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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
五話「修業と連休のさなかに」
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車の中での

「さて、ではバカ弟子の躾も済んだところで荷物を車にいれろ。それとベル、奴から鍵を預かっているな?」


「え?あ・・・はい。これがそうです」


後の方で小百合が乗ってきた車に寄り掛かるように打ちのめされている康太を尻目に、文はエアリスから預かってきた別荘の鍵を小百合に渡す。


今回文が康太たちの旅行に付き合うことになった理由の一つがエアリスから別荘の鍵を預かるというものだ。


エアリスの直弟子である文がとりあえず件の別荘の代理的な管理人になるという形で今回の別荘での活動を許されたのである。


一応一時的な同盟関係を結び、何より昔からの付き合いがあるとはいえ赤の他人に別荘を預けるというのはエアリスとしても避けたかったのだろう。


何よりその対象が康太や真理なら良かったのだが小百合となるとどうなるかわかったものではない。何よりエアリスは小百合のことをひどく嫌っているのだ。いくら弟子のためとはいえそんな人間に別荘を預けるなど正気の沙汰ではない。


「よし、それじゃあ出発するぞ。トイレなどは大丈夫だな?」


「え?あぁ・・・はい・・・」


小百合はぐったりしている康太を後部座席に無造作に放り込むとさっさと運転席の方へと座ってしまった。


それを見た真理は後部座席を心配そうに見ながら康太の荷物をトランクに入れた後助手席に陣取る。


こうなると文は必然的に後部座席に行かなければいけないだろう。もともと助手席にいても何ができるわけでもない。自分の荷物をトランクの中に入れると康太が放り込まれた後部座席に座ることにした。


「うぁ・・・い・・・痛い・・・」


「妙な事言うからよ、仮にも自分の師匠なんだからもう少し敬いなさいっての」


「あ・・・あれはタイミングが悪くてだな・・・本人がいる前であんなこと言うつもりは・・・」


「ほうほう、私がいないところではいろんな悪口を言っているのか、今度盗聴器でもしかけてやろうか?」


康太の再びの失言にミラー越しに小百合の眼光が康太を睨むが、もはや反応するだけの気力もないのか康太は小さくすいませんでしたと呟いていた。


なんというかこの師弟はどうしてこうも攻撃的なのだろうかと思えてしまう。助手席で苦笑いしている真理が非常に不憫である。良くも悪くもポンコツな二人に挟まれてさぞ苦労が絶えないだろう。今この場だけは自分がフォローしなければと文は意気込んでいた。


「そ、そう言えばこの車って結構広いですよね。いつごろ購入したんですか?」


「ん・・・こいつは私が大学の頃に買った車だ。師匠の仕事を手伝っていたこともあって荷物を多く入れられる車が希望でな」


駅から出発し道を走り始めた小百合の車は彼女の自家用車だ。ワゴンとまではいわないがそれなりに広く大きい外観をしており、実際に収納も乗れる人間もかなり多めに設定されている節がある。


後のトランクを調整すれば六人乗りになるだろう構造だ。今回は荷物を載せる関係で四人乗りの形にしているが一般人が使うにしてはそれなり以上の許容量と言えるだろう。


「でもこれだけの大きさのものだともてあましませんか?大きいし・・・」


「まぁそうでもないぞ。いろいろ荷物を運べるという意味では重宝している。まぁ学生にはわからんだろうが車は持っておいて損はない」


学生の内は車などは全く運転できないためにその利便性はほとんどと言っていいほどわからない。


実際文の家も車を所持しているが普段は父が通勤に使用しているために車を利用できるのは休日だけだ。しかも自分が運転しているわけではないのでそのありがたみも感動も半減してしまう。


学生にはわからないというのはある意味正しい評価だと言えるだろう。


「実際自分の好きなところに行けるっていうのは便利ですよ?私もバイクを持ってますけど時間を気にせず移動できるっていうのは強みです」


「へぇ・・・私も十六になったら免許取ろうかな・・・」


「それがいい、ビーにも話したが魔術師がバイクを持っているというのはかなり便利だ。夜の行動が多くなるだろうし移動も楽だしな」


昨日話した内容を文は知らなかったが、恐らく康太が非常に興味を引いたことだろうということは容易に想像できた。


男子高校生ならバイクに興味を持つのは至極当然だろう。


「でもやっぱり先立つものが必要ですよね・・・私もこの前の事件で少し入りましたけど全然目標金額には届きませんし」


「なんだ、エアリスはそのままお前に渡しているのか?随分と信頼されているんだな」


「えぇ、師匠は比較的私を信頼してくれてます。魔術師として生きてきて長いですからね」


魔術師としてだけではなく彼女の人格的な意味でも信頼しているのだろう。今回別荘の鍵を渡したことからもそのことがうかがえるが随分と深い信頼関係で結ばれた師弟だなと真理は感心していた。


それに比べてこっちはと肩を落としてしまう。なにせ康太は小百合の信頼を得てはいるだろうがそれは文とエアリスのそれとは圧倒的に違うだろう。


否、むしろ自分と小百合の関係を見てもエアリスと文のような師弟関係ではないのは明らかだ。


やはりエアリスという魔術師は小百合よりも人間的に優れているのだろうかと真理は小さくため息をついていた。


師弟関係に関わってくるのが単なる人間としての性格かどうかはさておいて、実力も無視すればエアリスの方が圧倒的にましな人間であるというのは紛う事なき事実であると認識していた。


「あ、そうだ師匠、姉さん。二人の本名をこいつに教えてやってくれませんか?いちいち魔術師名だと堅苦しくて」


先程までのグロッキー状態から回復したのか、康太は運転席にもたれかかるように二人に問いかけていた。


康太が小百合に折檻を受ける直前まで話していた内容だ。実際にどのような回答を返されるかはさておき言ってみるだけならタダだと判断したのだろう。


実際文だって前にいる二人の本名を知ることができれば少し楽になる。精神的にもずっと魔術師であるというのを意識するのはつらいのだ。


「そうだな・・・せっかくのリフレッシュだ、まぁいいだろう。改めまして初めまして鐘子文、私は藤堂小百合だ」


「私は佐伯真理です。よろしくお願いします文さん」


「え?あ・・・はい・・・」


自分は彼女たちに本名を教えていただろうかと文は僅かに首をかしげる。だが相手が自分のことを知っている以上ある程度調べていてもおかしくない。その中で自分にも本名を教えてくれたというのは彼女たちなりの誠意であると考えていた。


「あれ?二人とも文の本名知ってましたっけ?」


「お前の相手になった人間を調べないわけがないだろう。そもそもこいつの情報はエアリスを通じて私にもある程度は通じている。知らない方がおかしい」


「それにこういうのって調べようと思えばいくらでも調べられますからね。あんまり誇れる手段じゃありませんけど」


恐らくは魔術的な何かを使って調べたのか、それともただ単に人脈や技術を駆使して調べたのか、どちらにせよ一方的に知っていた状態から相手の本名をきちんと知るという対等な存在になったのは間違いない。


そうなると康太が知らないのは後はエアリスの本名くらいである。


「文、今度エアリスさんの本名も教えてくれよ」


「なによ、そんなの自分で聞けばいいじゃない。たぶん教えてくれるわよ?」


「どうだか、俺はこの人の弟子だぞ?ただでさえ目の敵にしてる相手の弟子にホイホイ本名教えるか?」


そう言われると・・・と文もどうやらあまり自信はないようだった。小百合とエアリスは互いに犬猿の仲と言えるレベルで仲が悪い。出会ってすぐに殴り合いを始めても何ら不思議はない程に互いを敵として認識しているのだ。


今は互いの弟子のために我慢しているが互いにいつ限界が来てもおかしくはない。というか今まで平穏に協力関係を結べているのが奇跡のようなものだ。


昔から二人の関係を見ていた真理からすれば説得できたことは本当に予想外だったのだ。昔に比べれば二人とも大人になったという事なのだろう。


「盛り上がっているところなんだが、私はあいつの本名を知ってるぞ?もちろん向こうも私の本名を知ってる」


「え!?あんなに仲悪いのに!?」


「仲が悪いのは認めるが、あいつとは無駄に長い付き合いだからな。そう言う状況になってしまったこともあるんだ。そのあたりは察しろ」


恐らくは名前を名乗らなければいけないような状況になったことがあるのだろう。小百合としては不本意なようだが互いに運がなかったというほかない。いやむしろ名前を教えたのはよかったのかもしれない。これで互いの弱みを互いに握っている状態になっているのだから。


「だからあいつも聞かれれば邪険にはしないだろう。もちろんお前の名前を教える必要があるだろうがな」


「なんだ、それならほぼノーリスクじゃないですか。別に名前くらい教えても何の問題もないですし」


魔術師が自分の名前を隠し術師名を名乗るのは個人情報を守るという意味もあるが平時において急襲を受けないためでもある。


だがはっきり言ってエアリスに対して名前を隠すことはほとんど意味がない。


なにせ文の相手になった時点で恐らく康太の事も徹底的に調べているだろうからである。


小百合がそうだったように、エアリスも同じようなことをしていても不思議はない。まったくもって仲の悪い二人だがそう言う行動は何故か似通っているのだ。

本人たちにこの事を言ったらきっと怒られるだろうが。


「あのね康太・・・師匠には教えてもいいでしょうけど他の魔術師に簡単に本名を名乗るのはやめておきなさいよ?あんたペラペラ話しそうだけどさ・・・」


「大丈夫だって、ちゃんと信頼できる人にだけ話すよ。少なくともお前やエアリスさんは信頼できるだろ」


今まで世話になったからというのもあるが、康太は文やエアリスに対してかなり高評価好印象を持っていた。


もしかしたら師匠である小百合よりも印象面では良いかもしれない。それほどの評価を二人に与えている。


面と向かって信頼できると言われ文は気恥ずかしいのか頬を掻きながら視線を逸らしている。だが悪い気はしないのか複雑そうに笑みを作っていた。


「その言葉をあのバカに教えてやりたいくらいだ。あいつは正面からそういうことを言われるのになれていない。きっと間抜けな顔をするだろうな」


「へぇ・・・ちょっと意外ですね。師匠みたいに何言われても動じない人間だと思ってました」


「・・・お前の私に対する評価を少し改めさせた方がいいような気がするのは私だけか?」


「いえいえ、でも師匠ってそんな感じしますよ。いいじゃないですか肝が据わってるって言われてるようなものですし」


真理のフォローを受けても小百合は若干腑に落ちない表情をしながら運転を続けている。


互いに名を明かした魔術師たちはこれから本名で呼び合うことになる。少なくともこれで魔術師の旅行から一般人もどきの旅行に変更になった。康太からすればようやく肩の荷が下りた気分である。


「そう言えば・・・小百合さん、今回商品を売る方ってなんて方なんですか?康太の説明じゃ要領を得なくて・・・」


名前呼びがなれないのか、文は一瞬口ごもりながらも小百合に話を振っていた。以前康太から大まかな事情は知らされていたものの、その細かい内容までは不明だったのである。


いや正確に言えば康太も詳しい事情は知らなかったのだ。説明が要領を得なかったのも仕方のないことだろう。


「部外者に顧客の情報を教えるのは正直どうかと思うが・・・まぁいいだろう。今回の取引相手はジャンジャック・コルトだ」


「・・・なんか特徴的な名前ですね」


康太は全く聞いたことがない名前だったためにどんな人物であるのかをイメージできなかったが、どうやら文はその名前に聞き覚えがあるのだろう。眉を顰めながら驚いた顔をしていた。


「え?本当にジャンジャックさん!?方陣術の式をいくつも開発した人ですか?」


「あぁそのジャンジャックだ。本人曰くそっちで呼ばれるのはあまり好きではないらしいからコルトの方で呼んでやれ」


文は目を見開いてから体を乗り出して運転している小百合に食って掛かる。


どうやらジャンジャック・コルトというのは魔術師の中ではそれなりに有名な人物らしい。


方陣術の術式を開発しているというあたり実戦派というよりはデスクワーク、いや研究的なことの方が得意なのかもわからない。


康太が疑問符を飛散させていると、文は康太が話の内容を理解していないことを把握したのか、小さくため息を吐いた後で指を一つ立てる。


「いい?普通の魔術を方陣術で扱うにはただの魔術の術式を埋め込めばいいってわけじゃないの。方陣術でも発動しやすいように改良したりしなきゃいけないんだけど、元の効果を保持したまま方陣術にするのってすごく難しいの。お店のラーメンをインスタントに変えても味を保持するくらい」


「それほぼ無理じゃねえのか?俺できる気しないんだけど」


例えが相変わらず微妙だが、要するに非常に難易度が高いというのは十分に理解できた。


魔術というのは人間が体を起点にして発動するものだ。だが方陣術は人間の体外、例えば物質などを発動の起点とするものでその時点で術式自体が変わっていると言ってもいい。


単に魔術の術式をそのまま書き写すだけでは魔術の時と同じような効果が得られないことがあるのだ。その効果を変えないように方陣術として正しく機能するように術式そのものを改変しなければならない。


変更している時点で魔術の性質そのものが変わりかねないものを、効果を変えず方陣術として適応させなければいけないという高等技術。それを何度も行ったのが話に出ているジャンジャック・コルトという人物のようだ。


「ちなみに私が使ってる方陣術のいくつかもその人が作った術式よ?あの人の術式って丁寧だから使いやすいのよね」


「へぇ・・・方陣術使ったことないからそう言うの全然わかんねぇわ」


「・・・あんたにもわかるように説明するとジャン・・・コルトさんは多くの魔術を使いやすい方陣術に変えてくれてるのよ。普通魔術をそのまま方陣術にするとすごく使いにくいんだけど」


「・・・例えばどれくらい使いやすくしてくれてるんだ?」


「そうね・・・そろばんを電卓に変えるくらい?」


例えが微妙だが何とか康太にもそのすごさが理解できる。そろばんというのは慣れた人にとっては使いやすいかもしれないが慣れない人にとっては非常に使いにくいものである。


それに比べて電卓は初めての人にでも使いやすいように表示などがしてある。関数電卓などでは複雑な計算も何のその、その圧倒的便利さは他の追随を許さないほどである。


それほどまでの改良を施すというのはかなりの実力者でなければできないだろう。康太も事情をほとんど知らないながらにジャンジャック・コルトのすごさをほんの少しだが理解できたような気がした。


「でもそんなすごい人が知り合いだなんて・・・小百合さんってすごいんですね」


「正確には私が知り合ったわけではない。私の師匠が知り合いだったんだ。その関係で昔から世話になっていてな」


小百合の師匠というのは今まで何度か話にも出てきたがどんな人物なのかは全く分かっていない。


そもそも今何をしていてどんな生活を送っているのかも全く分かっていないのだ。はっきり言って小百合よりも謎な人物である。


ただいえるのは小百合に破壊の魔術を仕込み、なおかつ小百合を振り回すほどの人物であるという事だけだ。


会いたいような会いたくないような、康太としては微妙なところである。


「真理さんはコルトさんにあったことあるんですか?結構有名な人ですけど」


「私は何度かだけですね。師匠経由でいろいろとお願いしたこともありますよ。あの人の仕事は非常に丁寧でありがたいんです」


真理もまた方陣術を扱うものとしてジャンジャック・コルトの力を借りることがあるらしい。


ある意味方陣術を扱うものからはカリスマ的な扱いを受けているのかもしれない。


機械を扱うものがそれらのメンテナンスに気を使うのと同じ道理だろうか。彼は康太が思っているよりずっと高度な技術を持っていると考えていいだろう。


「でもそんな人だとやっぱ目立つんじゃないですか?いろんな意味で」


「そうでもないぞ。仮面をつけていなければ比較的平凡な顔立ちをしているし・・・何よりそこまで目立つ体格をしているわけでもないしな」


どうやら実力と外見は比例するわけではないようで、ジャンジャック・コルトは仮面を外せば平凡なただの男性になってしまうようだった。


そう言う意味では少し哀れに思えてしまうのは自分だけだろうかと康太は僅かに目に涙を浮かべていた。


誤字報告五件分、そして日曜日なので合計三回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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