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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
二十七話「残され、継ぎ、また少しだけ」

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無駄じゃない

「・・・どんな顔して・・・行けっていうんですか・・・」


かすれた声で、康太は小百合にそう告げる。自分では顔も上げられず、体に力が入らないのか握り拳すら作れない状態で悔しそうに歯噛みしていた。


そんな康太の様子を見て、小百合は舌打ちしながら康太の胸ぐらをつかんで強引に立たせる。


「お前がどんな面をしていようと関係ない。私は出ろと言っているんだ」

「・・・だから、俺がどんな顔をして行けと・・・?幸彦さんを助けられなかった俺が・・・!俺のせいで・・・俺が・・・!俺がもっと」


「自惚れるな。お前がどんなに強くなろうと、お前があの場で何をしようと、結果は変わらん。お前のような未熟者があの人を救うなんてできるとでも思ったか?」


康太は確かに強くなった。小百合はその成長を間近で見ていたからこそ断言できる。だがだからこそ、康太の未熟さもよく理解していた。


康太は未熟だ。技術面でも精神面でも、魔術師としては粗削りな部分が多すぎる。だからこそ今こうしてどうしようもないことに悩み、うなだれている。


そんなことをしても何もならないのに。


「お前がどうあろうと、どうありたいと願おうと知ったことではない。お前にとっての理想が、あの人を助けることだったとしても、そんなことがお前にできるならあの人はそもそも死ななかっただろう」


理想通りに物事が進むなんてことはありえないんだよと暗に告げながら、小百合は康太の胸ぐらをつかんだまま引きずって強引に康太を連れ出そうとする。


抵抗しようとするも、康太は体に力が入っていなかった。長い間水も食べ物も口にしていなかったせいか、体がいうことを聞いていないのだ。


「やめてください・・・師匠・・・!俺は・・・!幸彦さんに合わせる顔なんて・・・ありませんよ・・・!」


「それがどうした。お前に合わせる顔がなかろうとお前がいくら不甲斐なくて情けなかろうとそんなことは知ったことではない。私が出ろと言っているんだ。それ以外にお前が通夜に出席する理由は必要ない」


康太の感情も理屈もすべて無視して、小百合は自分の都合を通そうとしている。無茶苦茶だ。慰めるつもりも、奮い立たせるつもりもない。


自分のわがままを通したい。ただそれだけのために小百合は今こうして行動している。


それができるだけの力が彼女にはある。そしてそれに抗うだけの力が、康太にはない。


「そんな様を見せつけられた方が、あの人は悔やむだろうよ・・・何もせず、ただ時間だけを浪費する・・・そんな馬鹿が何をしようと、結果は変えられん・・・お前がそのままなら、お前はまた誰かを見殺しにするぞ」


小百合の言葉に、康太の中の何かが弾けた。


胸ぐらをつかんでいる小百合の腕を振り払い、バランスを崩しながらも小百合から離れ、荒く息をつく。


「俺だって・・・俺だって見殺しにしたかったわけじゃない!戦って・・・!間に合わなくて・・・!助けようとした・・・!でも・・・間に合わなかった・・・!」


「・・・言っただろう、お前のような未熟者では結果は変えられんと。あの人が変えられなかった結果をお前が覆すなんてことができると思うな」


「それでも!あの場にいたのは俺だ!俺たちなんだ!何かを変えられたのは俺たちだけだったんだ!あの場にもいなかった師匠じゃない!」


その言葉に、小百合の眉がわずかに動く。


息を荒立てながら小百合と向き合う康太は、自らの感情をむき出しにして、目の前にいる小百合をにらむ。


あの場にもいなかった人間が大層なことを言うなと、その瞳は語っていた。


「・・・なるほど・・・それで、私の指図は受けんと・・・そういうことか・・・」


康太は小百合の言葉に無言で返す。もはやいうことはないというかのように、ただ小百合をにらむだけだった。


そんな康太に、小百合は満面の笑みを浮かべた。


「・・・なら・・・ちょうどいい。力づくでも連れていくまでだ。ちょうどイライラしていたところでな・・・!」


拳を鳴らしながらそういう小百合に、康太は力が入らないながらも戦闘態勢をとる。


「鬱憤晴らしに付き合ってもらうぞ」


小百合のその言葉と同時に、康太の腹部に小百合の蹴りがめり込んだ。


康太の体は弾けるように後方に飛ばされ、床を何度も転がりながら止まる。


小百合は到底戦えるような恰好をしていない。一般的な喪服を着ているというのに、その動きは今までのそれと全く変わらないかのような洗練さを持ち合わせている。


「どうした、立派なのは口だけか。そんな軟に鍛えた覚えはないぞ」


小百合の言葉に、康太は歯をくいしばる。無手とはいえ、小百合に勝てる気はまるでしなかった。


だがだからといって、言われるがままに小百合に従うのだけはごめんだった。


腹に鈍痛を抱えながら、康太は立ち上がろうとする。


コンディションは最悪だった。水も食事も満足にとっていなかったせいでまともに集中することもできていない。


力も入らず、視界も定まらない。そんな状態で小百合を相手にするなど無謀極まる行動だった。


立ち上がろうとしている康太を見て、小百合はあきれながらその体を蹴り飛ばし、踏みつける。弟子だからという容赦は、もとより小百合には存在していなかった。


「そんなだから・・・お前は肝心なところで後悔することになるんだ。力もないのに高望みをして無駄なものを抱え込んで・・・そうして勝手に絶望して、そんなもの、最初から抱かなければよかったんだ」


その言葉に、康太は今までのすべてを否定されたような気がした。デビットに会い、多くのものの死を体感した。ウィルに会い、多くのものの絶望を感じ取った。それらは今康太の中の経験として蓄積されている。


多くのものの抱えた思いを、すべて否定された気がした。


瞬間、康太の体がわずかに発光する。


「違う・・・!」


小百合はその変化に気付いた瞬間、康太の体から足を退ける。


康太の体がわずかに発光し、その体から電撃が漏れ出しているのだ。


「無駄じゃない・・・!無駄なんかじゃない・・・!」


康太の感情に、その怒りに呼応してそれは起きていた。その体から放たれる電撃は康太の体にまとわりつくように帯電していく。


痛みに耐えながら、それでも立ち上がる。力を込めるのにしたがい、体にまとわりつく電撃は強くなっていった。


「苦しんでるやつを・・・助けてって叫んでるやつを助けようとして・・・何とかしようとして、何が悪い!」


康太の叫びに呼応して、放たれる電撃が強くなっていく。それを見て小百合は眉をひそめながらも、それでも笑っていた。


どちらにせよ、小百合のやることは変わらない。弟子相手に禅問答をするつもりは毛頭なかった。もとより小百合の目的はただ一つなのだ。


康太は自分の状態を正確に把握できていないようだった。目の前にいる小百合に対して抵抗する、その意志だけでこうして動いている。


なにより、自分の体の状態を把握できるほど、康太には余裕がなかった。


そんな康太の状態を、小百合はほぼ正確に把握していた。何せ小百合は、似たようなものをかつて見たことがあるのだから。


精霊による、術式の強制発動。


かつて神加の中にいる精霊たちが、神加を守るために術を発動したのを小百合は見たことがあった。


もはや術ともいえない、魔力をただ浪費して不格好な形で発動を続けるような雑な発動ではあった。


康太の今の状態はそれに近い。康太の中にいる雷属性の精霊が、康太の強い感情にひきつけられて攻撃の態勢を取ろうとしている。


今までまともに康太と交信がとれていなかった精霊が、今どのような状態になっているのか小百合には到底理解できない。


だが目の前にいる康太とその精霊が、今少しずつ変わり始めているということに、小百合は気づいていた。


「悪いとは言わん・・・だが、無駄なものを抱えているからこそ、お前は本当に大事なものをこぼれ落とすんだといっている!」


小百合は康太めがけて拳を振るう。その拳が康太に触れるたびに、康太が纏っている電撃がわずかに小百合に痛みを与えていた。


触れるものにダメージを与える。単純かつ面倒な術のようだった。とはいえその出力はお世辞にも高いとは言えなかった。


静電気をほんの少し強くした程度でしかない。体の動きを阻害するにも至らないその電撃では小百合の猛攻を防ぐことはできなかった。


康太も何とか対応しようとしているが、体調もよくない状態で小百合に勝てる道理はなかった。


回避し、反撃しようと拳を振るおうとした瞬間、逆に踏み込まれ完全にカウンターを合わせられてしまう。


顔面に小百合のカウンターが直撃すると、康太は体が後方に運ばれる。一瞬意識が喪失した瞬間、康太の中で光が走る。


たたらを踏みながら、康太は意識を保ち、ゆっくりと体勢を立て直す。完全に意識を断ち切った攻撃だと思っていただけに、小百合は少しだけ怪訝な表情をしていた。


だがそれも一瞬だけだ。一撃で沈められないのであれば二発三発と叩き込むまで。


最初から康太相手に一撃で終わらせるつもりはなかったのか、それとも一撃で終わらせられなくてよかったと思っているのか、小百合は喜々として康太を痛めつけ続けた。


文字通り八つ当たりのように見えるその攻撃は、苛立ち、強い感情を抱いているにもかかわらずいつも通り、いやいつも以上に鋭く、重かった。


康太が攻撃を受け、意識が喪失しそうになる瞬間、再び康太の体の中で鼓動のような光がともる。


そのたびに意識が覚醒させられ、康太は我武者羅に小百合に対して拳を振るおうとした。


もはや意識があるのかないのか、傍から見ればわからないような状態になりながらも反撃しようとする康太を見て、小百合は笑っていた。


かつての自分を見ているようで、懐かしく、同時に嬉しくもあり、悔しくもあった。


自嘲気味に笑う小百合の拳は康太の顔面にめり込み、康太の拳は小百合に掠りもしない。現時点での実力差をまざまざと見せつけるかのような結果に、康太の膝がわずかに崩れる。


いくら意識を保とうと、いくら精霊の力を借りようと、康太の肉体が限界に近付いているのだ。


そんな状態でいつまでも戦えるはずがない。


小百合は康太の顎を思いきりアッパーで打ち付けると、全体重を乗せた回し蹴りを康太の顔に放つ。


康太の体は回転しながら地面に薙ぎ倒され、その場に力なく転がる。久しぶりにここまで痛めつけたなと、小百合が小さくため息をつき、自分の拳にできたわずかな火傷を見つめていると、康太の体が不自然な挙動をしながら立ち上がるのが見えた。


意識は完全に刈り取った。小百合の体に残る手ごたえがそれを確信させる。


だがその体は立ち上がった。康太がいかにして意識を保ったのかはわからないが、その光景に小百合はわずかに目を疑った。


とはいえ康太も意識が朦朧としている。どうやら康太が意識を保てているのは康太自身の力によるものではないらしい。


強制的に意識を覚醒させられているのだということに気付いた小百合は目を細め舌打ちをする。


無駄じゃない。


先ほどの康太の言葉が、小百合の頭の中で反芻されていた。


康太が抱え込んだものが、今康太の力になろうとしている。未だ康太との連携もとれず、康太を強引に立ち上がらせる程度しかできていないが、その些細なものは、間違いなく康太の力の一部になりつつあった。


「・・・まったく・・・お前はどうしてそうなんだ・・・」


抱えこんで、そして悩んで、だがそれを力にする。


力にできているのはほんのわずかなものでしかないかもしれない。悩んだ時間と消耗した労力を比較すると、明らかに採算が合っていないかもしれない。


だがそれでも、康太は少しずつ力に変えていた。それが圧倒的に非効率でも、それが明らかに間違っていても。


「あぁ、お前は本当に・・・」


小百合の拳が再び康太の意識を断ち切るのに、そう時間はかからなかった。


土曜日なので二回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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