目指せ中間管理職
「あぁ、そういえば倉敷、ちょうどよかった。前店に協会の人が来て、お前宛の伝言を頼まれてさ」
「俺宛?誰から?」
「支部長から。精霊術師としての立場からいろいろ意見を聞きたいらしいぞ?具体的に何を聞きたいのかは知らないけど」
精霊術師との関係性の向上を図っている今、支部長としては身近な精霊術師からの意見を積極的に取り入れ、今後の精霊術師に対する魔術協会のイメージ改善を進めていきたいのだろう。
倉敷からの意見が参考になるかどうかはさておいて、生粋の精霊術師である彼の意見を聞くのは決して無駄にはならないだろう。
「うえぇ・・・支部長と会うの緊張するんだよなぁ・・・なぁ、どっちかついてきてくれないか?」
「私はパス。追い込みの途中だから。康太、ついてってあげなさいよ」
「えー・・・子供じゃないんだから一人で行けよそれくらい。取って食われるわけでもないんだからさ」
「そりゃわかってるけどさ、相手は支部のトップだぞ?お前らが何であんな風に自然に接することができてるのか不思議だわ」
本来ならば一つの組織の長というのはそう易々と接触できるものでも、気軽に会うことができるわけでもない。
だが康太は良くも悪くも魔術師として協会に所属した初日から支部長との関係が出来上がってしまっていた。
あの時小百合が問題を起こしたという意味でもそうなのだが、康太も康太で問題行動をしていた。
今にして思えばもう少しまともな対処方法があったのではないかと思ってしまう。そういう意味では反省点の多い初接触だった。
「でもお前はこれから日本の精霊術師のトップに立つ男だぞ、支部長と対面でしゃべれなくてどうするよ」
「ちょっと待て、なんで俺が精霊術師のトップなんだよ。そんなものになるつもりないぞ?」
「あんたになるつもりがなくても周りがそうさせるってことよ。康太と一緒に行動してて、なおかつその戦闘能力も高い。周りからは頼られる存在になるでしょうね。加えて支部長と個人的に会えるだけのコネを持っている」
今までの依頼で康太とともに行動し、倉敷が康太についていけるだけの戦闘能力を持っていることを知っている者も多い。
今後、魔術師と精霊術師が歩み寄っていく中で、倉敷の存在が大きなものになっていくのは間違いないだろう。
「よかったじゃんか。一介の精霊術師から、精霊術師の幹部、あるいはトップに立つんだ。悪い気分じゃないだろ?」
「あんまりいい気分でもないけどな。祭り上げられてるだけだろ?実力が伴ってなけりゃそんなの」
「何言ってんの」
「実力ならもうあるだろ?」
康太と文のまったく迷わない、疑わない言葉に、倉敷は嬉しいような、嬉しくないような微妙な表情をしてしまう。
「お前らはいつも俺を過大評価しすぎなんだよ」
「適正な評価だ。むしろ若干過小評価気味だぞ?」
「過少かどうかはさておいて、適正ではあると思うわよ?精霊術師の中ではもうあんたは十本指の中に入ってると思ってるんだから。戦闘能力だけで言えば三本の指の中に入っていると思うわよ?」
精霊術師の評価や実力というのは協会側で統括していないために判別しにくいが、少なくとも倉敷の実力は精霊術師の中ではかなり高い部類になる。
それは単純な戦闘能力はもちろん、対応能力、機転、発想、機動力などなど、挙げればきりがないがそれらすべてが高い水準でまとまっているのが大きい。
水属性だけという限定された術式しか使えないにもかかわらず、その応用性、その性能は目を見張るものがある。
「精霊術師として優秀な資質が、前の神加みたいな精霊の声を聞くことだっていうならちょっとあれだけど・・・少なくともお前はほかの精霊術師なんて目じゃないくらいに強い。そこらの魔術師より強い。実際、何人も魔術師は倒してきただろ?」
「そりゃ・・・そりゃ、そうだけどさ」
倉敷としては納得できていないようだった。無理もないかもしれない。無茶苦茶な魔術師に振り回されていて、自分の実力を客観的に省みる暇がなかったのだ。
今までずっと下っ端扱いされていたのに、いきなり幹部扱いされても困るだけなのだろう。
康太としては倉敷の気持ちはわからなくもないが、今後の倉敷の立場を考えると、いつまでも康太とともに行動させるのも申し訳なく思えてしまう。
「自信がないの?それとも不満なの?」
「・・・自信がない。俺は別にそんなすごい奴じゃ・・・」
倉敷がそう言いかけた瞬間、康太は倉敷の額を小突く。
「へいへい、お前は俺が頼りにしてるやつなんだぞ。お前は身内と文以外では初めて背中を預けたやつだ。そんなお前がすごくないわけないだろ」
無責任で無茶苦茶な理屈に、倉敷は一瞬目を見開いてから目を伏せる。
「・・・なんでお前基準なんだよ・・・無茶苦茶いってんなよ。なんでそんなに自己評価高いんだよ」
「当たり前だろ。俺は『理不尽の象徴』だぞ?無茶苦茶言ってなんぼだ。いろんなところで悪口ばっかり言われてりゃ開き直りもするっての」
康太の噂は悪いものばかりだ。そんな悪評の中にいれば、康太の言うように開き直ってしまったほうが楽なのかもわからない。
開き直ってしまえば。そう考えて倉敷は自分の実力を疑ってもいない康太と文を見る。
この二人が自分を信じているというのに、倉敷はまだ自分を信じられない。
情けない限りだなと、小さくため息をついた。
「なんでお前らはそうやっていつもいつも・・・勝手に持ち上げて引きずり回して。勝手すぎんだろ。ちょっとは俺の都合も考えろよ」
「お前の都合なんて知るか。もっともっと偉くなって俺たちを楽にしてくれたまえ」
「えらく他力本願な感じだけど・・・あんたが精霊術師の中核的な存在になってくれればいろいろと楽なのよ。少なくとも今後の問題に対して対応しやすくなるわ」
倉敷が精霊術師の中で高い位につけば、今後康太たちが面倒に巻き込まれた際に初動が早くなる可能性がある。
いちいち情報収集をする必要もなく、いきなり敵陣に攻め込むことだってできるかもわからない。
精霊術師たちはそういった可能性を秘めているのだ。
「お前らが面倒ごとに巻き込まれない可能性だってあるだろ?今後お前らが喧嘩を売られなくなることだって・・・」
「・・・本当にそんなことがあり得ると思う?」
「・・・ごめん、自分で言っててねえなって思ったわ」
倉敷の言うように康太たちが今後面倒ごとに巻き込まれないようにするためには、おそらく人のいない場所に引きこもる以外の手段がない。
逆に言えば人のいる場所にいれば康太たちは必ずと言っていいほどに面倒ごとに巻き込まれる。
今までがそうであったように、おそらくこれからもそうであるのだ。
小百合の弟子であるからか、それとも康太の生来のものか、面倒ごとに必ずと言っていいほどに巻き込まれてしまうその特性だけはどうしようもないのである。
望んだものではないだけに康太は少し複雑な表情をしてしまうが。
「まぁちょっとあれだけど、別に俺じゃなくてもいいんじゃねえの?」
「俺お前以外に精霊術師の知り合いいないし・・・そもそも精霊術師で仲よくしようって思うやつほとんどいないっていうかお前以外の精霊術師にほとんど会ったことがない」
「・・・そっか、そもそも俺以外の精霊術師と遭遇する機会がないのか・・・!選択肢がないから俺が持ち上げられてるのか!」
「まぁそういうことでもあるな。お前の実力が高くなってるっていうのもあるけど。たぶん船越君くらいなら余裕で勝てるぞ」
精霊術師に負けるということを言われた船越は一瞬憤慨するが、康太と文がここまで認めている精霊術師の実力が低いとは思えず、特に反論することもできずに黙ってしまっていた。
以前康太に負けた時から、船越は康太のことを観察してきた。協会での評価を含めて康太という人物を調べてきた。
調べれば調べるほど『やばい』の一言に尽きるその所業に、自らの行いを振り返って冷や汗を流したほどだ。
そんな康太が信頼する精霊術師。実力を確かめたくないといえばうそになる。だがおそらく自分ではまだ勝てないだろうと、船越自身自己評価はできていた。
「じゃああれだ、俺以外の精霊術師をいけにえに捧げれば俺は助けてもらえるんだな?そういうことだな?」
「お前いうに事欠いていけにえってひどいな。俺を何だと思ってるんだよ」
「理不尽大魔王」
「間違ってないだけに笑えてくるわね。やったわね康太。大魔王に昇格よ」
「闇の衣をまとってやろうか?今なら普通にできるぞ?残念なことに防御関係は全く変わらないけどな」
そういって康太は自分の体に周りに黒い瘴気を展開させていく。
黒い瘴気はまるで衣服のように形を成し、康太の体を包み込む。まさに闇の衣と言えなくもなかった。
「なんかどんどん何でもありになっていくよなお前。そのうち変身とかできそうなんだけど」
「変身か・・・いいな。ウィルを使ってやってみるかな。一瞬光って鎧を纏う感じで」
「あんた単体で光れるの?」
「おう、電撃を使えばほんの一瞬光れる。ただすごく疲れる。魔力消費してるわけでもないんだけどすごく疲れる。発動条件が結構あれだからな」
康太は徐々にではあるが自ら電撃を放つことに慣れてきていた。
だがやはり自らの強い怒りに反応させているということもあって消耗が大きい。魔力などの消耗ではなく精神的な面でのものだ。
体力でもなく魔力でもなく精神力を消耗するこの方法は、あまり多用できない。何よりまだ練度が低く、意識して戦闘中に行えるようなものでもない。
無意識で発動しているということはたまにあるが、まだ実戦で使用できるようなものではないというのが小百合の考えであり、同時に康太の考えでもあった。
「光って変身できて闇の衣も纏えて、勇者側なのか魔王側なのかはっきりしてほしいな」
「間違いなく魔王側だろ。俺みたいなのが勇者の側にいたら間違いなく世界滅ぶわ」
「魔王側にいても滅ぶと思うけどね」
康太が本気になった時世界を滅ぼせるかと言われれば否だ。まだまだ康太の実力は世界を滅ぼすには程遠い。
仮にデビットが暴走し、封印指定の力をすべて開放しても一つの都市を壊滅させるのが精々で、それ以上のことはできないだろう。
それに康太は世界を滅ぼすつもりは今のところはない。
そんなことをするくらいならもっとやるべきことがあるし、できることがある。何より康太はまだそこまで世界に絶望していないのだ。
もし康太がその道を歩むということになれば、その時はデビットと同じ道をたどることになるのは間違いないだろう。
「というわけで付き添いできましたよ支部長。存分に俺の悪口を言ってくださって構いませんよ?」
康太は倉敷の付き添いで支部長のもとへとやってきていた。初めてのお使いではないのだから倉敷一人で行かせてもよかったのだが、さすがにただの精霊術師の倉敷に今それを求めるのは酷だろうとついてきたのである。
「君もなかなかいい性格になってきたよね・・・そういえば君あの非難声明ちゃんと読んでくれたのかい?」
「すいません、まだちゃんと読んでないんです。どんなこと書いてあるかは大まか人から聞きましたけど」
「見てすらもいないのかい・・・なんか書いた意味を考えちゃうなぁ・・・せめて流し読みでもいいから読んでくれないかい?」
「機会があれば」
あ、これは読む気がないなと支部長はあきらめてため息をつく。今回の非難声明はあくまでほかの精霊術師や魔術師たちへのアピールでしかない。そんな内容をいちいち確認するほど康太も暇ではないのだろう。
いや、暇ではあるのだろうが、そのようなことで一喜一憂するような感性を持ち合わせていないというべきだろうか。
自分で非難声明を書くように指示しただけあって、そういった部分をまったく気にしないのはある意味さすがというほかない。
「まぁ・・・うん・・・君がそういうタイプだっていうのは何となくわかってはいたけどさ・・・結構あれ書くの頑張ったんだよ?言いすぎないようにとか、嘘を書かないようにとか、周りを刺激しすぎないようにとか」
「お疲れ様です。ありがとうございます。これで精霊術師たちと良い関係を築けると思いますよ。俺も身を切った甲斐があるってもんです」
「・・・じゃあ読んでくれる?」
「・・・ははっ」
完璧な愛想笑いに支部長は康太が絶対に非難声明を読まないだろうということを悟りうなだれてしまう。
おそらくあの非難声明は支部長の傑作だったのだろう。他者を刺激しすぎることもなく、康太を非難しすぎることもない。そうでありながら精霊術師たちにとっては新たな一歩を踏み出すに足る、まさに適度にバランスをとった絶妙な非難声明だったのだ。
そんな内容を、非難声明を読ませるべき当人は全く読んでいないというのは支部長になかなかのダメージを与えたらしい。うなだれた状態でうめきながらゆっくりと顔を上げる。
「まぁ・・・それはいいや。クラリスも昔からあぁいうものを一切読まなかったからね・・・要約文でやっと目を通してくれるくらいだよ」
「あぁ、それいいですね。俺にも要約文をくれれば読みますよ?四十字以内三行程度でお願いします」
「・・・君やりすぎ。精霊術師可哀そう。みんなこんな真似しちゃだめだよ。大まかに言うとこういうことだよ」
「わかりやすいです。そういう文章であれば最高ですね」
「お前もうちょっと誰かの努力を認めてやれよ・・・支部長が不憫だわ」
「俺だって努力は認めるぞ?でもさ、自分のことをすごく丁寧にディスってる文章があって、読もうと思うか?」
康太の言葉に倉敷は返答できなかった。確かにいくら丁寧な文章とはいえ、自分のことを悪く書いている内容に積極的に目を通そうとは思えなかった。
無論、自分に非があり、改善点を見出そうという人間ならば次のためにとそれらに目を通すのもやぶさかではないのかもわからない。
だが今回の場合、康太は自分の意思でその文章を提出させた。はっきり言ってどんな内容が書いてあるかが重要ではなく、非難することを餌にしろといっただけの話なのだ。
何が重要であるか、康太の側でそれを考えた時、別にその非難声明を読むだけの理由が見当たらないのも事実。そのあたりを理解している倉敷からすれば、先ほどの康太の言葉に反論することは難しかった。
とはいえ、思い切り肩を落としている支部長を見て思うところがないわけではない。精霊術師のために何とかしようとしてくれている支部長の努力をないがしろにするというのは、倉敷としても心苦しかった。
「せめて流し読みでもいいから読めって。結構いいこと書いてあるっぽいしさ」
「いや、とりあえずさっき要約聞いたからいいかなって」
「お前はもうちょっと人の気持ちを理解しろ!努力が報われないってのがどういう気持ちかわからんのか!」
「わからないわけじゃないけどさ・・・こういうのも大事だっていうのはわかるよ?結構書類系の仕事もやってきたから」
「ならもうちょっと目を向けてやれよ」
「・・・ははっ」
「愛想笑いはいいんだよ。いいから読め!」
支部長の机の上にあった非難声明を康太の顔面の前に突き出す倉敷を見て、支部長は涙を禁じえなかった。
やはり精霊術師との関係を改善することは間違っていなかったのだと、支部長は心の中で確信する。
この場に小百合がいたらきっと失笑したことだろう。それほどに今の支部長の姿は情けなく見えたのだ。
「で、なんで今回トゥトゥに声をかけたんですか?支部長ならほかにもいろんな精霊術師知ってるでしょう?」
今回支部長が倉敷を呼んだ理由は、今後の魔術協会と精霊術師との関係改善のために、一精霊術師としての意見を聞きたいというものだった。
康太の言うように別に倉敷でなくとも、他にも精霊術師は山ほどいる。支部長ともなれば康太たちよりもずっと精霊術師に知り合いがいても不思議はない。
だが支部長はあえて倉敷に話を聞こうとしている。それがどういう意味を持っているのか、康太は気になったのだ。
「うん、実はね、トゥトゥエルには精霊術師たちの一種の窓口みたいなものになってもらいたいって思ってるんだよ」
「窓口?」
「うん。まとめ役って言ってもいいかな。君は魔術師であるブライトビーたちとも近しい存在で、なおかつ生粋の精霊術師だ。魔術師が何を提供でき、精霊術師が何を求めるのか、そのあたりをよくわかっている」
「・・・それは・・・まぁ・・・そうですけど」
倉敷は春奈のもとで訓練を行ってもうかなりの長さになる。訓練だけではなく実験なども手伝っていることから、魔術師がどのような存在であり、魔術協会がどのような援助を行っているかなど、他の精霊術師たちに比べるとかなり詳しく知っている。
それこそ、倉敷の師匠よりも詳しく知っているだろう。
日本の中でこれほど魔術師と関わりを持った精霊術師はあまりいない。支部長の周りでは倉敷くらいしかいないといってもいいほどだ。
「君の戦闘能力の高さは今回までの事件や依頼で立証済みだ。君ならばそう易々とやられることもない。何者かに攫われることも、立場を利用して誰かに利用される可能性も低いだろう。そういう意味で公平に精霊術師の意見を吸い上げられるんじゃないかと思ったんだ」
康太たちが冗談交じりで言っていた精霊術師のトップ。言い方こそ違えど似たような展開になってきたなと、康太は少し驚きながら倉敷の方を見ていた。
実際はトップというよりは中間管理職に近い。上には魔術師、下には精霊術師、その両方に板挟みにされる一番面倒くさいポジションだ。
精霊術師たちの意見をくみ上げ、魔術師側に流すのは良い。だが実際にそれが実現可能であるかどうかを倉敷は聞いた時点である程度把握できてしまうだろう。
そんな状態でも常にその意見を上げ続け、それができないとわかったらそれを説明しなければならない。
本当に面倒くさいポジションだ。絶対にやりたくないなと康太は内心辟易していた。
「もちろん無理強いはしないよ。君がどんな理由で、何がしたくて精霊術師をやっているのかもわからないからね。それを邪魔するだけの権限は僕にはない」
日本支部の支部長という立場を使えば、強引に任命することくらいはできるのだろうが、支部長はそういったことをしない。
良くも悪くも実直な支部長は、権力を笠に行動を起こすことがない。それは支部長の美徳でもあり欠点でもある。
「・・・それってこいつになんかメリットあるんですか?」
「メリット?」
「なんか話を聞いてると、こいつへのメリットがないように思うんです。支部長がそうなってほしいっていう理由はわかりましたけど、こいつにそれをやれっていうならそれだけこいつに何か利点があってもいいんじゃないかと思います」
今のところ支部長は倉敷に対して何の報酬の話もしていない。役員になれといっているのにその代価がないのでははっきり言ってそんなものになるだけの意味を見いだせない。
倉敷のこれから背負うだけの苦労に見合うだけの報酬が提供されないと話は先に進まないだろう。
あくまでギブアンドテイクによって成り立つ世界だ。何かを求めるならそれ相応の対価が求められるのは至極当然の話である。
「そうだね・・・トゥトゥエルは精霊術師だけど、魔術師が開発した術式を多く知っているんだろう?」
「えぇ。エアリスさんにいろいろと教わってます」
「彼女のもとでいろいろやっているっていうのは知ってるからなぁ・・・ぶっちゃけ精霊術師が求めるものがよくわからないんだよ。個人的に何かほしいものがあるっていうなら提供するだけの用意はあるけど・・・」
金銭の類は康太とともに行動していることで有り余っている。術式的な問題も春奈と行動を共にし始めてからほぼ解決している。
協会の門を頻繁に使えるだけの環境にあるし、研究場所代わりに使っている春奈の修業場という仮拠点もある。
正直に言えば、すでに倉敷は通常の精霊術師が喉から手が出るほど欲しがるものをほとんど有しているのだ。
自分のものではないものも多く存在するが、それでも何かほしがるという欲求が生まれるほどのものではなかった。
「そうですね・・・こう、ポンと浮かんでこないです。そこまで急いでほしいものとかもないですし・・・」
「んー・・・となると難しいなぁ・・・いっそのこと何かの権利でも上げようか?例えば協会の施設を自由に使えるとか」
「そのあたりはエアリスさんが一緒にいればいいですし、そこまでは・・・」
「・・・彼女と一緒にいるっていうのは強いなぁ・・・面倒見がいいのがまたなぁ・・・君のことも結構気に入ってるみたいだし・・・もう僕が用意できるものとかほとんどないんじゃないの?」
支部長という立場でありながら、提供できるものは実はかなり限られる。
情けなく思えるかもしれないが、支部長という立場であるからこそ提供できるものが限られるのだ。
立場がある人間というのはおいそれと誰かをひいきにすることは許されないのである。
誤字報告を十五件分受けたので四回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです




