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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
二十九話「その手を伸ばす、奥底へと」

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ただ走る

九月となってもまだまだ残暑が続く中、康太はうだるような暑さに耐えながら走っていた。


学校生活が始まった以上、普通の学生として生活することを余儀なくされた康太だが、陸上部としてこのように走り続けるのは決して嫌いではなかった。


頭を空っぽにして走っていられる時間というのは実は貴重なのだ。


魔術師として活動しているときは常に頭を動かしていなければいけない。だが、自分以外の誰かがいる限り、何もしていない時間というのはありえない。


何かをしろと、何かをしなければと誰かが言う。そして康太もその通りだと思って何かをしなければと頭を働かせる。


だがこうして走っている限り、誰かに何かをしろと言われることはないのだ。


もともと長距離にはかかわってこなかった康太だが、幸彦の一件があってから、こうして時折、とにかく走るということを続けていた。


一見すれば長距離走の練習をしているように見えるだろう。とにかく走って、延々と走って、タイムを出そうとしているように見えるだろう。


だが実際は違った。康太は何も考えず、ただ体を動かしているだけだった。


こうしている間は、走る以外のことをしなくてもいい。走る以外のことを意識しなくていい。だから走っていた。


止まっていると、余計なことを考える。日常が非日常に侵食される。だからこそ、こうしてとにかく走っていた。


少しでも余裕が出ると、余計なことを考えてしまう。


幸彦が死んでから、康太の頭の中で響く声。それが自分自身の後悔からくる声であると、康太は何となく気づいていた。


あの時、自分がもっと早く駆けつけていればあの人は死ななかった。


あの時、自分がもっと強ければあの人は死なずに済んだ。


あの時、自分が変な意地を張らなければ、あの人は助かった。


あの時、あの時、あの時。自分のせいで、俺のせいで、お前のせいで。


頭の中で響く声は康太を責め続ける。何度も何度も頭の中で響くその声を振り払おうと康太は走る。


何度か夢に見ていた、死に続けたあの時の記憶。あの死に満ちた記憶を再現するかのような光景が、時折脳裏に浮かぶ。


そしてその死体の中に、幸彦がいた。


うち捨てられ、ただ朽ちるだけの死体の中に、屈強な体を持った幸彦の体が転がっている。


そんな光景を、もう何度見ただろうか。


もはやその考察に意味がないと、行動に移さなければそれこそ無意味だと、自分がやるべきことを、やりたいことをするべきだと頭の中では理解している。納得もできている。


だが、頭が理解しても、納得しても、心がついてこない。


どこまで走っても、どこまで頭を空っぽにしようとも、その声は康太の頭の中で響き続けた。


康太自身の声で、康太自身がわかっていることを、康太自身が思っている通りのことをつぶやき続ける。


同じグラウンドの中をぐるぐると走り続ける康太の目には、同じ光景しか映らないはずなのに、時折違うものが見えていた。


それが白昼夢の類なのか、それとも別の何かなのか、康太には理解できなかった。


地面の底から湧き上がる黒い瘴気、そしてその瘴気をたどってやってくるかのような、すでに生きていないもの達。


康太が見えていることを知ってか、康太の体にまとわりつこうとしてくるその動きを、康太は走り続けることで振り払う。


何故助けてくれなかったのか、何故助けてくれないのか、何故助けられないのか。


康太は見ないふりを何度もした。文に、奏に、アリスに、何度も何度も抱えられないものを抱えることはないのだと、お前は悪くないのだといわれても、それでも康太は助けられなかったものに対して、何も感じないということはできなかった。


幸彦の死が、康太のその感性に拍車をかけていた。


小百合に叫んだあの時の言葉、康太はもはや覚えていないが、あの時の言葉が康太の本質を表している。

だが同時に、それに対しての小百合の言葉が、康太の本質への欠点でもある。


本当に大事なものをこぼれ落とす。


それがわかっていたから、それを理解していたから、康太は前に進もうとした。


だがそれでも、放っておくことは難しかった。それは康太の本質そのものを否定するようなものだ。


こうして怨嗟の中に身を置き、頭の中で響く自責の念に振り回されながら、康太は汗を垂れ流し、走り続ける。


頭の中を空っぽにして、何も感じないように、何も考えないように、ただただ走る。


周りには同じようなことをしている部員が何人かいる。皆一様に汗をかき、康太と同じように走っているだけだが、康太だけが違う。


平和な日常の中に居ながら、康太だけが、その場所に入りきれない。馴染み切れない。康太の居場所はすでにここではないと、康太自身が強く理解してしまっていた。


魔術師だからというだけの理由ではない。康太自身が、もはやこの場所に自分の居場所を見いだせなくなりつつあった。


康太は死に関わりすぎた。普段、当たり前のように過ごしているときでも、こんな光景がちらつくことがある。


すでに康太は壊れかけている。いや、すでに壊れているのかもしれない。


普通だった少年は、もはや普通ではなくなっていた。


いつの間にこんな風になってしまったのだろうかと、今までと同じように走っているはずのこのグラウンドの中で、康太は強い疎外感を感じていた。


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