小細工をしよう
康太と倉敷が戦い始めた頃、文と幸彦も戦いを始めていた。
幸彦が前に出て文が後ろで射撃と援護、普段康太と同じような隊列を組んでいる文からすれば幸彦は比較的合わせやすいタイプだったといえるだろう。
スピード重視の康太と違って幸彦はパワー重視、その点さえ間違わなければ問題なく文はフォローすることができる。
何せ康太の場合はシビアなタイミングを求められるが、幸彦に関してはそこまでシビアなタイミングでなくともある程度タイミングをずらしても対応してくれるのだ。
その辺りは経験の違いというほかない。
文が磁力の魔術によって弾き飛ばした魔術師を、再び磁力によって動きを阻害していく中、幸彦は地面を思いきり踏みしめることで勢いよく周りの地面の形を変えていく。
巨大な拳を二つ作り出して相手へと襲い掛からせるが、対峙している魔術師は障壁を二枚展開し丁寧に一発ずつ確実に防いでいく。
幸彦の攻撃は決して遅くない。巨大な土の拳ということもあって速度がそこまであるわけでもないが、それでも戦闘に慣れていなければこれほど的確な障壁の展開はできないだろうと幸彦は考えていた。
何より、幸彦の攻撃を防御できるだけの性能を持った障壁を連続で発動できるだけの魔力量を有していることになる。
相手の手の内を把握するために、幸彦はあえて防御しやすい攻撃を先行しているともいえる。
「ベル、相手の素質関係はどんな感じかな?」
「かなり高いですね・・・今の消費量もそこまで高いというわけではないですが、それを差し引いてもかなり高めです・・・まだ完全に測定できているわけではないですが」
文の磁力の魔術によって空中に浮き続け、なおかつ大きな動きができないように阻害している。そして幸彦の攻撃を受け続けているという状況から鑑みて、今あの魔術師は防御しか発動していないことがうかがえる。
だがその状態を差し引いても魔力の増減がほとんどない。つまり消費しながらも供給しているということである。
さらに言えば消費量よりも供給量の方が勝っているからこそ保有魔力が変化しないのだ。
康太とは違う、長期戦を臨めるだけの魔術師ということである。
「オーケー。じゃあまずは相手の全力を知ろうか。そのまま押し切ることができれば御の字だけど・・・そううまくはいかなそうだからね」
「・・・私はそこまで気配をうまく読めないんでわからないんですけど・・バズさんは相手がどの程度の相手だと思いますか?」
康太もまだ言及していなかった部分を文はあえて聞いてみた。実際相手がどの程度の魔術師なのかは把握しておきたい。
直接対峙しているからにはそのあたりを把握しておかなければ、どの程度の実力者であるのかを想定するのが難しいのだ。
「そうだね・・・感覚的にはクラリスに似てるかな・・・威圧感をもう少し鋭くすれば彼女に似てくると思うよ」
「・・・クラリスさんクラスですか・・・厄介な・・・」
この場に幸彦がいるとはいえ、簡単に倒せる相手ではないのは間違いない。相手が攻撃と防御どちらを得意としているかによって対応も変わってくる。
「さて・・・ベル、君は現象系の攻撃を一気に浴びせてくれるかい?僕は物理攻撃メインで行こう」
「接近しますか?それなら攻撃法も変えますが」
「ん・・・そのあたりはもう少し様子を見たいね。相手の実力がそこまでないのならある程度近づけるけど・・・相手の実力がわかっていない状態で強引な接近戦はしたくないなぁ」
この辺りも康太との違いが顕著に表れてくる。康太ならばどのような相手でもまず近づくことを考える。
だが幸彦の場合持ち前の耐久力を活かした戦い方をするためにまずは相手の攻撃能力を知る必要がある。
もしその攻撃力が幸彦の防御能力を上回っているのであれば、対策も考えなければいけないのだろう。
「それじゃあ行くよ。うまく合わせてくれると嬉しいな」
「任せてください。このまま倒すくらいのつもりで行きますよ」
二人が魔力を高めた瞬間、相手もこれから攻撃が来ることを察したのか、その体に光を纏い始めた。
その光がいったい何なのか、判明していない状態で幸彦は土の拳を思いきり振り切る。
当たり前のように障壁によって防がれてしまう土の拳だが、障壁にぶつかった瞬間土の拳は衝撃に耐えきれなかったのか形を崩してしまう。
土や石の破片が周囲にまき散らされる中、文の発動した竜巻が周囲にあったゴミなどを巻き込みながら土や石を上空めがけて吹き飛ばす。
そして土の拳が完全になくなった状態で、幸彦は足元にあったコンクリートの一部を持ち上げると勢いよく投げつけた。
ただ投げたというにはあまりにも速く、相手に襲い掛かったコンクリートの塊は相手の展開した障壁によって簡単に防がれてしまうが、次の瞬間、相手の足元のコンクリートが形を変え棘のようになり、勢い良く相手へと襲い掛かる。
障壁でも間に合わないタイミング、相手の背後ということもあって隙を突く形になったが、相手の纏っている謎の光がその形を変え、コンクリートの棘をつかみ取った。
光の鎧。そして光の腕。文はあれがいったい何なのか、かつて康太が戦っていた光景を思い出したことで把握していた。
光の鎧。物理的な障壁にも似た鎧を形成する防御型の魔術である。
「バズさん、あの鎧は」
「うん、僕も何度か見たことがあるね。全身に展開すると穴が増えるんだけど・・・うぅん、なかなか頑丈そうだなぁ」
どうやら幸彦もあの魔術の詳細は知っていたようで、困ったような楽しそうな、そんな声を出している。
幸彦はただその鎧を見ているだけなのに、その鎧の弱点がどこなのか把握しようとしているようだった。
康太も使うことができる壁破りの技術の応用であることはすぐに理解できた。小百合の兄弟子である幸彦も同様に使うことができるのだろう。
「電撃なら通りそうですけど、叩きこみますか?」
「うん、そうだね、やってみようか。僕は物理攻撃を続けるよ。相手の攻撃能力が知りたいけど・・・もう少し調べてからにしよう」
今のところ相手は防戦一方だ。文と幸彦の二人と対峙しているということもあって慎重になっているのもあるのかもしれない。
先ほどからまったく攻撃してくるそぶりがないため、二人も相手の本当の実力を測りかねていた。
今のところわかるのは高い防御能力を持っているということくらいである。
「さっきのは防がれたから・・・なら、これはどうかな!」
幸彦は近くにあったさび付いた柵を強引に外すと、それらを手際良く加工していく。力技で強引に曲げることもあれば、エンチャントによって作り出した手刀によって切り裂くことで即席の投げ槍を作って見せた。
土の杭や拳に比べれば貫通力は抜群、それをいくつも作った幸彦は勢いよく魔術師めがけて投擲する。
高速で射出された柵の一部は相手の障壁によって防がれる。さすがにただ投げただけでは相手の障壁を突き破ることはできないようだった。
だが次の瞬間、文が相手への攻撃を再開する。
先ほど巻き上げた土や岩、コンクリートの塊を下降気流を作り出して雨の如く降り注がせた。
ダウンバーストと呼ばれる現象を魔術によって作り出した文は、相手めがけて勢いよく岩石を叩きつけていく。
横からの攻撃に加えて真上からの攻撃。しかも先ほどの土の質量そのものが落ちてきたようなものだ。その威力は落下の威力も加えられてかなりのものになっている。
相手は障壁を傘のようにして防ごうとするが、降ってくる土や岩は砂鉄を纏い、わずかに電撃を宿していた。
障壁で防ごうとわずかな土や砂は簡単に障壁を回り込む。回り込んだ状態で磁力によって操られた砂鉄はすでにいくつも魔術師の体にまとわりついていた。
そして先ほどから投擲していた幸彦の柵の部品も、文の磁力によって操られ魔術師の周囲を飛翔し始める。
文が腕を振り下ろすと上空から炸裂音を轟かせながら電撃が襲い掛かる。砂鉄をたどるように落ちていった電撃は障壁を迂回し、魔術師の体めがけて襲い掛かった。
さすがにこの攻撃を受けるわけにはいかないと判断したのか、魔術師は周囲にある水を操り地面に電撃を流そうと盾を作り出す。
水の魔術を扱えるのかと、文はわずかに眉を顰めるが、文の攻撃はまだ終わらない。
強力な電撃に吸い寄せられるように、周囲を飛翔していた柵のパーツが勢いよく射出される。鋭利になった部分が魔術師めがけて襲い掛かる中、その柵のパーツは魔術師が纏っている光の鎧と腕によって止められていた。
「なかなか頑丈ですね。一本くらいは貫通すると思ったんですけど」
「んー・・・あのタイプの魔術は扱いが難しい分はまると強いからなぁ・・・現象系の攻撃が一番攻略しやすいんだけど、相手もそのあたりは把握しているみたいだね」
どんなに周りを鎧で覆っても、目で見るために、呼吸するために外部と触れなければいけない部分はある。
そういった部分を攻撃できるために現象系の攻撃はかなり相性はいいのだが、相手もそれを理解しているためになかなか簡単に攻撃させてくれない。
「まぁでも、侵入はできましたよ。これで少しは楽になります」
文の言葉を証明するかのように、周囲に散らばっていた砂鉄が魔術師に一気に引き寄せられていく。
いったい何がどうなっているのか、相手は判断できないようだった。
文は先ほどの攻防の間に、光の鎧の隙間部分から砂鉄を鎧の内側に侵入させていた。その砂鉄めがけて周囲の砂鉄が引き寄せられているのである。
普段から鎧を纏う康太を相手に訓練しているのだ。全身鎧の対策は文はすでにできているのである。
「バズさん、この辺りの地面をちょっとめくってくれますか?砂鉄を増量します」
「オッケー任せて。ほいさ!」
幸彦が地面を思いきり足で叩くと、コンクリートやレンガによって舗装されていた地面がめくれて下にあった地面が顔を出す。
そして文が地面に電撃を放つと、地面の中にあった砂鉄が徐々に姿を現した。
空中に浮遊していく砂鉄は魔術師めがけて一斉に飛翔していく。攻撃力自体はそこまでない。砂鉄そのものに攻撃力はないが、まとわりつかれれば厄介なのは間違いなかった。
魔術師は水を大量に作り出してその砂鉄を押し返そうとするが、地面そのものから湧いて出ている砂鉄を押し戻すには水の量が圧倒的に足りなかった。
「押し戻したいならうちのトゥトゥくらいの水を持ってきなさい。その程度じゃ押し返されてあげるわけにはいかないわよ」
磁力を操り、砂鉄を魔術師相手にまとわせていく文は仮面の下で笑みを浮かべる。
伊達に長い間訓練を積んできたわけではないのだと言わんばかりに自由自在に砂鉄を操っていた。
土曜日なので二回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです




