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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
二十六話「届かないその手と力」

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面倒くさい二人

康太とアリスはその日の晩に本部に足を運んでいた。


用件は早いうちに済ませるに限る。ついでに言うと康太自身が過去の事例を知りたかったというのも理由の一つだ。


「副本部長に会いたいんだけど」


本部の受付にそう告げる。アリスの通訳がすでに効果を表しているからか、受付の人間は康太の言葉を問題なく受け取っていた。


「副本部長は多忙でして・・・お名前をうかがっても・・・」


「・・・ブライトビーとアリシア・メリノスが来たと伝えてください」


その二つの名前が出た時点で受付の魔術師の体がわずかに反応するのを康太は見逃さなかった。


さすがに本部ということもあって受付もある程度情報通が任命されるのだろうか、康太とアリスの存在をほぼ正確に理解しどうしたものかと悩んでいるようだった。


「かしこまりました、少々お待ちください」


自分だけで判断するのは危険と判断したのか、受付の人間は人を副本部長のもとへと向かわせるようだった。


「さすがに私とお前が一緒に動けば本部の人間とて平静は保てんか・・・というか本部に行くときは基本私とお前はセットか」


「俺英語苦手だからな。いい加減できるようになれって言われてるけど、高校生にはつらいのよ」


「母国語が英語の私にとっては日本語の方が難解だったがの・・・あのようなぐちゃぐちゃの言語でも理解できるのだから英語だって理解できるだろうに」


「勉強として英語を見てるからかな・・・そこまでわかりやすく思えないんだよ・・・どうあがいても頭が英単語を拒否する」


「まったく・・・日本の若者の何と軟弱なことよ・・・もう少し勉学に精を出そうとは思わんのか」


「思わん!俺は日本人だから日本語ができれば苦労はない。それにお前が一緒にいてくれれば英語も大丈夫だろ?」


「いつまでも私が一緒にいるとは限らんだろうに・・・仕方のない奴め・・・」


アリスとしては通訳代わりにされるのも悪い気はしないのか仮面の下で笑みを作っているのが康太にもわかった。


強力な力を期待されるより、こうした知識を披露するほうがアリス的にはうれしいらしい。そのあたりのさじ加減は本人にしかわからない。


康太からすれば通訳など絶対に嫌だと思うのだが、そのあたりはアリスの不思議なところだと思っておくべきだろう。



「お待たせしました、副本部長がお会いになるということです」


「ありがとうございます。それでは」


康太とアリスはさも当然のように副本部長の部屋に向けて歩き出す。その様子を本部の魔術師が眺めていた。


康太とアリスのことを正しく理解している者もいれば、康太とアリスがいったい何者なのかを把握しようとしている者もいる。


アリスの存在は知っていても康太のことを知らないという者もいた。視線に混じるそれぞれの感情を受け止めながらアリスは仮面の下で笑う。


「ふはは、こういう視線も悪いものではないな。畏怖、羨望、疑念、焦燥、いろんな感情が読み取れるわ」


「視線からそんなに読み取れるのか、さすがアリスだな。俺はまだどこで誰が見てるってことくらいしかわからないな・・・殺気とかそういうのはわかるんだけど」


「その歳でそこまで読み取れるのであればあと少し経てば私と同じように感じ取ることができるだろうよ」


アリスは嬉しそうに、そして少しだけうらやましそうに康太の方に視線を向ける。アリスが康太ほどの歳の頃、いったい何をしていただろうかと思い出し、魔術しか関わってこなかったためこのような独特の感性は有していなかった。


それにアリスが持っているそれは戦闘用のものではない。今まで多くの好奇の目にさらされてきたからこそ身についたものだ。


どの方角の誰が見ているのか、どのあたりから見られているのか、アリスはそういったことに気付くことはできない。


あくまで相手がどのような感情を持っているか、どの視線がどのような感情を持っているか程度しか読み取れないのだ。


そのための訓練を積んでこなかったのが原因でもあるが、十七歳程度の魔術師がこれほどの技術と感性を有しているのは恐ろしく、素晴らしいことだなとアリスは考えていた。


「ちなみに、この中で敵意を抱いているものはおるのか?」


「・・・いるな。俺らを見下ろしてるやつ・・・やや後ろ・・・あいつか」


康太がその方向に視線を向けると、視線の主は康太に見られたことに驚いてすぐさま視線をそらしてどこか別の場所へと移動していた。


何もしかけてはいなかった。ただ見ていただけ。だというのに睨まれた。羨望からくる敵意だったのか、あるいは康太かアリスのどちらかに恨みを持つものかはわからないが、有名になれば当然敵も多くなる。勝手に生まれる敵を相手にするほど康太もアリスも暇ではない。


「よいのか?逃げてしまうぞ?」


「ただ見られてただけで喧嘩売るほど馬鹿じゃないよ。何より、敵意はあったけど殺気はなかったからな。そこまでやる気じゃないだろ」


気に食わない程度の敵意を相手にする必要はない。そんなものは日本支部でも何度も受けてきたのだから。


康太はため息をつきながら副本部長の部屋の扉を叩く。


「・・・何の用だ?何か進展でもあったか?」


いきなりやってきて会いたいなどと言ってきた康太とアリスに多少なりとも不信感を抱いているのか、副本部長はやや訝しみながら康太とアリスを見比べている。


どんな無理難題を言うのか、あるいはどんな突拍子もないような事柄を口にするのかとだいぶ身構えているようだった。


「特に進展はないかな。それより頼みがあってきたんですよ」


「・・・頼み・・・?いったいなんだ?さすがに都市一つを破壊するのを容認するわけにはいかないんだが」


「誰がそんなことしたいって言ったよ。一度でも俺がそんなこと言ったか?そうじゃなくて、今まで魔術協会が解決した中で今回と同レベルで大規模になった事件の顛末を知りたいんだよ」


「・・・そんなものを知ってどうする?」


「別に?ただ知りたいから言ってるだけ。そういう事件の記録とか詳細はあるんだろ?それを見せてほしいんだ」


康太の申し出に副本部長はかなり悩んでいるようだった。別にそこまでおかしなことを言っているとは思わなかったのだが、副本部長の頭の中ではいろいろと考えがめぐらされているようである。


康太の今までの行動と性格、そしてそれらからどのような行動があり得るか、頼んでいる事件の詳細を知った後どのようなことをするか、そしてそれは自分の不利益になるかどうか、ここまで考えているようなのだが即座に答えは出せないようだった。


長い沈黙に耐えかねたのか、アリスは康太の服の袖を引く。


「ビーよ、先にあれを渡してしまったほうがよくないか?のんきにしていると忘れかねんぞ?」


「そうだった。あと副本部長、これ」


「・・・ん?なんだこれは?」


康太が手渡したのは茶封筒に入った書類だった。


その中にはあらかじめ支部長がまとめた拠点の情報が記されている。支部長同士の会合で決められた、流出しても問題なさそうな情報である。


「この間把握できた拠点の一覧。少し落ち着いてから攻略する予定だけど、本部にも一応知らせておいてほしいってうちの支部長から預かったんだよ。本部の各方面に伝達しておいてくれ」


「・・・なぜお前たちが私に・・・」


「ついで」


「・・・・・・・・・」


もう少しちゃんとした説明を求めたいところだが、副本部長も康太の性格を把握しつつあるのか、額に手を当てながらため息をついてしまっていた。


面倒なことを嫌がる康太らしいと副本部長は考え、本当についで以外のなにものでもないと考えたのだろう、書類を少し見てから再度ため息をつく。


「こういうものは本来それをきちんと伝達するための部署があるからそちらに渡してほしいものだ」


「そんなのあるのか?」


「知らん。私がいない間にいつの間にか本部もややこしくなったのだの」


康太とアリスの言葉に副本部長は頭が痛いのだろうか、仮面の下で強く眉間にしわを寄せていた。


本当に雑な連中だなと思いながらも、副本部長は何とか平静を保ち、康太に向き直る。


「情報に関しては感謝する。日本支部の支部長は働き者で助かると伝えてほしい。それと、先ほどの頼み事だが」


「どこに行けば調べられるんだ?」


「こちらの返答を待たずに話を進めるな。結論から言えば、調べることに関しては好きにして構わない。だが断っておくが、今回と同規模の事件が起きたのはもうかなり前の話だ。具体的には私が生まれるよりも前だろう。記録自体も古いものになっているために信憑性に関しては保証できない」


「そのあたりはこいつに聞いて補完するから大丈夫。伊達に封印指定と一緒に行動してないって」


「生きた図書館と呼んでくれていいのだぞ?」


アリスは得意げに笑って見せるが、仮面の上からではその表情はわからなかった。


とはいえ正式に許可が出たのだ。あとは調べに行くだけである。


「で、どこを調べればいいんだ?図書館でもあるのか?」


「依頼や事件などを記録してある管理室がある。本来なら本部の人間しか立ち入りはできないようにしているが・・・許可を出しておこう」


「そりゃありがたい。何か裏がありそうだ」


「お前たち二人を敵に回すよりはましだと判断しただけの話だ。少なくともその気になれば本部の隅から隅まで探すこともできるだろう」


その気になればという言葉に康太は笑ってしまう。康太とアリスが一緒に行動していれば、確かにこの本部でも探せない場所はないだろう。


物理的な破壊だろうとアリスの隠匿だろうと、探せない場所はない。


もっともその分多くの魔術師を敵に回すかと思うと割りには合っていないが。


「んじゃお使いも済ませたし、調べに行きますか。副本部長、また来るよ」


「もうしょうもない用件で来るんじゃない」


「冷たい男だの、そんなでは女性の心をつかむことはできんぞ?」


「余計なお世話だ」


副本部長は額に青筋を浮かべながら副本部長室から出ていく二人を見送ると、中断させられていた書類に目を通し始める。


まるで嵐のような二人だったなと、康太から渡された封筒を横目に大きく、そして長くため息をついた。








「お使いも完了したし、それじゃ探し物をしますかね」


「この膨大な量の資料の中から目的のものを探すのか・・・さすがに気が遠くなりそうだ・・・本当に探すのかの?」


「あぁ、どうせ一度は見ておきたいって思ってたしな」


康太は副本部長から渡されたメモを片手に、閲覧を許可された資料室にやってきていた。


そこには過去に起きた事件がまとめられている。全て方陣術を応用して記されており魔術師以外にはまともに読むことすらできないようなものばかりだった。


メモには過去今回と同じような規模、あるいはそれ以上の規模で起きた事件が発生した年代が記されている。


この資料室にあるのは間違いないが、過去何百年にもわたって記録され続けてきた事件の数々。


年代がある程度わかっているとはいえ、アリスの言うように気が遠くなりそうな作業だった。


何せ特定の年代だけでも収容されている資料は本棚一つ分、事件が多い年代になると本棚三つ分すべてが埋まるほどの資料になる。


しかもそれで概要しか書かれていないというのだから恐ろしい話である。全てが事細かに記載された資料ではいったいどれほどの量になるのか想像もできない。


「えっと・・・一番最近の事件が・・・千八百年代だな。日本で言うと・・・何時代だ?明治?大正?」


「江戸時代の終わりの方・・・千八百六十八年に明治時代に移った。ある意味激動の時代だ・・・というか自国の歴史くらい知っておけ」


「いきなりポンと年代言われたって思い出せないっての。別にそこまで歴史に興味ないし・・・あれ?っていうかそうか、明治時代って言ったらアリスが日本に住んでた頃か?」


かつてアリスは日本に滞在していたことがある。拠点を日本に移し、いろいろと行動していたということらしいが詳細は知らない。


いったい何をやっていたのか、何を思って日本に来たのか、不明なことだらけではあるが明治という時代はアリスにとっては思い入れのある年代なのだろう。


「よくもまぁそういうことは覚えているのだな・・・もう百年以上も前の話か・・・懐かしい・・・今ほど日本が暑くなかった頃だ」


「やっぱ日本は昔に比べて暑くなってるんだな・・・って、そういうのは今はいいや。その頃の事件って・・・日本で起きたのかな?」


「さて・・・私は当時本部から離れていたからよくわからん。もしかしたら私を捕まえようとした大捕り物かもしれんの」


「相手が身近すぎて参考にならないし、何より今回ほどの規模ではないだろ。お前相手に何人ハンター用意するんだよ」


「百人デカという奴だな、五人バーサス百人の鬼がリアル鬼ごっこをするとかいう」


「なんでお前そういうのは知ってるんだよ。しかも最近それやってないから。今はどっちかっていうと逃走中だから」


相変わらず娯楽に対してはアンテナの感度がいい奴だと思いながら、康太はとりあえず千八百年の始まりから手に取っていく。


「・・・あ、ダメだ、そもそも英語で書いてあるから読めん・・・アリス先生、この辺りの翻訳お願いします」


「まったく、最近の若いもんは英語もできないのか」


「いや、英語はある程度できるんだけどさ・・・さすがにこれだけ英語だけで書いてあると何が何やら混乱してくる。俺は生粋の日本人なんだから日本語で書いてくれよと文句を言いたいね」


「イギリスに本拠地を置く魔術協会の本部にある資料なのだから英語なのは当たり前だろう・・・というかそういうことをわかっていたから私を連れてきたのではないのか」


そうだったそうだったと康太はファイルをいくつも手に取りながらとりあえず一通りアリスにその年代に何が起きたのかを読んでいってもらう。


そうして資料に目を通していくアリスだが、いくつか気になる内容の事件があったのか、ところどころページをめくるのをやめて熟読しているようだった。


「知ってる事件はあったか?」


「・・・あぁ、私が関わっていた事件も記載されていた。つまりこれは本部だけではなくありとあらゆる支部で起きた規模の大きい、そういう事件をまとめているのだろうな・・・懐かしい・・・こういうものまで記しているとは」


「何が書いてあったんだ?」


「なに、昔私が起こした事件が書いてあっただけの話だ。犯人は不明とされているがの」


アリスは楽しそうに自分が起こしたことを笑っている。


昔はなんであんなことでこんなことをやらかしたのかのと楽しそうに笑っている。事件を起こされた側としてはたまったものではないだろうが。


「ちなみにその事件の発端は?魔術的な考え方の違い?むかつくやつがいた?方向性の違い?」


「ある意味方向性の違いかの・・・今となってはどうでもよいことで争ったものだ・・・当時私が身を寄せていたものは商売をやっていてな・・・そこで売り出す商品の絵柄が気に食わなくて・・・ちょっとな」


「絵柄が気に食わなくて何だよ。そこで黙られるとすごく怖いんだけど、いったい何したんだ?」


アリスがどうでもよいことに力を入れるタイプであることはよく理解しているが、いったい何をやらかしたのか気になってしまう。


そしてどのようなことになったのか、何が起きたのか、康太はアリスにまっすぐとした目を向けていた。


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