暴走状態
文が電撃を注ぎ続けると、康太の動きが止まり、唸りながら何やら震えだす。わずかに身をかがめ、力をためているかのような、力を抑え込んでいるかのような仕草に文はとっさに電撃の注入をやめ、康太の周りに半球状の障壁を展開する。
康太は屈めていた体を大きくのけぞらせると同時に、両腕を振り上げ、そして言葉にもならないような怒声とともに振り下ろした。
次の瞬間、康太の体から一気に電撃が周囲に放出される。
放たれた電撃は文の障壁によって地面に吸収されていくが、強い雷光によって誰も目を空けることができない状況になってしまっていた。
「・・・電撃をため込むのにも限度があったか・・・あれだけの電撃を一気に放たれると、近くにいれば一撃だろうな」
「防ぎようがないわけじゃなさそうだけどね・・・近接戦をずっとやってるときにあの動作はちょっと隙が大きすぎるわ・・・小百合さんも安全圏に退避してるし」
康太が妙な動きを始めた瞬間には、すでに小百合は康太の攻撃範囲から遠く離れていた。
見切りの早さは相変わらずだなと文は感心しながらもその視線を康太の方に向ける。
康太は障壁の中で膝をつき、肩で息をしている状態だった。
どうやら暴走状態は終了しているらしい、今の状況を確認するために視線を周囲に動かし続けている。
「康太、大丈夫?結構派手に暴れてたみたいだけど」
「・・・文か・・・いつ来たんだ?」
「・・・本当に覚えてないのね・・・ついさっきよ。それにしてもすごいわねあの状態は。バーサーカーみたいだったわよ?」
「意図的にそうしてるみたいだからな・・・師匠曰く、動き的には暴走してたほうがまだましなんだそうだ」
言葉も通じず、理性もない。まさに狂戦士状態の康太。
文から見ても、先ほどの康太のそれは普段の康太の動きとは天と地ほどの差がある。それほど平時の康太の技術は洗練されてきているのだ。
だが暴走一歩手前の康太の状態を見ている小百合とアリスからすれば、暴走状態の方がまだましになっているという感想を抱いていた。
単純な攻撃一つをとっても、少しずつではあるがその攻撃に康太の体に染みついた技術が乗ってきている。
体が勝手に動くという言葉の通り、考えるよりも先に体が動いているのだ。
康太はもとより考えるよりも先に反射的に攻撃を回避している節がある。一種の直感に従っているといってもいい。
もちろん攻撃の時はある程度考えているが、近接戦の時にはその考えがなくなり、直感によって繰り出す攻撃がある。
小百合は康太の戦い方を二種類に分けるつもりだった。
一つは、魔術師として戦える、理性と魔術を駆使した中距離の射撃戦、そして魔術を駆使した近接戦闘も行えるオールラウンダー。
もう一つは理性を捨て、暴走状態を強制的に引き出し近接戦のみを行う、文の言うところのバーサーカー状態。
前者が普段の康太の戦い方で、後者が先ほどまでの康太の戦い方だ。近接特化の戦い方というのは、かつての康太の戦い方に近いかもしれないが、本質がまるで違う。
「あんな戦い方させるなら、普段通りに戦ったほうが強いんじゃないですか?暴走してる状態じゃ、魔術だって使えないでしょうし・・・」
どちらが強いのかといわれると、小百合からすれば首をかしげるところではあるが、収穫はある。
「いや、あの状態でも魔術は使えるらしい。もっともかなり限られるが」
「え?あの状態で?」
文はまだ少ししか訓練を見ていないが、康太があの暴走した状態で魔術を使えるとは思えなかった。
少なくとも文の目には魔術を使っているようには見えなかった。
「あの状態でも、しっかり身体能力強化だけは発動していた・・・おそらく、近接戦を行う時には身体能力強化を発動するのが癖になっているんだろうな」
「・・・よくわかりましたね。康太が強化を発動してるって」
「何百回と組み手をしてるんだ。そのくらいはわかる。つまり、近接戦において魔術を使うことを完全な癖にしてしまえば、近接戦に特化した魔術であれば使用することは可能ということだな」
相変わらず無意識での発動になるから危険も伴うがと小百合はため息をつきながら、未だに荒く息をしている康太の方を見る。
「とはいえ、消耗も激しいようだな。普段やらないほどに全力で動いているんだから当然かもしれんが」
「普段の訓練と何か違うのかの?」
「技術を優先して力をセーブしている状態と、技術を半ば無視して力をマックスで振り回す状態、どちらがつかれるかなど明白だ」
普段の近接戦の状態でも力をセーブしていたのかと、文は康太の方を見る。
常に一撃一撃を全力で動いていれば、その分体が流れたり隙が大きくなる。
康太は隙を少なくするためにある程度力をセーブして、その分手数で戦う戦い方を好んでいた。
だが暴走状態になると、一撃一撃を全力で、しかも技術も加えて打ち込むためその分威力は上がるがどうしても隙が生まれる。
暴走したことで得た力と、暴走することで使えなくなる力。この二つのバランスが小百合を悩ませていた。




