いつかとる弟子
「お兄ちゃん、まだ私たち以外では人は来てないって。かなり長い間来てないって言ってた」
「そうか・・・それじゃここで待つしかないな・・・倉敷、とりあえず休憩だ。ここまで来て疲れた」
「わかってるよ。とりあえずのんびりしようぜ。暇つぶしもできないけどな」
「そのあたりは魔術の修業でもしてればいいだろ。俺の場合はいろいろとやれることも多いしな」
そういって康太は神加と向き合って軽く組み手を始めていた。神加は軽々と飛び上がり自らが作り出した障壁を足場にしながら康太めがけて蹴りかかる。
その動きは小学生とは思えないほどに鋭かった。何度も何度も小百合や真理と手合わせをしているおかげか、その動きを真似することで上達しつつあるのである。
康太は康太でその蹴りを軽くいなしている。上達しているとはいえまだまだ神加の攻撃に当たってやれるほど康太も腕を落としてはいない。
むしろ神加の攻撃を軽くいなしながら何度も反撃している。もっとも神加に強烈な一撃を当てるわけにもいかないので軽く小突く程度である。
それでも神加は自分の攻撃が届いておらず、なおかつ攻撃されているということをすぐに理解して少しでも動きを変えようとしている。
シールはがし、泡割りと段階を上げて近接格闘を鍛えてきた神加だったが、まだ対人格闘術に関しては未熟なところが目立つ。
その辺りはこれから鍛えていけばいいことだなと思いながら、康太は神加の指導に当たっていた。
「いいよなお前らは、そういう風にすぐ鍛えられるんだから」
「何言ってるんだ。お前だってこういうのは鍛えようと思えばいくらだってできるぞ?できないんじゃなくてお前の場合はやらないだけだろ?」
「そりゃそうかもしれないけどさ・・・身近に指導してくれる人がいないってきついぜ?俺なんかまだいいほうだけどさ、他の精霊術師なんて目も当てられねえよ」
「放任主義ならともかく、普通の精霊術師ならきちんと指導くらいするんじゃないのか?そのあたりよくわからないけど」
「魔術師と違ってさ、精霊術師の場合自分の技術を高めてなんぼって感じあるんだよ。術式は自分で開発するものだから、どうしても他人に教える暇があるならって感じ」
康太は魔術師であるためにそういった感覚はないが、精霊術師にとって術式とは学ぶものではなく自ら作り出すものなのだ。
魔術師のように簡単に術式を見ることができるものと違って、精霊術師はそういうわけにもいかないため、どうしても弟子という存在に対する考え方が変わってきてしまうのだろう。
その結果、倉敷のように放任主義で投げ出されたに近い精霊術師が生まれてくるわけである。
結果的に見れば、倉敷の場合は放任主義だったおかげで魔術師の康太たちとのつながりができた。
そういう意味ではよかったのかもわからない。
「春奈さんはそういうの関係なくいろいろ教えてくれるだろ?あの人結構面倒見がいいほうだし」
「あぁ、鐘子のやつと一緒にいろいろ教えてもらってるよ。精霊術師だけどあの人の弟子みたいになりつつあるな」
「いいじゃんか。あの人も頼もしい弟子が増えてうれしい限りだろ。良くも悪くもお前はあの人の弟子に合ってると思うぞ?」
「良くも悪くもって・・・具体的にどういう意味なんだよ」
「体術よりも術式のテクニック重視。俺らとは違うタイプってこと」
それは言い方を変えれば普通に近い魔術師あるいは精霊術師ということでもある。康太たちのように近接戦を得意とした術師はかなり少ない。
康太のように鍛えていくうえでそうならざるを得なくなったタイプとは違い、文や倉敷といった術式そのものに頼るタイプというのは、枠にはまると絶大な能力を発揮しやすくなる。
雨の日の倉敷がその最たる例だろう。周りの環境そのものを味方につけて圧倒的な出力で相手を攻略できるのだから。
「まぁ、鐘子は確かにそういうタイプだよな・・・ちなみにさ、お前って弟子をとる気ってあるのか?」
「弟子?俺が?」
「あぁ。まだ先の話かもしれないけどさ」
「弟子ねぇ・・・」
今の時点でそこまで高い技術を有しているとは言えない康太からすれば、弟子をとるなどというのはまだまだ先の話のように思えて仕方がない。
まずは師匠である小百合のもとを卒業してからの話だ。そうでなければ弟子を持つなど到底できないだろう。
「俺が弟子をとるとしたら、きちんとした魔術師は育てられないだろうから、ちょっと癖のある魔術師を育てるかな・・・なんていうかこう・・・一点突破的な」
「あぁ、お前みたいなタイプな」
「失礼な。最近俺は調査も戦闘もこなす万能型になりつつあるんだぞ?一点突破なんて言ってくれるな」
康太の反論に倉敷は鼻で笑う。明らかにバカにした笑みに康太は憤慨するが、実際その笑いの意味もよくわかってた。
本当の万能型というのは文のようなタイプを言うのだ。康太のそれは器用貧乏の域を脱しない。
まだまだ優秀には程遠いなと思いながら、康太はいつかとるであろう自分の弟子を想像しながら襲い掛かる神加の蹴りを受け止めていた。




