれば、人は大きく怯みますから」



超過系の魔術は基本的に自分の体にかけるような代物ではない。強化系の魔術と違って、この魔術は人間の限界をはるかに超えて発現するために、バランスがとれていない状態ではほかの器官を傷つけることしかできない。


肉体超過であれば、強くなりすぎた筋肉に骨の耐久力が追い付かず骨折する。感覚器官を超過させれば強くなりすぎ、多くの情報を取り込みすぎたことによって脳の処理が追い付かなくなる。


超過系魔術は相手に対する助長魔術であると同時に大きな阻害魔術でもあるのだ。


「同じ理由で視覚強化もかなり使えますよ。視覚強化は光量などを調整することもできるので、相手の目を潰せます。唐突に強い光を浴びせられれば人が怯むのと同じですね」


ちょっとした光で怯ませられるというのはかなりの強みですよと真理は言うが、康太はDの慟哭を煙幕代わりに使うことによって相手の目を使えなくすることはできる。


そう考えると必須ではないが、同時に自分の目も使えなくなってしまう。確かに相手だけの目を潰すことができるというのは大きな強みであるように思えた。


「まぁ、超過魔術を覚えるのも一つ一つ順番に覚えていったほうがいいでしょうね。あまり一度に覚えすぎると師匠に怒られそうです」


「師匠は、肉体超過を切札の一つであるように言っていましたけど・・・そんなにすごい魔術のような感じがしないんですよね・・・」


小百合の持つ切札はいくつかあるが、その中の一つが肉体超過だといっていた。確かに相手に与える損傷のレベルを考えればかなり有用な魔術であるのは間違いない。


運用方法によれば相手の動きそのものを止めることだってできる。


だが破壊に関して高い技術を有する小百合にとっての切札の一つが超過系というのも妙な感じがするのである。


「師匠の場合、威力が高すぎると相手を殺してしまう可能性が高いです。ですが超過形の魔術は相手が気をつければ戦闘不能だけに追いやることができます。この点で、非殺傷系魔術としては非常に効果が高いのですよ」


「あぁ・・・確かに師匠の魔術の場合、相手を殺す可能性の方が高いですもんね」


小百合の覚えている魔術はどれも攻撃力が高い。人間に当たれば当然、大怪我では済まないものばかりだ。


康太が使える拡大動作も、最近康太が使えるようになった熱変換の魔術も、威力によっては人間を一撃で殺し得る魔術だ。


だが肉体超過の魔術などは、どれほど損害を与えてもそこまでの効果を及ぼすものではない。


腕や足の骨が粉砕されようとも、基本的にそれらは自傷であり、確実に相手を死に追いやるものとは言えない。


小百合の使う魔術としてはえげつなさを持ちながらも、殺傷能力の低い珍しい魔術といえるだろう。


「それにこの超過魔術は、組み合わせることで肉体強化の代用品としても使えるのですよ。例えば筋肉を超過させ、同時に骨を超過させれば、一時的にとはいえ人の限界を超えた強化を施せます」


「おぉ!なるほど!・・・でも、そんなに簡単にいくものなんですか?なんていうか・・・反動とか・・・」


「もちろんあります。超過はもともと破壊するための魔術です。人間という種族の限界を無視して発現する強制的な能力向上。二つだけの組み合わせでは間違いなくほかの臓器などに負担をかけます」


「じゃあ・・・もっと組み合わせれば」


「いいえ、そんなに良いものでもありません。何度か試してみたのですが、どうしても大きな反動が生まれてしまうのです」


「姉さんがやっても駄目だったんですか・・・」


「はい・・・いろいろと調整しては見たのですが・・・どうしてもいくつかの臓器の損傷、あるいは耐久力の限界、そして発動後の反動・・・これらをなくすことができなかったんです。強化系として運用するにはあまりにも危険ですね」


適性属性が多く、人体に詳しい真理が努力しても超過系魔術の運用方法を変えることができなかったという事実に康太は少しだけ残念に思っていた。


体を使って行動することの多い康太が超過系魔術を強化魔術としての運用ができたのであればかなりの有用さを持つかと思ったのだが、そううまい話はないらしい。


「超過系魔術は敵にかけるというのが一番確実な運用方法ではあると思います。数秒程度であれば複合して自分の体にかけることはできるでしょうが・・・」


「数秒・・・姉さんだと何秒くらいもちましたか?」


「私でも十秒もちませんでした。確かにその分強い力は使えましたが、他の魔術を使ったほうが大きな効果が望めるため、そこまで有用ではないですね」


「・・・姉さんで十秒ないくらい・・・俺なら一秒持つかどうかってところですね・・・それなら」


「ダメですよ?確かに効果はすさまじいかもしれませんが、得られるものはほとんどありません。康太君の場合であればなおさらです」


機動力特化の康太からすれば代用できる魔術などいくらでもある。そういう意味では康太がそれをなす意味はほとんどない。


とはいえやってみたくなるのが男の子というものだ。康太は真理から超過系魔術を教わりながらひそかに練習を始めていた。













翌日、康太は放課後に奏のもとに注文していた針を取りにやってきていた。今日は文も倉敷もいないが、学校が終わった後で暇をしていた神加を伴っていた。


いつも通り奏の会社に行って受付を済ませて社長室まで行くと、社長室の中には電話をし続けている奏の姿があった。


奏も康太たちの姿には気づいているようだったが、電話に集中しているせいもあってこちらに対応することができないようだった。


「お兄ちゃん、奏さん忙しいみたいだね」


「そうだな。俺たちは掃除とかして待ってようか。相変わらずごちゃごちゃになっちゃってるし」


康太と神加はそれぞれ手分けして奏の部屋を片付け始める。


仕事に関係のありそうな書類関係は康太が、単純なゴミに関しては神加がまとめて整理整頓を始めた。


とはいっても奏が動けない以上ある程度は康太が判断するしかないために、中身を確認しながらの整理であるために効率は悪い。


先にゴミの処理が終わった神加は、以前康太に教わったコーヒーを淹れていた。


「あぁ、それでいい・・・そうだ、先方との連絡を密にとって誤解のないようにしろ。必ずメールなどの文書に残しておくのも忘れないように。・・・あぁ、頼む・・・。すまんな二人とも、後回しになってしまって」


電話を終えて一つため息をついてから奏は康太たちに視線を向ける。すでに片付けなどを始めてくれている康太たちを見て、奏は申し訳なさそうな顔をしていた。


「気にしないでください、仕事なんですから。取引先との関係ですか?」


「あぁ、新しい仕事が入ってきてその打ち合わせをしているところだ。向こうの要望とこちらの要望を合わせるのに苦労している。依頼主と私たちだけの話ならよかったのだが、他の企業も間に入ってきているからな・・・話が単純ではないだけに、私まで駆り出される始末だ・・・っと、お前たちに話すようなことでもなかったな」


「奏さん、コーヒー」


「おぉ、ありがとう神加。いただくよ」


神加の淹れたコーヒーを受け取りながら奏は一息つくつもりなのかゆっくりと深呼吸する。


「頼まれていた針だが、とりあえずお前の要望したものに加えてほかにもいくつか見繕っておいた。お前が使いやすいものを使うといい」


「ありがとうございます。急な話ですいません」


「構わん。うちはそういう会社だ。求められればなんでもやるさ」


奏はそういいながらコーヒーの香りを楽しみながらゆっくりとそれを飲んでいた。どうやらうまく淹れられたようだと神加は喜んでいた。


「時に康太、血を集めているということだったが、必要とあればうちの社員の血を提供するが、どうする?」


「いえ、今回は魔術師の血を求めているので、一般人の血をもらっても・・・今後そういう風に発展させるかもしれませんけど」


「なるほど、まずは魔術師ということか。そういうことならうちの社員の出番はほとんどないな・・・あまり根を詰めすぎるなよ?焦ってもろくなことにはならん」


「わかっています。まぁ少しずつやってますよ・・・とはいえ実際に根を詰めてるのは俺じゃなくて文なんですけど」


どのような魔術を作ろうとしているのかは不明だが、文にとっては重要なことなのだということは想像に難くない。


どれほどの性能を持つものなのかはわからないが、少なくとも文はそれが最も重要だと考えている。

ならば康太としてもその支援は惜しまない。


「なら私の血ももっていくか?最近健康診断で血糖値が高くなっているといわれてしまったがな」


「あれ?奏さんってそんなに甘いもの好きでしたっけ?」


「いや、私の場合は酒だ。少々ストレスがたまっていて飲みすぎてしまってな・・・医者からはもう少し抑えるようにと言われているんだが・・・」


「お酒はほどほどが一番ですよ。大変なのは理解していますが・・・」


「あぁ、少しは健康に気を使えと部下にも言われたばかりだ。とりあえずせっかく物があるんだ。血を持っていけ」


そういって奏は腕をまくって康太に血をとるように促す。康太は奏の用意してくれた針と容器を手に取って、奏の腕を触る。


筋肉がしっかりとついた腕だ。実戦から遠のいて久しいということもあってか多少柔らかいが、それでも女性の腕としては十分すぎる筋肉がそこにはあった。


康太はその腕を触りながらしっかりと静脈の位置を確認し、腕と針をアルコールで消毒してから針を腕に突き刺す。


奏はわずかに眉を動かすが、痛みを確認しながらもしっかりと耐えていた。


康太は手早く容器を取り出すと、血管を突き破った針から血が流れ込んでくるのを確認し、その容器の中に入れていく。


そして必要な分がそろったと感じた瞬間、針の内側に障壁を作り出し、血の流れをせき止めた。


「ほう?随分小さな障壁を張れるようになったな」


「練習しましたから。俺は血を操ることはできませんし」


倉敷のように血を操ることができるレベルの水属性魔術を扱えれば話は違ったのだろう。だが康太はそういった芸当はできないため、別の手段を講じるしかなかったのだ。


血を採り終えた康太は即座に針を引き抜き、しっかりと奏の腕を押さえて止血する。


誤字報告を十件分受けたので三回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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