人間としての
「そういえばアリスってさ、日本にいた時みたいに世界を転々としてきたんだろ?」
「あぁ、それぞれの国で良いところも悪いところも見てきた。人生経験ならば誰にも負けんぞ」
康太とアリスは件の年代の事件を一つ一つ確認しながら目的の資料を探していた。とはいえずっと探し続けるというのもなかなか集中力が持続しないものである。こうして雑談に花を咲かせる時間が増えてしまうのも仕方のない話だった。
「いろんな国に行ってきてさ、どの国が一番過ごしやすかった?やっぱ母国のイギリスか?」
「いや、今のあの国はもはや昔とは別物だぞ?というか私が幼少期を過ごした地域はもうすでに思い出と呼べるものは何もない。ただ生まれた場所というだけになりつつあるな」
「家族とかは?一族も滅んだのか?」
「あぁ、間違いなく滅んだよ。私が協会を作ろうと考えていた頃だろうかな、流行病で私以外はみな死んだ。昔は今ほど医学も発達していなかったし、何より病に対する知識そのものがなかったからな・・・魔術も当時は発展途上、私がこの体を手に入れたのも発端はその病だ」
「へぇ・・・そういえばお前の師匠の話を前に聞いたことがあるけど、どういう経緯で知りあったんだ?」
アリスの師匠の話。非凡な発想ができるという不思議な人物だったということは聞いているがそれ以外のことは全く聞いたことがない。
「師匠は私の父の知り合いだったのだ。その経緯で私に魔術の才能があることがわかってな、コツコツと努力を続けた結果、私は体に対する理解が高まっていったのだ」
「体・・・アリスって体が弱かったとかそういう感じなのか?」
「いいや?恐ろしく元気でお淑やかではないと母に良く叱られたものだ。だが病には勝てなくてな、体への理解を深め病を克服したのだ」
「ふむふむ・・・でもその時に・・・」
「そうだ、私以外の家族は助けられなくてな、しばらくは師匠の下で厄介になりながら修業した。すぐに師匠は追い抜かしたがな」
アリスの師匠は才能自体はそこまでなかったらしいが、それでもアリスにとってのきっかけを作ったのがその師匠であるらしい。
病。当時の病がどのようなもので、そもそもアリスがどの時代に生まれた人間なのか康太は知らないが、それなりの家に生まれたのは間違いではないように思える。
「そういえばアリシア・メリノスっていうのは本名なのか?それとも術師名なのか?」
「あぁ、そういえば言ったことはなかったな。一応アリシアは本名だ。メリノスに関しては・・・何と言えばいいのか、本名ではない。私のファミリーネームはもうだいぶ前に消えた。それ以来名乗っていない」
アリシア・メリノス。一種の術師名であるという事実に驚きながらも康太は手に持っていたファイルをアリスに見せていく。
英語が読めれば分担して探すこともできたのだろうが、あいにく康太はそこまでの英語力を持ち合わせていなかった。
「これは小規模なものが目立つな。これも違うだろう・・・私の本当の名前を知るものはもういないだろう。私の弟子には一応名乗ってきたが、そ奴らもみな死んだ」
「そうなのか・・・でもなんでアリシアだけ普通に本名名乗ってるんだ?一緒に術師名にしちゃえばよかったのに」
「・・・これでも親からもらった名前を大事にしていると思ってもらいたいものだ。だが、まぁこれは私の決め事のようなものだ。協会を作った時から、師匠の下を卒業した時から・・・そして私が魔術師になった時からな」
「・・・ふぅん、なんか訳ありか」
「そんな大したものではない。自分の名前を堂々といえないようでは、大成することはできんだろうというだけの話だ」
魔術師が自らの名前を、本名を名乗ることはほとんどない。それは魔術師としてではなくただの一般人としての名乗りだ。
魔術師としても、そして一般人としてもアリスは堂々と名乗りを上げるだろう。それが彼女なりの一種の決め事で、信念のようなものなのだ。
「もうアリスって名前しか使ってないから別の名前になったら違和感あるけどな・・・っと、これはどうだ?」
「うむ・・・これは少し面白そうだな・・・魔術協会における動物実験の結果、動物愛護団体に所属、ないし動物を大事にする魔術師たちの反乱・・・多種多様な動物好きを巻き込んで相当な規模になったらしい」
「おぉ・・・でもこれはあくまで反乱っていうよりは抗議って言ったほうがよくないか?動物実験反対的な」
「動物実験があるから人体で試せるというのに・・・まぁそういった極端な思考を持つものは目の前のものしか見えていないのが常か」
その行動にどのような意味があるのか、またどのような意図をもってして行っているのか。たいてい人を批判する人間や特定の強い感情を抱いている人間はその行為自体にしか目がいっていない。
そのためにメリットやデメリット、理屈などではなく感情で物事を語ることが多い。
そういった人間には交渉ができないものだ。そうして膨れ上がった不満などがさらにほかの不満にも拍車をかけ、本部に対しての大抗議運動が行われたのだという。
魔術協会に所属している魔術師も所詮は人だということだろう。魔術師を名乗りながらも根本の人間部分を捨てきれないのだ。




