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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
五話「修業と連休のさなかに」
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呪文の役割

「あんたが魔術っていうと呪文とかそう言うのってイメージあったりしない?難しければ難しい程長い感じの」


「あー・・・あるある。詠唱とかそう言うのな。実際なくてがっかりしたけど」


康太の中にある魔術や魔法というとどうしても長い呪文を唱えて発動するイメージになる。実際そんなものがあったら実戦的ではないために恐らく繁栄しなかっただろうが、それは今は置いておくことにする。


「まぁ一応訂正しておくと、普通に魔術に呪文みたいなものはあるのよ?ただそれは人によって違うし、何よりそれを読み上げなきゃ発動できないってものじゃないけどね」


「どういうことだ?それって呪文っていうのか?」


康太のイメージする呪文というのは魔術の発動のために必要な鍵のようなものだ。それを口にすることで顕現する発動のための下準備のようなもの。それこそ康太の想像する呪文の役割だ。


だが文曰く魔術はそう言う類のものではないらしい。自分が覚えている魔術そのものが一体どういうものであるか、そしてそれと呪文がどのようにかかわってくるかというのが気になるところである。


「一応私も呪文をいくつか持ってるのよ?あんたに教えたことはないけど」


「・・・?ていうかお前とやった時も呪文なんて呟いてなかったじゃんか」


康太と文が戦闘していた時、康太は文に限りなく近づいたが魔術を発動するときも彼女は呪文を呟いたことなどなかった。


少なくとも康太の耳には聞こえなかったのだ。


「そうね、じゃあまずは私達が使う魔術における呪文の役割について教えましょうか。まず呪文っていうのはある魔術を発動するときにその発動を容易にするための自己暗示みたいなものだと考えなさい。ご飯を食べる前にいただきますをするのと同じように、ある動作の前に必ず行う儀式みたいなものね」


「・・・それっていう必要あるのか?」


「厳密には無いわ。でもあんただっていただきますすれば『これからご飯を食べるんだ』っていう気分になるでしょ?それと同じで呪文を毎度唱えることでその魔術を扱える状況を条件反射で作れるようにする。それが呪文の役割なのよ」


「・・・えっと・・・つまりだ、条件反射を無理やり作るってことか?梅干し食べたら唾液みたいなのと同じ感覚で、呪文を唱えたら魔術の発動準備ができてるようにするために」


そう言う事よと康太の要約に文は人差し指を立てて見せる。生き物の持つ条件反射というのは多くの物事に応用できる。


先に康太が挙げた例で言えば、何度も酸っぱい梅干を食べた人間は梅干しを見たりその匂いをかいだだけで唾液が出るようになる。これこそ条件反射の典型的な例と言っていい。


それを魔術でも応用しようというのだ。


つまり特定の魔術に対応した呪文を作り出すことで、その呪文を唱えただけで魔術を扱えるようになるというものである。


「今回の場合あんたは魔術の発動速度自体はそれなりにあるから同時発動においての呪文を作ることになるわね。例えば・・・そう、拳の連打、あるいは同時攻撃だったら『ラッシュ』とかでいいんじゃないかしら?」


「ラッシュって・・・そんな短くていいのか?」


「むしろ短い方がいいわ。唱える時に長すぎると面倒だしね。ただその呪文はその魔術にしか対応しないから気を付けなさい。毎回それをやるときにその呪文を唱えたり頭の中で反芻すること。時間はかかるけど・・・そうね、だいたい一か月ちょっとすれば慣れてくるわ」


康太がやりたいのは魔術の同時発動における簡易化だ。文はそれを呪文という所謂スイッチのようなものを作ることで簡易化しようとしている。


その呪文を唱えるだけで同時発動の準備が整うように、それこそ勝手に魔術が発動するくらいの反射が好ましい。


「私の場合は複数別の魔術を扱う時も呪文を設定してるわ。まぁ技名みたいなものだと思いなさい。あとは動作とかがあるとより発動が容易になったりするわ」


「呪文に動作か・・・なるほど・・・それは何度も何度もやるしかないんだよな?」


「そうね、体に感覚として覚え込ませるには時間がかかるわ。一朝一夕にはいかないけど。自分でこういう形で使いたいっていうイメージがあるならそれに沿う形で魔術を同時発動して、その時の呪文を作っておくのがいいでしょうね」


どんな形で魔術を発動するか、どんな呪文にするかはあんた次第よと言いながら文は小さく笑って見せる。


恐らくは自分の体験談も含まれた助言だったのだろう。魔術の同時発動をより容易にするための手法。きっと文なりの解釈も含めた助言だ。こういったものを受けられるというのは非常にありがたい。特に同時発動ができるようになればやりたいことがいくつもあったのだ。


もしこれで同時発動の技術が高まればそれなりに実用的になるだろう。もちろん時間はかかるだろうしいつできるようになるかもわかったものではないがそれでもやるべきことが増えたのは確かだ。


「まぁでも最初は簡単なのから始めなさい。あんたの場合なら再現の正拳突きの同時、あるいは連続発動ね。焦ってもいい結果は出ないからそのつもりで」


「わかってるって。小さなことからコツコツと、確実に訓練していったほうがいいってことだな」


そう言って康太は再び正拳突きを始める。同時発動をするようになればストックがいつ無くなるかもわかったものではない。日々日常的にストックを溜めこんでいるとはいえ同時発動の訓練まで加わるとなるとその消費は今までのそれとは比べ物にならないほど跳ね上がるだろう。


だがそれができるようになれば康太が思い浮かべるようなこともできるようになるかもしれない。いや、できるようにならなければならないのだ。



康太が実戦で扱えるだけの練度に達している魔術は三つ。『分解』『再現』『蓄積』の三つである。その中で康太が同時発動を目指しているのは再現だ。康太の現在の主力級の魔術であり、三つの魔術の中で最も汎用性に優れた魔術である。


同じ魔術の同時発動は実戦では数回分が限度、だが集中できる訓練であればもう少し多く同時発動ができる。


文の助言通り、康太はまず初めに正拳突きの動作を一度に大量に再現しようとしていた。


呪文名は『ラッシュ』


正拳突きの動作を一度に大量に再現することで同時攻撃する。それは攻撃方向に対しての拳の弾幕のようなものだ。


拳の再現数は今のところ最大で十数回分。それらを一度にぶつけることが今の康太の最大火力だった。


康太は大きく息を吸って集中を高めていく。普段使い慣れている魔術とはいえ術式をいくつも構成していく作業だ。集中力を要するのは仕方のないことだろう。

だがこれを一度に行えるようになるのが最終目標だ。まずはその最初の一歩。


康太の目の前には文が作り出してくれた水の膜が存在していた。


これを作ることでしっかりと魔術が発動しているのを確認するためである。


もし同時にしっかり魔術が発動できていれば水の膜一面に拳の衝撃が加わるだろう。


「・・・ラッシュ・・・!」


康太は目を見開き思い切り拳を前に突き出した。正拳突きと同じ動作で繰り出される拳、そしてその拳とほぼ同時に拳の弾幕を作り出す。


康太の拳が水の膜に届くとほぼ同時に、その水の膜全体に衝撃が走る。


まんべんなく加えられた衝撃は水の膜を大きく揺らし、その魔術が正しく発動していることをしっかりとあらわしていた。


「うんうん・・・まずはいい感じね。あとはそれを何度も何度も繰り返しなさい。そうすればいつか呪文を唱えただけで同じことが簡単にできるようになるわ」


「これは結構時間がかかりそうだな・・・集中に十数秒かかるし・・・」


「そのあたりは仕方ないわよ。魔術の修得に近道はないわ。地道に進んでいくことでしか上達しないのよ」


努力しないものに実力は伴わないのよと言いながら文は風を起こしながら周囲に水蒸気を発現させていく。


水蒸気は風に巻き上げられ、まるで生きているかのようにみえる。


どのような使い方をしているのかは康太にもなんとなくわかる。水属性の魔術で水蒸気にも似た霧を作り出し、それを風を使って操っているのだ。


同じ魔術の同時発動でも苦難している康太にとって、違う属性の違う魔術を発動しているというだけで自分と彼女の技術力の差は大きく開いているのだという事が十分に理解できる。


これが魔術師としてのレベルの違いなのだなと康太は自らの未熟さを再認識していた。


「あら、康太君に文さん、ここにいたんですか」


康太が再び同時魔術の発動訓練をしようとしていると建物の中から真理がやってきた。あちこち探していたのか康太たちを見つけると僅かに安堵の息を吐いている。


「なるほど、修業中でしたか」


「えぇ、今康太に呪文を教えていたところです。少しでも実力をつけてもらわないと私も困るので」


「あぁなるほど。確かにはじめのころは呪文は大事ですね、なかなか良い判断です」


どうやら真理も呪文というものを理解しなおかつ使っているようだ。


「なんだ、姉さんも呪文のこと知ってるならもう少し早く教えてくれればよかったのに・・・」


「あはは、ごめんなさい。でもあまり早くに教え過ぎても扱えませんから。ある程度同時に魔術を発動できるようにならないと呪文は意味がありませんからね」


今まで康太がその存在を知らなかったのは偏に康太の技術力のなさが原因だったのだろう。


呪文というのはあくまでも複雑な術式や同時に発動する魔術の難易度を下げるためのものだ。


反射的にそれを発動できるようにするためのものであり、最低限複数の魔術を同時に扱える程度の技術がなければその意味をなさないのである。


もちろん本格的な初心者、というか魔術覚えたての時期に呪文の存在を教え魔術の発動を容易にさせることもできただろう。


だが二人の師匠である小百合はそれをさせなかった。一つの魔術くらいで呪文を使っているようでは先は無いと判断したのかもしれない。


「でももう呪文を覚え出したんですね・・・早いものです。私もこういう時期があったなぁ・・・」


「でも姉さんも文も呪文唱えてるところ見たことないですけど・・・心の中で唱えてるんですか?」


「最初は口に出していましたよ?でも途中から徐々に頭の中で念じるだけになっていったんです。その方が早いですし何より相手にもばれませんしね」


呪文というのは口に出すことが重要なのではなく『その呪文を唱えた』と自らが認識することこそが重要なのだ。


呪文とは一種の自己暗示のようなものだ。自らさえそれを認識できていれば問題はなく、わざわざ相手に呪文の存在を教える必要もないのである。


「そう言えば姉さんは何でここに?」


「あぁそうそう、お風呂の準備ができました。最初は女性陣が入るそうなので文さんは入浴の準備をお願いします」


「わかりました。それじゃ康太、頑張ってね。覗いたら潰すから」


「わかってるっての・・・師匠や姉さんもいるんだ、自殺行為はしないよ」


自分よりずっと格上で危険な魔術師がいるような風呂場を覗くような勇気は康太にはない。この場は大人しく修業をしていた方がいいだろうなと康太は小さくため息をついていた。


何を潰すのかは、聞かない方がいいだろうなと思いながら。

日曜日なので二回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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