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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
二十九話「その手を伸ばす、奥底へと」

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日常の作用

「八篠!そろそろ休憩しないとまずいよ!」


康太の意識を日常に引っ張ってきたのは、休憩していたはずの島村だった。長距離走を普段やっている島村から見て、康太が走り続けている時間が少々おかしいということに気付いたのだろうか、康太に並走しながら軽く背中を叩き声をかけてくる。


「あー・・・悪い、休憩・・・する」


息も絶え絶えな康太は、一人グラウンドのトラックから外れ、体が砂や土で汚れることも厭わずにその場に転がり込む。


空を仰ぐと、やや曇り気味な空が目に入る。湿気も高く、風もない。滝のような汗が乾くこともなく流れ続ける中、これほどの気温があるというのに、それでもまだ直射日光が遮られているという状態に少しだけ嫌気がさした。


おそらく晴れていたらもっと気温が高くなっていたことだろう。下手なことをすれば、熱中症や脱水症状になってもおかしくはない。体調管理ができていないのだなと康太は反省しながら、微風の魔術を発動し自分の周囲にわずかに風を作り出した。


肌をなでる風が心地よい。だがそれも最初だけだ。送られてくるのが熱風だけという事実に康太は再び暑さしか感じなくなっていた。


「はい、水分補給しないとこの時期はつらいよ?」


「悪い・・・助かった・・・てか暑すぎ・・・」


「まだ九月だからね、仕方がないよ。それにしても、最近妙に長く走ってるけど、長距離に転向でもするの?」


「あー・・・ちょっと悩んでる。短距離がなかなかタイムでなくてな・・・中距離から長距離に変えるかも」


それらしい理由をでっちあげ、康太は島村がもってきたスポーツドリンクを一気に飲み干す。


冷え切っていないぬるいスポーツ飲料を喉の奥に流し込み、体を起こすと、先ほどまで見えていた黒い瘴気と生きていない者たちの姿は消えていた。


日常に戻ってこられたのか、それともあれはただ酸素が足りていなかったことによる幻覚の類なのか、康太はわからなかったがあまり良い気はしなかった。


「悪い、ちょっと休むわ。先輩には適当に言っておいてくれ」


「了解、言っとくよ」


島村に伝言を頼むと、康太は立ち上がりグラウンドの脇にある水場へとやってきていた。


蛇口から水を大量に出し、それを頭からかぶる。周囲の熱気に当てられ、出てくる水もまたぬるく、体を冷やす作用はあまり期待できなかった。


水の温度を下げるような魔術を覚えておけばよかったかなと思う反面、そんな魔術を覚えても仕方がないかと思ってしまう。


「大丈夫?だいぶ参ってるように見えるけど?」


康太の耳に聞きなれた声が届く。水を浴びながらも康太がそのほうを向くと、運動着を着た文がそこに立っていた。


文も運動をしていたからか、その肌には汗が滴り、運動着は汗で濡れている。


「あぁ、ちょっと走りすぎただけ。さすがに強化も何もかけずにずっと走り続けるのはきついな」


「・・・体の方じゃなくて、心の方よ。大丈夫?」


先ほどの康太の精神状態をどのように把握したのかはわからないが、文は康太の様子がどこかおかしくなりつつあることに気付いていた。


「大丈夫だよ。いつまでも引きずってても仕方ないからな。ある程度割り切らないと」


康太のこの言葉を、文は信用していなかった。


そんなに簡単に割り切れるような性格であれば、どれだけ楽だっただろうかと。どれだけ康太が普通にしていられただろうかと。


康太はそんなに簡単に割り切れるほど単純な性格をしていない。面倒くさく、不器用で、どうしようもなく気にしてしまうのだ。


「そんな顔していっても説得力ないわよ?今にも倒れそうな顔してる」


「・・・そりゃずっと走ってて体力限界なんだよ。暑いし・・・倒れそうなのも仕方ないだろ」


「そうね。そうかもね。でもそれだけじゃないでしょ?」


文は自身も蛇口から水をだし、それを口にしながらため息をつく。


康太がどのような精神状態なのか、文は大まかではあるが理解している。


誰かといる時、何かをしているときはまだいい。だが一人になった時、何も考えない時、康太がどのような状態になってしまうのか。


先ほど康太が走っている光景を見て、あれは良くないと、文は直感した。


康太はどうしても自分を責める。どのような思考のもとそのような考えに至るのか、文だって理解できる。


康太の抱え込みすぎる癖を、文は理解していた。だからこそこの状態になってしまうことも理解できる。

日常にいることで、少し楽になるかと思ったが、それは逆だった。


この場所にい続けるのは少々よくないなと、文は思っていた。


日常にあることによって自分が関わってきた死を強く意識してしまっている。先ほど走っているとき、康太の体からはわずかに黒い瘴気が漏れていた。


どのようなことを考えていたのかはわからないが、あまり良いことではないのは想像に難くなかった。


「康太、ちょっと付き合いなさい」


「なんだ?なんかあったか?」


「そうね。ちょっとした相談事よ。飲み物くらいおごるから」


「了解。ちょっと待ってくれ、砂落とすから」


そういって康太は体についた汗と砂を水で洗い落していく。


少ししてから康太たちはいつもの購買部の脇のベンチにやってきていた。


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