康太の評価
「文さん、今後とも康太君をよろしくお願いします。あの子を師匠みたいにさせるわけにはいきません」
「・・・まぁそれは同意しますけど・・・その・・・良いんですか?」
自分の師匠の目の前であるというのに師匠を貶すようなことを言ってもいいのだろうかと文は不安になるが、真理はそんなことは全く気にしていないようだった。
師匠であるにもかかわらずまったく尊敬されていないのだなと、若干文は小百合が不憫になってしまっていた。
今まで耳に届いていた小百合の傍若無人っぷりからは想像できない師弟関係である。
「まったく・・・もう少し師匠に敬意を払おうとは思わないのか?」
「最低限は払ってますよ。ただ康太君のことに関してはこちらもしっかり主張を通させてもらいます。このままじゃ本当に師匠の二の舞になりそうで嫌なんですよ」
小百合の二の舞というのはつまり破壊の魔術しか覚えていない一点突破を体現する魔術師になるという事だ。
小百合の破壊に関する技術の高さは周囲の魔術師も認めるところである。そして康太は小百合と同じように無属性の魔術を得意としている。
もしかしたら小百合の正統な後継者になるかもしれないと思えるだけにその指導法にはかなり気を付けなければならないと真理は思っていた。
幸いにして康太は物覚えも早く理解も早い。何より言葉を鵜呑みにせずに疑うことのできる性格だ。正しい指導を施していけば真っ当な魔術師になれるだろう。
そう、それは正しい指導をすればの話だ。
今のような小百合に任せている指導ではまず間違いなく小百合に瓜二つの魔術師が出来上がってしまうだろう。それを阻止するために自分が動くべきなのだと真理は確信していた。
破壊の技術は小百合からしっかり教えてもらい、それ以外の事は自分が教える。そうすることで康太は小百合の技術を修めた普通の魔術師になれる、かもしれない。
「というか、それならその・・・小百合さんじゃなくて真理さんが康太の師匠になればよかったんじゃ・・・」
「それに関しては私の責任じゃない。どっかのバカが協会支部の中で私の弟子だと公言してしまってな・・・やむを得ずこうなっただけの話だ」
「あー・・・なるほど、そう言う事情が・・・」
康太が魔術師になるきっかけというわけではないが、小百合の弟子になる最後の選択肢を奪ったのは日本支部の支部長だ。
あの場で彼が康太が小百合の弟子であると公言しなければまだ別の道もあっただろう。そう言う意味ではこの状況にしたのは支部長であると言っても過言ではない。
「でもそれなら小百合さんが康太は無関係であるって公言すればよかったんじゃないですか?それなら状況を振り出しに戻せるんじゃ・・・」
「私が言う言葉と支部長のいう言葉、周囲の人間はどちらを信じると思う?」
「・・・それ言ったの支部長だったんですか・・・?それじゃあ・・・」
実績もあり立場もあり、何より信頼もある支部長が言う言葉と実績はあるが敵も多く面倒事の中心にいる問題児、どちらの言葉を信用するかは火を見るよりも明らかだ。
聞いておいてなんだが文もまず間違いなく支部長の言葉を信じるだろう。小百合自身が否定したとしてもまず間違いなく信じてはもらえない。
支部長がその言葉を言った時点で康太は詰みの状態になってしまったのだ。そう言う意味では不運であるというほかない。
「それにあいつはあの一件がなくても私の弟子になっていたと思うぞ。あの時点ではまだ迷っていたようだがな」
「その自信は一体どこから来るんですか・・・?」
「勘だ」
まったくもって理論的ではない回答に真理は髪を洗いながら項垂れてしまう。実際康太は小百合の弟子になるか否かを非常に迷っていた。
実際は弟子になる方に傾きかけていたと言ってもいいだろう。その為小百合の勘は実は的中しているのだ。
もっともそれはあくまであの一件がなかった場合のイフ、仮定の話であり今さらそんなことを言っても仕方がない。
既に康太は小百合の弟子になり、いくつも魔術を取得しつつあるのだ。今さらその事実を覆すことはできない。たとえそれが神であっても。
「小百合さんから見て康太はどうなんですか?見込み的な意味で」
「物覚えは早い。思い切りもいいし何より機転も利く。魔術師としての素質はいまいちだが魔術師としての才能には恵まれているように思う」
まだまだ発展途上だがなと付け足しながら小百合は髪に着いた泡を洗い流した後で体を洗い始める。
師匠として正しく康太を見る事自体はできているようだった。康太の魔術の修得速度は確かに早い。と言っても瞬時におぼえられるというわけでもないし、康太が愚直に努力を重ねた結果であるというのは文も十分理解できる。
あくまで平均よりもやや早いというだけだ。そして文は康太の思い切りの良さや機転を利かせているところを見ている。
目の前で自分の魔術を次々破っていき、ついには自分を打倒してみせたのだ。あの時の光景はまだ目に焼き付いている。
「そう言うお前はどうだ?あいつはどう映る?」
「え・・・?あ・・・私は・・・」
負けた身としては何とも言い難い。小百合のいうように発展途上であるというのは認めるがそれを言えば自分は発展途上の魔術師にも負けたと公言するようなものだ。今さら康太に対してプライドも何もなかったが、さすがに言葉を選ばざるを得なかった。