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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
五話「修業と連休のさなかに」
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ジャンジャック・コルト

康太たちは先日の予定通り、荷物を車に積むと別荘を出発して待ち合わせの店へと向かっていた。


今回の旅行の主目的の一つであるジャンジャック・コルトとの商談である。


一応魔術師と会うという事もあって魔術師として必要な道具一式は持ってきているが小百合も真理もそこまで警戒しているような素振りは見られなかった。


一応本当に商談するだけの予定でやってきているのだろう。


車で一時間もかからないところにその建物はあった。近くの駐車場に車を止めて店の前にやってくるとその詳細を確認することができる。


喫茶店に近い外観をしているがどこかシックな雰囲気を醸し出している。僅かにツタが絡みついた看板、そしてその装飾を見て頻繁に手入れされているということがわかる。僅かな汚れはあえて残しているようなそんな印象を与える見た目だった。


看板に絡みついたツタも決して無造作ではなく、確かな意図をもってその場に放置している、そんな気のする見た目だ。


人もそれなりにいるところを見るとそれなりに有名な店なのだろうか。


扉を開けると中から芳ばしいコーヒーの香りが全員を迎えてくれた。コーヒーだけではなく恐らくケーキの類も取り扱っているのだろう、洋菓子の甘い香りが鼻孔をくすぐる。


少し薄暗いと言えばいいだろうか、店内も日当たりが悪いわけではないのに一定以下の明るさを保っているように思える。照明もわざと出力を落としているような印象を受けた。


「いらっしゃいませ、四名様でしょうか?」


「待ち合わせをしている。一人遅れてくる予定だ」


「かしこまりました、あちらのテーブル席へどうぞ」


決して広いわけではないが店員を雇う余裕はあるようで、女性店員が四人を奥のテーブル席へと案内してくれる。


カウンター席にテーブル席、それぞれ客は半分半分といったところか。ゴールデンウィークのこの時期にしっかりと客が入っているのだからそれなり以上の知名度があるという事だろう。


「ご注文が決まりましたらお呼びください。ごゆっくりどうぞ」


四人にメニューの書かれた本が渡され水とおしぼりが配られると小百合は早々にメニューを開いていた。


「好きなものを注文するといい。ここは私がもとう」


「マジっすか!何にしようかな・・・」


奢りと聞いて康太は真っ先にメニューに食いつくように読み始める。真理と文はありがとうございますと一礼してからそれぞれメニューを眺め始めた。


この店はどうやらコーヒーやケーキの類もそうだが軽食も取り扱っているようだ。


数多くのコーヒーの銘柄に加え紅茶やケーキ各種、そしてサンドイッチにパスタ等々、洋食で喫茶店にありそうなものは大抵揃っているようだった。


「それじゃあ私はサンドイッチセットと紅茶を」


「私はカプチーノとオムライス、それにフルーツタルトを」


「んじゃ俺はカフェオレとナポリタン、あとチーズケーキ」


「よし、じゃあ注文するぞ」


弟子二人はそれぞれしっかりデザートまで注文し、注文が終わってから数分経過してからそれぞれに飲み物が届き始める。


紅茶もコーヒーもそれぞれ強い香りを放っている。インスタントなどとは全く違う香りに康太はほんの少しではあるが感動していた。


独特の苦みの中に芳ばしさが、そして酸味の中にわずかな甘みが混じっているのが感じ取れる。


「師匠よくこんな店知ってましたね。ちょっと意外です」


「まったく失礼なやつだ。私はコーヒーが好きでな、こういう喫茶店は比較的よく知っている。もっとも私がこの店に来るのはひどく久しぶりだがな」


それこそコーヒーの味などわからない頃だったと言いながら小百合は薄く笑って見せた。


コーヒーを口に含みながら小百合は店内を見渡している。恐らく内装が若干変わっているのだろうか、窓やテーブル、そしてカウンターの奥におかれた小物などに視線を向けてから小さくため息をつく。


彼女が前にこの場にやってきたのがいったい何時なのか、それを知るものはこの中にはいない。


この中で一番小百合との付き合いが長い真理でさえ、彼女がこの店に来たということを知らないのだ。恐らくは真理を弟子にするよりも前の話だろう。


「あの時はわからなかったが・・・なるほど・・・美味いもんだ」


「て事は、師匠が子供の頃とかですか?」


「あぁ、私にだって子供時代くらいはあったからな」


「・・・ちょっとイメージできないですね・・・何歳の頃に来たんですか?」


「確か・・・私が十二くらいの時だったか・・・まだあると知った時は驚いたものだ」


随分長く続いているものだよと言いながら小百合はほんの少しだけ嬉しそうだった。子供の頃の思い出をよみがえらせているのだろう。当時食べたものと今食べたものを比べながら薄く笑って小さくため息をついて見せる。


小百合の子供時代と言われてもはっきり言ってこの場にいる三人は全く想像できなかった。


そもそも小百合が今何歳なのかも詳しく知らないのだ。おおよそ二十代後半だということくらいは知っているが、それ以上詳しいことは知らないのである。


写真などがもしかしたら小百合の店にあるかもしれないが、それも探したことはない。今度時間があったら探してみようかなと思っているとそれぞれに料理が運ばれてくる。


時間的には昼食時だ。料理が運ばれるのを確認してそれぞれが小百合に一礼してから料理を口に運んでいく。


康太たちが食事を進めていると一人の男性が店の中に入ってくる。ラフな格好をした中年男性だ。若干メタボリックでふくよかな腹部をしているのが特徴的な普通の男性だ。


「いらっしゃいませ、おひとり様ですか?」


「いえ、待ち合わせを。先に待っていてくれてると・・・あ、いたいた、あそこですね」


そんな会話が聞こえてくると小百合は僅かに店の出入り口の方に目を向ける。そこにいる中年男性の姿を確認してから小百合はゆっくりと立ち上がって見せた。


「やぁ小百合ちゃん、久しぶりだね。待たせてごめんよ」


「いえお気になさらず。お久しぶりです朝比奈さん」


互いに互いを確認し合い握手を交わす二人を見ながら康太たちはこの人が今回の商談相手であるジャンジャック・コルトであると理解していた。


「お弟子さんも一緒に来るって言ってたけど三人とも君のお弟子さんかい?真理ちゃんは前にあってるけどこの二人は・・・?」


「紹介しましょう、こっちの男の方が私の弟子です。こっちの女の方はエアリスの弟子です」


「・・・え?どうして彼女のお弟子さんがここに・・・?ていうか君たちすごく仲悪かったような気がするんだけど?」


もちろん大嫌いですよと言いながら笑みを浮かべている小百合に、康太たちは複雑な表情をしていた。


何よりも小百合が敬語を話しているということに驚いたのである。


今まで小百合が敬語を話しているところなど見たことがない。そして遅れてきた彼を迎えるために食事を中断して立ち上がっているというところから彼への敬意が表れている。


小百合がこんな対応をするような人間がまさかこの世界にいるとは思わなかったためにその場にいる全員が驚いていた。


なにせ魔術協会の日本支部の支部長にさえため口を使うような人間だ。そんな小百合が敬語を使うというのは相当すごい人なのではないだろうかと康太はナポリタンを口にいれながら考えていた。


「とりあえず初めましてだね。正式な挨拶はまたあとでするとして、朝比奈順二です」


「あ、八篠康太です。今日はよろしくお願いします」


「は、初めまして、鐘子文です。今日はよろしくお願いします」


康太に比べて文は有名人にあえたことで非常に緊張しているのか若干どもってしまっている。


目の前にいる男性は少なくともただの中年男性にしか見えない。腹が出ていて少し癖のある髪をしているくらいだろうか。それ以外にこれといった特徴はないように見える。


だが康太に感じられない何かを文は感じているのかもしれない。そのあたりは不明だが妙に挙動不審になっているのが印象的である。


「それじゃあ僕も何か頼もうかな・・・すいません、ホットドッグとナポリタン、あとカフェラテとバニラアイスをください」


「相変わらず随分と頼みますね。太りますよ?」


「いやぁこの前病院行ったら血糖値高いって言われちゃってさ。妻からも甘いものは控えなさいって言われててこういう時じゃないと食べられないから」


この人、妻帯者だったのかと思いながらも康太は目の前にいる中年男性に意識を向けていた。


一応左手薬指に指輪を付けていないから独身かと思ったのだが、恐らく太ったせいで昔の指輪が入らなくなってしまったのだろう。


なんというか事前に聞いていた通り普通の男性という印象しか持てなかった。


むしろこんな人がそこまで凄い人なのかと若干疑いの目さえ向けてしまっている。


もっとも、小百合が敬語を使うような相手だ。自分が不躾な事をするわけにはいかないと少しだけ注意しながら食事を続けていた。


「この後はどこに行くんだい?どこか別の場所で話した方がいいだろうし」


「それなら問題ありません、すでに場所を確保してあります。昼食が終わったらご案内します。ここまでは車で?」


「うん、車で来たよ。地味に離れてるからね、近くの駐車場に止めてあるよ。もしかしたら同じ場所かもしれないね」


車で来たという事もあって比較的商談はしやすいだろうが魔術的な商談をするのだ、人目につかない場所で行ったほうがいいだろう。


小百合がすでに場所を確保してあるという事だったが康太たちは全く何も知らないのだ。小百合の案内に従うほかない。


「わざわざごめんね、実際に確認しないとダメでね」


「構いません。今回は弟子たちのリフレッシュも兼ねていますから。この近くにあるあいつの別荘でのんびりしています」


「・・・あぁ、それであの子のお弟子さんを預かってるんだね?君たちが一緒にいるのは胃に悪いからねぇ・・・」


恐らくこのジャンジャック・コルトこと朝比奈順二も小百合とエアリスの仲の悪さは知っているのだろう。近くにいる真理が何度も頷いて同意している。


小百合とエアリスを同じ空間に居させると喧嘩が勃発するのはどうやら昔からのようだ。前にその状況を見ていた康太からしてもあの状況は胃が痛くなる。いつ喧嘩が殺し合いに発展するか不安でならないのだ。


「というより君が二人目の弟子をとったというのがびっくりだよ。いつの間に?」


「今年の二月からです。まだまだ未熟者ですがなかなか見どころのある奴ですので目をかけてやっていただけると」


「はっはっは!目をかけるだなんて僕が目をかけたって別に大して意味はないさ」


ご謙遜をと小百合が薄く笑っていると五人のいるテーブルに朝比奈が注文した料理が運ばれてくる。朝比奈はそれを見るや否や満面の笑みを作る。その嬉しそうな笑みが非常に印象的だった。


日曜日なので二回分投稿


予約投稿中なので反応が送れます、ご容赦ください


これからもお楽しみいただければ幸いです

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