敬老精神
「というか気になっていたんだが、あの子はいいとして、あっちの金髪の子は?あれもデブリス・クラリスの関係者か?」
そういって倉敷の師匠はアリスの方を見る。
アリスは再び精霊と話をしている神加の近くでその様子を観察している。何か思うところがあるのか、それとも何かを感じ取りたいのか、どちらかはわからないが、とにかく神加の近くで動かなかった。
「あー・・・あれはアリスっていうんですけど・・・あれはまた別ですね。俺とはまた別の危険人物です」
「危険人物は確定なのか・・・あんなに小さい子なのに?」
「外見で人は判断できませんよ。あいつも魔術師です。というか単純な危険度で言えば俺よりずっと上ですよ」
デブリス・クラリスの弟子よりも危険な人物。協会支部の中でもかなり恐れられている康太よりも危険な人物という表現に、倉敷の師匠は目を細めていた。
この一団の中に自分が混ざって大丈夫なのかと困惑しているようである。
「っていうか、俺も詳しくは知らないんだけどさ、あの子ってなんでそんなに危険視されてるわけ?封印指定ってのは聞いたことあるけど」
「あいつが何百年も生きてるって話はしたっけ?」
「あぁ、何となくふわっと聞いたことある」
「ちょっと待て、今さりげなくすごいこと言わなかったか?」
アリスが何百年も生きているというのは康太たちの中では共通の認識となっている。それ自体は驚くことではないように康太たちは振る舞っているが、普通の人間からすればこういった反応を示すのは仕方のないことだろう。
何百年も生きているという時点で人間かどうかすら怪しくなっているのだから。
「まぁアリスの場合は、それだけ長い時間を生きてるって以外に封印指定としての危険性ってあんまりないんだよな・・・技術力が高いっていうのはあるけど」
「長く生きてるだけで非難されるとか世も末だな」
「まったくだ。魔術協会は敬老精神がなってないぜ」
「まて、俺がおかしいのか?俺が間違っているのか?なんでお前はそんな風にしていられるんだ。ふつうおかしいと思うところだろう」
「なんていうか・・・慣れる。こいつらと一緒にいると大抵大変な目に遭うから、何百年も生きてるんだ!って言われても、ふーんそうなんだ。としか思えなくなってくる」
感覚がおかしくなっている自分の弟子に、倉敷の師匠はこいつをこのままにしておいてよいのだろうかと葛藤してしまっていた。
放任し続けていたのは自分だというのに、これほど荒事になれてしまっている姿を見ると哀れに思えてしまうのだ。
目の前に神秘の究極ともいえるだけの存在がいるというのに、それを『ふーんそうなんだ』の一言で終わらせてしまうその感性に絶望すら感じていた。
「それにさ、あの金髪の通常の生活見てたらそういう反応しかできなくなるって。あいつたいていクーラーの効いた部屋でゴロゴロしながら漫画読んでるかゲームしてるかだぞ?そんなにすごい人だって言われてもなぁ・・・しかも大抵それ自己評価だし」
「まぁ否定しないけど・・・いやまぁどうなんだろうな・・・本人の名誉のために多少は評価を上げてやるべきか否か・・・」
康太が悩んでいるとその話を聞いていたのかアリスがこちらに小走りでやってくる。
「聞き捨てならんな。私がまるでだらけているだけの人間のように思われるではないか」
「そういってるんですよアリスさん。クーラーがないと生きていけない人種になってしまわれた世界最高峰の魔術師さん。もうちょっと普段の生活から改善したほうがいいんじゃないっすかね」
「何を言うか。人間の文明は利用してこそだ。電気代もちゃんと払っているのだから文句はあるまい?最近は暑すぎるのだ」
「それに関しては同意するけどさ・・・お前の酷い生活態度を最近神加が真似し始めてるんだよ。教育上よろしくないからもうちょっとまともに生きてくれませんかね?」
「私の十分の一も生きていない小僧がよく言う。私は私の生き方を変えるつもりはない。私は自堕落に思うがままに生きるのだ」
「そんなことやってるから尊敬されないんだよ・・・お前最近師匠からも侮蔑の目で見られてるぞ?あの人に軽蔑されたら終わりだぞ?」
小百合も小百合であまり褒められた生活をしているわけではない。日がな一日だらだらしながらパソコンをいじっているだけだ。
その分稼いではいるのだが、やはりあまり良い光景とは言えないのだ。
そんな小百合からもあまり良く見られていないという事実にアリスは少し驚いているようだった。
「あ奴も私とほとんど同じような生活をしているではないか。何が違うというのか。金を稼いでいるか否かという違いではないか」
「まぁ実際生産的とはいいがたいかもしれないけど、それでも一応大黒柱だしなあの人。お前もなんか生産的な活動したらどうだ?バイトするとか」
「いやだ。何が悲しくて働かねばならんのか。それなら私も株でも何でもやって稼いでやろう。そうすれば何も言われなくなるだろう?」
そういう問題じゃないんだけどなぁと康太が唸る中、そんなやり取りを見ていた倉敷とその師匠が目を細める。
「な?あぁいうやり取りをしてるの見るとどうでもよくなってくるだろ?」
「・・・いや・・・だが・・・んんん・・・!」
第三者からどのような目で見られているのかアリスは意識しない。そんなものに意味はないと豪語するからである。
もう少し他者の目を気にかけてほしいところなのだが、そんなことを気にしていたら何百年も生きていられないのだろう。
そういうところは年の功というべきか、年長者らしいところだった。
とりあえず康太たちは支部に向かうべく移動を開始していた。
せっかく海に来たというのにほとんど海で遊んでいない事実にアリスは非常にがっかりしていた。神加も神加で若干しょんぼりしていたのは気のせいではないだろう。
だが今回の件は急を要する。さすがにこの案件に関しては早めに片づけておかなければ面倒なことになるのは目に見えている。
「結局とんぼ返りか・・・何のために海に来たのやら」
「そういうなって。いろいろと楽しめただろ?」
「あぁ、映画もびっくりなほどの無茶な行動をしていたからな・・・これなら私が索敵で現地を監視していたほうがまだ楽だった」
「それでも海水浴はできなかっただろうけどな。あそこ浜辺から大分離れてるし」
「私をなめるな。その気になればピンポイントで索敵くらいはできる。遊びながらだって監視し続けてやるさ」
「本当にこいつの遊びに対する執念は半端ないよな。もうちょっと別なことにも目を向けてほしいんだけども・・・」
普段の自堕落な様子を見ている康太からすれば、アリスのこのやる気は目を見張るものがあるのだが、同時に複雑な心境でもあった。
もう少し日ごろからまともな生活をしていれば、神加がその生活を真似することもなかっただろうにと後悔が止まらない。
いや、後悔をしたところで何も変わらないのだと康太は自分に言い聞かせてついてきている倉敷の師匠を見る。
何も言わずについてきている倉敷の師匠は、その視線を時折神加の方に向けていた。精霊と話をしていた神加の特異性が気がかりなのだろう。
精霊術師としては神加の体質に関してはかなり興味を惹かれるはずである。何せ多くの精霊に好かれ、多くの精霊を使役すらしているのだ。そんな存在になれればどれほど技術的に進歩するのかは言うまでもない。
だからこそ気がかりではあるが、彼女が小百合の弟子であるという事実があるためにあまり表立って行動することができないのだろう。
少々行動に気をつける必要があるかもしれないなと思いながら、康太は目を細める。
「ところで、支部長が今回の件に関係しているといっていたけど、あの人まだ現役なのか?」
「現役って・・・あの人まだ若いぞ?」
「ん?嘘つけ、あの人俺が最後にあった時点で結構な高齢者だったぞ?もうすぐ定年だとか言ってたし」
「あー・・・それたぶん前の支部長ですね。今の日本支部はまた別の方がやってますよ」
「そうなのか?それは知らなかったな・・・あの人もさすがに歳には勝てなかったか」
前支部長が現役を退いた原因が自分の師匠なんですとは口が裂けても言えない康太だが、少なくともこの人物は前支部長と知り合いであるらしい。
もしかしたら現支部長ともどこかしらであっている可能性がある。話しやすければよいのだがと思いながら康太は門をくぐって協会の中に入る。
仮面をつけた状態で協会にたどり着くと、そこには大勢の魔術師たちがいた。雑談するもの、依頼書を見ている者、中には腕相撲や魔術の実験を行っている者もいる。
そしてそんな魔術師のほとんどが、康太たちがやってきた瞬間に一度は顔を上げその仮面を見ていた。
特に気にした様子もなくそのまま雑談を続ける者もいれば、さりげなく席を外しこの場から退避するものもいる。それぞれの反応によって、その人物の危機察知能力が違うというべきだろうか。
康太を見たから退避するという人間もいれば、今日の康太は攻撃的ではないと感じ取ってその場にい続ける者。
どちらが危機管理ができているかは、正直わからないところでもある。
「随分と・・・昔とは変わったな・・・建物の内装もそうだが、こんなに魔術師が多くいるとは・・・」
「昔は違ったんですか?」
「当時の魔術協会で、こういうエントランス部分に人が大勢いるというのはなかったな・・・たいてい自分の研究室や魔導書図書館にこもっているようなものが多かった」
「へぇ・・・今とは随分と違うんですね。なんか閉鎖的というか・・・そんな感じだったんですか」
「閉鎖的、というのとは少し違うな。連携はしっかり取れていたし連絡体制もできていた・・・ただこういう場所で話をしなかっただけだ」
当時は自分たちが関わる者たちとだけ話をし、自分たちに有益となるものとだけ関わっていたらしい。
そういう意味では魔術師としての視野が狭くなりがちなのかもしれない。それがここ数年、あるいは十数年で変化したのが、果たして良いことなのかどうか。そのあたりは康太にもよくわからなかった。
「アリス的にはどうだ?他の場所の他の支部ってどんな感じなんだ?」
「他の国も大体同じようなものだと思っていたがの。ただ日本の場合は話をするにしても妙な隠語を使うことがある。そのあたりが他の国と違って面倒だ」
「他の国だって隠語はあるだろ?いろいろとさ」
映画などでよく聞くものだが、まったく別の意味のものを特定のものを称するということに使うものも少なくない。
「日本のそれはさらに無茶苦茶なのだ。最近の言葉は特にわからないものが多くなっている。略しすぎというか、適当に話しすぎというか・・・当事者たちでしかわからないものも多い。盗み聞きをするのも難しいだろうな」
そういいながらアリスはため息をつく。アリスは日本語はかなり達者なほうだが、それでもやはりまだわからないものも多いのだろう。若者特有の言葉は特に。
「やぁ、お疲れ様。成果は上々かい?」
康太たちが支部長室にやってくると、康太たちの中に見知らぬ人物がいるのを見て支部長は安堵の息をついていた。
話に合った目的の人物を連れてくることができたのだなと考え、支部長は机の上にやりかけの書類を一度置いて康太たちの方を注視した。
「では報告を聞こうか。とりあえず話を聞きたいというのが本音だけど」
「えと・・・まず紹介します。トゥトゥのお師匠様です」
「・・・あなたには初めて会うか。初めまして現支部長殿。俺はリィル・リクシル。ここにいるトゥトゥエル・バーツの師匠だ」
「初めましてリィル・リクシル。さっそくだけれども、いろいろと話を聞きたいと思っているんだ。頼めないかな?」
「・・・確か、精霊術師がさらわれているということだったか」
あらかじめ康太が事情を説明してあったために、話は早い。支部長は内心康太に感謝しながら話を先に進める。
「そう、どういう理由があってのことかはわからないけど、精霊術師が誘拐されかけるという事件が起きた。そしてその背後関係から見る限り組織的に動いているらしい。僕たちとしては犯人を捕まえたいんだ」
「・・・それで、精霊術師の横のつながりをあてにしていると」
「平たく言えばそういうことさ。精霊術師が集まる場所、精霊術師独特のコミュニティ、そういったものを教えてくれるとこちらとしても非常に助かる」
支部長の言葉に、倉敷の師匠は目を細めていた。嘘は言っていないのだろう。今回は被害者がいてその背後関係もある程度は把握できている。
今後同じようなことがないとも限らないため、ここで情報を提供しておいたほうが良いというのは倉敷の師匠も理解していた。
「それに関しては問題ない・・・だが一つ聞きたい、精霊術師たちを協会の方で保護してくれるのか?」
魔術師に狙われているという状況は、精霊術師からすれば死活問題になってくる。魔術師は基本的に精霊術師よりも実力が高いものが多い。
そういう存在に狙われてしまっては、精霊術師たちは自分たちの身を守るために別の何かを頼らざるを得ない。
今回の場合は協会の支部が主導で動いているために、この提案は非常に適切かつ精霊術師たちにとっては必要なものだ。
「保護、という表現が正しいかはわからないけれど、支部としては今回のことを受けて、精霊術師が魔術師にさらわれないようにするつもりだよ。少なくとも僕の目の黒いうちはね」
「・・・それは具体的にはどうするんだ?精霊術師を軟禁でもするのか?」
「軟禁は難しいね。さらに具体的に言えば、精霊術師として活動している人間すべての安全を確保できるともいいがたい。数が数だし、支部にずっといてくれって言っても難しい。だから一つの案としてはしばらく精霊術師としての活動を自粛してほしいっていうのが本音かな」
精霊術師がどのような活動をしているのか康太たちは知らないが、精霊術師として動く以上、ある程度行動範囲が広くなってしまうのは間違いない。
そんな状況で協会が守るといったところでたかが知れている。
口だけでは結果は伴わない。支部長はそのあたりをよく理解しているからこそ、あえて精霊術師にとっても厳しい条件を出していた。
「魔術師の問題に精霊術師を巻き込んでおいて、精霊術師に活動するなというのか」
「するな、とは言わないさ。ただしするからには自己責任にしてほしい。もともとこういった活動に何らかの責任を誰かに求めるのはお門違いだ。事故が起きるかもしれないから外を出歩くなと一般人に言うのと同じ、あくまで自己責任の世界さ」
「協会は精霊術師に対して保護はしてくれないと、そういうことか」
「保護を求められれば保護はするさ。けど、精霊術師として自由に活動している中ではその保護の限界を超えてしまう。好きなように動き回る人を常に守るというのは労力が必要なんだ。残念ながら今の支部にそれだけの余裕はない」
ただでさえいろいろな問題がある中で、精霊術師全員に護衛をつけるようなことができるほど支部の人員は余っていない。
そうなるとやはり精霊術師本人に活動を自粛してもらうのが一番の安全策といえるだろう。
「どうしても活動したいというのなら、事前に協会に申請してくれると助かるかな。そうすれば必要に応じて護衛を出すことだって可能だ」
「人員がいないといったばかりなのにずいぶんと悠長な・・・順番待ちでもさせるつもりか?」
「それも仕方がないね。危ないと言っている中でやろうとしているんだから。僕としてはあまり精霊術師を冷遇したくはないけれど、僕たち魔術師、ひいては精霊術師も自分の身は自分で守るのが原則だ。誰かに守ってほしいというのであれば、それ相応の対応をしなきゃいけないと僕は思うよ」
魔術師の世界では自己責任が付きまとう。ありとあらゆる行動は必ず自分に返ってくるというのが基本方針だ。
敵を作るのも味方を作るのも、何かを生み出すのも破壊するのも最終的には自己責任になる。
その中で誰かに何かを求めるのであればそれ相応の対応というものが必要だ。それは依頼であったり、根回しであったり、時には戦いであったりする。
倉敷の師匠の言うことももっともではあるが、支部長の言うことももっともである。どちらの言い分も間違っているとはいいがたいために康太はどちらの味方をするべきか迷ってしまっていた。
誤字報告を十件分受けたので三回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです




