癒すものとしての意地
「お、こやつは面白いな・・・いい記憶を持っている。被害者の状況がよくわかるぞ」
「ん、どういう感じだ?」
「他にもいた精霊術師の状況を見ていた・・・見えるだけで・・・この場にいる四人以外に、五人ほどいたようだ」
「最低でも九人もいたのか・・・そいつらは?」
「さぁな、まだ全部の記憶を読んでいないから少し待て」
まだほかにも被害者がいたということは、ある程度予想していた。脱ぎ散らかされた衣服とその周りの状況を見ればおかしな話ではない。
問題なのはどのようになったのかという話だ。
この場にいない五人がいったいどうなったのか、この四人の中で見ている者がいればよかったのだが、そう簡単にはいかないらしい。
「こやつは見ていないようだ。次」
「なかなかいい記憶がないもんだな。けど人数がこれよりも多かったことが分かったのはプラスだ。あの連中の調査をするときに話を進めやすくなるだろ」
情報収集のための尋問などには、相手の有している情報をある程度持っていることも重要となる。
かまをかけるという意味でもそうだが、相手がうそを言った時にその嘘を見抜くことも容易になる。
後は相手の精神状態を知るためにも有用である。どの情報をどのようなタイミングで切り出すか、有している情報が多ければ相手の精神状態を測るいい指標になるのだ。
「・・・ん、これは・・・来たな、運のいいやつだ。いや、運が悪い奴だというべきか」
「どうした?見えたか?」
「ばっちりだ。今記憶しているから少し待て・・・うん、いい記憶だ。よくもこの状況で凝視できたものだ。こやつの勇気、いや、知的好奇心には敬意を評するよ」
自分がどうなるかもわからない状況で、自分がどうなっていくのかを直視できる人間は少ない。
それが苦痛にまみれたものであればあるほど、人間はそれを見ないようにしたがるものだ。周りの精霊術師がどのような末路を迎え、これからどのようになっていくのかを見ていたこの人物は、勇気があったのか、それとも単純に覚悟を決めたかったのか、あるいはただ単に興味があったのか。
どちらにせよ、康太たちにとっては貴重な情報である。だがその映像を見ていたアリスはどんどんと不機嫌になっていく。
仮面をつけているためにその表情はわかりにくいが、明らかにいらだっているのが康太にも理解できた。
「アリス、どうした?」
「・・・何でもない・・・今になってもこんなことをやっているのかとあきれただけの話だ・・・こんなことをやっているとは・・・いやなことを思い出させよってからに」
アリスがいったい何を思い出し、何に不機嫌になっているのか康太には分らなかったが、あまり良いことではないというのは間違いなさそうだった。
「とりあえずこいつら全員の記憶を読んでおいてくれ。それが終わったら支部長のところに行って報告するぞ。勝手に帰るとかダメだからな?」
「・・・わかっている。そのくらいの分別はある。お前は私を何だと思っているのだ?」
「すごい魔女」
「間違っていないがもう少し言い方を考えろ。美しい少女とか、可憐な女の子とか、他にもいろいろあるだろうに」
「お前のその自信がどこから来るのか知りたいよ。まぁどれも間違ってないんだろうけどさ」
「ふふん、お前ももう少し女の扱いというものを学んだほうが良いぞ?ベルの相手をするのならなおさらだ」
「はいはい、世界最高齢の美しい女性からのアドバイス痛み入ります」
世界最高齢は余計だとアリスは康太の脇腹に拳を叩き込むが、もともとの身体能力がそこまで高くないために康太はほとんどダメージを受けていなかった。
肋骨部分に直撃したので少しくすぐったいと感じた程度である。
「終わりだ。では支部長のもとに行くか」
痙攣したままの精霊術師たちを置いて去ろうとすると、康太によって動きを止められていた魔術師が二人にめがけて棒状のものを向ける。
それが杖のようなものであると気付くのに時間はかからなかった。
「これは支部長の指示か・・・!お前たちはなんてことを!」
「・・・支部長がこういうことを指示できるような人間だったらもっと楽だったんですけどね。俺らの独断ですよ。事後報告ってやつです」
「・・・支部長に逆らってまで、なぜこんなことができる。こんな、死人に鞭を打つようなことをして」
この精霊術師たちはまだ死んでいないだろうが、意識が戻っていない状態でのさらなる干渉は彼らに多大な負荷を強いたのは間違いない。
「俺の気に入らない奴を潰すため。それ以外に理由はありませんよ・・・それより」
向けられた杖と視線に明確な敵意がこもっていることを確認して、康太はわずかに殺気を漏らす。
「これをする意味は分かっているんですか?俺はそれでもかまいませんよ?」
康太の笑みと声音にそぐわぬ殺気に、魔術師は戦意を削がれながらも、突き出した杖が震えながらも康太たちの方に杖を突きだしたままだ。
魔術師としての矜持か、それとも人として見過ごせないのか、あるいはどちらもか。康太にとってはなかなか珍しい反応に少しだけ目を細めていた。




