許嫁と男と女
「なんともまぁつまらん関係になったものよ・・・引きこもっているフミを押し倒しに行くくらい言わんか」
話を聞いていたのか、やってきたのは不機嫌そうな表情をしてふわふわと浮いているアリスだった。
その体の節々には湿布の類が貼られている。どうやら筋肉痛を起こしてしまったようである。
山に登り、海に行き、軽く冒険気分を味わっただけで筋肉痛とは情けないと康太は内心あきれてしまっていた。
神加だって問題なく行動しているというのにこの何百歳児はとため息をつく。
「さすが現在進行形で引きこもりの職に就いている方は言うことが違いますね。付き合ってても強姦って成立するんですよアリスさん」
「ふん、私にとって引きこもりは天職よ。そんなことはどうでもよいのだ。いやよいやよも好きの内という言葉を知らんのか。外見上嫌がっていても、実は来てほしいという時が女にはあるのだ」
「無職さんや、仮にそうだとしてもだよ?文がいつもいるのは春奈さんの修業場だぞ?あの人の前で濡れ場とか作りたくないわ」
「ん・・・それもそうだが・・・だがフミをいつまでも待たせておくではない。聞けばまだやっていないということではないか。いいからさっさと子供を作ってしまえ。そうすればいやでも覚悟が決まるというものだ」
「何の覚悟が必要なんだよ。まだ俺未成年なんで、子供作るとかは早すぎるんですよね、わかってくれますそのあたり」
「知るか。私が若いころには十五や十三で子供を作るものがほとんどだったぞ。かくいう私の母親も十四の頃に私を産んだ」
「時代を考えろ。お前の生まれた時代ってあれだろ?まだ中世とかその辺りだろ?騎士とか普通にいた時代だろ?現代と違いすぎるって理解してくれよ」
「何を言うか。私は知っているぞ?十四歳で母親になった者の映画を。あぁいったものがあるくらいなのだ、なんだかんだ言いながらそういう者は多いのだろう?」
いろいろと物議をかもした話題作だっただけにどうやらアリスも知っているようである。面倒な作品を見たものだと、どのように説得しようか悩んでいる康太をよそに、土御門の晴が不思議そうな表情をして康太の方を見る。
「でも先輩結構稼いでますよね?子供を作るくらいいいんじゃないんですか?」
「お前もすごいこと言うね。あのな、子供作ったらそれだけで大変なことだぞ?命を軽く考えてんじゃねえよ。必要なのが金だけだったらもっと世の中子だくさんになってるわ」
「それはそうかもですけど・・・」
晴の言い分に康太は難色を示していたが、ふと彼の実家事情を思い出してそれ以上の言及を止める。
もしかしたらと思い、恐る恐る晴の方に視線を向ける。
「ひょっとしてなんだけどさ、土御門の・・・っていうか西の方の魔術師って結構結婚早かったりするのか?」
「早い人は早いですね。結婚できる歳になったらもう籍を入れるって人もいますよ?」
「・・・もしかして許嫁とかいたりするのか?」
「あー・・・その・・・えっと」
「いるんだな。その反応いるんだな?ちょっと待ってくれ面白そうだ。なになに、相手どんな人」
「今までここに通い詰めておきながらそんな話は一度も聞いておらんかったぞ。良い機会だ。話せ」
「えぇ・・・いつの間にか矛先変わってるじゃないですか・・・」
話の流れがこのような形になるとは思ってもいなかった晴は動揺しながらうなだれている。先ほどまで康太を標的として話が進んでいたのにもかかわらず急に自分に話が振られたことでどうしたものかと悩んでいた。
どこまで話せばいいものか、何を話せばいいものか、考えがまとまっていないようにも見える。
「えっと・・・何話せば・・・」
「とりあえずさ、西の方では許嫁って結構ある感じなのか?」
「そこまでたくさんあるってわけじゃないですけど・・・家の当主になる予定の長男とか、ちょっと立場のある人だと一応あります」
「お前らの場合はその才能目当てってところか。けど結婚相手って誰なんだ?同じ土御門の人?」
「いいえ、うちの一族に従ってる別の一族の娘さんです」
「年齢は?スタイルは?性格は?」
こういった話が嫌いではないアリスはぐいぐいと晴に詰め寄る。明らかに楽しんでいるなとアリスを見ながら、康太自身も気になっているのか晴を逃がさないように背後に回っていた。
「えっと・・・年齢は二つ上です。今年で十八になるって・・・スタイルは・・・細身で、身長は俺より低くて、性格は、ちょっと抜けてるというか・・・あんまり頭がいい感じではないというか」
「ふむふむ、若干残念な感じか・・・美人なのかの?」
「綺麗だとは思います。はきはき喋るんですけど、時々変なことを言うというか・・・変なことをするというか」
「ほほう、天然系か。写真は?あるのだろう?見せろ」
「えぇ・・・ちょ・・・先輩、助けてくださいよ」
「・・・あるだろ?見せろ」
助け舟を求めた康太にも見せろと言われれば晴としては逃げ道がなく、あきらめた様子で携帯を取り出して写真を見せる。
そこには茶髪に活発そうな笑みを浮かべている女性がブイサインをしている様子が写っている。
「あー、こういうタイプか。これで抜けてるのか?」
「はい。普段は結構はきはき喋ってて、何でも言いたいことを言うんですけど、たまに変なこと言ってる自覚があるのか、恥ずかしがったりしてて、可愛いところもあるっていうか・・・」
「なんだよまんざらでもないんじゃないか。ごちそうさまです」
「まったく、他人の惚気話ほど腹立たしいものはないな。ごちそうさまです」
「話させておいてなんですかそれ・・・」
晴の話を聞いて康太とアリスはいやそうな顔をしながら唾を吐いている。晴としては全く納得がいかないが、もし他人に同じようなことをされたらどう思うかを理解しているためにこの反応は理解はできていた。
「でもさ、俺許嫁とかいたことないからわからないけど、そういうのって窮屈じゃないのか?自由恋愛もできないんだろ?」
「俺の場合もともと魔術師ですから自由恋愛は難しいですよ。先輩もそうでしょ?」
「あー・・・そういわれるとそうかも」
魔術師である時点で一般人との恋愛は極端に難しくなる。中にはそれを逆手にとって一般人と恋愛、中には結婚した人物もいるらしいが、そういった関係を結ぶにはそれ相応の魔術の実力と相手への愛がなければならない。
少なくとも学生身分でやるようなことではないのだ。
「許嫁ってつまりは親が決めた相手ってことだろ?それってどうなんだ?なんか親に勝手に決められるってことじゃん?それはいいのか?」
「んー・・・俺はその・・・正直に言えば、悪い気はしないです。少なくともその人のことが嫌いじゃないので」
「でも結婚相手だぞ?それに相手だってどう思ってるかわからないし」
「そのあたりはちょっと不安でもあります。言ってみりゃ俺の一族の方が上の立場で、向こうは言いたいことも言えないんじゃないかって」
許嫁という関係、そして一族としての立場、年上年下、ありとあらゆる関係を考慮して相手がどのように思っていてもそれを口にできないような可能性はある。
晴としては許嫁になったことによる不満を相手が思っていても言えないのではないかと不安なのだろう。
「解説のアリスさん、そのあたり女心としてはどうなんでしょうか?」
「ふむ・・・確かに立場を考えればその女性はおそらくお前にも本心を言えるような状況ではないだろう。だがな、それを踏まえてお前はその女性を受け入れなければならん。受け止めなければならん」
「受け止める?」
「そうだ。現代においてもそういう流れがあるというのは正直複雑な気分になるかもしれんが、そういった一族や組織間における『女』はある種の道具として使われている」
道具。あえてアリスがそのような言い方をしたことに康太も晴も気づいていた。
非人道的。時代錯誤も甚だしい表現をあえてしているのだとわかっているがゆえに、康太も晴も口をはさむことはしなかった。
「女は自らの一族に期待と義務を強いられる。健気な女ほどそれに応えようとし、強い女ほどそれを享受しようとする。そこから逃げようとする者もいる。それは女の自由だ。だがな、男であるお前がするべきなのは、その女を受け止め、ここに来られてよかったと思えるように尽くすことだ」
「尽くす・・・」
「そうだ。こういう場合、女に選択肢はほとんどない。だがお前がほかの選択肢よりもこの選択肢が最優であったと示すことはできる。隣の芝生は青く見えるというが、それすらも霞むほどのものをお前が見せてやればよいだけの話だ」
ここに来られてよかった。ここに嫁ぐことこそが最優の選択肢だったと思わせる。もちろん常に良いことばかりでもない。
だがそこに幸せを見出すことができたのなら、幸せだと感じることができたのであれば、それは不幸な結果とはいいがたいだろう。
「無論、お前が相手に尽くしたいという気持ちがあってのことだ。許嫁とはいっても現代においては、おそらく互いの感情を多少考慮してくれるだろう。だが忘れるな。常にお前が上の立場であるのなら、下の者の気持ちを感じ取る技術が求められる」
「でも、夫婦になればそのあたりは対等なんじゃ」
「阿呆が。夫婦になろうと、お前は上の立場を強いられるのだ。お前はいい、だが相手は下の一族からきているのだろう?ならばその関係は変わらない。お前と相手との関係が、ダイレクトに一族間の関係に影響を与えるといえばわかるか?」
「それは・・・」
結婚というのは両者の合意のもと行われるものだ。だがそれはあくまで建前上のものでもある。
どんなにあがいたところで、相手が下の立場からやってきていることには変わらない。もし失敗すれば一族の顔に泥を塗る可能性だってあるのだ。
相手はそういった事情を知っていて、そういった事情を踏まえて土御門の家に嫁ぐことになる。
それは生半可なことではない。一生をかけた奉仕といっても過言ではないのだ。
「男のお前に、女の気持ちを理解しろというのは酷だろう。だが立場というものは理解しろ。繰り返しになるが、お前にできることはその女にお前のところに嫁いでよかったと思わせることだ。その方法はお前が決めて、お前が実践しろ」
「・・・思ってた以上に解説のアリスさんが真面目なことを言っててびっくりしました」
「私はいつだって真面目だ。こういったことは多少思うところがあってな・・・少し助言をしてやろうと思っただけのことだ」
もともとアリスも中世から生きている人間だ。おそらく許嫁という制度には割と理解があるほうなのだろう。何せ生きていた頃にそれを体験しているのだろうから。
こういった意見は非常にありがたい。特に当事者である晴に聞かせることができたのは良いことだったのかもわからない。
「ちょっと待てよ?晴が許嫁がいるってことは明もいるんだよな?」
「もちろん・・・と言いたいんですけど、今のところ明にはいないんです」
「なんで?」
「ほら、一応嫁ぐってことを考えると、その相手一族が誰になるのかとかが決まってないんですよ・・・逆に相手に婿養子に来てもらうって言っても、そのあたりちょっと難しくて・・・他の一族、まともな男が一人しかいない状態が続いちゃってて」
「あー・・・そういうことか・・・確かに上の方から嫁が来たらちょっと困るわな」
もし明が何の才能もないただの女の子であれば、土御門の家ももう少し対応を変えることもできただろう。
アリスがいうところの道具のように扱っていたのかもしれない。だが明は良くも悪くも才能があった。
土御門家の中で一、二を争うほどの才能を晴と明は有している。そうなってしまっては邪険に扱うことはできない。
とはいえ、このまま誰のところにも嫁がないという可能性はない。それが身内同士の話になるのか、別の一族になるのかはわからないが。
「四法都連盟の他の家に嫁ぐっていうことはないのか?えっと・・・何家だっけ、名前忘れたけど」
「それもないですね。他の家との関係をよくするにしても、明は一人しかいませんから他の家との関係が難しくなります」
「そっか・・・明が分身の術を使えれば」
「そういう問題でもないと思いますけど・・・」
四法都連盟は実質的に四つの家が運営している組織だ。土御門、藤原、芦谷、加茂。この四つの家が四法都連盟の柱といってもいい。
仮に土御門家が明を加茂家に嫁がせたとすれば、他の藤原家、芦谷家のものがどう思うか。
仮に加茂家との関係が改善されたとして他の家との関係が悪化しないか。そういった部分もあって同組織内に嫁がせるというのは難しいようだった。
「で、今ちょっと話に出てるのが魔術協会の誰かに嫁がせることなんですよね。協会の中で誰か権力持ってる人に嫁がせるっていう感じなんですけど」
「・・・それ意味あるのか?ぶっちゃけ協会って誰が運営してるのかもあやふやだぞ?そもそも支部長とかをどうやって決めてるのかもわかってないし・・・解説のアリスさん、お願いします」
魔術協会の生みの親の一人でもあるアリスならばそのあたりは詳しいだろうと康太はアリスに話を振る。
実際魔術協会がどういった方法で役職を決めているのか興味があった。
「ふむ、あくまで私が積極的に参加していた頃の話になるが、魔術協会は能力で役職を決めている。たいていはもともと役職についていたものの弟子、あるいはそれを補助していた役職に就いたものが引き継ぐのが通例だったな。だから正直に言えば誰かに嫁がせたところであまり意味があるとは言えん」
「んー・・・ってなると魔術協会の誰かに嫁がせるっていうのは難しいですかね」
「いや、難しくはない。例えばこいつは敵に回したくないというやつがいたらそいつに嫁がせればいい。一種の身内化してしまえばいいというわけだな。そういう人間が協会にいればの話だが」
アリスの言葉を聞いて晴は真っ先に思いついた小百合と康太を見る。彼の中で敵に回したくない人物はこの二人で確定してしまっているようだった。
「師匠はともかく俺はもう先約がいるから駄目だぞ?一夫多妻制とか日本じゃ認められてないからな。そもそも俺は文一筋だ」
「ですよね・・・んー・・・となるとほかに敵に回したくない人かぁ・・・」
「・・・あいつはどうだ?倉敷。あいつ結構実力あるし、俺らとも同盟関係結んでるから、あいつを身内に引き込めば同時に俺らもついてくるみたいなバリューセット感覚だぞ?」
「あぁ倉敷さん。確かにあの人すごいですよね。前にちょっと訓練してもらったんですけど、あり得ない動きしてましたよ」
どうやら晴としても倉敷の印象は悪くはないようだった。とはいえいろいろと問題があるのも事実である。
「問題はあいつが精霊術師ってところなんだよな。実力はあるけどあいつそれだけですごい損してきてるから」
「うちの人間がなんていうかですよね・・・コネとかを考慮しても明を嫁がせるのはやっぱり難色を示す人が多いと思いますよ」
「あるいはあ奴を魔術協会内でのある程度のポストに据えてしまえばよいのではないか?精霊術師との関係向上を名目に。そうすれば解決では?」
「いや、土御門の家そのものが精霊術師をどう思っているかにもよるんだよな・・・そのあたりどうなんだ?」
「んー・・・うちは結構精霊術師を抱えたりもしてますから気にしてないですよ?うちの一族にも精霊術師は何人かいますし・・・けどまぁ・・・そういう人の立場は弱いですよね」
魔術師の才能というものは血によって継承されるものではない。そのため土御門の家においても魔術師の素質に恵まれなかったものというのはいるのだ。
もちろん精霊術師として活躍するものもいるため、冷遇しているというわけではなくともある程度立場は低くなってしまうのかもわからない。
「明がこのまま嫁がなかったら独身か・・・いや最近そういうのも多くなってるから別にいいんじゃないかって思うけどさ」
「たぶんどこかしらにはいくと思いますけどね。あるいはいっそのこと婿養子をとるか・・・倉敷先輩がうちに婿養子にくるとかどうですかね?」
「あいつ長男だったっけかな?そのあたり知らなかったな・・・ちょっと聞いてみるのもいいかもしれないな」
本人がいないところで勝手に好きなように発言している康太たち。本人が聞いたら一体どう思うのだろうかと考えもせずにその後も議論は白熱していった。
誤字報告を十件分受けたので三回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです




