目を覚ます
幸彦の手刀がその腹部を貫いた瞬間、周りにいた魔術師は念動力の魔術や衝撃波の魔術を使って幸彦の体を大きく弾き飛ばしていた。
足を潰され、腹を貫かれた魔術師はもはや戦闘は不可能と判断したのか、周りの魔術師を伴ってこの場から離脱しようと、協会の魔術師のいない方向へと移動し始める。
逃がすものかと幸彦もその姿を追おうとするが、体が動かなかった。いや、ウィルが動かなかった。その理由を幸彦は次の瞬間に理解する
魔術師たちめがけて無数の鉄球が襲い掛かったのである。
魔術師たちも障壁の魔術を用いて防ごうとするが、飛翔してくる鉄球は直前で急加速しその障壁を破っていき、魔術師たちにダメージを与えていく。
「あぁ・・・来ちゃったか・・・しまったなぁ・・・もう少し・・・さぼっていれば・・・よかったかなぁ・・・」
幸彦は自分の体から一気に力が抜けていくのを感じていた。
緊張の糸が解け、完全に体の力が抜けていく。もはやウィルが鎧となっていなければ立つこともできないほどである。
「バズさん、遅れてすいません!向こうのやつら片づけてたら時間かかっちゃいました」
幸彦に対して康太がそう声をかけながら近くまでやってくるのを感じ取り、幸彦は自らに襲い掛かる眠気に何とか耐えていた。
このまま意識を失うわけにはいかない。このまま眠ってしまうわけにはいかない。まだやらなければいけないことも、やりたいことも、伝えたいこともあるのだ。
「ビー!先に行って追い詰めてるわよ!」
「了解!トゥトゥはベルの援護をしててくれ!周りのやつらを蹴散らしてこい!」
「わかってるよ!お前も早く追いついて来いよ!」
文と倉敷が逃げようとしている魔術師に対して追撃を加えようとしている中、康太はその場にいる幸彦からウィルを回収しようとしていた。
魔力がかなり削られている今、ウィルは貴重な戦力だ。幸彦とともにいてくれたことに感謝しながらも、康太がウィルに触れて回収しようとするが、ウィルは幸彦の鎧の形を解こうとはしなかった。
「ん?どうした?ウィル。バズさんが気に入っちゃったか?」
幸彦から離れようとしないウィルの様子に、康太は不思議そうにしながら幸彦の方を見る。
鎧と仮面で二重に隠れていることもあってその表情はわからない。そして先ほどから全く動かないことに康太は不審に感じていた。
「バズさん?どうしました?大丈夫ですか!?」
まさか意識がないのではないかと康太は軽くウィルの鎧を叩いて見せる。その衝撃が、幸彦を襲い掛かる眠気から一瞬脱出させていた。
「・・・あぁ・・・ビー・・・ごめん、ごめん・・・少し・・・疲れちゃってて・・・」
「よかった、意識あった・・・すいません、もう少し早く手伝いに来られれば良かったんですけど・・・。あとは俺たちに任せてください」
「・・・ビー・・・相手は・・・強い術を使う・・・速いうえに、貫通力がある、魔術だ。当たっちゃ、いけない。避けるんだ」
「大丈夫です。ベルからある程度聞いてます。絶対に回避して」
途中まで言いかけた時、康太は幸彦の様子がおかしいことに気付く。声に出しているのに、まるで別の誰かと話しているような、康太を見ていない、康太に向けて話しているように見えなかったのである。
「あぁ・・・そうだ・・・けど・・・好きなように・・・君たちが・・・やりたいように・・・いや・・・そうだ・・・そうだね、お願いが・・・あるかな」
「バズさん?どうしたんですかバズさん!?」
まさか精神操作や洗脳でも受けたのだろうかと康太は幸彦の様子がおかしいことに気付いてウィルの鎧を解除させようとする。だがウィルは頑として鎧の状態を解こうとはしなかった。
ウィルはわかっているのだ。この鎧を解けばどうなってしまうのか。この状態を解いてしまったら、幸彦がどうなるのか。
「君たちに、託すよ・・・だから・・・だから・・・お願いだ・・・万が一、の・・・とき、は・・・」
幸彦はその言葉を最後まで口にすることなく意識を喪失した。そして康太はウィルに命じて幸彦の顔だけでも露出させる。
この時点で康太は幸彦の状態を、ようやく正確に把握していた。
索敵によって把握した幸彦の体は満身創痍だった。全身傷だらけで、体にはいくつか穴が開いている。
大量の血を流したのだろう、ウィルの鎧の中にはかなりの血だまりができてしまっていた。
さらにウィルがその傷をふさいでいるのがわかる。ウィルが頑なに鎧を解除しなかったのはこういうことだったのかと、康太は即座に理解し、どうするべきなのかを把握する。
「デビット!」
康太の中に宿る魔術。Dの慟哭。康太が普段使うその力は、相手から魔力を吸い取るというものだが、その本質は自らの魔力を生命力に変えて他者に与えるものである。
だがすでにDの慟哭は大きく変質してしまっている。魔力を生命力に変えるのは果てしなく燃費が悪い。
もともと消耗していた康太の魔力のほとんどを吸いつくし、幸彦に生命力を与えるが、幸彦の体は全くと言っていいほどに反応しなかった。
「まだだ・・・!もっと!もっと持ってけ!デビット!」
康太の魔力を完全に吸いつくし、康太の生命力さえも削りながら幸彦に生命力を与えようとする。
だが次の瞬間、幸彦の体から黒い瘴気が弾かれる。それがどういう意味なのか、康太は理解できてしまった。
今この瞬間、幸彦が死んだのだと。
「・・・なんで・・・まだだ・・・デビット、まだだ!まだ!だって、だってこんな!ウィル!心臓を動かせ!空気は俺が送り込む!」
ウィルは康太に命じられたまま、止まった幸彦の心臓を動かす。動かすたびに幸彦の体がわずかに揺れるが、それでも幸彦の顔に生気は戻らなかった。
康太が人工呼吸をして幸彦の体の中に酸素を送り込もうとするが、それでも幸彦の体は動かない。
黒い瘴気を介して幸彦に生命力を送り込もうとするが、黒い瘴気は幸彦の体に入っていかなかった。
Dの慟哭は、生き物にだけ有効な魔術だ。それも、対象となっているものはかなり限られた生物である。
生きていなければ、この魔術の対象とはならない。何度も黒い瘴気を操って、何とか幸彦の体の中に生命力を注ごうとする康太だったが、何度酸素を送り込んでも、何度心臓を動かしても、幸彦の体が、再び生きようとすることはなかった。
康太は荒く息をつきながら、生気がなくなった幸彦の顔を見る。その傷だらけの体を見る。
「・・・ぁ・・・ああぁぁああ・・・!」
幸彦の体を掴み、康太は声を漏らしていた。周りの豪雨がその声をかき消すように雨音を響かせる中、康太の中の何かが、強く、大きく脈打った。
瞬間、康太は幸彦を掴んで空を仰ぐ。
「あああぁぁぁあぁぁああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああぁぁあぁああぁああぁああぁああぁぁぁあ!」
雨音も、遠くに響く雷鳴も引き裂くような叫び声とともに、康太の体から勢いよく黒い瘴気が噴き出していった。
その瘴気は周囲にある建物や遊具を飲み込んでいく。周りにいた魔術師たちにも襲い掛かり、その体から一気に魔力を吸っていった。
その数量は今まで康太が扱っていたそれとは違う。この魔術を知っているものであれば、いったい何が起きたのか理解できるだろう。
そして康太を知るものからすれば、この状態はかなり危険なものであると理解できただろう。
逃げた魔術師を追撃していた文がそれに気づくのに時間はかからなかった。何せ廃屋となった遊園地の一角から、勢いよく黒い瘴気が噴出しているのだ。
それは今まで康太が使ってきたDの慟哭とは何かが違う。濃さとでもいうのだろうか、分厚さとでもいうのだろうか、何と表現すればいいのか文には見当もつかなかったが、あれは今までのものとは違うと即座に理解していた。
「トゥトゥ!退くわよ!緊急事態!」
「あぁ!?なんで!?あとちょっとじゃ・・・ってなんじゃありゃ!ブライトビーのやつ何やってんだ!?敵か!?」
「わからないけどあいつがあんなことやってるなんてなんかあったに決まってるでしょ!もしかしたらバズさんと一緒に戦ってるかもしれない!トゥトゥは周囲の警戒をしてて!私はビーと合流する!」
文は即座に磁力の魔術を操って康太のもとへと飛んでいく。索敵で康太の居場所はすぐに把握できた。
だが同時に文は幸彦の姿も確認してしまっていた。
地面に倒れ、康太に抱えられるようにして完全に動かなくなってしまっている幸彦。その状態を確認して文は最悪の状況を想定していた。
そして文が黒い瘴気の中に入ると同時に、その体から一気に魔力が吸い取られていく。
「なにこれ・・・!?随分吸うじゃないの・・・!」
今までの康太がやっていたDの慟哭とは性能が異なっている。これほどまでに魔力を吸うほどの性能は康太は使えていなかったはずなのにもかかわらず、今はかなりの量の魔力を吸い取られている。
文の素質をもってすればまだ何とかなるレベルだが、高い素質を持たない魔術師からすれば即座に魔力不足に陥るかもしれない。
これほどまでの性能を発揮したことが、一体どういうことなのか文は理解できなかったが、一刻も早く康太と合流しなければならないということは理解できていた。
文が近くまで駆け寄ると、周囲を満たす黒い瘴気は延々と康太から生み出され続け、周囲を黒く染め上げていた。
だがなぜか文はその姿を目視することができていた。
もはや声にならない絶叫を上げる康太と、康太に抱えられた幸彦、そしてその二人を見下ろす、黒い人影。
どういう状況なのか、文は即座に判断して康太のもとに駆け寄る。
「ビー!しっかりしなさい!ビー!」
文の呼びかけに康太は反応を示さなかった。近づいて初めて気づいたが、康太は仮面の下からわずかに血をにじませている。
文は即座に康太の体の中の魔力量を調べる。すると、本来康太ではため込めないほどの魔力を康太は体内に内包している。
Dの慟哭をコントロールできていないのだと理解した文は、康太につかみかかる。
「しっかりしなさいビー!魔力を放出して!じゃないと死んじゃうわよ!ビー!」
体の中に魔力をため込みすぎれば、魔力の器たる肉体に多大な影響を及ぼす。それは最悪、死という形となって術者に襲い掛かる。
すでに康太の体には影響が出始めていた。口や目、鼻や耳から血を流しながら、それでも康太は絶叫し続ける。もはや声も枯れ、満足に音を出すこともできなくなってしまっているというのに。
「目を覚まして!康太!」
土曜日なので二回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです




