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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
二十八話「対話をするもの、行使するもの」

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積み上げた努力が

小百合が刀を持って、殺意を持って襲い掛かった瞬間から、康太の動きが一変する。


先ほどまでは自らの体に染みついた技術頼りに振り回すだけだった拳は、すいつくように槍を包んだままだった。


すでに康太は我を失っている。電撃は強くなっていき、もはや声も届かないだろう。


だが、康太はその槍を持ったまま動かない。先ほどまでならば即座に襲い掛かろうとしていた康太だが、今は小百合の刃をただ待っていた。


小百合は先ほどまで迷っていた。だが康太の先ほどの言葉に、自分も師匠として康太に向き合わなければならないのだと思い知らされた。


刀を持つ手に力を込め、康太の首めがけて全力で振るう。当たれば、間違いなく首は切断されるだろう。

殺意を込め、小百合が刀を振るうと、康太は後退した。


康太の首めがけて振るった刀は、康太の薄皮一枚を切っただけで終わる。


「避けた」


文のつぶやきに、小百合は笑みを浮かべて今度は殺すつもりはなく、薄皮一枚だけを切るつもりで斬りかかる。


今度は康太は動かなかった。


康太の頬をわずかに切り裂いた小百合の刀を無視するかのように、康太は槍を振りかぶる。


体に染みついた槍の技術、康太が槍を手にしてから、何千、何万と振るい続けたその技術、徒手空拳の技術以上に染みついたその技は、康太の意識が失われてもその体を動かした。


康太の動きが変わったことで、小百合は満面の笑みを浮かべて刀を振るう。


全ての攻撃に殺意を込めて、殺気を込めて攻撃を放つ。


康太はそれらすべてを回避し、反撃する。


今までであれば見てから回避するという、理性的な部分で行っていた康太の回避は、自ら生き残るために洗練された直感に委ねるという、半ば自滅に近い方法をとっていた。


小百合との訓練によって、そして数多くの面倒ごと厄介ごとによって培われた康太の勘。小百合のそれには劣るが、小百合という殺意の塊の近くに居続けたことで康太にも培われた、小百合に匹敵する勘がある。


敵の攻撃を、殺気を感じ取る勘。


自らを殺し得る攻撃に対して、康太は条件反射的に回避を選択する。体勢的にどうしても避けられないものに対しては防御を。小百合の拳をよけることができなかったのは康太の考察が限りなく近い。


小百合は、攻撃に殺意を込めていなかった。攻撃の意思を込めていなかった。


今小百合は、覚悟をもって攻撃している。殺意を持って攻撃している。いつ康太を殺してしまっても仕方がないと覚悟して、康太を殺そうとしている。


そんな小百合の攻撃に康太は反応していた。回避と反撃を、何の淀みもなく行っている。


我を失っているからか、その攻撃は的確とは言えない。戦術的に賢いとは言えない。ただ今の自分が行える最適な攻撃をしているだけだ。


フェイントも牽制もなく、ただ小百合に対して一番の攻撃をしているだけに過ぎない。


そういう意味では実に単調だ。リズムがつかみやすい。だがその攻撃はいつも以上に鋭い。


迷いもなく、相手を殺すという感情しかない今の康太には、小細工よりもこういった一直線の攻撃の方がより合っている。


リーチの差をものともせずに小百合は踏み込み、康太めがけて斬りかかる。


振り下ろし、横薙ぎ、切り上げ、ありとあらゆる軌道を描いて刀は康太に襲い掛かる。その刃の軌道を見切っているのか、それとも感じ取っているのか、康太は刀の軌道を数センチとない場所に体を置いて回避している。


いつも以上の回避能力。小百合は自分の教えは決して間違っていなかったのだと確信し、刀を手放す。


いったい何をするつもりなのか。文とアリスが一瞬疑問符を浮かべた瞬間、小百合はその手を握りしめ康太に殴りかかる。


殺す。


その感情が傍から見ている文とアリスにも感じ取れるほどに濃厚な、どす黒い殺意。小百合が普段心の奥底に押さえつけている、小百合自身がため込んだ本当の殺意が康太に向けられていた。


康太は向けられた拳に対して、最初はよけるつもりはなかったようだったが、拳が接近した瞬間に紙一重で回避を選択した。


拳をよけた。その事実は文とアリスを驚かせた。


「拳をよけたぞ。先ほどまではよけなかったというのに」


「・・・あれだけ殺すぞって感情をむき出しにされれば、避けるのもわかる気がするけどね」


小百合から放たれる拳や蹴り、一発一発の威力は変わらない。だが小百合の拳や蹴りに込められた殺気は、先ほどまでの訓練の比ではない。


一発一発、受ければ死ぬのではないかと思われるような殺意が込められている。それが康太に回避を選択させていた。


先ほどまでの訓練は、淡々とした作業のような拳だった。だが今の小百合は感情を、殺意を込めた拳を振るっている。


この差だなと、小百合は康太の今の状態を即座に理解し、その殺意を収める。


拳の質が変わると同時に、康太は回避をやめた。その瞬間、小百合の拳が康太の体を打ち据える。


康太が槍を振るう一瞬の間に、顎に一発、返す拳で側頭部に一発、そして拳を振るった体の回転をそのままに回し蹴りの要領で康太の首に足をかけると、全体重をかけて康太の体を強引に投げ、地面に叩きつける。


そして即座に腕をつかみ関節技をかけた。


「ん・・・やはりまだまだ改善点は多いな。この状態で実戦には出せん」


先ほどの殺気がうそのようになくなり、小百合は自分の下でもがいている康太の方を見てため息をつく。

先は長そうだなと小さくため息をつくのと、文とアリスが歩み寄ってくるのはほぼ同時だった。


「どうですか?康太の状態は」


「どうもこうもないな・・・まだまだ改善しなければいけない点が多すぎる・・・まぁこいつが回避を忘れていないというのがわかったのは収穫ではあるが」


康太はアリスの手によって一時的に眠らされていた。そして小百合は康太の体に触れたことによってできた火傷を同じくアリスによって治療されている。


眠っている康太を見て文は少しだけ不安そうな表情をしていたが、小百合はいつも通り面倒くさそうな表情をしていた。


だがその表情は、少し楽しそうでもあった。


「具体的にはどういう部分がだめなんですか?」


「まず第一に攻撃回避の対象が曖昧だ。殺意なんてあってないようなものを感じ取って避けるのでは間違いなくやられる。殺すつもりのない遊び感覚相手の魔術師相手なら蜂の巣だろうな」


康太の回避の判断基準がどのようなものなのか未だはっきりしないが、殺意が込められているものかどうかという一つの指標はわかった。


逆に言えば先ほどの小百合の拳のように、殺意が込められていない物であれば当てることは難しくない。


魔術師の中には相手が死んでもどうとも思わないようなものもいるし、遊び感覚で敵を攻撃するといった人種もいないとも限らない。何より殺すつもりはなかったという考えのもと攻撃するものもいるのだ。


そんな相手に対しては康太は回避をしないだろう。それは単純に康太の戦力を下げる結果になってしまう。


「それに何より、こいつの近接戦における強みは手数の多さだ。単純に攻撃頻度という意味だけではなく、攻撃の種類という意味でもこいつは手札が多い。それを一切合切なくしているというのは単なる弱体化にすぎん」


「あぁ・・・そういわれるとそうかもしれませんね・・・康太の場合、近づいたらほぼ勝ち確定みたいなところありますし」


康太は自身の装備に加え、魔術でも近接戦を行える。さらにはウィルと協力することで近接戦の種類もかなり増やせる。手数重視から威力重視までより取り見取り。四方八方どこから攻撃が来てもおかしくないほどの多角的な攻撃。


暴走状態になるとそれらのほとんどが失われてしまう。小百合の言うようにこれでは単なる弱体化と言われても仕方がなかった。


「それに何より、あの状態になるとこいつはDの慟哭を使えなくなるようだしな・・・今まで使っていないだけかもしれんが」


「そういえばそうですね・・・どうなんでしょう・・・?中にいるデビットと交信でもできればいいんですけど」


「そんなに都合の良い相手なら今までの魔術師がとっくに解決できているだろうよ・・・そもそもこいつにしか扱えない時点で、こいつが暴走した時に止めようがないんだ。ある意味使えないというのは運がいい」


もし康太が暴走している状態でDの慟哭までもが発動した場合、康太の魔力の許容量を超える量すらも吸い続けてしまう可能性がある。


康太の理性があれば、自分自身で魔術を発動して体内に内包してある魔力量を調整することもできるのだろうが、暴走状態ではそれもできない。


ある意味発動していないのは康太にとって良いことなのだ。


とはいえ、相手の魔力をほぼ無条件で吸い取ることのできるDの慟哭が使えないというのはかなりの痛手でもある。


「暴走状態でも技術は使えるが、回避にも手札にも難あり・・・とはいえ理性を保った状態では手札は良くとも技術と回避に難あり・・・なんともしがたいな・・・」


「ちょうど中間くらいがちょうどいいんですけどね・・・電撃を使える程度で、なおかつ理性も残せて、康太が戦闘に集中できるような・・・」


「・・・魔術の訓練と同じようにするか・・・その状態を当たり前のようにできれば、いつも通りに動ける」


「暴走状態をやめるということか」


「それも手の一つだ。暴走状態はあれはあれで使える。あいつの戦闘の幅を広げることが目的だ。選択肢は多いほうがいい」


小百合はそういって放り投げた刀を拾って鞘に納めていく。


そして康太の方を見て薄く微笑む。


「まったく・・・手のかかる弟子だ」


意識を失ったままの康太は、その言葉を聞くことはなかった


小百合にとって、優秀な弟子はつまらない。教えれば教えるだけ伸びていき、教えなくても勝手に育つ真理のような弟子は、彼女にとってはつまらない弟子なのだ。


だが康太のように、手間のかかる弟子は彼女にとっては面白い、楽しいものだった。


馬鹿な子ほどかわいいという言葉があるように、康太のように手のかかる弟子は、小百合にとっては教え甲斐のある、良い弟子なのだろう。


優秀な弟子かどうかはさておいて。


思考錯誤し、悩んで、失敗して、間違えて、少しずつ前に進む。康太はもともと才能のある方ではなかった。


努力してここまで来た魔術師だ。ならば、この壁もまた努力で越えることができると小百合は確信していた。


「とっととそいつを起こせ。話をするぞ」


だからこそ小百合はいつもの通り振る舞う。それが師匠としての自分の務めであると理解して。


土曜日なので二回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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