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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
二十六話「届かないその手と力」

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その雨は牙の如く

懐に入った。懐に入られた。康太と相手がそれぞれそう考えると同時にそれぞれ行動に移していた。

康太はさらに接近し攻撃しようと、相手は後退し、康太を突き離そうと。


互いが互いのもっとも最適と思われる位置に移動するために取った行動はシンプルだった。


康太は遠隔動作の魔術を使って相手の足を掴み、強引に引き寄せることで相手の体勢を一瞬ではあるが崩す。


相手は後方に移動しながら魔術を放ったのだが、康太の魔術によって足を取られ転倒しかけてしまう。


放たれた攻撃魔術は目の前にいくつもの氷の刃を地面から突き出させるものだった。


点攻撃ではあるが密度が高く、一種の面攻撃にもなるその攻撃に、康太は直接前進することができずにまずは跳躍する。氷の刃を飛び越えて魔術師めがけて接近しようとするが、相手もすでに態勢を整えてしまった。


空中に飛び出した康太めがけて氷の刃を勢いよく射出してくるが、康太もその程度の攻撃であれば回避も迎撃もできる。噴出の魔術で加速し回避しながら一気に相手との距離を詰めていく中、康太の体の真下から勢いよく風が吹き荒れる。


相手も使える風の魔術、強引に体を持ち上げられ、制御が利かなくなったその体めがけて相手の放った炎が襲い掛かる。


風の力によってその威力を増しながら襲い掛かる炎に、康太は即座に反応した。


再現の魔術によって疑似的な足場を作り出すと同時に噴出の魔術を発動し真横に加速して上昇気流から逃れ、炎を回避する。


真横に避けた瞬間に、すでに康太めがけて氷の刃が襲い掛かっていた。


相手の手数が多すぎる。


広範囲かつ高威力の魔術を連発してくる。文のように手の内が読めていれば対応も難しくないのだが、相手の手の内がまだ完璧に理解できていない康太はどうしても防戦一方になってしまう。


何よりこちらの攻撃の手数が足りていない。装備を使いたいところだが、装備はまだ使いどころがある。相手の様子を見ている今の状況では使いたくはない。


限りある手数を使うなら、相手を確実に倒せるという確信を持った時だ。


今まではとにかく手数を増やすために使用していた攻撃手段である各種装備だが、以前の敗北によって康太はその使いどころを特に考えるようになっていた。


特に魔力を多量に消費するわけでもなく展開できる攻撃手段。事前準備が必要であるために現場で用意するのは難しいが、その分戦闘を優位に進められる。


数に限りがあるからこそ使いどころが難しい。少なくとも使いどころは今ではないと考えていた。


襲い掛かる氷と風と炎の連携に、康太が苦戦を強いられていると、相手の魔術師めがけて勢いよく水の塊が襲い掛かる。


魔術師は炎の塊を作り出して水を蒸発させ、水の塊が飛んできた方向に氷の刃を撃ちだした。


その先にいたのは上空へと移動していた倉敷だった。空中で自ら作り出した波に乗って華麗に氷の刃を回避していく。


「待たせた!援護するぞ!」


雨を強くするために上空に上がっていた倉敷が戻ってきた。空中を滑り、相手めがけて水の弾丸を一気に放っていく。


だがそれほど雨は強くはなっていない。先ほどよりも大粒になっているものの、そこまで土砂降りとは言えない量だった。


「そこまで雨強くなってないぞ!もっと強くがよかったんだけど!?」


「安心しろ!あと三十秒くらいで一気に降り出すぞ!」


三十秒。康太はその言葉を聞いて気持ちを切り替える。


倉敷に頼んだ雨、これを最大限活かすにはタイミングが重要だ。相手が慣れるよりも早く、相手が状況に適応するよりも早く攻撃する。


康太は自分の頭の中で三十秒のカウントをしながら準備を進めた。


「トゥトゥ!俺が突っ込む、相手の攻撃を防いでくれ!」


「了解!突っ込め!」


康太が相手めがけて加速すると同時に、倉敷は大量の水を作り出し、康太を守るように纏わせていく。


相手も康太を近づけまいと攻撃する。氷の刃が襲い掛かれば、倉敷が水の弾丸を放って相殺し、炎が放たれれば康太にまとわりついていた水が前に出て盾となった。


攻撃では止められない。即座にそう判断した魔術師は竜巻を作りだして康太を巻き上げようとする。


「何度も同じ手喰らってられるか!」


竜巻への対処は文や真理との訓練で慣れている。康太は暴風の魔術を自らの体に当てるよう下方向へと展開し、同時に噴出の魔術を最大出力まで引き上げる。


暴風の魔術、そして発生した竜巻によってさらに強化された噴出の魔術によって康太の体は一瞬で地面すれすれまで移動する。


地面に叩きつけられるその刹那、噴出の魔術を駆使して急激に方向転換し、魔術師めがけて急接近する。

相手も康太のこの加速には反応できなかったのか、康太の姿を一瞬見失っているようだった。


ここだ。


康太は自らの体から黒い瘴気を噴出させると相手の視界を一気に制限していく。


槍と装備の準備をしながら、康太は一気に魔術師めがけて襲い掛かる。


そしてその瞬間、先ほどとは桁の違う、ただの雨ではない文字通り土砂降りの雨が地面に叩きつけられていた。


相手から魔力を吸収すると同時に、その視界を奪っていく。相手にとっては地味に嫌な行動だろう。魔力をほぼノーリスクで吸われるうえに、視覚がかなり制限されるのだから。


だが視界が制限されるのは康太も同じ。違うのは康太と普通の魔術師では訓練そのものが違うということである。


視界が制限されたことに加え、康太を一瞬見失ったということもあり相手は索敵の魔術を発動した。


だがその瞬間に降ってきた、勢いを増した雨。先ほどまでの雨とは違う大粒、しかも密度の高い雨がいきなり降ってきたことは相手にとっては誤算だった。


物理的な情報が多すぎる。


高速で、しかも常に新しいものが近づいてくるその雨に、相手の索敵能力はかなり減退させられてしまっていた。


性能を上げた状態で索敵を続ければ、脳の処理が追い付かない。意図的にその性能を落とさざるを得なかったのである。


だがそんな状況でも、康太や倉敷のような大きく、なおかつ動く物体を見逃すはずもない。即座に康太の姿を認識した魔術師は、今まさに槍をもって襲い掛かる康太に向き合って攻撃を放とうとする。


だが氷の刃が放たれた瞬間、周囲にある水が一斉に反応しその氷の刃を押し流す。


水の術を専門に扱う倉敷にとって、周囲が水で満ちていくこの空間は自らの性能を最大限にまで引き上げられる最高の環境といっても過言ではなかった。


炎の魔術を使っても即座に周囲の水が反応しその炎を消していく。攻撃のほとんどが封じられた状況でも、康太は構わず襲い掛かる。


なんとか距離を作ろうとしたが、その瞬間康太は槍を振るう。


拡大動作によって巨大化した斬撃が降り注ぐ雨粒を切り裂きながら魔術師に襲い掛かる。


だが魔術師も康太の槍の攻撃は何度も見てきていたため、反応するのは容易だった。


障壁を数枚展開し拡大動作の魔術を防いで見せる。この攻撃では倒せない。康太はそのことは百も承知だった。


だからこそ、すでに布石は打ってある。


次の瞬間、魔術師めがけて上空から無数の鉄球が襲い掛かった。


相手が索敵の魔術の性能をぎりぎりまで上げていたら、この鉄球の攻撃にも気づいただろう。


だがDの慟哭によって視界を封じられ索敵でしか周囲の状況を判断できず、なおかつ、この大粒の雨によって索敵で得られる情報も制限させられた。


真上から落ちてくる物体に対しての意識がそれた時点で、康太が攻撃するための準備は整っていたのである。


相手は直前まで気づくことができずにいた。だが鉄球が直撃する瞬間、何かを感じ取ったのか障壁を展開し体を強引に動かして回避しようとしていた。


戦闘経験の多さによる直感のようなものだろう。小百合や康太が有しているのと同種、あるいは多少違うが似たようなものをこの魔術師は有しているのかもしれない。


あるいはかつて康太が同じように鉄球の攻撃を使っていたからこそ、この状況を特に警戒していたのかもわからない。


あの時と同じならば防がれていただろう。だが康太はあの時とは違う。


材質から見直され、威力を強化するために用いられた炭化タングステンの弾丸は、蓄積の魔術によって着弾寸前に急加速し、障壁を容易に突破してその魔術師の体に襲い掛かる。


無論威力はある程度殺されたし、強引に回避されたためにいくつかの弾は当たらなかった。


だがほとんどの弾は相手に着弾した。その隙を康太は見逃さなかった。


遠隔動作によって崩れた態勢をさらに崩すとウィルの鞭の先端についている双剣笹船を襲い掛からせる。


魔術師も攻撃をそのまま受けるわけにはいかないのか、別方向から襲い掛かる双剣笹船を障壁の魔術によって防御する。だが空中に飛翔しているように見える剣はあくまでウィルが操っている。


単純に展開した障壁ならばその盾をよけて攻撃するだけのこと。空中を縦横無尽に飛び回る剣に対応を追われている中、その魔術師の周りにある水が勢いよく襲い掛かる。


剣の対応に加え、水の対応もしなければいけない。魔術師は自らの体ごと炎で包むと、周囲にあった水を一気に蒸発させていく。


辺りが白い蒸気でおおわれていく中、康太の放った鉄球が再度襲い掛かる。


鉄球、剣、水、ありとあらゆる場所から襲い掛かる攻撃の数々に、魔術師は防戦を強いられていた。


だがこのまま攻撃を受け続けるつもりはなかった。自らの体の中にある魔力をみなぎらせ、周囲の者すべてを吹き飛ばすほどの威力を持った風を生み出し、鉄球も剣も水も吹き飛ばしていく。


周囲にあった攻撃の数々が一瞬とはいえいなくなると、その声が聞こえてきた。


「あぁ、そうくると思ったよ」


次の瞬間、その音が聞こえた。空間すら切り裂くような、そんな音が。


康太が放った拡大動作の魔術。横薙ぎに振るわれたその魔術は、魔術師の両足を完全に両断していた。


相手が強大な魔術を使って魔力を一時的にとはいえ空にした瞬間を狙っての追撃。


如何に高い素質を持った魔術師といえど、魔力が空になってしまえばただの人間と変わらない。


鉄球と剣、そして水によって障壁では防ぎきれないと意識させることで、康太は風の魔術を誘発させた。


ウィルによって体を地面に固定し、風の魔術を耐えると同時に反撃。相手の足の太ももから下を斬り落とした。


太ももから下を斬り落とされた魔術師は、一瞬何が起きたのか反応できなかったようでそのまま地面に倒れこむ。


自らの足から流れる血があたりにある水に混ざっていく中、脚部に走る激痛を感じ取って即座に自分の足を見る。


太もも部分で横一線の斬撃の跡、そこから先が何もなくなっている足を見て魔術師は大きく動揺したが、同時に自分の近くに転がっている両足を見つけて即座に行動に移した。


両足を凍らせ、壊死を防ぐつもりのようだった。切り口が綺麗なことから、まだ縫合すれば接続できると考えているのだろう。


だがそのようなことをしている余裕が果たして康太と倉敷相手にあるのか。相手が動揺し、その順序を間違えたことこそ最大のミスかもしれない。


倒れた状態のまま、戦いを再開しようともしない魔術師相手に康太は容赦なく攻撃を再開した。


まだ相手は戦闘不能になっていない。両足を失い、機動力がだいぶ削がれたかもしれないがまだ魔術が発動できなくなっていない。


康太が攻撃態勢に入るのを見て、倉敷も少し遅れながら攻撃態勢に入る。


相手が自分の足を凍らせ始めている中、炸裂鉄球が一斉に魔術師めがけて襲い掛かる。


相手はこちらに意識が向いていない。自分の足が落とされたということが相手にかなり強い動揺を与えたようだった。


その体全体にまんべんなく直撃しそうになった瞬間、我に返ったのか障壁を展開して鉄球を防御しようとするが、康太の攻撃はとっさに展開した障壁では止まらなかった。


威力が削がれたものの、障壁を貫通した鉄球は魔術師に確実にダメージを与えていく。そして鉄球が作り出した穴めがけて倉敷の水が一気に押し寄せていく。


魔術師は水がやってきたことを感じ取って大量の炎を一瞬展開したが、その炎が近くに落ちている自分の足にも影響を及ぼすということに気付いたのか、炎の方向を水の来ている方向だけに限定して展開していた。


「トゥトゥ、あいつ足が気がかりみたいだ。利用できるんじゃないか?」


「そうみたいだな。気の毒だけど利用させてもらうか」


倉敷はそういいながら水の方向を一気に変え、魔術師の足が転がっている方向から襲い掛からせるようにする。


水を蒸発させればおそらく足を覆っている氷もなくなってしまう。そうなれば足は一気に壊死が進むだろう。


もはや縫合することはかなわないかもしれない。魔術師は炎ではなく風を使って水を吹き飛ばそうとする。


だが大量の水を吹き飛ばすには同じように大量の魔力が必要となる。そして先ほどのように、大量の魔力を一度に消費してしまえば防御することもできなくなる。そうなればまた康太の攻撃が来ることを魔術師は学習していた。


だが今こうしている状態でも、康太と倉敷の攻撃を受けきれない。そのことは理解していた。理解していても、どうすることもできなかった。


足を捨てて、魔術師として行動すればまだ勝機はあるだろう。足がなくなったことで念動力によって得られる機動力は上がっている。足がなくなった分の機動力は問題なく確保できている。


だがそれを簡単に割り切れるようなものではなかった。足がなくなったら今後どうなる。足がなくなったら今後どのような生活をすればいいのか。


そんなことを考えていると集中力も乱れてくる。痛みのせいでただでさえ乱される集中が、自分自身の思考のせいでさらに乱れる。さらに康太と倉敷の攻撃が怒涛のように押し寄せるためさらに乱れる。


ただでさえ混乱し動揺し乱れた思考を、康太と倉敷がさらにかき乱していく。そんな状況で高威力の魔術を使えばどうなるか。


それはついに起きた。


倉敷の水の魔術を吹き飛ばしていた風の魔術が暴発したのである。


発動者である魔術師自身の体を吹き飛ばし、魔術師が凍らせた自分の足も吹き飛ばし、周囲にあるものを無茶苦茶に、無差別に吹き飛ばしていた。


「っと?逃げる気か?」


だが康太からすれば暴発したのではなく、意を決して逃げたように見えた。唐突に自分の体を吹き飛ばすようなことをするとすればそのくらいしか考えられなかったのだ。


焦りや痛み、混乱によって魔術が暴発するということは康太にとってはありえないことだからこその思考である。


訓練において焦るのなんて当たり前で、小百合と対峙して痛いのなんていつものことで、師匠の剣撃を前にして混乱することばかりな康太にとって『その程度のこと』で魔術が暴発するとは思えなかったのである。


「トゥトゥ!逃がすな!ここで仕留めるぞ!」


「了解!一気に決めてやる!」


士気をあげる二人とは対照的に、魔術師は一瞬思考が真っ白になってしまっていた。何が起きたのかわからなかったからである。


風によって水を防いでいたのにもかかわらず、自分の体は今宙に浮いている。それが自分が引き起こしたことなのか、康太が引き起こしたことなのかすら把握できていなかった。


宙に投げ出された魔術師めがけて、ひときわ大きな水の奔流が、猛烈な勢いをもって襲い掛かる。

今まで放たれた氷の刃をその流れに包み、砕けたコンクリートや鉄球の類も内包した高速の水流。


自らを飲み込もうとするその水の流れは、魔術師には大きく口を広げた水の龍のように見えた。


その水に飲みこまれ地面に叩きつけられた次の瞬間、地面から強い衝撃が放たれ、魔術師はそのまま意識を手放した。


誤字報告を10件分受けたので三回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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