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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
二十七話「残され、継ぎ、また少しだけ」

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明確な目的

通夜が一通り終わったころ、康太は幸彦の両親のもとにやってきていた。


六十代半ばといったところだろうか。髪は白髪が多く、顔にはしわがいくつもある。だが両者に言えるのは背が高く、なおかつ背筋が良いことだった。


幸彦の両親だけあって体格もいい。何かスポーツをやっていたのではということを彷彿とさせる体格を前に、康太は全く動じることなく前へ出る。


「初めまして。ご挨拶が遅れ申し訳ありません。八篠康太といいます。幸彦さんには、いつもお世話になっていました」


焼香の時のように深々と頭を下げた康太をみて、幸彦の両親は一瞬顔を見合わせた後で苦笑する。


「君が康太君か・・・小百合ちゃんが連れてきた時点でそうじゃないかと思ったよ。大丈夫かい?だいぶ傷だらけだけど・・・?」


「このくらいいつものことです。気にしないでください」


気にしないでと言われても、客観的に見ても康太の体は満身創痍というにふさわしい状態だ。


主に打撲や痣ばかりだが、それでも目に見える程度にはボロボロの体を見て幸彦の両親は困ったような表情を浮かべている。


「幸彦さんを助けられなくて・・・すいませんでした・・・俺があの時、もっと早く駆けつけていたら・・・違う結果に・・・」


康太がそういうと、幸彦の母親らしき人物が康太の肩に手を置く。


その手は康太がそれ以上口を開くことを許さなかった。独特の圧力とでもいえばいいだろうか。


小百合のそれとも、奏のそれとも、もちろん幸彦のそれとも違う。どこか暖かい、包み込むような圧力があった。


威圧というのとは少し違う。康太がその感覚を確認しようとしていると、幸彦の母親はゆっくりと康太の肩を叩いた。


「あなたがあの子のために頑張ってくれたことは知ってる。何度も助けられたってあの子は言ってたわ。あなたは胸を張っていいの。小百合ちゃんにもそういわれたでしょう?」


「・・・ですけど・・・」


「・・・まぁ、そう簡単に納得できる話でもない・・・康太君、君はこれからどうするつもりだい?」


「・・・どう・・・とは?」


質問の範囲が広すぎて康太は困惑してしまった。


どうするのか。これから魔術師としてどのように活動するのかということなのか、この後の予定を聞いているのか、それともこれからの生活のことを言っているのか。


幸彦の父親は笑いながら、だが真剣なまなざしで康太の方を見た。


「君が幸彦のことを慕っていたのは知っている。あいつがいろいろと君に教えていたことも。でもね、君がその責任を負うことはないし、君が気にするようなことでもないんだよ。あいつは魔術師として行動して、魔術師として死んだんだ」


その言葉に、康太は内臓を鷲掴みにされたような感覚に陥る。


誰かが言うのならまだわかる。だがそれを実の父親であるこの人がいうのかと、そう思ってしまったのだ。


ただ単に、強がっているのかもしれない。康太が気に病まないように、気丈にふるまっているのかもしれない。


だがそれでも、その言葉を、実の父親である彼の口からは聞きたくなかった。


死生観の違いとでもいうのだろうか。魔術師になってから一年半程度しか経過していない康太と、もう何十年も魔術師として過ごしてきた彼らでは、考え方にも感じ方にも違いがある。


それくらいは康太にだって理解できる。


だがそれでも、それを理解してもなお、納得できないことがあった。


「そうよ、あの子は良くも悪くも未熟だった。だから死んでしまった。あなたがそんな顔をする必要はないのよ」


父親だけではなく、母親までもがそのようなことを言う。


康太は納得できなかった。そしてそんな康太の様子を見て、まずいと思ったのだろう。文が康太のそばに寄り、先ほどの康太と同じように頭を下げる。


「最後に幸彦さんと行動を共にしていたのは私です・・・あの時、幸彦さんは私を逃がして自分だけ立ち向かっていきました・・・私にもっと力があれば、幸彦さんはあんなことにはならなかった・・・幸彦さんは決して未熟なんかでは」


「違うわ。あなたのような優秀な魔術師と共闘して状況を乗り越えようとしなかった。それがあの子の未熟なところよ。自分で抱えられるものの限度を理解できなかった落ち度はあの子にあるの」


それがたとえ康太と文を気遣った言葉だとしても、たとえそれが、まだ学生である二人に幸彦の死という責任を感じさせないようにするためだとしても、その言葉は、康太には聞き流せなかった。


「その通りだ。これだけ優秀な魔術師が周りにいながら、その力を借りようとしなかったのはあいつの失態だ。協力し合っていれば、もっと別の結果もあっただろう。だがあいつはそれを拒んだ。結局、自分一人でできると勘違いした結果だ」


それがたとえ、幸彦を育てた両親の言葉だとしても、それがたとえ、幸彦の肉親の言葉だとしても、康太はその言葉に我慢ができなかった。


握り拳を作り、明らかに怒りを蓄えているその様子に、文は最悪康太を気絶させることも視野に入れていた。


さすがにここで暴れさせるのはまずいと文が覚悟を決めた瞬間、その声は聞こえてきた。


「そのあたりにしてくれないかしら?あの子は私の弟子だったのよ?」


その声の主は小百合や幸彦の師匠でもある智代だった。


穏やかな声の奥にも鋭さがある。ゆっくりと康太たちのもとに歩み寄ってくるその姿は優雅というほかない。


だが康太はそれを感じ取っていた。


今智代は、非常に不機嫌であると。


小百合のような直接的な、むき出しの刃物のような怒気ではない。まるで幾重にも隠され、刃をしまわれているかのような怒気だった。


その気配に気づけたのはほんのわずかだっただろう。智代の怒りに気付いている奏と小百合は、わずかにこちらに意識を向けている。もし何かがあったときは対応するつもりのようだった。


「智代さん、ですが不肖の息子が、これほどまでに周りの方に慕われていては・・・逆に申し訳ないというものです」


「それでも、あなたの息子を想って悲しんでいる人の前では、言葉に気をつけなさい?私もその一人なのよ?」


「・・・っと・・・失礼・・・私たちの息子ではありましたが、あなたの弟子でもあったんでした」


智代が康太以上の怒りを秘めているということを気づいた康太は、自らの怒りを収めていた。


いや、怒りは未だに心の中にくすぶっている。


とはいえこの場でそれをぶちまけるのは少し違う。康太が怒りを向ける矛先はすでに決まっているのだ。


「あの子は優しすぎる子だった・・・周りの誰かを見捨てるということができなかったのよ。あなたたち二人からすれば未熟だったのかもしれない。けどね、できないとわかっても、あの子は行動したの」


「・・・自分にできないこととわかっていてやったのであれば・・・それはもう救いようがないではないですか」


「・・・そうね・・・たぶんあの場の誰もあの子を助けてやれなかったと思うわ。あの子自身がそう決めてしまったのだもの・・・でもそれでも、この子たちは、あの子を・・・幸彦を助けたかったのよ」


そういって智代は康太の背をそっと押す。


康太が智代の怒りを察していたように、智代もまた康太の怒りを察していたのだ。


わかっているから、自分の言いたいことを言いなさいと、智代が言ってくれているかのようなその手に、康太はゆっくりと深呼吸をしてから幸彦の両親の前に立つ。


「先ほど、これからどうするのかと、聞かれましたね」


「あぁ・・・そうだね。話の続きだった。すまない、話がそれてしまったようだ」


「構いません。俺の中で、もう答えは出ています」


「ほう、聞かせてくれないかな?」


どう答えるのがベストなのか、康太には分らない。誰が何と言おうと、幸彦を死なせてしまったという罪悪感がぬぐえることはない。康太の中から後悔が消えることはない。


「俺は、幸彦さんの敵を討ちます」


ならば、康太は、それをすべて背負うと決めた。自らの中に宿しながら、それを幸彦の敵にすべてぶちまけると決めた。


もとより決めていたことだ。自分の気に食わない魔術師を倒す。それは康太が魔術師として行動するための基本方針の一つ。


その対象が少し増えただけの話だ。康太にとっては何も変わらない。だが、明確な目標が一つできた。

目標というよりは、標的ができたというべきだろうか。


「いや・・・君がそんなことをする必要は・・・」


「あります。俺がそれをやりたいからやるんです。誰に言われたからでもない」


僅かに康太の体から黒い瘴気が漏れ出すのを見て、近くにいたアリスがわずかに眉を顰める。


だがその黒い瘴気はわずかに漏れるばかりで、それ以上広がることも、形を成すこともなかった。


まるで康太の意思に呼応しているかのようなその反応に、アリスは口元に手を当てて悩み始めている。


「俺はあの人にたくさん教わった・・・何度も鍛えられたし、お世話になった。その人を殺したあいつらが許せない・・・!だから・・・あいつらを叩き潰す・・・!」


その目がわずかに狂気に染まる中、幸彦の両親はすでに笑みを浮かべることができない状態にあった。


康太のすぐ横にいる智代が、少しだけ康太の方を見てからゆっくりと息をつく。満足したのか、それとも不満なのか、康太の答えにどのような感想を抱いたのかはさておき、智代はそれ以上、口を挟むつもりはないようだった。


「だが、復讐なんて・・・君はまだ若いのに、そんなことをする必要は」


「必要があるとかないとか、そういう話じゃないんです。俺がそうしたいからする。何か問題がありますか?」


やりたいことを、やりたいようにやれ。それが師匠である小百合の教えであり、康太がそうしようと決めたことでもある。


康太が復讐をしようと決めたのも、復讐をしたいと思ったのも本心からだ。誰かに言われたからでも、強制されたからでもない。


康太にとってそれは、魔術師になって初めて、自分の命を懸けてでもやり通したいと思った事柄だった。


「・・・いいのか小百合、あの子は本気だぞ?」


康太の復讐の宣言に、奏は眉をひそめていた。幸彦の敵を討ちたいという気持ちが、奏だってないわけではない。


可能ならば、幸彦を殺した相手を自分の手で、そんなことすら考えてしまっているほどだ。


だがそれをまだ若い康太がやろうとしているということに、少しためらいがあった。


奏や小百合のようにある程度自立し、自らの行動に責任のとれる大人であればそれも一つの手段と取れるだろう。


だが康太のように若く、自らの行動がどのような結果を及ぼすのかを正確に理解できていないような時点でそのようなことをさせるのはどうかと思ったのだ。


「止めるだけの理由はありません。あいつがやらなければ私がやるだけの話です」


「私たちがやるのとはわけが違うぞ。あの子はまだ高校生だろう?あんな若い段階で・・・そんなことを考えるなんて・・・それにあの子は・・・幸彦の敵を殺すつもりだろう?」


康太が意図的に殺すという直接的な言葉を使わなかったのは、本人が殺害という手段を忌避しているということでもあり、同時にそれこそが復讐になると理解しているからだろうと奏は考えていた。


実際に康太は幸彦の敵を殺すつもりでいた。どのような方法かまでは決めていないが、確実に息の根を止めると決めていた。


まだ高校生の康太にそのようなことをさせるのは、大人としては止めなければならないと奏は考えているのだが、小百合の考えは違っていた。


「あいつがそうしたいというのなら私からは言うことはありません。師匠がいつも言っていた通りです。やりたいことを、やりたいように。私もあいつにそう教えた」


「・・・だが、やりすぎた場合は止めてやるべきだと、真理を弟子にした時に教わったはずだぞ?忘れたとは言わせない」


「もちろん覚えていますよ。ただ今回に関しては、やりすぎではないと、そう思いますよ。少なくとも私は」


先ほど小百合が口にしたように、康太がやらなければ小百合がやるだけ。小百合は康太がやる以上に惨たらしく相手を殺すつもりだった。


自分の兄弟子を殺されて、自分の弟子があそこまで後悔して、何も思わないほど小百合は薄情ではなかった。


「幸彦も、あの子が仇を取るなんてことは望んでいないだろう・・・その前に私たちがケリをつけたほうが・・・」


「弟子の獲物をとるほど落ちぶれてはいないつもりですよ。あれは魔術師になってから初めて、強くなる以外の明確な目的を決めたんです。師匠としては喜ばしいことですよ。それが兄さんの敵討ちというのは・・・少々複雑ではありますが」


それがたとえ幸彦の遺志に反したとしても、小百合は康太の歩みを止めるつもりはないようだった。


小百合も思うところがあるのだろうが、康太がそうしたいと思う気持ちを優先するようだった。


本心で言えば、小百合自身が件の魔術師を殺したいと思っているほどだ。幼いころから世話になった兄弟子を殺され、胸中穏やかではないのは小百合も同じ。無論奏も同じだが、成熟した精神によってまだ自制することができている。


だが心身ともに未熟な康太はそうもいかない。体や行動が感情に左右されてしまうことがしばしばあるのだ。


そんな状態で戦えるかはともかく、少なくとも小百合は生き残る術を、戦う術を今まで康太に教え続けてきた。


あとは康太がそれを活かせるかどうか。


弟子の戦いを補助する師はいても、それを邪魔する師はいない。


「姉さん、康太の手助けをすることはしても、邪魔することはしないでください。あれは私の弟子の戦いです」


小百合の真剣なまなざしと声音に、奏は渋い顔をして悩んだ後、あきらめたように大きくため息をつく。


「・・・わかった・・・私の弟子にもそう伝えよう・・・だがな小百合、真理と違ってあの子はまだ魔術師としての経験が少ないんだ。そのあたりはちゃんと考えておけ」


「問題ありません。あれには優秀な相棒がいます。不足分はしっかりと補ってくれるでしょう」


「・・・あぁ、文か。確かにあの子は優秀だが・・・あの子まで巻き込むつもりなのか?」


「あれは康太が行動すれば一緒に動くでしょう。それに・・・心を落ち着かせることに努めていますが、この中で一番思うところがあるのは・・・おそらく文でしょう」


「・・・そうか、確かにそうかもな」


直接死に際を見た康太よりも、一緒に戦うことができず、逃がされた文の方が精神的な動揺は大きい。

自分にもっと実力があれば、何度もそう考え、だが自らの不足分を理解してなおかつさらに前へと進もうとしている。


「康太と違って・・・激しく落ち込んでいるようなそぶりはないが・・・」


「あれはあのバカの弟子です。教えるべきことは教えているということでしょう・・・本当にあのバカにはもったいない逸材です」


「・・・お前はずいぶんと文を買っているんだな」


「人並み程度には・・・ですがあれも今はいっぱいいっぱいでしょう。やることを増やして考える暇を作らないようにしているだけのように見えます。そのあたりは・・・おそらく相互に補完しあうでしょう」


「・・・良くも悪くも、相方次第ということか」


康太と文。ともに精神的に大きな不安材料ができてしまった。だが二人は目標を定めることでそれを乗り越えようとしている。


それが正しいことなのかはさておいて、康太と文は、すでに前を向き始めていた。


復讐と、反撃を胸に。


誤字報告を10件分受けたので三回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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