実験体
「はい、お茶でよかった?」
「あぁ大丈夫。で、どうした?」
康太に話しかけたこと自体はそこまで珍しいことではないが、文が相談事があるということが康太は少しだけ気になっていた。
何か悩みがあるという様子でもない。どちらかというと何かをやろうとしていて、それに関する相談のように思える。
「実はね、術の開発っていうか改良が結構いい感じに進んでるんだけど、ちょっと実験が足りてないのよ。それで実験の手伝いをしてほしいの」
「なんだそんなことか。いいぞ。どんな実験だ?」
相談というから何か突拍子もないことを始めるかと思ったのだがそういうことでもないらしい。
どのような実験なのかは康太もわかっていないが、少なくともその実験に協力することに否定的な考えは持っていなかった。
「大したことじゃないんだけど、ただ人数が必要なのよね・・・一人二人だとちょっと品質的に微妙な感じがして」
「なるほど、モルモットが欲しいってことだな?」
「言い方ひどいけど、まぁそういうことよ。少なくとも五人はほしいわね。確実なものにしておきたいから」
「ふむふむ・・・そんでその人数を集めてほしいとかそういうことか?」
「言っちゃえばそういうことよ。師匠と倉敷にはもう頼んでおいた。だからあんたを含めてあと三人お願いしたいのよ」
少なくとも五人分のデータがあればある程度は完成するらしい。文が今までどのような魔術の改良をしていたのかはわからないが、そこまで長い時間を改良に費やしていたわけではない。
そういう意味ではバージョンアップ程度のものだろう。修正パッチが当てられた程度の改良かもしれないが、文としては上手くいったほうであるらしい。
問題は次の段階に進むための実験材料が足りないこと。
「相手は人間じゃないとダメなんだな?」
「そうね、人間用の術式だから人間が好ましいわ。動物用のもあるのかはわからないけど」
「オッケー。ちなみに実験に適している人間に種類は?」
「そうね・・・なるべく種類が違うと助かるわ」
「種類って・・・外国人とかそういうことか?」
「そういう意味でもあるけど、年齢、性別、体格、人種、肉体にかかわることでいくつか種類があったほうがありがたいのよ。大人の女性は師匠から、子供の男性は倉敷とあんたからデータ取れるからいいけど、他の情報が欲しいわね」
肉体的な事柄が効果に影響を及ぼすということは、康太の周りにいる人種だけでは少々足りないように思えた。
性別はいいとしても、年齢と体格に関しては少々困るところがある。
近い世代で協力を求められる人間ならば何人かいるためすぐに集められるのだが、年齢の異なる人種を集めろとなるとなかなか難しい。
特に大人の男性。体格が良い大人の男性というとなかなか難しくなってしまった。
幸彦がいればそのあたりはまだ何とかなったのだが、康太の周りの大人の男性というのはかなり数が限られる。
「それって一般人でもいいのか?」
「いいけど・・・まさかとは思うけど、自分の親を実験体にはしないわよね?」
「どのレベルの実験なのかによるな。傷ができるようなことだとさすがにダメだけど」
「・・・可能なら魔術師がいいわね。相手は基本的に魔術師だから・・・今後の改良によってはそういうことを考えてもいいかもしれないけど・・・」
現段階ではまだ魔術師に使用することしか考えていないようだった。
魔術の精度を求める関係で、いくつもの種類を集めておきたいというだけであるらしい。ある意味文らしいというべきだろうか。
「実験体はいいんだけど、何をするんだ?」
「体液・・・具体的には血が欲しいのよ。少量でいいんだけどね」
「血か・・・どれくらい?」
康太の言葉に文はそうねとつぶやいて手に持っていたペットボトルの蓋に自分の飲んでいたお茶を注ぎ込む。
ペットボトルの蓋の半分も満たない程度の量で止めると、文はこのくらいかしらねとつぶやく。
「そんな少なくていいのか?俺らなんかもっと取れると思うけど?」
「量が多ければそれだけありがたいけどね、けどそこまであってもちゃんとできるかわからないもの」
「ちなみに体液っていったけど、血じゃなくてもいいのか?」
「最終的には血じゃなくてもいいようにしたいけど、そうするには時間がかかりすぎるのよ。だからそのあたりは気にしないでいいわ。実験台にする魔術師の血を、何かに集めておいてくれればそれでいいから」
血を集めてくれと簡単に言うものの、血を流すということは外傷を作るということだ。康太はさてどうしたものかと悩んでしまっていた。
傷を作るというのは面倒くさい。だが傷を作らなければ基本的に人間の体から血が流れるということはありえない。
真理にすぐ治してもらうのもありだが、いくつもの魔術師に協力を作る以上半端な真似をしては康太の心証を悪くするだろう。
もっとも現時点でも康太の心証はあまり良くないものなのだが。




