小百合の理屈
「障壁の耐久力的にはどうなんだ?今の状態だとそれなりって感じがするけど」
「うむ・・・現段階では障壁の造形と耐久力が両立しておらんが、今後の研鑽でそれらも両立できるようになっていくだろう。特に耐久力は、集中すればそれなり以上のものを持っておる」
「防御か・・・今までほとんど避けてたから考えてこなかったけど・・・考えておいたほうがいいのかな?」
「お前には必要なかろう。もし必要としたら今以上の回避能力と、攻撃を逸らせる魔術だ。後者に関してはすでに覚えているだろうに」
「うん、そうなんだよな・・・」
康太はすでに収束という魔術を覚えている。指向性を持って動き続ける物体の指向性を逸らせ、一定のポイントに誘導する魔術だ。
これを使えば相手の攻撃をわずかでも逸らせることができる。康太がもともと持っている機動力に加え、この魔術を併用すれば射撃系魔術であれば避けられない攻撃はないといっていい。
「でもさ、中にはよけきれないうえに曲げきれない攻撃もあるだろ?速すぎたり相手の制御が強すぎたりして。そういうのを防ぐっていうのも考えたほうがいいのかなと思うわけよ」
「普段から使わない防御など、とっさに使っても意味がないのはよくわかっているだろう。高くない性能の防御など、コータにかかればナイフ一つで壊せるだろう?ならば相手にとっても同じこと。付け焼刃ほど意味のないものはない。自分の戦闘スタイルにあったものを身につけ、できないことはほかの者に任せればよいのだ」
アリスはできないことはできないで、完全に分業してしまえばいいという考えのようだった。
専門の人間にはそれなりの技術と知識がある。康太がそれを真似たところで、はっきり言ってそこまでの効果は得られないと思っているのだ。
だが事実その通りかもわからない。いくら康太が防御を学ぼうと、アマネのように卓越した技術を即座に得られるということはありえない。
それこそ目の前にただ邪魔な壁を一つ作るだけという結果に終わる可能性の方が大きかった。
「でも神加は障壁覚えて一年未満でも結構な技術になってきてるんだろ?それなら俺だってできるんじゃないのか?」
「ミカのあれは子供特有のものもあるだろう。こうすればいいあぁすればいいと、頭の中で次々と考えが浮かび、それをとにかく実践している。私たちのそれとは違う、未完成が故の感性だ。すでに魔術師として完成しつつあるコータでは同じようにはできんよ」
「そういうもんかな?」
「そういうものだ。一度ついた認識や苦手意識などはそう易々とぬぐうことはできん。お前の場合、障壁が苦手という意識はないだろうが『使わない物』という認識が強すぎる。強固であっても方法によっては破れるという意識がある以上、お前が障壁を極めることは難しい」
「・・・技術の練度って認識によっても変わるのか?」
「変わる。『絶対に破れないように』と作った壁と『たぶん破れるだろう』と作った壁とでは使った技術や魔力が同じでも耐久力は雲泥の差だ。お前はすでに障壁を破ることができる技術を身に着けた。それはつまり障壁を作ることに関して致命的な欠陥を得たことに等しい」
魔術というものは単に技術と理論だけで成り立っているわけではない。康太もそれは理解している。
康太が所有している魔術の中にも、いくつか理論や理屈に合わないようなものがあるからこそそのことは理解しているつもりだった。
そして、理屈に合わないことが現実に起こる中、術者の認識すら魔術が引き起こす現象に影響を及ぼすとなると、確かに今まで見てきた中で納得いくことがいくつかある。
特にそれは康太の周りでよくあったことだ。小百合の使う魔術を、康太は直接引き継いで使用している。
その結果は、小百合のそれに非常に酷似している。違う人物、違う実力を持った人間が使っているにもかかわらず、その効果は小百合のそれに近づいている。
それは康太がその魔術はこういう効果を発揮するものであるという認識のもとに成り立っているからだろう。
さらに言えば、倉敷のような属性特化の精霊術師がそれらを操りやすいのも『そういうものである』と自らの認識の中で成り立っているからなのだろう。
「つまり、自分の中で『この魔術はこうだろう』っていう考えがあると、発動する魔術に影響を及ぼすってことか?」
「そういうことだ。人によってはその影響が少なかったり、大きかったりする。おそらくお前は大きいだろう。事前情報なしで、十五前後になってから魔術を習った。常識によって魔術を行使する者はどうしても理屈によって魔術を行使しがちだ」
「・・・神加は違うと」
「ミカは子供だ。その魔術がどのようなものであるという先入観がない。どのようなことでもできるのではないか、こんなこともできるのではないかという柔軟な思考力がある。この差は大きいだろう」
「・・・じゃあ俺は、破壊関係ならうまく使えるけど、防御関係に関しては・・・」
「実力以下のものしか発現できん可能性があるということだ。まぁそこまで悲観することでもあるまい。お前の場合は避ければよいのだ。避けられないほどの広範囲ならば、その術さえ壊してしまえばいい。そうだろう?サユリよ」
康太とアリスの話を聞いていたのか、ゆっくりと小百合がやってくる。
「お前がそこまで考えていたとは意外だった・・・案外観察しているのだな」
「ふん・・・お前たちのようなタイプを知っているというだけの話だ。多少違えど、内容が同じであれば考えることも同じだ」
「・・・経験則か・・・気に入らんがその通りだな」
小百合はアリスの発言に反論できないのか、不愉快そうに鼻を鳴らして康太の方に歩み寄っていく。
「康太、お前に防御の才能はない。正確にはその才能を私がつぶした。お前は神加ほどの防御も行うことができないだろう」
「・・・さっきアリスが言ってた、先入観云々の話ですか」
「似たようなものだ。私自身が防御の魔術を不得意としているように、お前の素質的にも防御には向いていない」
素質的な話をされるとき、康太はまたかと顔をしかめてしまっていた。
康太の素質はお世辞にも良いものとは言えない。魔力の貯蔵庫は平均よりも上とはいえ、それを支える供給口があまりにも貧弱だ。
最近はデビットのおかげもあって多少はましになってはいるが、魔力の総量戦という意味では圧倒的に劣る。
「単純に、防御に回すような魔力的な余裕がないってことですか?」
「そういうことだ。攻撃にすべて回してもなおガス欠になることがあるのに、防御に魔力を回しているだけの余裕がお前にあるのか?」
「それは・・・」
康太が今まで防御の魔術をあまり覚えてこなかったのも、多用してこなかったのも原因としては小百合の言う通りだ。
康太は継続戦闘能力が低い。そのため相手を倒そうと思ったら攻撃に魔力を集中しなければならない。
相手の攻撃を防御するだけの余裕があるならば攻撃するし、相手の攻撃をよけてしまえば余計な魔力も消耗しない。
神加はまだそういった回避の技術が未熟であることに加え、優れた素質があるからこそ防御を教えているのだ。
康太のように回避技術が高ければ覚える必要などないし、高い素質を持っていれば防御に回すだけの魔力の余裕も生まれる。神加は覚える必要と、覚えられるだけの素質を持っていたからこそあのように防御を学んでいるのだ。
「いざという時、防御でなければ対応できないような攻撃が来た場合は」
「その時はその時だ。相手の攻撃ごと相手を攻撃すればいいだけの話、不愉快だがこいつの言った通りだ」
「・・・相手の攻撃も破壊しろと?」
「そういうことだ。お前が回避できないほどの攻撃となると、広範囲の攻撃になるだろう。特に固体ではなく液体や気体系の攻撃がよけきれなくなるか。津波や火炎といったものがその最たる例だな」
物体での攻撃ならば康太はある程度対応できる。物理的にはじいてもいいし、普通に回避してもいい。
面での攻撃に対する回避を苦手としている康太からすれば、それらをうまく対応することこそ今後の課題というべきだった。
「師匠ならどういう風に攻撃します?相手の位置が分かったとして」
「私の場合は単純だ。斬る」
「・・・斬る・・・ですか」
「そうだ」
全く答えになっていないような答えに、康太は頭を抱えてしまっていた。この人はこういう人だったと。
アドバイスを求めたのは間違いだったかなと思いながらも康太は顔を上げる。
どんなに説明が下手でも、どんなに魔術師としても人間としても尊敬できなかったとしても、この人こそが自分の師匠なのだと言い聞かせて康太は小百合と向き直った。
「具体的に教えてください。例えば火を放たれた場合はどうするんですか?」
「斬る」
「だから!斬るにしたってどんな魔術で斬るのかとか、どういう形で斬るのかとかいろいろあるでしょう!」
「・・・ん?お前には魔術師が発生させる事象について、ちゃんと説明したことはなかったか?」
「・・・どういうことです?」
怪訝な顔をする康太に対して、小百合はどう説明するべきかと隠そうともしていないため息をつきながら悩んでいた。
「文と一緒に行動しているのだ。ある程度理解しているとは思うが・・・我々魔術師が発生させている魔術は、実際の現象とは異なるものだ」
「・・・それはわかります。文が使う電撃とか回避できる時点で実際の電気じゃないですから」
本来電気というのは光速に限りなく近い現象だ。人間の目には軌跡しか見えず、康太の言うように避けることなど不可能だ。
それは文と最初に接触し、感じたことでもある。文の魔術はあくまで電撃に近しい現象を作り出しているのではないかと。
「それと同じ理屈だ。魔術師が作り出す現象はあくまで本物ではなく魔術で疑似的に再現したもの、魔力によって作り出された疑似的な現象だ。だからこそ慣れれば魔術で斬ることくらいはできる」
慣れれば斬れるという抽象的すぎる説明に康太は首をかしげてしまう。
だが説明をしようという気持ちは感じ取ることができた。問題はそれを理解しきれない康太の方なのだろう。
土曜日なので二回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです




