変化
「ほほう、倉敷君がですか」
康太はその日の夜、小百合の店で真理や神加に倉敷の話をしていた。
小百合は興味がないのかパソコンとにらめっこしている。神加は以前店に駆け込んできた、一緒に山や海に行った『水の人』という認識しかないが、真理にとっては康太と関わりを持ち始めた時から倉敷のことを知っているだけに感慨深いようだった。
「えぇ、大出世ですよ。初めて会った時はうちの先輩魔術師にいいように使われてたのに、いつの間にか精霊術師のまとめ役です」
「それはすごいですね。努力が実っただけではなく、運にも祝福されたのでしょう。なかなかそこまでの立場になれる人はいませんから」
「起きた事件とか、人間関係とかもありますけど、一応は精霊術師との仲介役になったわけですから、今後あいつは忙しくなりそうですね」
「魔術師と精霊術師の間には大きな隔たりがありましたからね。それを少しずつなくしていくというのは並大抵のことではありません。倉敷君も、そして支部長も、その世代の魔術師である私たちも、おそらく大きな変化を求められることになるでしょう」
「・・・ねえお姉ちゃん、へんかって?」
「んーと、成長していくってことですよ。これからどんどん神加さんが大きくなっていくように、私たちも変わっていくんです」
「お姉ちゃんたちも大きくなるの?」
「んー・・・私たちはもう大きくなれないかもしれませんね・・・変わるのは外見だけではないんですよ」
「よくわかんない」
真理は上手く神加に説明ができないのか、困ってしまっていた。言葉の意味をあまり知らない子供に、立場の変化や内面の変化をどのように伝えるべきなのか、真理はそのあたりがわからなかった。
言葉が通じないというわけではないのだが、普段使っている言葉を理解してもらえないというのは非常にもどかしい。そして自分の知っている言葉を子供でも知っているような単語に置き換えて話さなければならない。
一種の翻訳のようなものだ。小学校の先生はみなこれをやっているのかと思うと真理はめまいがしそうだった。
「お兄ちゃん、変わるってどういうこと?」
「変わる・・・変化・・・神加、お前は昨日の晩御飯、何食べた?」
「?ハンバーグ」
「じゃあ一昨日は?」
「えっと・・・おさかな」
「じゃあ一週間前は?」
「えっと・・・覚えてないよ・・・」
「そういうことだ。一週間前ならたぶん、その時食べたものを覚えてただろうけど、今のお前は覚えてない。毎日違うことをして、毎日違うことを感じて、少しずつ変わっていく。それが変化だ」
神加は康太の言葉を反芻して、自分なりに咀嚼して理解を深めようとしているようだった。
「・・・忘れちゃうことが『へんか』ってことなの?」
「忘れるだけじゃない。新しく覚えたこともあるだろう?勉強で、魔術で、テレビで、新しいものを見て、新しいものを知るだろ?」
「うん」
「それが変化だ。忘れるっていうのももちろんそうだけど、知るってことも変化だ。忘れればその分変わるし、知ればその分変わる。それが変化だ」
変化という言葉を、神加はゆっくりと頭の中に入れていった。忘れるということ、知るということ。違うことをやり、違うことを見て、違うことを知る。日々同じではない何かをすることによって生まれるほんの少しの違いこそが変化であると、神加は理解した。
「わたしもこれから変化していくの?」
「していくだろうな。姉さんみたいな立派なレディになれるぞ」
「レディ!なる!」
レディの意味を理解しているのかいないのか、真理のようなという言葉に反応しただけか、神加は喜んで手を挙げた。
そして真理の方を見て笑った後、アリスの方を見て一瞬困ったような顔になる。
「アリスもレディになろ?ね?」
「・・・なぜ私に振る・・・私は別に」
「大丈夫だよ。アリスも私と一緒に変化しよ?ね?」
「・・・ひょっとして私は今慰められているのか?」
神加は今までアリスたちの会話の中でもう長い間姿が変わっていないという内容の話を聞いている。
おそらく神加はアリスが長いこと成長、変化できていないという風にとっているのだろう。変化というものが良いことであるというイメージを、先ほどの真理のようになるという言葉から連想したのだろうが、同時に変化していないアリスを見て困ってしまったのだ。
無神経に喜ぶだけではアリスを傷つけてしまうと判断して気を利かせているのだろう。
「だってよアリス。これを機に成長してもいいんじゃないのか?」
「ふざけるな。私はあと五百年は生きるつもりだといっただろう。無駄な寿命は使いたくないのだ」
「大丈夫だよアリス。ねぇ師匠、大丈夫だよね?」
いきなり話を振られた小百合は一瞬迷惑そうな表情をしたが、神加の何の疑いも抱いていない瞳に毒気が抜かれたのか、小さくため息をついてから再びパソコンに視線を落とす。
「そうだな。たくさん牛乳を飲めばきっと大きくなれるぞ」
「ほら!ね!アリス、一緒にたくさん牛乳のも?」
「嫌いではないが・・・いや・・・別に私は・・・」
こうも迫られてはどう答えていいのかわからないのか、アリスは困ってしまっていた。
神加が年相応の子供らしくなってきたことを喜ぶべきなのだろうが、元気になりすぎているという意味ではアリスはあまり喜べなかった。




