伝説の剣がありそうな場所で
「・・・ついた、ここだ」
倉敷の案内のもと到着したその場所は、木々の間にできた池のような場所だった。
池といってもそこまで大きなものではなく、直径にして十メートルもない。索敵で調べると深さも一メートル程度しかないようで、湧き水によってその場所に生まれた天然の池のようだった。
池の底は石や岩がいくつも転がっており、周囲にある石や倒木にはコケが生え、一面が緑に覆われているかのようだった。
池のあるおかげでその部分には太陽の光が注がれ、わずかに神々しささえ感じる空間になっていた。
池の中心部分には、小さな岩が突き出している。そこに何かがあるのではないかと思えるほどに印象的な岩だった。
「ゲームだったら伝説の武器がありそうな場所だな」
「気持ちはわかるけど台無しだよ。もうちょっと別の反応なかったのかよ」
「いやだってこれ本当にそんな感じだろ。あの岩絶対に剣とか刺さってただろ」
「ねえよ。少なくとも俺が最初に来た時からなかったよ」
「・・・いっそのこと刺してくか、いろいろ面白いことになりそうだ」
「やめろっての」
幻想的な光景に若干興奮気味な康太に突っ込みを入れる倉敷だったが、その視線が神加に移った瞬間にその目を疑った。
神加はまっすぐと何かを見ている、そして手のひらを上に向けながら前に差し出していた。まるで何かを受け取ろうとしているかのように。
池の中心の飛び出した岩からわずかに外れたその場所、どのあたりを見ているのかは倉敷には分らなかったが、その視線の向きとそのポーズが記憶の中にある倉敷の師匠のそれと重なる。
「・・・おい八篠、あの子本当に何なんだ?」
「あぁん?うちの可愛い妹に何か文句でも?」
「そうじゃねえよ・・・師匠と同じだ・・・なんか見えてて、なんかが聞こえてて・・・あの時も師匠はあんな感じで、あんなふうにしてた」
倉敷の記憶の中にある師匠の姿を康太は知らないが、神加が今何かを見ていて、何かを聞いていて、何かをしているのはわかる。
視線が全く動かない。まるでそこに誰かがいるかのように、誰かと何かを話しているかのように、神加はその状態から動かなかった。
「アリス、神加が何を見てるのかわかるか?」
「・・・あいにく・・・私には、何も見えんな・・・やはりあの子は・・・普段からして、私たちとは別の光景が、見えているんだろうよ・・・」
アリスは未だ呼吸が整わないのか、近くにある大きめの岩に腰かけてうなだれている。
店に戻ったら体力強化のためにランニングでもさせてやると心に決めながら、康太は神加の見ているほうに視線を向けた。
康太にも何かが見えるわけではない。何かが聞こえるわけでもない。だが神加がその場から視線を動かさない時点で、何かがいるのだ。
康太たちには見えない何か、倉敷の師匠にも見えていた何か。それが所謂精霊なのかどうかは見ている者にしかわからない。いや、見ている者にもわからないのかもしれない。ただそこにある存在を認知しているだけなのだから。
「神加、そこに誰かいるのか?」
「うん、いるよ。おっきなクマさん。けどおなかにも顔があるの。おなかの顔はパンダみたいだけど」
熊の外見で腹にも顔がある。なんとも恐ろしい形をした精霊もいたものだなと思いながら、先ほど神加が言っていた二つの声がその精霊なのではないかと康太と倉敷は考えていた。
「なんて言ってるかわかるか?俺らにはその姿も声も聞こえないんだ」
「えっと・・・来てくれてうれしいって言ってる。たまに見える人が来るとお話ししたいって、けどあんまりそういう人が来ないんだって」
「・・・精霊って、召喚とかで宿ってるものから切り離さないと基本は見えないからな・・・それが見えるってのは、やっぱ才能なんかね?」
「さすが我が弟弟子よ。我が血脈の未来は明るいな」
「茶化すな。でもそこまではっきりものが言えるってことは、ここにいるのは上位の精霊ってことになるよな・・・属性が気になるな」
「それよりも気になるのはお前の師匠の居所だろ?神加、そのクマさんにこいつの師匠・・・クマさんが見える人がどれくらい前に来たか聞いてみてくれないか?」
「うん、ちょっと待ってね」
神加は視線を動かさずに沈黙し、数秒間そのままの状態で動きを止めた。今ちょうど話をしているのだろう。口も動かさず、視線も動かしていない。だが何かが通じ合っているのだろう。康太もわずかにその変化に気付いていた。
何か、口では説明できないのだが違和感がある。周囲の空間なのか、周囲の気配なのかわからないが、どこかこの場所が普段自分たちのいる場所とは違う異空間のような、そんな独特な感覚に支配されていた。
この場所が神聖な場所だと言われても納得できる。先ほど言った冗談ではないが、勇者のための聖なる剣でも隠されていそうな、そんな雰囲気がある。
僅かに康太の中にいる精霊が熱を帯びた瞬間、神加はゆっくりと息をついて康太の方を向いた。
「一カ月前くらいに、おじさんが一人来たって。目元を隠した仮面をつけてたって」
一カ月前。そして仮面の特徴。その証言に倉敷は自分のカバンの中から自分の精霊術師としての仮面を取り出した。




