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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
二十六話「届かないその手と力」

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雨はやがて本物に

名を呼ばれた、そう感じた康太は目を開く。


「ん・・・あれ・・・?」


康太は目の前に広がる光景に困惑していた。


自分の周りの風景が、自分の記憶のそれと大きく変化していたのである。


今まで見たことのないような部屋だった。畳とちゃぶ台、そして壁に立てかけられた武器、なぜか部屋の一部から内装が変わっており、小百合の店の地下のような内装に変わっている。


康太はちゃぶ台のすぐ横に座っており、ふと目を落とすとその手の中には粗雑な人形が収まっているのが見えた。


素材からしてそこまでよいものとはいいがたい。肌触りも、色合いも、糸のほつれ具合も、はっきり言って製品としてレベルが高いとは口が裂けても言えなかった。


何の糸で作られているのかもわからないそれが、なぜ自分の手の内に収まっているのかもわからなかったし、なぜ自分がこの場所にいるのかもわからなかった。


記憶があいまいになっており、自分が先ほどまで何をしていたのかも定かではなくなっていた。


自分の手の内にあった人形が一瞬ぶれたかと思うと、周囲の風景が一変する。


石畳に牢屋のような鉄格子、そして先ほどまで手の内にあった粗雑な人形はいつの間にか小さな女の子に変化していた。


やせ細り、動かなくなった幼い少女、康太はその少女にどこか見覚えがあった。


日本人ではない、康太は会ったことはないはずなのだ。だがどこかで見たことがあると康太の中の勘が言っている。忘れてはいけない少女だと、忘れるはずがないと康太の中の何かが告げていた。


その少女の目が康太を見ている。ゆっくりと康太の方へと手を伸ばしているのが見えた。

だがその手は康太に届くことはなく、そのまま落ちる。


その少女の口が小さく動く。何かを言っている。康太の耳にはそれは聞こえない。だが康太は覚えていた。


その言葉を、その絶望を、その恐怖を、襲い掛かる不条理に対するあふれ出んばかりの憎しみを。


抱えた少女の熱が消えていく。その少女が肉と骨の塊へと変わっていく。それと同時に康太の体の中を、胸の奥を強い憎しみが支配していく。


鼓動が強くなっていく。体の奥から黒い瘴気があふれてきていた。まるで憎しみを具現しているかのような黒い瘴気は、周囲の空間を満たしていく。


世界が一瞬ぶれたかと思うと、再び周囲の風景が変わる。


周りは水に満ちていた。廃墟と化した遊園地の一角で、康太は座り込んでいた。空からは雨が降り康太の体を、排水能力を超えた水が康太の足をそれぞれ濡らしている。


そして康太が抱えているのは人形でも少女でもなくなっていた。


大きな体だ。自分と何度も訓練をした屈強な体。何度となく自分を倒してきた腕だ。数えきれないほど自分を蹴ってきた足だ。何度となく自分の腕を取り、立ち上がらせてきた手だ。


見間違えるはずがない。見間違えようがない。目の前にあるその姿に、康太は先ほどまで自分が何をしていたのかを、何が起きていたのかをゆっくりと思い出し始める。


その体を揺らすが、その体はもう動かなかった。その体はすでに熱を失っていた。


自分が抱えるその体が、すでに生き物ではなく、肉と骨の塊になってしまったのだと、なり果てたのだと気付くのと同時に、そんなはずはないと言い聞かせる。


『大丈夫です・・・必ず助けます。だから・・・だから・・・!』


祈るような、願うような、すがるような声が聞こえる。


その声を、康太は覚えていた。忘れようのない、康太の中にいる異端の一つ。


あの時の記憶が、康太はよみがえっていた。死に続けた三日間の最後の記憶。異端と出会った最初の記憶。


「頼む・・・!頼む・・・!神よ・・・!」


康太の口が動き、あの時の言葉を反芻するかのような、そんな言葉が口から洩れた。

だがその声は康太のものではなかった。


康太の声とは全く違う、別の誰かのものだった。


祈っても、願っても、すがっても、目の前にある体は動き出すことはなかった。何をしてもこの体が再び命を持つことはなかった。


自分の体に少しずつ黒い痣ができていることに、康太は気づかなかった。


侵食するかのようにできていくその痣は、少しずつ、だが確実に大きくなっていく。


「『あ・・・あぁぁぁあぁあああああぁぁあああああぁぁああぁぁあぁあ!』」


康太の叫びと、誰かの叫びが重なる。


憎しみが体の中に満ちていく。その憎しみがいったい誰に向けられているのか、康太は理解できなかった。


何を恨めばいいのか、何を憎めばいいのか、何に怒ればいいのか。このような不条理を突きつけたものが誰なのか、このような絶望を与えたのが誰なのか、考えることもできずに、康太は叫ぶ。その絶叫を放つのは康太だけではない。


憎しみで心を汚し、怒りで理性を焦がし、喪失感で自らの存在そのものさえかき消してしまいそうなほどに、その声を張り上げることで自分の意思を保とうとしていた。


あの時のように。あの時のままに。


康太の体から洩れる黒い瘴気が、その体も覆い隠そうとしている中、康太の体からわずかに光が放たれる。


その光は康太の体から放たれる稲光だった。黒い瘴気を引き裂くように走る稲妻が、康太の周りをわずかに照らすと同時に、その声が届く。


「康太!」


何度呼ばれたかもわからないその名を叫ぶように呼ばれ、康太は荒く息をつきながら目を開いていた。


いや、もともと目は開いていた。だがその目はようやく目の前にいるその存在を見ることができていた。

仮面を外し、心配そうな表情で自分を見るその少女の姿を見て、康太はゆっくりとその名を呼ぶ。


「・・・文・・・?」


自分でも驚くほどに弱弱しく、情けない声が出ていた。


そんな康太を見て、文は安堵と同時に体を強く抱きとめる。


「よかった・・・意識が戻って・・・!」


「・・・文・・・どうなった?何がどうなって・・・幸彦さんは・・・?」


いつの間にか自分の仮面も外されていることに、康太は未だ気付けていない。そしてそのせいか、魔術師としての活動中であることも忘れ、康太は自分の掴んでいたはずの幸彦の体を探していた。


周囲には魔術師が何人かいた。すでに状況が終了しているのか、建物の中に入り込んで何かをしているものも多い。


そして康太たちに視線を向ける倉敷の姿もそこにはあった。


周りにいる魔術師は、康太たちと、少し離れた何かに目を向けている。


康太は今の状況を正確に把握することができず、混乱してしまっていた。どういう状況なのか、自分はどうなっていたのか、なぜ周りに魔術師が何人もいるのか、わからなくなってしまっていた。


文も康太が幸彦を探していることを理解したのか、視線をゆっくりと動かす。その先には不自然に盛り上がった布があった。


近くにはウィルの姿もある。その布を守るかのようにたたずみ、康太の視線がそれに向くと同時に申し訳なさそうに震えていた。


赤黒いしみをいくつも作った布。大きな何かを覆い隠しているであろうその布を見て、それがいったい何なのかを理解してしまう。


そして記憶が再び戻ってくる。その絶望が再び戻ってくる。その憎しみが、その怒りが、その無力感が、再び康太を支配しようとする。


だがその瞬間、文の声が康太を引き戻した。


「康太・・・大丈夫・・・大丈夫だから・・・!」


「・・・だって・・・だって・・・幸彦さんが・・・!俺が・・・もっと早く気づけてたら・・・!もっと早く・・・手助けが、できてたら・・・!」


「違う・・・!あんたのせいじゃない・・・!あんたは悪くない・・・!」


自分を抱きとめるその文の体温が、その言葉が康太の体を満たそうとする絶望を、憎しみを、怒りを、無力感を緩和させていく。


いつの間にか康太の体から洩れる黒い瘴気は止まっていた。


この遊園地すべてを満たすのではないかと思えるほどに周囲に満ちていた黒い瘴気は、すでに康太の中にすべて戻っていた。


「でも・・・!俺が変な意地を張らなきゃ・・・」


康太が変な意地を張らずに、適切な戦力分配ができていれば、もしかしたら状況は変わったかもわからない。


確かにその可能性はある。だがそれはしょせん結果論だ。どちらに転んだかもわからないし、逆の結果だって十分にあり得たのだから。


「それは違うわ。あんたは全力を尽くした。幸彦さんもそう・・・だから誰が悪いとかそういうことじゃない。少なくとも、あんたは悪くない・・・!」


断言する文の言葉を受けながら、康太はうなだれていた。体に落ちる雨がその体温を奪っていく中、康太は涙を流していた。


「でも・・・だって・・・」


「あんたは悪くない・・・あんたが一人背負う必要なんてない・・・!ゆっくり深呼吸しなさい・・・落ち着いて・・・お願いだから」


「・・・ぁ・・・ぁあぁぁぁぁあぁあぁ・・・・!」


弱弱しい、小さな慟哭。雨音にかき消されてしまうようなその嘆きを、文は耳元でずっと聞いていた。


ゆっくりと、だが強くその体を抱きしめ、康太の体を少しでも温めようとする。


文もゆっくりと、静かに涙を流していた。雨のせいで目立たないが、その目からは確かに涙があふれている。


そしてそれは近くにいた協会の魔術師も同じだった。幸彦に世話になったもの、幸彦と一緒に戦ってきたもの、幸彦のことを昔から知っているもの、その場にたたずんでいるもののほとんどが、幸彦と何かしら友好関係を結んでいた魔術師ばかりだった。


その中で、幸彦と最もかかわりの深かっただろう康太の涙を止める者は誰もいなかった。


この場で、誰よりも幸彦の死を嘆いているのが康太であることを理解しているがゆえに、周りに立つ魔術師たちは誰もそれ以上近づくことはなかった。


仮面越しに流すその涙、仮面を外して流すその涙、どちらも雨によって注ぎ落されるように流され続けていく。


雨はやまない。魔術によって人工的にふらせた雨なのにもかかわらず、その雨はいつの間にか本物の雨に変わっていた。


強く、激しく振り続ける雨は容赦なく康太たちに打ち付けられる。大粒の雨が体に当たる煩わしさも、その感触も、康太は意識できていなかった。


降り注ぐ雨は康太たちから熱を奪っていく。


康太も文も、その場にいる誰もがその雨を防ごうともせずにその場にい続けていた。


今はもう動かなくなった幸彦の体だけが、布によって雨から守られていた。


日曜日なので二回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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