いやな予感は
「最後の数発は余計だったのでは?完全に意識失ってましたよ?」
気絶した後にも何回か攻撃をした幸彦に対して、文は小さくため息をついていた。幸彦の技術を疑うわけでも、幸彦の人格を否定するわけでもないが、無駄に相手を傷つけてもよいことはない。
もっとも、康太や幸彦にとって相手が気絶しているかどうかを確認するのは何よりも大事なことなのだが。
「ノンノン、気絶したかな?って思ってからの数発が大事なのさ。一度のダメージだと少ししてから回復されてしまうかもしれないからね。可能なら意識を取り戻すのに一時間近くはかけたいところだよ。もっと言えば、意識が回復しても動けないくらいのダメージを与えておきたいね」
「・・・そうですか。相当ボロボロにしないといけませんよねそれ」
「そうでもないさ。関節部分だけでも骨を折っておけばそれだけで相手はほとんど動けなくなるよ。並の魔術師なら身じろぎもできなくなるね」
並の魔術師ではなく並の人間ならというのが正確なところだろう。仮に両腕両足全ての関節の骨が折れていたら、間違いなく動くことはできない。
というか骨が一本折れただけでも、十分身動きができないレベルの痛みになる。
幸彦的には慎重な行動を心掛けているつもりなのだろうが、文からすれば一方的に相手を痛めつけているようにしか見えない。
この辺りは考え方の違いというほかないだろう。
「向こうは大丈夫でしょうかね・・・こんだけ雨を降らせてると、トゥトゥあたりは絶好調でしょうけど」
「そうだね。それにしてもすごい雨だ・・・これだけの雨を降らせることができるトゥトゥの技量を褒めるべきかな?」
「運もあったでしょうけどね。たぶん他の魔術師も同じように雨を降らせてるので、相乗効果でここまでひどくなったのでは?とりあえず傘作りますね」
そういって文は自分と幸彦の頭上に水の膜を作り出す。雨を吸収してどんどん大きくなっていくその膜を見て幸彦は満足そうにうなずいていた。
「いやぁ、それにしてもさっきのは見事だったよ?水を吹き飛ばしたのもそうだけど、あれだけ接近してたのに僕に電撃が当たらなかったのはすごかった。何よりいくつも術式を並行して扱えるだけの処理能力、さすがとしか言いようがないね」
「ありがとうございます。まだまだ上には上がいますから」
才能にあふれている文だが、未だその実力はトップクラスとはいいがたい。技術力だけで言うのならまだまだ上はいる。
特に文の身近に全魔術師の中でトップの技術力を誇る魔術師がいるのだ。化け物のような処理能力を身近で見ている文からすれば、自分がやっていることはまだまだ子供の遊び程度にしか思えないのである。
その子供の遊び程度の技術でさえ、ほとんどの魔術師は行使できないのだが、そのあたりは文は気づいていない。
「まぁとにかく、ビーたちと合流しましょう。あっちが終わっていないのなら手伝いを・・・っと、その必要もなさそうですね」
文が索敵の魔術を発動すると、すでに戦闘を終え、無事な康太たちの姿を確認することができた。
「二人とも無事なようです。雪辱戦は上手くいったみたいですね」
「それは良かった。早いところ合流しよう、なんだか嫌な予感がするんだよね・・・」
「いやな予感・・・?なら急ぎましょう。早めに合流したほうがよさそうですね」
文は確証のないような理屈や考えに対しては割と辛辣な対応をするのだが、小百合を始めとする血族の魔術師がもつ独特の勘に関しては一定の信頼を置いていた。
理屈で言えば一蹴するような内容の発言が多い康太たちだが、その勘が当たることが非常に多いのだ。
特にこと戦闘に関していえば的中率は七割を超える。まだ練度の低い康太でさえそれなのだから、熟練の幸彦の的中率は九割を超えるだろう。
そんな幸彦が嫌な予感がするといったのであれば、文のとる選択肢は一つしかなかった。
早々に康太たちと合流し、一丸となって事に当たる。そうしなければ面倒なことになるのは目に見えている。
「話が早くて助かるよ。それじゃあ急いで・・・っ!?」
康太たちのもとに移動しようとした瞬間、幸彦は背後に振り返り、地面を足で叩くと土の盾と障壁を展開しそれらにエンチャントの魔術をかける。
次の瞬間、それらの壁に向かって小さな光の筋が直進する。
光の筋は土の壁と障壁を易々と貫通し、文めがけて直進する。
文も自分の体に攻撃が向かっているということをとっさに判断して、回避しようと体を動かすが、間に合わない。
直撃する。
文がそう覚悟したのとは裏腹に、文にその光の筋が当たる瞬間、文の体が何かに引き寄せられるように真横に動く。
幸彦がとっさに遠隔動作の魔術を発動し文の体を動かしたのである。いくらとっさに発動したとはいえ、自分の防御がここまで容易く貫通されるとは思っていなかった幸彦だが、唐突に攻撃され、しかも確実に殺すつもりだった一撃に、幸彦は仮面の下でわずかに笑みを浮かべてしまっていた。
「おいおい、一緒にいる僕に挨拶もなしに彼女にアプローチとは・・・随分と礼儀がなっていないじゃあないか」
幸彦が強い殺気を放ちながら土の壁を取り払うと、その向こう側にいる魔術師の姿を二人の目は捉えた。
その姿を目にした瞬間、幸彦は殺気と威圧を強める。
まるであれが自分の敵であると認めたかのように。




