GWの始まり
「まぁでも実際康太君が今覚えている魔術でも十分に路上戦はできると思いますけどね。槍投げの再現がもっとストックできれば中距離戦もこなせるでしょうし」
「まぁそうなんですけど・・・あれ地味に難しいんですよ」
再現の魔術というのは基本的に自らが動力になっている動作、あるいはそれによって得られた道具の物理的な動作を再現する。
物を投げるという動作の場合は投げる時の腕の動きと投げられたものの二つを再現することができるのである。
それを利用して康太は槍を投げるという動作を再現することで、投擲された槍の威力をそのままに再現したことがある。ただ康太は今まで槍を投げたことなどない。部活でも槍投げを選択して少しでも技術をあげようとしているがはっきり言ってまともに投げられることの方が少数なのだ。
この前の魔術師戦の投擲はまさに幸運だったと言えるだろう。威力を保持した形でしっかりと相手に向かって投擲できたのだから。
「そう言った鍛錬を含めてお前はまだまだという事だ。別荘ではしっかり訓練に励むといい」
「あ、やっぱりそう言う流れになりますか・・・まぁ無理もないですけど・・・」
「ハハハ・・・しっかり私も指導してあげますから。ちゃんと休めるくらいのんびりとがんばりましょう。今回はあなたたちのリフレッシュも兼ねているのですから」
リフレッシュを兼ねている現場で修業をするというのもどうかと思うが、違う環境での修業というのは良くも悪くも影響を及ぼす。
今回の場合はきっと良い意味での影響を康太に与えるだろう。ほぼ泊り込みで魔術一色の生活を送ることになるのだ。
それよりも何よりも重要なのは別荘の中で男が自分だけという環境である。
同級生、女子大生、年上の女性。これだけの女性陣に囲まれて過ごすことができるというのははっきり言って運がいいという言葉だけでは片づけることはできない。
健全なる男子としてこの状況はかなり美味しい。もっともその対象が師匠と兄弟子と同盟を組んだ魔術師でなければの話だが。
もし万が一風呂でも覗こうとしてそれがばれた日には恐らく逆さづりでは済まないだろう。徹底的に苛め抜かれて最悪地面に生き埋めにされてしまうかもしれない。
だが女性に囲まれて生活できるというある意味おあつらえ向きの環境を前にして冷静でいられる自信はなかった。
「そう言えば師匠・・・俺ってどうすればいいんですか?」
「どう・・・とはどういうことだ?」
「だって旅行に行く中で男って俺だけじゃないですか。部屋割とか・・・まぁいろいろと」
康太の言わんとしていることを理解したのか小百合は薄く笑みを浮かべながらなるほどなるほどと呟いている。
どんなに自分のことを師匠扱いしていても男は男なのだなと思ったのだろう、その表情は少々下卑ているように見えた。
「まったく・・・まぁ私や真理、それにライリーベルを性的な目で見るのは構わんが出過ぎた行為をすればそれ相応の対応をしなければならないことだけは覚えておけよ?」
「あ・・・そ、そうですよね、康太君も一応男の子ですし少し気を使ったほうがいいですよね」
「いやあのそう言う事言うのやめてもらっていいですか?いやまぁそう言う事なんですけれども・・・!」
思春期真っ盛りな康太からすると年上の女性からそう言ったからかい方をされるというのは正直慣れていなかった。
小百合がいくつなのかは知らないが二十代半ばか後半くらいに見える。真理に至っては現役女子大生だ。高校一年生の康太からすれば性格や事情を除けばそれなりに魅力的に見えるのは仕方のないことだろう。
むしろそう言う目で見るなという方が酷な話である。
「だが実際問題お前という男がいるのも事実・・・そのあたりはライリーベルにも一応注意喚起しておいた方がいいだろうな。もっとも私たちを前にしてお前がいっぱしの男としての反応ができるかどうかはさておいて」
「あー・・・まぁ確かにそれはそうかもしれませんね・・・」
小百合の言葉に康太は半ば目を逸らしながら苦笑いしてしまっていた。
小百合も真理も文も自分よりずっと格上の魔術師だ。まともに戦えば負けは確実。しかも約二名に関しては手の内がほとんどわかっていないのだ。
もしこの旅行中に何か問題のある行動を起こせばまず間違いなく制裁が加えられる。それを頭に入れた状態で男子高校生として問題のある行動をとれるかどうかは怪しいところである。
「まぁでも師匠、康太君も思春期なんですし、私達が気を使ってあげるべきじゃないですか?年上の女としての度量を見せる時では?」
「女としての度量ねぇ・・・それは男を傅かせればいいのか?」
「いや主従的な意味じゃなくて・・・」
真理が言いたいことが上手く伝わっていないのか、それとも小百合は本気でそう思っているのか、どちらにせよ彼女にまともな気づかいというものを求めることの方が間違っているような気がしてくるから不思議である。
「冗談はさておいて、男はお前しかいないというのは力仕事は主にお前の仕事になるという事だ。そのあたりは留意しておけ。ある程度の気は使ってやる」
目の前で着替えだしたりはしないから安心しろと付け足すのだが、はっきり言ってあまり安心できない内容だっただけに康太はこれから始まる旅行が少しだけ不安になっていた。
とりあえず文にも自分が思春期の男子であるという事を留意した行動を心がけるようにメールを送ったのだが、それに対しての返信が『もし変なことしたら電流拷問するから』というものだった。
当然と言えば当然の反応かも知れないと思いながら康太は先行き不安な旅行を思いながらその日を終えることになる。
翌日、ゴールデンウィークの始まりの休日、康太は旅行鞄を持って最寄り駅にやってきていた。
先日荷物を車に積み込み、後は駅前で集合するという事だったため一応待っていると、やはり休日だからかそれなりに多くの人々が行きかっている。
これから旅行に行こうというものでにぎわう駅前にはまだ早朝だというのに多くの人種を見かけることができた。
家族連れやカップル、中には友人同士の集まりだろうか十数人の団体まで確認できる。
自分達もあの旅行客の中の一つなのだろうなと思いながら待っていると荷物を持ってやってくる文の姿が見えた。
いつも見ている制服姿と違い私服姿だった。私服を見たのはいつぞやの学校での旅行以来だなと思いながら康太は片手をあげて自分がここにいる事を文に知らせようとしていた。
そして文もこちらに気付いたのか小走りでこちらにやってきた。
「ごめーん待った?」
「ううん今来たとこ・・・ってなんだこのやり取りは。カップルか」
「一度やってみたかったのよね。男子と待ち合わせなんて初めてだし」
実際は康太だけではなくその師匠や兄弟子とも待ち合わせをしているのだがそれを言うのは野暮というものだろう。ただ単に今のやり取りをやりたかっただけであるというのは康太でも理解できた。
文としても今回の旅行は楽しみでもあったのか、普段に比べると若干テンションが高いように思える。
というかその荷物が康太のそれの倍近くあるのだ。女子は荷物や準備が大変であるというのは理解しているがここまで露骨だと少々引いてしまう。
「クラリスさんとジョアさんは?まだ来てないの?」
「あぁ、そろそろ来るだろ・・・っていうかお前その呼び方変えたほうがいいぞ。ただでさえあの人と一緒にいるのがやたらと気になって仕方ない」
「そう?でもあの二人の本名知らないんだけど」
そういえばと康太は眉をひそめる。文は小百合と真理の本名を知らないのだ。以前どこかで説明したつもりになっていたのだが一応文は部外者だ。魔術師としての名前は知っていても彼女たちの本名までは知らないのだ。
魔術師が本名を教えるのは身内のみ、彼女が部外者である以上自分が勝手にあの二人の名前を教えるわけにはいかない。
そうなると集まってから二人に了承を取る必要があるだろう。いちいち術師名を言われるとどうしても魔術師として行動しているような気がして落ち着かないのだ。
一応魔術師としての道具は持ってきているがそれでも修業することはあっても魔術師として行動するつもりはない。
今回の目的はあくまで商談とリフレッシュが目的。修業はあくまでついでのようなもので面倒事に首を突っ込むつもりも起こすつもりも微塵もないのである。
「じゃああとで二人に聞いておけ。たぶん教えてくれるだろうから。ていうかあの二人のそっちの名前聞きなれないんだよ」
康太は二人の本名を知っている。それにそっちの方で覚えているために二人の術師名を聞くとどうしても違和感があるのだ。
自分の術師名であるブライトビーは比較的慣れてきた方なのだが、デブリス・クラリスとジョア・T・アモンというのはどうしても強い違和感がある。
「あの二人が素直に教えてくれるとは思えないんだけどなぁ・・・あんたは知らないでしょうけどあの二人って結構やり手なのよ?」
「・・・まぁそれはなんとなく知ってる。でも結構付き合いも長くなってきてるしさ、教えてもいいんじゃないのか?うちの師匠とお前の師匠は昔からの知り合いっぽいし」
「んー・・・まぁそうだけど・・・」
俺たちだって互いに名前を教え合ってるんだから別に平気じゃね?と康太は何の問題もないというかのように堂々としている。
名前を教えるという事がどういう意味を持つのか康太はいまいちよく理解していないのだ。
もちろん個人情報的な意味で重要だというのは理解できる。だがそれ以上に魔術師が相手に本名を教えるというのは深い意味があるのだ。
そのあたりを教えたほうがいいのだろうかと文は悩んでしまう。今教えるには人の目が多すぎる上に、康太は小百合の弟子なのだ。あまりいろんなことを教えると余計なことをするなと小百合からおしかりを受けてしまうかもしれない。
もっとも小百合自身はいろんなことを教えてくれた場合手間が省ける程度にしか考えていないだろうが、文はそんなことを知りようがない。
「でもあんたの師匠を怒らせたくないんだけど・・・いろいろと面倒なことになりそうだし・・・何よりあの人たちの名前知るといろいろと弱み握られそうだわ」
「心配するなって、姉さんはさておき師匠はそこまで難しいこと考えてないって。あの人基本感情だけで生きてるから、その時の気分だけで物事決めてるから。機嫌さえ損ねなきゃ問題ないって」
「んー・・・でも・・・あ・・・」
文が何かに気付いたのか康太の後ろを見て顔をひきつらせた瞬間康太の頭部が何かに掴まれる。いや誰かに掴まれると言ったほうが正確だろう。
もっとも、それが一体誰なのかを考える必要など康太にはなかった。こんなことを自分にするのが一体誰なのかくらいこの状況ならすぐに理解できる。
「ほうほう、そうかそうか、それなら今私は非常に不機嫌だからお前の頭を握りつぶすことにしよう」
「あがああぁぁぁぁぁぁ!?し、師匠おはようございますあだだだだ!今のは言葉のあやというやつでしていだだだだだだだ!」
「お前とは一度師弟関係を良く見直す機会を与えるべきだと思っていたんだ。光栄に思え私がこうして物理的に折檻するなんてそうそうないことだ」
好きかってものを言えば当然報いを受ける。因果応報とはこの事なのだなと文はその光景を眺めながらこうはならないように気を付けようと心に誓うのであった。
土曜日なので二回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです




