内通者はどこに
支部での打ち合わせが終わり、着々と準備を進める中で康太は春奈のもとを訪れていた。
訪れた理由はこの場所の主である春奈に呼ばれたからである。
春奈に呼び出されることはそこまで多くないため、康太からすれば少し気になることでもあった。
康太をここに連れてきた文も少し不思議そうな表情をしている。
「師匠、康太を連れてきましたよ」
「ご苦労さま・・・さて・・・まずはお茶でも入れようか」
康太がやってきたことを知って春奈は魔導書を読むのを一度やめ、それぞれのカップに紅茶を淹れ始める。
手慣れた手つきで入れられていく紅茶はとても良い色をしていた。香りが部屋の中に広がっていき、本で埋め尽くされたこの空間にわずかな変化が生まれると、本棚の方で何やら作業をしていたのだろう倉敷も康太が来たことに気付いたのか顔を出してきた。
「お、来たのか。どうした?」
「春奈さんに呼ばれてな。それで春奈さん、お話というのは?」
「ん・・・さてどこから話したものか・・・康太君、君は今回の件、どのように思っている?いやどのように感じている?」
「・・・どのように・・・とは・・・ちょっと質問が広すぎてよくわからないですけど」
今回の件に対して何か思うところはあるのかということを聞きたいのだろうが、具体的にどのようなことを聞きたいのかがわからないために康太は返答に困ってしまう。
適当な返答ができないわけではないが、春奈の表情は真剣そのものだ。同じようにしっかりと考えて答えを出さなければいけないだろう。
「私は今回の件、かなり強い不信感を抱いているよ。情報が洩れすぎているのではないか・・・とね」
「・・・なるほど・・・」
康太はあえて返答を急がず文の方に視線を向ける。すでに春奈には文の方から支部、ないし本部の中に内通者がいる可能性を告げてある。
それでもさらに不信感があり、情報が洩れすぎているということに何かしら思うところがあるようだった。
「こっちに向こうの内通者がいるっていうのはすでに文から聞いていますよね?」
「もちろんだ・・・その内通者の問題だ・・・今までの経緯を考えると相手側への情報の流出がかなり多いように思える」
「・・・そんなに漏れてるんですか?俺はそこまで知らないんですけど・・・」
康太は今回の情報がどれほど相手に漏れているのかなど把握しようがない。そもそもどのようにしてその情報を得たのか、康太は少し不思議だった。
そしてその疑問を解消するように、春奈はいくつかの資料を取り出してきた。
「これは支部長に頼んで取り寄せてもらったものだ・・・少々荒っぽい手段も講じたようだが・・・それは置いておこう・・・君たちも行ったビデオを囮にした捕縛作戦以降、拠点攻略に使われた資料とその結果の報告書だ。各支部ごとにまとめてある」
日本だけではなく世界各国で行われた拠点攻略の資料に康太は目を丸くする。あくまで概要だけが知りたいからか、拠点の場所、いるであろう人数、そしてその結果という形でまとめられている。
それだけ簡素にまとめられていても目を見張る量だった。
「こんなに・・・やっぱどこもかしこも動いてるんですね・・・それだけ得られた情報は多かったってことですか」
「もちろん相手もそれだけの規模を有しているということの裏返しでもあるが・・・そんなことよりもだ・・・今まで行われた拠点攻略、成功率自体は五割を切っている」
「五割・・・半分以下ってことですか?それって相手がそれだけ強かったとかそういう意味じゃ・・・なさそうですね・・・」
康太は資料を見ながらそれを確認していく。戦闘を行って撤退したという内容がほとんどなかったのである。
戦闘を行わず、中がもぬけの殻だったという報告がやたらと目立つ。いくつか魔術師がいたという痕跡と、今回の件に関わりそうな内容のものを見つけることができたことから、急いでその場から離れたという印象が強いというのが報告書にも上がっている。
そしてそれが今まで行われ、報告が上がっている拠点攻略作戦のうちの約半数。確かにこれは情報が流出しすぎているといわれても仕方がない量である。
「うちの・・・日本支部の方ではあんまり上がっていませんね」
「支部長曰く、本部に出す情報をある程度絞っているらしい。だが逆に、本部に挙げた情報ではこちらももぬけの殻という事案が多い」
支部長が情報を操作してどの支部に内通者がいるのかを確認しようとしているのだろう。そこまでやっているとはと康太は支部長の評価を高めていた。
今回の件を支部長なりに重く受け止めているということだろう。
「つまり、本部に内通者がいると」
「そう考えている。本部の誰なのか、役職はどこなのか、そこまではわからないが本部の人間が最も怪しいのは間違いない」
「・・・由々しき事態ですね・・・本部が内通者を出しているとは・・・」
「もちろん確定ではないがな・・・情報を扱うもの、伝えるものがそれを行っている可能性もある。ただの伝達役が内通者である可能性だってあるんだ」
「・・・情報を共有しなきゃいけない時だっていうのに、情報を共有しようとすると逆にその情報が洩れる・・・いやな状況ですね・・・このことは本部や支部には?」
「まだ伝えていない。誰が敵で誰が味方なのかはっきりしないからな、伝えるわけにもいかないだろう」
春奈の言うことももっともだ。内通者が誰なのかもわかっていないのにその情報を伝えるなんてことはやるべきではない。
だがこのまま手をこまねいているわけにもいかない。どうするべきかと康太たちは迷ってしまっていた。




