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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
二十七話「残され、継ぎ、また少しだけ」

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康太の目的

「お前、言ってる意味わかってるのか?俺が何しようとしてるのかわからないわけじゃないだろ?」


「わかってるよ。わかってるから言ってんだよ。俺だって何も思わないわけじゃないんだ・・・お前らほどじゃないにしてもな」


短い時間だったとはいえ、倉敷も幸彦とともに行動し、共に戦ってきた。その性格も、その実力も尊敬に値する人物だっただけに、倉敷は悔しさを腹の中にため込んでいた。


あの時もっと早く敵を片づけることができていれば、こんなことにはならなかったかもわからない。


だがもう終わってしまったことを変えることはできない。だからこそ倉敷は康太に力を貸そうと決めていた。


康太が何を望んでいるのか、倉敷だってわかっている。それが決して許されることではないことであるとしても、倉敷はもう決めていた。


「俺なんかと一緒にいると、また周りの人間から危険人物扱いされるぞ?特にこれにかかわろうとするとな」


「それもわかったうえで言ってんだよ。いつもみたいに問答無用で連れてきゃいいんだ。珍しくやる気出してやってるんだから感謝しやがれ」


倉敷の言葉に康太と文は苦笑してしまっていた。


正直に言えば、康太も文も、今回の件に関しては倉敷を誘うつもりは一切なかったのだ。


あくまで康太が個人的にやろうとしていること。文は康太に協力しているというのもあり、幸彦に恩を感じているというのもあり参加することはすでに決めていた。


だが倉敷は幸彦との付き合いも短く、参加するだけの理由は薄いと感じていた。さらに言えば倉敷がかなりの戦力になるとしても、康太は倉敷を誘うつもりはなかったのだ。


だが康太たちの予想に反し、倉敷は自分から行くといってきた。


どういう心境の変化かわからないが、その変化を康太と文は快く受け入れていた。


「そりゃありがとよ。心行くまで使い潰してやるから感謝しろ」


「・・・どういうつもりかわからないけど、これで一蓮托生よ?後悔しても遅いからね?」


「わかってるよ。ったく・・・」


倉敷も自分がらしくないことを言っていることは理解しているのだろう。近くの椅子を引き寄せて乱暴に座りながら不機嫌そうにため息をつく。


苛立ちを隠そうともせずにこういった態度をとるのは珍しい。良くも悪くも倉敷にも多大な影響を及ぼしているようだった。


そんな倉敷に康太は右手を差し出す。


「・・・なんだよ」


「改めてよろしく。修羅の道にご招待だ」


「・・・あの人の仇を討つまでだ。そっから先はいつもの関係に戻らせてもらうぞ。ギブ&テイクのない協力なんて御免だ」


その言葉に、康太は今回のことに関して倉敷は無償で手伝おうとしているということを知って笑ってしまう。


前までの倉敷ならば考えられない。だがその言葉は素直にうれしかった。


「わかってるって。今までだってちゃんと報酬は払ってきただろ?」


「まぁな・・・その分危ない目にばっかり遭ってきたけど」


「その分のリターンはあったと考えろよ。昔よりずっと強くなっただろ?」


「俺は別に強さが欲しいわけじゃねえんだよ。理不尽なことに対して抗おうとしてただけで」


「理不尽なことをはねのけるのにも力がいる・・・今回のことでよくわかっただろ?俺もよくわかったよ・・・毎日師匠の相手をしてたから、すっかり忘れてたけど・・・理不尽な相手に筋を通そうと思ったら、それ以上の力を使うしかないんだ」


それは違うと、文は言いたかった。


理不尽に対して抗うには、力を持つだけが手段ではない。だが、康太がいうように手段の一つであるのは間違いない。


ただ、それしかないわけではないのだ。


康太が危うい道に進もうとしているのを、文は止めなかった。今ここで康太を止めれば、また康太は自責の念に押し潰されるのではないかと思ったのだ。


「お前が言うと説得力が違うな。さすがはあの人の弟子だよ」


「そりゃどうも・・・まぁ、今回のことで身に染みたよ・・・まだまだ弱い・・・まだまだ甘い・・・相手に情けなんてかけていいような身分じゃなかった」


「・・・情けか・・・そんなのかけてたのか?」


「そりゃな・・・相手を殺したいわけじゃないんだ。でも甘かった・・・相手は俺らを殺すつもりで来てるんだ。そんな相手に倒すだけで済ませようなんて甘かった」


康太は基本相手が死なない程度の攻撃を選別する。高威力の攻撃を放つにせよ、手や足といった末端部分に集めることで死亡する確率を極端に下げていた。


だがそれこそが自分の欠点であり甘さであると、康太は理解していた。

理解して、それを改善しようとしていた。


「敵に対して情けをかければ味方がその分危険にさらされる・・・そんな当たり前のことに気付けてなかった」


康太の気配が鋭くなっていく。威圧感が増し、その体からわずかに殺意さえ漏れ始めていた。


その気配の変化に、周りにいる魔術師は気づいていた。


ちょっとしたきっかけがあれば暴れだすのではないかと思えるほどの強い殺気に、わずかに警戒の色を見せていた周りの魔術師だったが、康太の身内は全く警戒はしていなかった。


「康太、目つき悪くなってるわよ。今日くらいは自重しなさい」


「っと・・・そうだな。幸彦さんの前で不細工な面をこれ以上晒すのは良くないな」


康太は自分の顔を近くにあったおしぼりで拭き、すっきりとした顔つきになる。


康太が少しずつ壊れていくのを感じながら、文は内心ため息をついてた。












康太たちが再び集められたのは、幸彦の火葬が終わった時だった。


係りの者に呼び出され集められたその場所で、幸彦の遺体を入れていた炉が開き、その中から幸彦の遺体だったものが取り出される。


「・・・あ・・・」


声を出さずにはいられなかった。鍛えられた幸彦の肉体が、朗らかな笑みを浮かべていた幸彦の顔が、白髪交じりだった幸彦の髪が、何もかもなくなり、ただの骨と化した。


幸彦の体があったときは、まだこれが幸彦の肉体であり遺体であるという意識が強かった。その場で動き出してもなにも不思議はないと思えるほどに。


だが、目の前にある骨を見せつけられ、これが幸彦だと言われ、康太は強い衝撃を受けていた。


幸彦が死んだということを、その意味を、本当の意味で正しく突きつけられたかのような感覚だった。


今まで、誰かが死んだということをこれほど理解させられたことはなかった。人が死んだのだと、初めて見る人の骨を通して康太は強く実感させられていた。


幸彦の骨はほとんどが燃え残っていた。太い骨だ。大きな体を支えられるだけの太い骨が、しっかりと残されている。


だがいくつかの箇所で損傷が見られる。それがどういうものなのか、康太と文、そして倉敷は理解していた。


あの光の筋の魔術によって削り取られたものである。肉も骨も削り取った状態で、それでもウィルの力を借りて戦い続けた幸彦。


死体にも損壊が出てしまっているのはある意味仕方のないことなのだろう。だが、この光景を見て、康太は歯噛みせずにはいられなかった。


心が揺らされるとでも言えばいいのだろうか、体の奥で奇妙な感覚がのたうち回っているかのような独特の感覚に、康太は一瞬眩暈さえしていた。


「・・・しっかりしろ・・・兄さんの前だぞ」


「・・・わかってます・・・!」


すぐ横にいる小百合は毅然とした表情で幸彦の骨の前に立っている。だがその胸中が穏やかではないことくらい、康太はすぐに理解できた。


ここにいる誰もが、幸彦の死に対して思うところがある。その中で、幸彦と強い関わりを持ってきた小百合たちは、特に動揺が大きかった。


長く生きてきた智代は、さすがに年長者だけあって落ち着いているように見える。だがその実、心の中は穏やかではなかった。


遺族と係員が幸彦の体を骨壺の中に入れていく中、康太は端にあった幸彦の骨の欠片を見つめる。


すでに灰になりかけた、触れれば崩れるようなその骨を、康太は手に取る。


予想通り、その骨は康太の持つ力に耐え切れず、粉々になってしまう。灰となって康太の指についたその骨を見て、康太は目を細めた。


「立派な骨ね・・・幸彦らしいというべきかしら」


「・・・あれだけ鍛えていた体が、こうなってしまうというのは・・・少しだけくるものがありますね」


「あら、あなたは最近贅肉がついてきたのではないかしら?」


「最近は康太たちに付き合って訓練していますから、多少はダイエットになっていますよ。とはいえ、全盛期に比べれば肉がついたのは間違いないですが」


智代と奏は自然にそんな会話をしていた。落ち着いた大人の女性という印象を持たせるものだった。

そんな中、春奈が康太の隣にやってくる。ちょうど小百合と春奈が康太を挟んでいるような状況だった。


「・・・何か用か?」


「・・・今回の件、私にも責任がある・・・謝っておこうと思ってな」


「寝言は寝てから言え・・・お前はやるべきことをやった。兄さんもそうだ。こいつも、文も、あの場にいた誰もがやるべきことをやった・・・あの場にいなくてもそれくらいはわかる」


あの場にいなかった私がそれを責めるのはお門違いだ。そう言いたげな小百合の言葉に、春奈は歯噛みしていた。


春奈の中で、まだこの件を消化しきれていないのだろう。当たり前かもしれない。康太も未だ腹の中でもろもろくすぶっているのだ。


特に小百合や春奈は幸彦との付き合いが長い。幼いころ、魔術師になり、二人が一緒に行動をするようになったころにはすでに知りあっていた。


二十年近い付き合いの人間が死んだのだ。二人が思うところがないはずがないのだ。

奏や智代のように、ある程度覚悟して、なおかつ自然にふるまえるほど、小百合も春奈も成熟してはいないのだ。


「だが・・・あの場に私がたどり着いていれば」


「結果は同じだ・・・お前を守ろうと兄さんが動いた。そしてお前をかばおうと、兄さんは戦った。あの人がそういう人だということくらい、お前だってわかっているだろう」


「・・・そう・・・だな・・・そうかもしれない」


しょうがない人だと小百合はため息をつきながら焼け残った手の骨を見て、そして自分の掌を見つめて、その大きさの違いを確認する。


「手出しはするなよ?」


「・・・どういうことだ?」


「あれはこいつの獲物だ。たとえお前でも、私の弟子の獲物を横取りすることは許さん」


「・・・文はいいのか?」


「あれは康太に力を貸しているんだ。だがお前が行けば、お前に康太が力を貸す形になる。それは認められん」


どういう判断基準なのか康太には理解できなかったが、少なくとも小百合が自分の意思を尊重してくれているということはわかった。


その言葉に対して春奈は『肝に銘じておこう』と小さくつぶやいていた。


「普通は、弟子の復讐とかは師匠が止めるものではないのか?私としては、あまり弟子にはそういうことはさせたくないのだが」


文が康太に協力するというのは止められない。だが文が復讐にかかわるというのは春奈としては面白くはないのだろう。


無論文の気持ちもわかるのだ。春奈自身が復讐を考えているからこそ。だがだからこそ、まだ学生の文たちにはそういったことをしてほしくないと考えている。


だが小百合は春奈のそんな言葉に失笑で返した。


「馬鹿を言え。こいつらは確かに私たちの弟子だが、すでに魔術師として活動している。こいつらの活動を縛る権利は私たちにはない」


「だが・・・私たちは師匠として」


「それが気に食わないというのなら力づくで止めればいい。私にもお前にもそれだけの力はある。こいつらを止めたいなら力で押さえつければいいだけの話だ」


小百合らしい言葉に春奈は眉間にしわを寄せてため息をついてしまう。どうしてこいつはこうも暴力的なのかとあきれているようだった。


だがそれが一番手っ取り早い方法でもあるのだ。


「説得はしないのか?」


「してどうなる?康太、お前は私が復讐をやめろといったとして、兄さんの敵を討つのをやめるか?」


「やめませんよ。そんな程度でやめるようなら最初から敵を取るなんて考えてません。それに、師匠がそれを止めようとするなら、師匠を倒してからやればいいだけの話です」


「ほほう、言うようになったな・・・だがそれでこそだ」


この師にしてこの弟子ありといった様子に、春奈は呆れかえってしまっている。


それだけ康太の気持ちが強いのだと春奈は理解している。春奈自身わかっているのだ。口で誰かに言われたところで、止まれるはずがないのだと。


多くのものは口をそろえて言うだろう。


復讐は悲しい、何も生み出さない、無意味だと、憎しみの連鎖を作るだけだと、やめるべきだというだろう。


だがそれでも康太は止まるつもりはなかった。相手が一方的に奪っておきながら、相手から何も奪わないなどあり得ない。


もし、康太が正義の使者や正義の味方だったというのなら、そういった綺麗ごとに耳を貸したかもしれない。


だが康太は魔術師だ。師匠である小百合からも、兄弟子である真理からも、魔術師とは決して正義の側にはない存在であると教えられてきたし、康太自身そうだと思っている。


正義などいらない。そんなものを得るために、この心を偽ることはできない。


「康太君・・・私から言えるのはこれだけだ・・・やめておきなさい。きっとそれは、君のこれからにとって重荷になる。それをずっと抱えて生きていくなんて・・・君にはまだ早すぎる・・・」


心の成熟もしていない状態で割り切れるほど軽いものではない。春奈はそれを十分すぎるほどに理解していた。


そして小百合も。


だからこそ小百合は口を挟もうとしたが、康太の様子を見て、出そうとしていた言葉を飲み込んだ。


「春奈さん、俺はやりたいことを、やりたいようにやるだけです。文や倉敷を巻き込みたくないというのなら、二人の説得は春奈さんがやってください。俺を止めたいのなら、力づくで止めてください」


「・・・言葉では・・・止まれないのか?」


「・・・誰かに言われてやるんじゃない。誰かに言われてやめるつもりもない。俺は、そんなに物分かりが良くないんですよ」


言葉で説得することができたなら、それが一番楽だっただろう。


だが良くも悪くも、康太はそこまで感情を制御しきれていなかった。


誰かに言われてやめる程度の覚悟なら、康太は最初から口に出してなどいない。それだけの覚悟と意思を持って口にしたのだ。


例え止めるのが春奈相手でも、康太は止まるつもりはなかった。


春奈は目元に手を当てて大きく深呼吸する。康太の言葉の節々に小百合と、そして幸彦の口調が混じっていることに、少しだけ思うところがあったのだろう。


何より、自分がそうできないことに春奈は不甲斐なさを覚えている。康太のように率直に動くことができればどれだけよいかと、康太と小百合を少しだけうらやましく思っていた。


「・・・わかった・・・こいつと一緒で、何かを言ってどうするというタイプではなかったね・・・私にできることがあったら言いなさい。力になろう」


「・・・ありがとうございます」


春奈は納得していないようだったが、もう止められないということは理解したのだろう。骨壺に納まった幸彦の骨を見て大きくため息をついた。


苦労を掛けられるのは今に始まったことではない。小百合と一緒に行動してからずっとそうなのだ。

心労をかけるのが二人に増えただけ。ただそれだけの話である。


幸彦の骨がすべて骨壺の中に納まり、遺族がそれを持って移動していく。ここから先は遺族だけが立ち会う。康太たちがいられるのはここまでだ。


骨壺が出発していくのを見送り、康太はその姿をずっと見つめ続けていた。


「康太、今日は少し体を動かしたい気分だ。付き合え」


「わかってます。俺も今日は訓練がしたいと思ってたところです。いくらでも付き合いますよ」


決意を新たにした康太と、不満がたまっている小百合。今日の訓練は激しくなりそうだなと、真理とアリスは小さくため息をつく。


幸彦の残したものは大きい。それが良いものなのか、悪いものなのかはわからないが、少なくとも康太に明確な目標ができた。


幸彦を殺した相手を、殺すという目的が。


日曜日、誤字報告たぶん五件分たまってるってことで三回分投稿


活動報告を1件投稿しました


これからもお楽しみいただければ幸いです

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