弟子の違い
「すいません、遅れましたか?」
学校の制服を着た状態で会場に駆け込んできたのは、話に出ていた文だった。最寄りの駅から走ってきたのだろうか、息は上がり、わずかに髪も乱れている。
「大丈夫だ、まだ少し余裕がある。文、紹介しておこう。奏さんや幸彦さん・・・の師匠の岩下智代さんだ。康太君から何度か話を聞いているだろう?」
「あ・・・!は、初めまして。鐘子文です。いつも康太にはお世話になってます」
「初めまして、岩下智代です。話は何度かあの子たちから聞いてるわ。とても優秀な魔術師なんですってね」
「いえ・・・私なんてそんな・・・」
文がそういいながら智代の目を見ると、一瞬だけその体が硬直してしまう。その目はとても澄み切っており、目を通して文の中の何もかもを見透かすのではないかと思えるほどに深く、綺麗な目をしている。
小百合や奏のような鋭い目ではない。何か、文は口では表現できなかったが近しいものを文は知っていた。
まるで神加の目のようだと。
文は近くにいる神加を一瞬探す。かつて神加にも似たような目を向けられたことがあった。人の本質を探るような目。
康太や小百合が言っていたのはこのことだったのだなと、文は今更ながら理解していた。
「康太君や小百合がお世話になっているんですってね。あの子たちの相手は大変でしょうけど、これからもよろしくお願いしますね」
「いえ、いつも私の方が助けられてばかりです・・・今回だって・・・」
そういって文は少しだけ視線を落とす。あの時文は幸彦に助けられた。正確にはあの場から逃がされた。
戦闘で足手まといになると思われたからか、それとも何か別の理由があるからか、それは文には分らない。
だが今はそのことを考えていても仕方がない。そんなことを考えても何の得にもならないと、文は言い聞かせていた。
そんな文の葛藤を、智代は観察していた。後悔がないわけではない。悩みがないわけではない。だがそれを必死に振り切ろうとしている。
その葛藤も悩みも意味がないものだと、先に進むために必要ないものだと切り捨てようとしているその素振りを見て、智代は薄く笑みを浮かべていた。
「あなたは悩んでいるのね?後悔もしてる」
「はい・・・でも、それでも、私にはやらなきゃいけないことがあります・・・悩むのも後悔するのも・・・それをやりきってからじゃないと」
先ほどの春奈とは真逆の言葉。悩みがあるけれども、後悔もしているけれども、やるべきことをやらなければ先には進めない。
文はそれをわかっているようだった。いや、わかろうとしているといったほうが正しいだろう。
文だってまだ心の整理はつけられていない。心が乱れる隙もないほどに体と頭を動かしてごまかそうとしているだけの話なのだ。
そんな文の健気な姿を見て、智代は小さくうなずきながら微笑む。
「あぁ・・・春奈ちゃんがあなたを弟子に取った意味が分かった気がするわ。あなたはとても強くて優しくて、繊細な子なのね」
「まったくです。そのバカの弟子にはもったいない」
強い口調でそう言ってきたのはこちらも周囲と同じく喪服を着こなした小百合だった。
いつも以上に鋭い眼光に加え、いつも以上に眉間にしわを寄せているその表情から、かなり機嫌が悪いことは容易に想像できた。
「小百合、いろんな方が見えているんだからそんな顔はやめなさい。周りから怖がられているわよ?」
「私はいつもこんな感じです。それよりアリス、康太はどうした?」
「・・・あ奴ならまだふさぎ込んでおるよ・・・よほどユキヒコの死が堪えたのだろうな・・・話しかけても反応すらせん」
「・・・あのバカが・・・少しは文を見習ってほしいものだ」
「小百合、康太君は目の前で幸彦の死を見たのよ?そんな言い方はやめなさい」
さすがの小百合も智代にあまり言い返すことはできないのか、視線を逸らしながら舌打ちしていた。
相当イラついているなと、その様子から文は感じ取っていた。今までこれほど小百合の機嫌が悪くなったのはアマネが店に来た時以来だろうか。
「少し出てきます」
「小百合、どこに行くの?もうすぐ始まるわよ?」
「・・・他の誰かならいざ知れず、私の弟子が兄さんの通夜に出ないなど許しません・・・引きずってでも連れてきます」
「・・・もう・・・あんまり乱暴にしちゃだめよ?」
「それはあいつの出方次第です」
乱暴すぎる小百合の口調に加え、そのあまりの機嫌の悪さに文は少し心配になってしまっていた。
一緒についていくことも考えたが、アリスが文の裾を掴むことでそれを止めた。
「やめておけ。時にはあぁいった荒療治も必要だ」
「・・・荒っぽくなりすぎないといいんだけど・・・」
「大丈夫だろう。この中で一番コータとの付き合いが長いのはサユリなのだ。なにより師と弟子の会話を邪魔するのは無粋だぞ?」
その会話が言葉による話し合いであればいいのだがと、文は心配していた。小百合の場合、拳と拳で語り合うなんてことになりかねないのだ。




