Dの変化
その緊張を見てアリスはやはりなと小さくため息をついた。
「その様子だと、何となく私が言いたいことはわかっているのだろうな・・・コータ、お前は一体何をした?」
アリスの言葉に康太は思い当たる点があるといえばあった。だが具体的に康太が何をしたというわけではないために返答に困ってしまっていた。
「何をって言われても・・・俺は別に何も・・・」
「していないはずがないのだ。お前は何かをしたはずだ。出なければお前の中のデビットが変化する理由がない。お前は何かを見たはずだ」
アリスの鬼気迫る追求に、康太は眉をひそめてあの時見た光景を思い出していた。
なぜアリスが何かを見たということを知っているのか、そのことを考えた時にアリスが記憶を読みとる魔術を使えることを思い出す。
かつて文に教えた、人の記憶を視覚化してみることのできる魔術。もっとも視覚化するだけではとどまらない場合もある魔術だが、アリスがその魔術を使ったのではないかと康太は眉をひそめた。
「・・・記憶でも読み取ったのか?」
「そうしてもよかったがな・・・あいにくと誰かの記憶を勝手に読み漁るほど落ちぶれてはいない・・・コータ、私はまじめな話をしているのだ。真剣に聞け」
アリスの言葉に康太は困ったような表情をする。実際何を見たのかといわれると、康太自身あれがいったい何だったのか、うまく整理できていないのだ。
あの時、いろんなことがありすぎた。未だに康太の脳はあの時のことを鮮明に思い出させてくれない。
強烈な感情の波が襲い掛かったのは覚えている。様々な感情が康太の中に湧き上がっては押し流されていき、頭と心がぐちゃぐちゃにされ、そしてまったく別の光景を見たのは覚えている。
そしていつの間にか、自分自身が、あの時のデビットと重なったような、そんな気がしたのだ。
「・・・俺にもわからないんだよ・・・あれが何だったのか・・・必要なら記憶を読んでくれても構わないぞ?」
康太の言葉に嘘がないということをアリスも察したのか、あきらめたように小さくため息をつくと康太の額に手を伸ばした。
「・・・そういうのなら遠慮なく・・・余計なものを見てしまうこともあるだろうが、そのあたりは許せよ?」
「わかってるよ。さっさとやってくれ」
あの光景が何だったのか、あの感覚がいったい何だったのか、康太は知る必要があると感じていた。
そういう意味ではアリスが最も適切な人選であるということを、康太は確信していた。
デビットがアリスのかつての弟子であるという事実を知らずとも、康太はこれが最善であると、何となく理解していたのだ。
それが康太の勘なのか、それともただ単にアリスという最上級の魔術師が原因なのか、その理由に関しては康太自身わかっていなかった。
「ではいくぞ。ゆっくりと深呼吸して、心を落ち着かせろ」
人の記憶を読み解くのに、リラックスできている状況というのは重要であるらしい。康太はアリスに言われたままゆっくりと深呼吸して心を落ち着かせる。
そうして康太がリラックスしていくのを見て、アリスは康太の記憶を読みとり始める。
康太の記憶が次々とアリスの中に流れ込む中、アリスはそれを早々に見つけていた。
かつて神加の記憶を読みとった時と似たようなそれがアリスには見えていた。
正常時においては順々に流れていくテープのような映像や画像や音声、だがその部分だけが、最近の康太の記憶の中でその部分だけが引きちぎられ引き裂かれ切り刻まれているようだった。
そしてアリスがその部分を何度も何度も、繰り返し読みとっていくと、自然とアリスの瞳から涙があふれてできた。
かつての弟子が見た光景を、かつて魔術を教えた未熟な神父が感じた絶望を、康太を通じて、アリスは読み取っていた。
「・・・ん・・・アリス?大丈夫か?」
「・・・あぁ・・・問題ない・・・しっかりと理解できた。お前の状態も、デビットの状態もな」
未だにあふれ出る涙をぬぐいながら、アリスは近くにあったティッシュ箱を手元に引き寄せるといくつもティッシュをつかみ取って思い切り鼻をかむ。
豪快な音とともに、少しだけすっきりした面持ちでアリスは康太をわずかににらむ。
「大丈夫か?何なら時間を空けるくらい」
「必要ない・・・それよりコータ、少しデビットを出してみろ」
「・・・わかった」
康太は体の中にいるデビットに呼びかけ、黒い瘴気を噴出させていく。黒い瘴気は康太の体を包むように展開しながらも周囲に瘴気をまき散らしていく。
康太の体を包むその瘴気が、服のようなものをかたどっているのをアリスは気づいていた。
「それで私の魔力を吸ってみろ。違いが判るはずだ」
「いいのか?それじゃあ・・・あれ?なんか吸える量が増えてる?」
Dの慟哭で吸える魔力が、今までのそれとは格段に異なっていた。体感で以前の倍近い魔力を吸い取っている。
もっともそれでも封印指定百七十二号の本領には程遠いが、その変化に康太は初めて気が付いていた。




