まとも?
中間地点から約一時間ほどうねる道を移動し続け、康太たちはその場所にたどり着いていた。
そこは大きく開けた場所なのだが、中に水のたまり場のようなものがあり、なぜか海のように潮の満ち引きにも似た波が作られていた。
おそらく別の海水の流れ道からの影響を受けているのだろう。
直径は二十メートルほどのかなり広い空間だ。これだけの空間ならばかなり余裕を持って行動することができそうである。
「相変わらず空気がこもっておるな・・・とりあえず換気するぞ」
アリスが地上部分へと通じている穴の位置を特定すると、即座に風を送り、また外から空気を取り込んでいく。
新鮮な空気がこの場を満たす中、神加は一点を見つめ続けていた。
「やっぱいるのか?」
「うん、大きなナメクジみたいなのがいるの」
「海なのにナメクジとは・・・いや、まぁ精霊にそういうのを期待するほうが無理ってもんか」
もし海にナメクジがいようものなら塩分濃度的な関係で体内の水分がかなり漏出してしまうことだろう。
だが精霊に関していえばそういった問題は一切気にしなくてもよい。そもそも精霊がどのような姿をしているのかは個体によって異なるのだ。
自然における現象に忠実にいろというのは人間側のわがままに近い。
「とりあえずお話ししてきていいぞ?おじさんっぽい人が来たかどうかだけ聞いておいてくれるか?」
「わかった」
神加はそういってナメクジの精霊のもとに駆け寄っていく。女の子だというのにナメクジは嫌ではないのだろうかと首をかしげたが、とりあえずは好き嫌いがなくて何よりである。
「ここで待つならちょっといろいろ作っておくか?ウィルがいるから椅子くらいなら作れるけど」
「そうだな・・・いつ来るかもわからないからな・・・なかなか長期戦になるかもしれないけど」
倉敷はここに来るということは予想できてもいつ頃やってくるのかまでは把握できていない。
その日の気分に左右されるような事柄であるため、倉敷も自信を持って言えないところがもどかしいところである。
「にしても・・・ここも奇妙なところだの・・・高さ的には海面とほぼ同じだが・・・波ができているというのが不思議だ・・・洞窟の圧力の関係なのかの」
「だろうな。俺も昔からこんな感じだったから確証は持てないけど・・・っていうかこの波の方角からくればもうちょっと楽に来られたんじゃないかって思うけどな」
波がある原因が圧力の関係なのか、それとも波がそのまま伝わるほどに水平方向に伸びた割れ目や洞窟があるのか。
その辺りは調べてみないとわからないが、こうして閉鎖した空間で波が立ち続けているというのは非常に奇妙な光景だった。
特に細い道をたどってやってきた康太たちからすればこの場所で波が生まれているというのは不思議で仕方がない。
「ちなみにさ、結構いろんなところを巡ってきたけど、精霊術師的にはこういう場所をめぐることでなんかメリットとかあるのか?」
「メリット・・・っていっていいのか微妙だけど、一応精霊との仲をよくするためとか、感受性を高めるとかいろいろ効果はあるらしいぞ?俺も二体目の精霊と契約するとき何度かこういうところを巡ったし」
「精霊に適する体を作る準備みたいな感じなのか?」
「あー・・・関係性があるかは微妙なところだけどそんな感じだな。実際どれくらい効果があるのかはわからん。個人差がありますって感じだな」
「なんだ、その程度のもんなのか」
「あの子みたいに精霊と直接話ができればもう少し変わるのかもしれないけどな・・・あいにく俺にはそういう才能はなかったみたいだし」
神加のように精霊に対してとにかく高い適性を有している存在であればこういった場所をめぐるのは意味があるだろう。
多くの精霊に会い、親睦を深めていくのは決して無駄にはならない。特にこういった場所にいる精霊を仲間にできる可能性だってあるのだ。今後神加には積極的にこういった場所を巡ってもらうのも一つの手かもしれないと康太は考えていた。
「精霊術師っていうのもなかなか大変だな・・・術式は自作して精霊のご機嫌取りもしなきゃいけないんだから」
「そうだぞ。だからもうちょっと俺を優遇してくれてもいいんだぞ?大変なんだから少しはその苦労をねぎらってくれても」
「それとこれとは話が別だな。お前はこれからも頑張っていただきたい」
「畜生、いつまで経ってもこんな扱いだよ。もうちょっと俺を大事にしろよお前らはさぁ」
「結構大事にしてるって。少なくとももう強制的に連れまわしたりはしてないだろ?そういうことだ」
「人権があるのはありがたいんだけどな。拒否権云々に関してはお前らかなり強引に進めてくるだろうが」
「それはそれ、これはこれ。よそはよそ、うちはうちの精神だな」
「お前んちサイコパスしかいないじゃんか。そのあたりどうなんですかね?」
「おう、俺らみたいなまともな人間を捕まえて何を言うか」
「お前らがまともなんて口が裂けても言うんじゃねえよ」
倉敷の突っ込みに康太は笑ってしまうが、実際その通りかもしれないなとも考えていた。
まともではなくなったのはいつだろうかと思い返しながら、康太は精霊と話している神加の方を見て小さくため息をつく。




