評価と実績
「うわぁでも楽しみになってきた。あの人に直接会えるなんてちょっとテンション上がってきたわ」
「そんなに嬉しいのか?有名な人って言ったって魔術師だろ?」
「魔術師でもレベルの違う人に会えるのはいい経験よ?あんた的に言えばボルトに会えるくらいかしら?」
「・・・いやまぁ凄いのはわかるんだけど俺そこまで陸上選手にあっても嬉しくないぞ?」
文の言いたいことは十分に理解できる。同じ土俵に立っていながら頂点に近い場所に位置している存在との会合は大いに有意義な時間となるだろう。
何より自分自身が得られるものが大きい。知識的なこともそうだが有名人に会えるというその事実そのものが一種の興奮を呼び起こす。
その興奮の度合いは人によるだろう。会う人という意味ではこちら側にも相手側にも言えることだ。
康太にとってはそこまで気にするような人物ではないただの凄い人程度の認識でも、文にとっては雲上の人のような感覚なのだろう。この辺りの認識の違いはどうしても仕方がないという他無い。
「そこまで持ち上げるとあの人に少し悪い気もしますね・・・会ってもがっかりしないであげてくださいね?」
真理がここまで言うという事は本当に実際の外見はただのおじさんなのだろうか。実際の年齢は大まかに聞いていたが実際に会ってみないと全くイメージできない。
康太の頭の中では現在ジョニー・デップのような外見の男性が浮かんでいる。
文の説明が強烈過ぎて渋い強面の男性というイメージができてしまっているのである。
「外見よりも技術の方が大事ですよ。でもゴールデンウィークに会う約束ができるってのもすごいですよね。今日もう会うんですか?」
「いや、今日は別荘に向かうのが優先だ。商談は明日の昼に行う。向こうの都合に合わせた結果だな。そのあたりは我慢しろ」
「いえいえ、そのくらいだったら全然待ちますよ。むしろ聞きたいことリストアップしておきたいですし丁度いいです」
恐らくは方陣術関係でいろいろと確認したいことや技術的に聞きたいことがあるのだろう。彼女の向上心は見習うべきなのだがそもそも聞くべきことに関して何も思いつかない自分は聞く聞かない以前の問題だなと康太は小さくため息をついていた。
今回持ってきた紙や薬品はジャンジャック・コルトのために用意されたものだ。それだけのまさに一流というに遜色ない実力を有しているのであれば小百合がこれだけ面倒なことをしてでも彼と商談を持とうとしているのも頷ける話である。
彼女が昔世話になったというのもあるのだろうが待遇が通常のそれではない。少なくとも以前彼女に絡んでいたゴーレムを使う魔術師と比べると雲泥の差がある。
「にしてもそれくらいすごい人なら協会の評価もずいぶん高そうだよな。それだけで生計立てられそうだ」
「生計を立てるっていうのはさすがに無茶ですけど、実際数多くの依頼が来ては術式の変換やらを行ってますからかなり評価は高いですよ」
「俺の評価を十としたらどれくらいです?」
「軽く百万くらいは超えているかと」
あまりの差に康太はおっおぅ・・・と何も言えずにいた。いっても千くらいかなと思っていたらそれらを軽く飛び越えて百万以上の評価を受けるというその落差。
もはや比べる事自体がおこがましいレベルである。
「あんたね、駆け出しのあんたとコルトさんが同レベルに比べられるわけないじゃないの。あっちはかれこれ何十年も魔術師やってるのよ?」
「あー・・・まぁそれもそうだな・・・確かにそういやそうだ」
考えてみれば康太はまだ魔術師になって一年も経っていない。それに対して相手の年齢は約五十代。仮に康太と同じ年に魔術師になったとしてもすでに三十年以上の経験を積んでいることになる。
違いが出て当たり前、むしろそこで違いが出なければこの三十年以上何をやっていたのかと聞き返したくなってしまう。
「実際彼は高い技術に加えて協会から直接依頼を受けるようなこともありますからね。仕事と評価が直結しやすいのも彼の評価を高めている一因なんです」
魔術協会の出す評価を上げるにはいくつか方法がある。新しい術式などの開発、あるいは魔術的な事件の解決だ。
前回の事件で康太と文は後者の部類で評価をあげた。だがコルトは延々と前者の新しい術式の開発という部門で功績を上げ続けているのだろう。
しかもその仕事は文からも高評価を受ける程だ。恐らく方陣術を扱う魔術師からすればまさに一流技術者並の信頼を受けているのだろう。評価が康太の何十万倍あって当然というだけの仕事をこなしているという事だ。
「本人はあまり魔術協会には顔を出さんがな。仕事で呼び出されたときくらいだ」
「え?でもそれだけ有名ならやっぱり魔術協会に引っ張りだこなんじゃないんですか?」
「いや、顔を出すと何でもかんでも押し付けられるから嫌なんだそうだ。本当に必要なものだけをこなしておきたいんだと」
つまりは優秀すぎるから仕事が彼に集中してしまうという事だ。確かに本人からしたら嬉しい悲鳴かもしれないが魔術師というのは普通の生活だってあるのだ。
社会人として生きているものとして魔術にだけかまけているわけにはいかないのである。
その為にあまりにも仕事が多くならないように魔術協会に顔を出すのは限りなく避けたいようだ。今回小百合がわざわざ協会経由ではなく実際に会うようにしたのは彼の都合もあるのだろう。
有名かつ優秀なのも考え物だなと康太はほんの少しだけ同情していた。