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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
二十七話「残され、継ぎ、また少しだけ」

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彼の人望は

幸彦の通夜は小百合が出て行ってから少ししてから開始された。


多くの魔術師に囲まれながら、知ってか知らずか全く淀むことなく読み上げられるお経に自然と周囲は静かになっていく。


お経が読み上げられ始めてからもどうにか暇を見つけてやってきたのか、何人か遅れて魔術師がやってくる。


こんなに多くの人がやってきてくれるなんてと、幸彦の両親は驚いているようだったが、幸彦はそれだけのことを積み重ねてきた魔術師だったのだ。


周りからすれば人の好い魔術師だった。苦労性で、デブリス・クラリスという面倒ごとを自動供給するような弟弟子を持ちながらそれでも協会に貢献し続けた。


依頼という意味でも、交友関係という意味でも、幸彦という存在は大きかったのだ。


通夜に参加したところで何が変わるわけでもない。幸彦はすでに死んでしまったのだ。恩を感じていたものも、幸彦に助けられたものも、すでにそれを返す相手もいなくなってしまった。


何も変わらない。焼香を上げても、手を合わせても何も変わらない。だが何かせずにはいられなかった。


魔術師でありながら死者の冥福を祈るなどと、聞く人が聞けば失笑するかもしれない。


だがそれでも、この場にやってきた魔術師の多くはそうせずにはいられなかったのだ。もうどうしようもないからこそ、せめて少しでも安らかにと。


今まで忙しすぎたのだから、少しでも休んでほしいと、その両手を合わせて祈る。願わくば、少しでも、ほんのわずかでも、この祈りが死した幸彦に届くようにと。


そんな中、息を荒くしながら一人の男性が入ってくる。


文はその人物を知っていた。何度もあったことのある、だが素顔は一度しか見たことのない人物。


日本支部支部長、彼もまた幸彦の死に対して何もせずにはいられなかった魔術師の一人である。


支部長は幸彦に対して多大な恩がある。小百合とほぼ同世代の彼にとって、幸彦という魔術師は頼りになる存在だった。


小百合が毎回起こす面倒ごとを片づけるのに、必要とあらばいつだって手を貸してくれた。


表立って動くことはなかったが、彼がいてくれたからこそ支部長は今の立場に立ち続けることができているのだ。


幸彦が助けていなければ、きっと今頃過労死していただろう。


「・・・間に合ったかな・・・?まだそんなにお焼香始まってないよね?」


「はい、大丈夫ですよ・・・来てくださってありがとうございます」


文の近くに駆け寄り、周囲の状況を確認しながら空いている席を探す支部長。すでにかなりの人がいるために空いている席はかなり少なくなってしまっている。


「来ないほど恥知らずじゃないさ・・・彼には本当に世話になったからね・・・こんな形でないと返せないのが・・・すごくもどかしいけれど・・・」


息を整えながら、支部長は空いている席に座ると自分の焼香の番が回ってくるまでゆっくりと息を吸い、手を合わせて祈り始めた。


「こうしていると、幸彦さんの人望の厚さがうかがえますね・・・さすがというか・・・すごいなって思います・・・」


周りには聞こえないような小さな声で、文は近くにいる奏にそう囁いた。幸彦の生き方が正しかったのだと証明するかのような光景に、感動しながらも、同時に後悔の念が強くなっていく。


どうして自分はあの時、もっと強く幸彦を連れて行かなかったのかと。


「そうして身を滅ぼしたんだ・・・褒められるものではない・・・だが、あいつらしいといえばあいつらしいさ・・・」


奏は小さく笑みを作りながらも、その声音はあまり良いものとは言えない。


兄弟弟子が死んだのだ。どんな死に方であれ、どんな経過があれ、それを喜ぶことは奏にはできなかった。


「文・・・幸彦のように人望の厚い魔術師を目指すのは構わない。だが、どんなことがあっても、誰かよりも自分を優先できるようになってくれ」


「・・・それは・・・幸彦さんのようにならないように・・・ということですか?」


「・・・良くも悪くも、あいつは周りがよく見えている魔術師だった。だから周りを助けようとするのに、どういうわけか、あいつはいつも自分が見えていないんだ」


「・・・自分が?」


自分が見えていない。奏のその言葉に文は首をかしげる。


「周りを助けようとするばかりで、あいつは自分を助けようとしないんだ。誰かを助けて、それで自分が傷ついて、他の誰かがどんな想いをするのか・・・あいつは結局、最後までわからなかったんだな」


閉じていた目を薄く開いて、奏は遺影として掲げられている幸彦の写真を見る。


朗らかに笑っているその姿は、かつて就職した時に彼の家族が撮った写真を切り取ったものだった。


「私の弟子は、いつだって自分のために動くようにと教え込んだ。だが文や康太、そして神加は、少し不安なんだ」


「真理さんは?」


「あの子は大丈夫だ。あの子ほど自分のために動く人間もそういない。あの子は半ば私が育てたようなものだぞ?」


小百合が指導者としてまだ未熟だったころに取った弟子が真理だ。奏はその様子を見ていたために、こまめに真理の様子を見てやっていた。


だからこそ大丈夫だと確信できる。だが、文や康太、神加は確信が持てないらしい。


「特に康太は危ない・・・あれは良くも悪くも抱え込みすぎる。どうしたらあんなふうになるのか・・・私にはわからんよ」


奏は再び目を閉じ、ゆっくりと祈り始める。今は亡き弟弟子の冥福を、心の底から祈っているようだった。


それに倣い、文も同じように祈る。そして少しだけ胸中に残った不満を幸彦に投げかける。


なぜあの時、一緒に戦おうと言ってくれなかったのかと。


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