魔術師の入浴
今回泊まることになった別荘にある風呂はそれなり以上に大きなものだった。ヒノキ風呂だろうか、普段使っているそれとは圧倒的に違う構造と外見をしており複数人で入ったとしても問題ないほどの広さを有していた。
「ほほう・・・なかなか立派な風呂だな。あいつの別荘にしては上出来だ」
「また師匠はそう言う事を・・・もう少し素直に褒めるってことができないんですか?」
「あいつの所有物を褒めてやってるだけありがたいと思え」
文と一緒に入浴しようとしているのは小百合と真理だ。小百合はタオルを持っているにもかかわらずまったくその体を隠そうとしていない。羞恥心がないのかそれとも同性同士で隠す必要もないと考えているのか妙に男らしいのが印象的である。
長い髪に全体的に引き締まった体つきをしている反面胸部は非常に自己主張が激しい。アンバランスというわけではなく彼女が自らのスタイルを含め高い自己管理を行っているというのは一目見て理解できた。
一方真理は最低限の羞恥心はあるのかタオルで体の前面を隠していた。同性であれ恥部を晒すのは憚られるのだろう。詳細までは不明だがこちらも引き締まった体をしている。小百合に比べて無駄な肉が少なく、胸部の自己主張も小百合程ではなかった。
だがその肌は非常にきめ細やか、髪はなめらかで手入れが行き届いているのがわかる。
そんな二人に追従するように文は風呂場に入っていた。タオルを体に巻いて露出するのを避けているが二人の体に比べるとやや劣っているような気がしてならないのだ。
客観的に見れば小百合と真理、そして文の間にほとんど差はないようにも見える。だが隣の芝生は青いという言葉が残っているように他者の体の方が理想のそれであるように思えてしまうのである。
それなりに外見に自信がある文も若干居心地が悪そうにしていた。
「それにしても文さん、先程はありがとうございました」
「え?何がですか?」
「康太君に魔術指導をしてくださっていたじゃありませんか。私達だけではどうしても教え忘れることもあるので非常に助かっています」
私達というのが真理と小百合の二人であるというのはすぐに理解できた。そしてなぜ忘れることがあるのか、その理由についても数秒かかったが理解することは難しくなかった。
この二人は、いや正確に言えば小百合は普通の魔術師とは少し毛色が異なる。そしてそれに指導されていた真理もまた普通に見えて実は普通の魔術師とは程遠い場所に位置しているのだ。
その為魔術師として一般的な知識や考え方をついうっかり教え忘れることがある。そう言った部分を文が補うというのは非常に彼女たちにとってありがたいのだ。
いわばこの場にいる三人が康太の師匠のようなものである。攻撃的な魔術を教えるのは小百合、基礎的な魔術を教えるのが真理、魔術についての基本知識を含めた技術を教えるのが文。
それぞれすみわけができている分何の問題もなく康太への指導をすることができるだろう。
三人に物事を教わるというのは非常に優遇された立場であるという事を康太は認識できているのだろうか。できていないだろうなと思いながら文は小さく苦笑し大したことじゃありませんよと返す。
実際文がやったのは大したことではない。飽くまで助言をしただけだ。それだけであって後で実行するのは康太なのだ。そこまで大したことはしていないのは事実である。
「むしろ本来は師匠がそう言う事を教えるべきなんですよ。どうして教えてあげなかったんですか?」
「あ?お前は自分でそういうものを覚えていっただろう。基本的にあいつの指導はお前と同じやり方をとっている。お前にやっていないことをあいつにするつもりはないぞ」
「・・・それってつまり師匠が教えること以外は自分で勝手に学べってことですか?」
「そうだ、実際その方がいいこともある。何でもかんでも教えると為にならん」
小百合の言っていることももちろん間違いではない。物事というのは自ら失敗して自ら正解にたどり着いた方が後々為になることだってある。
教えられたことは比較的忘れやすく、自らが経験から学び理解したことは長く記憶に残る。そう言う意味では小百合の指導法は正しいと言えるだろう。
だが康太は魔術に関してはほぼ素人だ。基礎的な知識も、魔術師としての気構えや前提的な考えなど欠落しているものが多すぎる。
学業などで例えれば数字と計算式は教えても文字そのものを教えないようなものだ。それを扱うことができるようにしても結局のところ根本や基礎的なことを理解できなければ意味がない。
「・・・真理さんってずっとこんな指導を受けて来たんですか?」
「私の場合、初めての弟子ってこともあって比較的教えてくれましたけど・・・康太君の場合勝手がわかってきたからだいぶ雑ですね・・・師匠ひょっとして破壊の事しか教えないつもりですか?」
「何を今さら。私に教えられることなど破壊くらいしかない。お前の時もそうだっただろうが」
小百合は破壊を得意とした魔術師だ。ありとあらゆる破壊という項目の魔術を専門としその悪名は協会の中でもかなり広く聞こえてくる。
実際破壊というのは突き詰めればそれ相応の応用力を持つだろうが、やはりそれらには限界があるものだ。
何時だって壊すことの方が簡単で、作る方が難しい。小百合はその中で破壊だけを突き詰めた、いわば難しいことばかりを避けて修得してきた魔術師だ。そしてその結果、小百合の元の性格も相まって現在の立場を確立しつつある。
康太をそんな風にさせるのは少々まずい気がすると真理と文は複雑そうな顔をしながら互いの視線を交わしていた。




